〇〇大学卒や△△商事勤務といった社会的な記号で「すごい。」と人をジャッジし、それが広い範囲で「その人の価値」を証明する空気が日本社会にはある。
それは窮屈さであり、狭い価値観であると考えていた。
その一方で、ロンドンやアムステルダムのような国際都市で暮らしていると、社会の中に一つの「普通」や「正解」が存在しないと強く実感する。
その「共通の価値観」が弱い社会では人は自由になれる反面、自分が何者であり、何を大切にどう生きるのかを、自分で決め続けなければならない空気がある。
「自分らしく生きること」が新たな義務になる西洋的なプレッシャーと、逆に島国日本だからこその「生きやすさ」についてお伝えします。