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前提が整っていないゆえに、話が噛み合わない、ということはよくあります。お道の教えの大前提は、かしもの・かりものの教え。これを前提に教えが展開される時、教理が活かされるのでしょう。
人間は、つい自分のことを棚に上げがちで、自分は変わらないという前提があるように思います。「又めん/\諭す処から、めん/\先に定めにゃならん。先に定めてすれば皆自由そこにある。」自らが先に定めてこそ、自由自在の守護がいただけるのかも。
自由の守護をいただくためには、不自由の中をたんのうして通ることが大切です。不自由のところをたんのうすることは、徳積みとしても受け取ってもらえるのです。不自由こそ、心のありようでチャンスになるのかも。
いんねんの自覚は大切ですが、日々心して通っていなければ、どれだけ深いいんねんであっても理が消えると言われます。成程の理が分かれども、日々の理が分からねば、どうもならん/\/\。(おさしづ)
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