現代のオンライン囲碁対局場の多くは、いわゆる「グローバル志向」です。世界中の何千、何万というユーザーと対局でき、客観的なデータに基づいた「世界統一レーティング」によって、自分の棋力が厳密に格付けされる。それは一つの理想形であり、素晴らしい仕組みです。
しかし、囲碁の楽しみ方はそれだけではないはずです。
かつて江戸時代から昭和にかけて、囲碁はごく小さなコミュニティの中で楽しまれてきました。近所の人、家族、職場の同僚、あるいは碁会所や大学の囲碁部といった、顔の見える範囲での交流です。
そこでの棋力(手合割)は、非常にローカルな関係性で決まっていました。「昨日3連勝したから、明日からは二子で打とう」といった、身内同士の絶妙なバランス。サザエさんの波平さんと伊佐坂先生のような、閉じているけれど温かい、二人の関係性そのものが囲碁の場になっていたのです。
オンライン囲碁がここまでグローバル志向になった背景には、普及の初期段階において欧米のスタイルが強く影響したことが挙げられます。
欧米には、日本のような「ご近所の囲碁コミュニティ」が少なかったため、世界中から対戦相手を探す必要がありました。その結果、どこでも通用する客観的な棋力指標が不可欠となり、数値化された強さが重視されるようになったのです。
しかし、オフラインのリアルな世界では小さなコミュニティでわちゃわちゃと楽しんでいるのに、オンラインになった途端に「顔の見えない相手」や「客観的な指標」という一元的な価値観に縛られてしまうのは、どこか寂しい気がします。
「囲碁きっず -reborn-」は、あえてこのグローバル志向とは異なる「反グローバリズム」の方向性を打ち出しています。