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教祖は、なにをやったかではなく、その時どんな心でことに当たっていたかを常に見ておられました。日々の生活から、自分はどんな心で物事に打ち込んでいるのかを点検することが、信仰生活の基本となりそうです。
教会数は千を越え、帰参者は20万を数えた年祭。信者詰所の前身が続々と建築されるなど、教団として最も伸びた時代かもしれません。この年祭後、内務省訓令が発令され、苦難の道を歩むことになります。
心をしずめて思案するから、澄んだる水のようになってくると教えられています。「心澄ます」感覚は分かりにくいですが、もしかすると「心しずめる」感覚なら掴みやすいかも。古今東西、心をしずめる方法はたくさんありますが、日々の中でしずめてゆきたいですね。
教祖一年祭とは随分と違い、地方庁の認可がおりた状態で迎えた五年祭。三年千日のおさしづも、五年祭を迎える心構えとしての御話の中にあります。各地に教会も続々と誕生していた中で迎えた年祭です。
人間は、妬みによって非合理な行動をとってしまうもの。「第一妬む妬まれる、嫉む嫉まれる。この理程恐ろしい理は無い/\。」とも言われます。上手に付き合うにはどうしたらいいか考えてみました。
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