リスナーの皆様もご存知の通り、先々週の11日、台湾では中華民国正副総統選挙及び国会議員にあたる立法委員選挙が行われました。そして、与党・民進党の蔡英文・総統が、1996年に総統直接選挙が行われるようになって以来、最多得票となる817万231票を獲得し、再選を果たしました。
今回の総統選挙につきましては日本でも非常に高い関心をもたれており、日本メディアでは選挙結果について、香港の政情混乱による中共への不信感が、中国大陸への強硬路線を取る与党・民進党にとって大きな追い風となったという分析がされていました。私の周囲の人々、そして台湾のネット世論においては、特に若い世代で、そうした傾向が顕著であったように思います。
今回の中華民国正副総統選挙で、投票権をもつ人は1931万1105人でした。そして、このうちおよそ26万人は、台湾では新しい住民と書き「新住民」と呼ばれる台湾の人々との婚姻などをきっかけに中華民国籍を取得した海外出身の人々でした。さらに、このおよそ7割を占める18万6000人は、東南アジア各国出身の人たちです。そして、この大半が女性です。
かつて、当選と落選がわずか3万票あまりで決したこともある、中華民国総統選挙において、26万、18万という数は決して少なくはありません。そして、私も含め、中華民国に帰化はしておらず選挙権をもたない多くの海外出身者も、台湾社会の一員です。
本日の「ようこそT-ROOMへ」では、こうした東南アジア出身者、その二世達が今回の総統選挙をどのように捉え、どのような投票行動を起こしたのかについてご紹介いたしましょう。
まず、ご紹介するのは「新住民」の人たちの考えです。台湾で主にこうした東南アジア出身の「新住民」の人たちを対象としたメディアである「フォーウェイボイス」は総統選挙直前、フェイスブックで人々の考えを聞きました。
あるベトナム出身の男性は、「蔡英文・総統は、台湾社会に新住民の存在を知らしめ、多くの機会を与えてくれた。一方で、最大野党・国民党の韓国ユ・候補が当選した場合、より中国大陸に近づく事になり、台湾の主権は脅かされる可能性がある」とコメントしました。こうした意見はこの男性だけではなく、いくつもあったほか、、蔡・総統就任後、同性婚の合法化が進められた事についても多くの支持が集まりました。
一方で、生活、経済を重視する人たちや、保守的な考えをもつ人々からは、韓国ユ・候補支持の声が聞かれました。
あるベトナム出身の女性は、同性婚は社会の混乱を呼ぶとして、韓国ユ候補の総統当選を希望しました。台湾では主に一部のキリスト教の団体が反対の姿勢を示していますが、新住民の中にもこうしたリベラルな政策が受け入れられないという人がいるんですね。
また、もうひとりのベトナム出身の女性は、蔡・総統が総統就任以来4年間、給与はアップしなかったにも関わらず、食費は大きく上昇したと批判しました。蔡・総統は、総統就任以来、4年間で最低賃金を15%引き上げたほか、減税も行ってはいますが、こうした政策について、実感がないという人たちも少なからずいりるようです。
続いては、「新住民二世」の2人の女性の見方をご紹介しましょう。
21歳のチェン・ジンリンさんは、父親が起業した親戚を訪ねにベトナムに出張した際、ホーチミン市出身の母親と恋に落ち、この2人の間に生まれました。チェンさん自身は幼少時代から台湾で育ち、家では基本的にお母さんとも標準中国語でやり取りをしていました。ただ、幼少時代から二年に一度は、ベトナムのお母さんの実家に遊びにいき、いとこと遊んでいたため、ベトナム語も話すことができます。
チェンさんは順調に成長し、高校卒業後には、台湾最難関の国立大学、国立台湾大学の法律学科に合格しました。チェンさんは、自身の成長の過程において、母親が海外出身、特に東南アジア出身ということで、差別を受けた事はなかったと振り返ります。ただ、母親からは、台湾にきたばかりの頃、言葉や文化の面の違いに戸惑い苦労した事を聞かされたそうです。
現在、中華民国政府は、中国大陸依存からの脱却を目指すため、東南アジア、南アジア、オセアニア諸国との関係重視を軸とする「新南向政策」を打ち出しています。こうした中、台湾社会では、チェンさんのお母さんのような、東南アジア出身の「新住民」の人たちへの関心が高まりつつあります。
チェンさんはその結果、自分のベトナムというルーツ、アイデンティティを強く感じるようになったといい、同時に、現在政府が推進している、様々なルーツをもつ子どもたちが、小学校で自分の母語を学ぶ政策は非常に重要だと考えるようになりました。そして、今回の総統選挙において、最大野党・国民党の韓国ユ・高雄市長が、これらの母語教育プログラムの廃止を訴えたことに不満を覚えたそうです。
チェンさんは、国家アイデンティティについて、自分は台湾人、かつベトナム人であり、中国人だとは思わないと強調、台湾海峡両岸の統一問題については、統一は全く受け入れられない、可能性があるとすれば、中国大陸が民主化してようやく交渉のテーブルにつける、との考えを示しました。
同じく国立台湾大学で学ぶリー・ルーバオさんは、チェンさん同様、台湾出身の父とベトナム出身の母を持ちます。ただ、チェンさんと異なるのは、リーさんはベトナムのホーチミンで生まれ育ったこと。台湾出身の子女たちが通う高校を卒業後、一人で台湾にやってきました。
リーさんは、台湾社会に東南アジアへの偏見、差別があると指摘しつつ、自身の国家アイデンティティについては、チェンさん同様、台湾人、かつベトナム人であり、中国人だとは思わないと述べました。ただその上で、豊かな文化がある中国大陸自体は決して嫌いでないといい、中共と中共の統治方法に抵抗感がある、と話します。
ベトナムも政府による言論統制などがあると言われますが、リーさん自身は、中国大陸ほどではないと考えており、香港の一件をきっかけに台湾の若者が中共の統治手段に関心を示すようになったのだろう、との見方を示しました。
前半の新住民の人たち、そして後半の新住民二世の人たちの話からは、いずれも中共の脅威が大きな投票決定のポイント、より直接的にいえば、多くの「新住民」の人々が、中国大陸と距離を取る蔡英文・総統へ投票したであったことが伺えます。
それと共に、蔡英文・総統が訴えた、多文化主義やリベラルな政策も、台湾社会において、主流とはいえない彼女たち「新住民」にとって、魅力的に感じられたのかもしれません。この点も、今回、無党派層を含め、若い世代を中心に、多くの人々が蔡英文・総統に投票したポイントだといえそうですね。