心理カウンセラー島幸樹の「心がスーッと楽になるボイスブログ」

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心理カウンセラー島幸樹の「心がスーッと楽になるボイスブログ」 episodes

  • メンタルが弱いと言われる人

    ある人は自分自身のことを「メンタルが弱い」と言い、

    またある人は、他人を指して「メンタルが弱い」と言います。

    『レッテルを張る』というのでしょうか。

    自分とか他人を「メンタルが弱い者」として扱おうとします。

    でも、そもそもメンタルが弱いという言葉はあるけれど、

    「メンタルが弱い」ということ

    そんなものは存在するのかどうか。

     

    あるのは、優しさであったり、繊細さであったり、

    また、一つの状況から多くのものを

    受け取りやすい特徴があったりするだけ。

     

    強いとか弱いというのは、

    それを言う人の価値判断が多かれ少なかれ。。。

     

    人の気質、性格をエネルギーだとすれば、

    それ自体に弱さがあるわけではない。

    誰もが皆、

    人はその人なりの能力によって支えられています。

    それ自体に弱いというものはない。

     

    久しぶりのボイスでしゃべってます。

    どうぞお聴きくださいませ。

    ↓ ↓ ↓ ↓

    4 min
  • 実存主義的カウンセリングについて

    先日の投稿では、フランクルの「生きる意味」についてをお伝えしたのですが、この動画でお話するより以前にお話ししていたのが、実存主義的なカウンセリング、実存主義的アプローチでした。

    それがこちらです。

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    この記事の最後に、動画ではなくて音声ファイルで録音しているものも貼り付けておりますので、ご都合の良い方を開いてくださると光栄です。

    音声の方が少しはしょった内容になっています。

    実存主義的なアプローチというのは、本人の考えや感情を主体にカウンセリングの時間を共有しあうような意味合いがあります。

    ある物事に対して、どのようにそれを受け取るか、どのような態度でそれと向き合うのかは、本人の自由なのです。

    フランクルの話でもそうでしたが、今目の前で起きている状況は同じものであっても、どういう態度でその状況を生きるのかは最後の最後まで本人が選択できるものであるべき。

    だから、カウンセリングにおいても、少なくともそのカウンセリングの時間中は、相談者さんの起きている状況に対する本人の受け取り方を100%尊重するわけです。

    しかし、それを聴いた私自身の主体性、受け取り方、感じ方もまたありますので、それを必要であれば伝えるし、伝えないとしてもそれを私は心の中で抱えながら、この時間を相談者と共に生きています。

    実存主義的なカウンセリングというのは、お互いの人格と人格がバシバシとぶつかり合っている(物理的または心理的な意味で)といえます。

    それだけに、私自身、カウンセラーとしての私自身の人格を磨きつづけること、自分自身の在り方を常に観察しておくことが必要で、私は常に人生に試されているのだと思いつつ、カウンセリングのお仕事をさせていただいております。

    さて、これまで公開している実存シリーズの動画です。

    よろしければ、どうぞご覧くださいませ。

    ↓音声は、実存主義とカウンセリングの同内容です。

    7 min
  • 今こそV.E.フランクル「何のために生きるのか」

    夜と霧、

    それでも人生にイエスと言う、

    はじめてそれらを読んだときに、ブルブルっと体が震えたのを覚えています。

    もっとフランクルのことを知りたくて、著名な先生方が書かれているフランクルの解説書を読みました。

    読めば読むほどに、自分の生きる意味について考えさせられる、というか、ドーンと胸に何かが刺さります。

    苦悩のときを人はどう生きていけばいいのかを説くフランクルなのですが、今、このコロナ禍の状況の今こそ、見直したい心理学ですね。

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    ということで、フランクルについて、この生きる意味についてお話しておりますので、ぜひご覧いただけたら、お聞きいただけたら嬉しいです。

    どうぞよろしくお願いいたします。

    ユーチューブではなく、ボイス(音声)でも配信しております。

    12 min
  • 受け止めることと、受け入れること。カウンセリングの話
    お釈迦様の話で、他人の怒りを受けとらなかった話はとても有名です。
    長い修行生活を終え、その悟りを多くの人たちに広める旅に出かけるようになったお釈迦さま。
    そのお姿は多くの人たちから慕われるようになった。
    しかし中に、そんなお釈迦様のことを妬ましく思うある男がいた。
    彼は考えた。
    たくさんの人がいる前でお釈迦様の悪口をたくさん言ってやろう。
    そうしてお釈迦様を怒らせてやろう。
    その姿を周りのみんなに見せれば、お釈迦様の信用を失わせることができる。
    そこで彼はあるとき、お釈迦様と弟子たちがいる前に現れ、
    たくさんのお釈迦様への悪口を言い放った。
    ところがお釈迦様は、その男がどれだけ悪口を言おうとも、
    まったく動じず、そして怒り返すどこから、
    何も言わず、ただ黙っていた。
    そのうちに男は疲れてしまい、その場に伏せてしまう。
    そばにいた弟子の一人がお釈迦様にこう言った。
    「どうしてあなたはあれだけ悪くののしられたのに、あなたは何も言い返さないのですか」
    お釈迦様はこう答えた。
    「あなたがもしも誰かにプレゼントを渡そうとしても、相手がそれを受け取らなかったら、そのプレゼントはどうなりますか?」
    彼は考えた。
    「受け取ってくれないわけだから、自分で持ち帰ります」
    彼はそう言って、ハッと気が付いた。
    お釈迦様が答えた。
    「そうですね。相手がそれを受け取らなかったら、それはまた自分自身に戻ってきます」
    と。
    もともと自分の中にあったものに、自分自身で気が付くことができる。
    怒りというものは相手の中ではなく、自分の中にあるものだと。
    そういうことを教えてくれるお話です。
     
    ただ、これは怒りに関してのみのお話ではありません。
    私は心理カウンセラーだから、人の話をお聴きするのが主な仕事です。
    でも、……いや、だからこそ、なんでもかんでも同じように聴くわけではなくて、聴き方を考えているし、あえて「聴かない」ということも必要なときがあるといってもいいのかもしれません。
    たとえば愚痴、
    たとえば言い訳。
    もちろん愚痴にもいろいろあるし、言い訳にもいろいろあります。
    愚痴りたい心理にはいろいろあるだろうし、言い訳をしたい心理にもまたいろいろあるでしょう。
    その中で「今ここで」愚痴っていたり言い訳したりするクライアントの言語と非言語を、心理カウンセラーがどう聴くか、あるいは聴かないか。
    もう少し言うならば、
    聴くには聴くし、受け止めるには受け止めるんだけれど、その、相手の話に「乗るか乗らないか」、「受け入れるか受け入れないか」でいえば、乗らないときもあるし、受け入れないときはあるわけで、そういったことを無意識にしまっているのではなくて、私たちは意識的にそういう聴き方をしている、ということです。
    クライアントさんが誰かのことを愚痴れば愚痴るほど、その方はその方自身の中にある何かに気が付くことがあります。
    でもこちらが、その愚痴に「それはほんとそうだよね。あなたが言うとおりだよね。ああ、それはひどい、うんうん、わかるわー」
    と(また、これは極端な例ですが)話に乗ってしまったり受け入れて自分事のように聞き入ってしまうと、その方はその方自身のものに気が付かないかもしれません。
    言いたかったことが言い切れてスッキリするのかもしれないけれど(スッキリするのかな)、その方自身で気が付くべきもっと何かの重要な機会を、カウンセラーが奪ってしまっているのではないだろうか。
    ところで、私は自分がカウンセラーであろうとなかろうと、私自身として、そんなふうに相手の自律性を奪うような自分自身でありたくないと考えています。自分がそうされるのは嫌だし。
    相手の自律性を奪ってしまうくらいならば、話に乗らず、受け入れない、ふわっとさらりと身をかわす、そんな存在である方が楽だし、好きだ。
    言い訳でもそう。
    私自身も言い訳はするし、言い訳するにはするで理由があるわけだけれど、
    誰かの言い訳に対して、それを熱心に聴いてあげるのか、聴いてあげないのか。
    それはその時その時で考えて、こちらはこちらの行動をします。
    言い訳をしている自分が「これは自分に言い訳をしているのだ」と気が付くことによって、次の思考とか行動があります。
    でも、それを安直に受け入れてしまって、あるいは話に乗ってしまうことによって、言い訳が言い訳としてのみ成立してしまう。
    他人に言い訳をして、その人を誤魔かすとか、その場を丸く収めるとか、そういうことをしても良いのか良くないのかという問題は、社会性の問題です。
    だけど、その言い訳で自分自身を誤魔して生きるのか、そうではなくて自分自身が変わっていくのか。
    それはその人の生き方の問題。
    その人の問題だから、その人がどう考えたり行動するのかは、私には関係がないのだけれど、ただ、私がどうありたいかを考えたときに、私はその話に乗らない、受け入れないと思ったら、私はそうします。
    これってけっこう冷たくて、けっこう勇気のいることなのだけれど、私自身、もっと若かった10代、20代に出会った人たちからそういう関わり方をされてきたことを記憶しています。
    そして、今、そうされてきて良かったと振り返って思えることがとても多いです。
    あのとき他人に渡そうとしたプレゼントの箱を、少し距離を置いた場所からぼんやりと見ながら、そこにいてくれて、決して受け取ろうとはしなかった人たちがいてて、その都度私はそれを持ち帰り、そして考えることによって、自分自身を知るきっかけをいただきました。
    話を聴くということは、相手の話にただただ乗るということではない。
    受け止めるということと、受け入れるということはちがう。
    話を聴くということとか、カウンセリングというものを人はどう考えているのか、それは今ここで私が書いたこととは大きく違っているのかもしれないけれど、私はやはり私自身の思うところに正直でありたいと思います。
    私のカウンセリングご予約・お申込みページはこちらです。
    あなたが進んでいけるために、ともに語り合いましょう。
    (本日の記事は、音声でも保存しています。そちらもご参照くださいませ)
     
    20 min
  • 「答えはあなたの中にある」とはどういうこと?の質問に答えました

    先日ある方に質問されて、私なりに答えたことをブログに書こうと思ったのですが、書くよりしゃべる方が良いかと自分なりに判断しました。

    というわけでボイスブログにしました。

    「答えはあなたの中にある」

    これはコーチングやカウンセリングの勉強をしているとよく耳にする言葉なのです。

    コーチやカウンセラーは、クライアント様から質問をされても、そんなに簡単に答えを言わないのかもしれません。

    それはクライアント様自身が、その質問の答えを持っているから。

    それは確かに私も同意です。

    ただ、当然ですが、コーチもカウンセラーも自分なりに思うところ考えるところ、あるいは答えを持っている場合でも、出し惜しみして「おしえてあげなーい」という意味でこの「答えはあなたの中にある」があるわけではありません。

    「答えはあなたの中にある」とは?

    私になりに思うところをボイスでお伝えしております。

    どうぞよろしくお願いいたします。

    6 min
  • 愛とは想像力だと思う件について(voice)

    「自分がされて嫌なことは他の人にしてはいけません」

    と子どもの頃は教えられたけど、本当にそうでしょうか。

    自分がされて嫌なことが、他の人もされて嫌なことかどうかはわかりません。

    逆に、自分がされても別に気にもならないことでも、他の人の中にはされて傷つく人もいるかと思うのです。
    だから自分がされて嫌なことは他の人にしてはいけないのではなくて、本当は「その人がされたら嫌なことを想像する」ということの方がもっと大切なんじゃないかと私は思います。

     愛とは、想像力だと思います。

    「これを言うと相手はどう思うだろう」
    「こういう態度を示すと相手はどう感じるだろう」
    人はみんな主体が自分だから、自分だったらどう思う、自分だったらこう感じるというのは当然わかるのですが、「もしあなただったら」、「もしあの人だったら」を普段から考えているわけではありません。

    でもその人のことを知っていくうちに「その人だったら」、「その人の人格だったら」を想像していけるようになるのではないでしょうか。

    とはいえ自分とその人は違う人間。

    さあ、どれくらいその人の立場になることができるのかな。
    ここが想像力の試されるところです。
    その想像力こそが愛なのだと思います。

    自分だったらこうだけど

    あなただったらきっと……
    あの人だったらそりゃあもう……
    その人だったらもしかすると……

    愛は想像力だと思う件について。

    これは昨年末に書いた同タイトルの記事内容を、ボイスブログでもお話したものです。
    ボイスブログもどうぞよろしくお願いいたします。

     

    3 min
  • 相手の立場で話を聴くということ

    心理カウンセリングのブログなので、これまでも何度か書いてきたように思うのですが、「共感する」ということについて。

    共感的理解というのは、相手の立場で話を聴こうとする姿勢です。

    相手の内的世界を理解しようとすること。

    たとえばある出来事に私とAさんが遭遇したとして、私は「悲しい」気持ちになるかもしれないけれど、Aさんは「ムズムズした」気持ちになるかもしれません。

    同じ出来事を目の当たりにしたわけだけら、同じような気持ちになるかもしれないし、ここでの私の「悲しい」気持ちとAさんの「ムズムズした」気持ちは、けっこう似ていることもあるかもしれません。

    でも、Aさんに私が共感的理解を示そうとするなら、私はAさんの「ムズムズした」気持ちに寄り添いたいと思うのです。

    悲しいと感じた私自身の気持ちは横へ置いといて(私がそう感じたということもまた大切なので抑圧はしないわけだけど)、ここはAさんの気持ちに寄り添おうとします。

    はじめ「ムズムズした」気持ちだったAさんも、そのムズムズはもっと違う形に変わっていくかもしれないし(気持ちって瞬間瞬間で変化するから)、ムズムズではなかったことに気が付くこともあります。

    それならそれで、その心的過程にできるかぎり近づきたいと思います。
    100%は無理なのでしょうけれど。。。

    ボイスブログ、ぜひお聴きください。

    よろしくお願いいたします。

    4 min
  • パッと一瞬で過去にタイムスリップする輪ゴム現象

    だれかと一緒に仕事をするとき、会話をするとき、わたしたちは当然そこにいるその人との時間をすごすはずなのですが、何かの拍子にパッと一瞬で過去のあるときにタイムスリップするときがあります。

    今だれかとしゃべっていて、例えばその人が圧の強い人で、大きな声で怒鳴りつけてくるような人だったとします。

    それをただ「うるさいなぁ、この人…」と思える人もいますが、そうでない人もいるんです。
    ある人は、その圧の強さを感じた苦痛、大きな声などを聞いた苦痛を幼少期のいつかのそれとリンクしてしまいます。
    たとえば子どものころ自分の父親がものすごく圧の強い人で、大きな声で怒鳴りつけてくる人だったりすると、あたかも今ここで、あのときの父親との体験を再演します。
    たとえば当時その父親の前でびくびくしながら下を向いて泣いていた姿を、今ここでもう一度している自分がいるということ。

    今ここにいるのは、幼少期の自分の父親ではないのに、あたかもその父親の顔写真を、今ここにいる誰かの顔にペタッと貼り付けている。

    今日のボイスブログはそんなお話です。

    6 min
  • 今日この場で私たちが一緒にいるということ

    仏教の言葉に、対面同席五百生という言葉があります。

    今日初めて同じテーブルについておしゃべりしている他人どうしも、
    家で一緒に晩御飯を食べる家族も、
    それは偶然でもなければ当たり前のことでもないんですね。
    私たちがこうして顔を見合わせながら一緒になったということは、前世含めてこれまで少なくとも500回はどこかでご縁があった仲間同士だということです。

    すてきな言葉ですね。

    そんなことをお話しています。
    ぜひ聞いてください。

    3 min
  • 失敗は存在しない。あるのは結果だけの話。

    ボイスブログの更新です。

    今回は失敗は存在しないのだ、というお話についてです。
    エジソンの話はご存知の方も多いかもしれません。
    私も好きな話で勉強会でもよく話す内容です。
    TOTEモデルというお話でブログで書いたこともありました。

    ちなみに、エジソンが白熱電球で使った素材は、京都の竹だったそうですね。

    ところで、ボイスの中で、「人がどんなふうに感じたり考えたりするか」について言っていますが、これを心理学では「認知」といいますね。

    思考、感情、行動、そして身体反応を含みます。
    身体反応というのは、胸がドキドキするとか鳥肌が立つとかお腹がいたくなる、とかです。

    さて、失敗は存在しないの話です。

    どうぞお聴きください。

    4 min

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