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教祖四十年祭は、天理教が田舎の宗教から大きく飛躍した年祭とも言えます。五年前から教勢倍加運動が提唱され、指数関数的な伸びが見られました。おぢばで説かれる教理と、教会のおたすけ活動が合致したのでしょう。
この道というのは陰で徳を積んでいく道。人にみせたり聞かせたりするのではありません。人に礼をうけたら、神が受け取る道はない。陰徳は末代つづく道、たすかる道。これを神様はのぞんでおられます。
20年祭後は、本席さまお出直し、一派独立、婦人会創立、神殿普請、初代真柱さまお出直しなど、悲喜交々の10年でした。30年祭は新しく完成した神殿にて執行。この時から陽暦でつとめられるようになります。
「皆、吉い日やで」と教えられていますが、都合のいいことが毎日起こってくるわけではありません。その中で、みないい日と感じられるようになるためには、すべて親神様に導かれている、と思い定めることかもしれません。
十年祭のすぐ後に、内務省訓令が発布され、大きな逆風が吹き荒れたお道。念願の一派独立も間に合わなかった二十年祭でしたが、教祖を慕う信者15万人がおぢばに参集。一派独立請願運動の最中で、お道の組織は段々と整備されてゆきました。
自分がやりたいことをできるから楽しい。自分の思い通りに行くから楽しい。楽だけしておきたい。というのとは、随分違うのでは。身上、事情に込められている神の思惑と正対することが、神様の言われる「楽しめ」の世界ではないかと思います。
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