●アクションの技術は段階的に分けるべき、これがアクション技術段階論。
●最大の理由は、技術がジャンル別という形で分散されてしまっているから。
●それは結局のところ分業体制の維持にしかならない。
●総合=「全てできる」ではなく、「全てやる」という挑戦の姿勢がアクションの原点。その上で諸事情によりできないことだけ吹き替えというのは問題ないのだが、吹き替えありきは問題である。
●理想は自分でコントロールできるということ=自律的制御。
●他者=出資者の都合のいいようにコントロールされることに従順なのは、アクション的に間違い。
●アクションとは本来、何も持たない俳優がのし上がるための唯一の武器だった。だから作品がB級でも仕方ない面がある。
●それをメジャー作品に利用されている現状はいかがなものか。
●そしてそれに対応するかのような、分業体制と、分業前提でのアクション表現のあり方は本来の道から外れている。
●だから、正しいあり方で身体性、身体表現性を高めるためのアクションとその技術体系を確立する必要がある。
●そうでないと、アクション自体が使い捨てされることは目に見えている。