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全盲の松村道生さんをゲストにお迎えして、体の目が見えないからこそ、心の目で見えている世界の話を聞きました。
にんけんの心とゆうハあざのふて みへたる事をばかりゆうなり 三号115
飯降伊蔵さまが朝起き、正直、はたらきの三つの角目を諭された時、「この三つを、しっかり握って、失わんようにせにゃいかんで。」と言われておられます。失わないようという言葉から、続けることの大切さが伝わってくるようです。
俺が正しい、お前は間違っている。という考え方は、二つ二つの世界です。神の世界は二つ一つ。表裏一体で世界は成り立っています。この世界の理法に心も沿っていくことで、ふしぎな世界があらわれてくるのかもしれないですね。
物事の真の意味を知る。はっきりと理解することを「悟る」と言います。「だん/\とふてにしらしてあるほどに はやく心にさとりとるよふ」悟り“とる”という表現は、独特の表現。能動的に心で取りにいくことが、悟るには大切なのかもですね。
千里続いた藪中を、針のとぐわ(唐鍬)で、道を開くような心で通れ。と教えられるこの道。損得や計算ではなく、理想とするところにただ突き進む。その心のあり方こそが大切なのではないでしょうか。
天然自然に成り立つ道と教えられますが、では、天然自然とは如何なるものかのか、ということに向き合ってみました。自然の中には、かとうやわらこう、二つ一つの世界が繰り広げられています。
裁くことで人は自分の中に地獄を生み出し、許すことで人は自分の中に天国を生み出す。人を扱うようにしか自分を扱えないのが人間。おたすけの場面で、人を許せるようになると、結果的に自分で作った自分を縛る鎖を取って行けるようになるのかもしれません。
悩みの多くは、過去のことを悔いたり、未来のことを案じたりすることから生じています。「今」に心を置けた時、かりものの世界に心が在る状態となり、生きていることの尊さを味わえるのかも。
新年あけましておめでとうございます。信仰者としての在り方、教えの本質を求めて、ゆるく語り合いながら学んでゆきたいと思います。本年もよろしくお願いします。
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