文覚は元々、北面武士として鳥羽上皇に仕えており、遠藤盛遠という名でした。
出家のはっきりとした理由はわかっていないようですが、色恋のいざこざの中で誤って愛する人をあやめてしまった、という事件がきっかけのようです。
文覚は空海を尊敬しており、真言宗の僧侶として出家します。
出家後、空海の旧跡である京都の新護寺の復興に努めたそうです。
その際、後白河法皇に復興のための寄付や荘園の寄進を強請し、それが法皇の逆鱗に触れ、伊豆に配流されてしまいます。
そこで、時を同じくしていた源頼朝と出会い、親交を深めたそうです。
その後、頼朝の平家打倒・鎌倉幕府成立の偉業にも貢献し、成果を認められた文覚は、頼朝のサポートでたくさんの空海ゆかりのお寺を復興していきました。
そんな文覚ですが、実はNHK大河ドラマの鎌倉殿の13人にも登場いるようで、
呪詛で人を呪いころす不思議な力を持つと考えられている僧侶として描かれています。
というのも、史実でも謎多き人物で様々な伝承が各所にあり、庄原市の文覚堂もその一つです。
今回はそんなミステリアスな偉人と民間信仰が入り混じった文覚堂の一端を垣間見ていきましょう。