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音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。</... more
November 26, 2025昭和の音旅 #180 隼人町「鹿児島神宮の鶯張り」その3音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和53年の音源から、隼人町「鹿児島神宮の鶯張り」を3回シリーズでお届けします。隼人町にある鹿児島神宮の拝殿は、歩くとキュッキュッと鮮やかな音を出す鶯張り。宝暦4年(1754年)に京都から宮大工を呼び寄せて造られたという仕組みを宮司さんが説明します。11月のお昼の12時頃、気温か一番上がって乾燥している時が一番良く鳴るそううで、人間の体重によって音は変わるようです。拝殿ができた当時は漆塗りで床は全然動かず音はしませんでしたが、漆が取れてウグイスの鳴き声のように聞こえるように…。...more4minPlay
November 25, 2025昭和の音旅 #179 隼人町「鹿児島神宮の鶯張り」その2音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和53年の音源から、隼人町「鹿児島神宮の鶯張り」を3回シリーズでお届けします。隼人町にある鹿児島神宮の拝殿は、歩くとキュッキュッと鮮やかな音を出す鶯張り。宝暦4年(1754年)に京都から宮大工を呼び寄せて造られたという仕組みを宮司さんが説明します。11月のお昼の12時頃、気温か一番上がって乾燥している時が一番良く鳴るそううで、人間の体重によって音は変わるようです。...more4minPlay
November 24, 2025昭和の音旅 #178 隼人町「鹿児島神宮の鶯張り」その1音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和53年の音源から、隼人町「鹿児島神宮の鶯張り」を3回シリーズでお届けします。隼人町にある鹿児島神宮の拝殿は、歩くとキュッキュッと鮮やかな音を出す鶯張り。宝暦4年(1754年)に京都から宮大工を呼び寄せて造られたという仕組みを宮司さんが説明します。...more4minPlay
November 21, 2025昭和の音旅 #177 奄美のシマ唄「東がれ(あがれ)立雲節」「いそ加那節」音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和36年の音源から、奄美のシマ唄「東がれ(あがれ)立雲節」「いそ加那節」をお届けします。「東がれ立ち雲」とは、東の空の朝方の雲の意味。朝日が昇ると雲が断ち切られ、陽光が射してくる…雲と恋人同士の朝の別れを歌ったものです。本来は踊りや歌遊びの別れ歌でした。「いそ加那節」は、梅仁志主という身分の高い人の妻・いそ加那が亡くなり、愛妻家の彼は雨の日も嵐の日も欠かさず妻の墓前に日参して花を手向けたという歌。起伏ある旋律が、哀れさと悲しさを誘います。...more4minPlay
November 20, 2025昭和の音旅 #176 喜入町「棒踊り」音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和36年の音源から、喜入町の「棒踊り」をお届けします。...more4minPlay
November 19, 2025昭和の音旅 #175 鹿児島「ハンヤ節」その3音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和31年の音源から、鹿児島の「ハンヤ節」を3回シリーズでお届けします。「ハンヤ節」は、平戸や呼子などの漁港に歌われている「ハイヤ節」が流れてきたものという説と、鹿児島で生まれたという2つの説があります。鹿児島説によれば、初めて「ハンヤ節」が歌われたのは薩摩半島の南端・坊津港と言われていました。「ハンヤ、ハンヤ」という囃子言葉は「繁栄=栄える」という意味で、大漁船が港に入ってくるときは「ハンヤ、ハンヤ」と船べりをたたいて囃しながら入港していたようです。...more4minPlay
November 18, 2025昭和の音旅 #174 鹿児島「ハンヤ節」その2音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和31年の音源から、鹿児島の「ハンヤ節」を3回シリーズでお届けします。鹿児島に情緒的な民謡がわりあい少ししかないのは、薩摩藩が朴訥実直の士風を重んじたためかもしれません。しかし、よそから歌が入ってくると長い間歌い継がれて、元歌とはだいぶ変わった歌となって残っています。...more4minPlay
November 17, 2025昭和の音旅 #173 鹿児島「ハンヤ節」その1音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和31年の音源から、鹿児島の「ハンヤ節」を3回シリーズでお届けします。「ハンヤ節」は、「おはら節」と並ぶ鹿児島の代表的な民謡のひとつ。何かお祝い事があれば、この「ハンヤ節」の唄と踊りでお開きになるほどです。全国で3番目と言われる長い海岸線を持つ鹿児島のあらゆる港には、全国各地から船が集まり、港から港へと風靡した舟唄が「ハンヤ節」です。...more4minPlay
November 14, 2025昭和の音旅 #172 黒島で収録「太鼓踊・イッポンヅリ」音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和38年の音源から、黒島・片泊集落の盆踊「太鼓踊・イッポンヅリ」をお届けします。太鼓踊り(1.タカハシドノ 2.キジハケンケン 3.カノヤブシ 4.サイタサクラ 5.イッポンヅリ 6.トロイトロイ 7.ユキノシマ 8.カリヨシノフネ)...more4minPlay
November 13, 2025昭和の音旅 #171 奄美のシマ唄「芦花部(あしけぶ)一番節」音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。昭和36年の音源から、奄美のシマ唄「芦花部(あしけぶ)一番節」をお届けします。「♪芦花部一番や 上殿内(うんとぬち)ばぁ加那 くばや一番や 実久くばや」芦花部一の美女は、上の方の屋敷に住む、ばぁ加那。 その、ばぁ加那に会って力を得た実久の青年達は、くばや(小早)舟競争で一番になった。薩摩藩統治時代の中頃、芦花部に住む ばぁ加那は、生まれついての美貌と集落を流れる川の清らかな水に磨かれた気高さで島中に知れ渡っていました。龍郷で大型開墾事業が行われ、島の各地から作業員が集められました。事業が終わり帰路につく各地の「くばや」は競争となり、先頭にいた実久集落の「くばや」は芦花部の沖合いにさしかかると、ばぁ加那を一目見て帰りたいと上陸。念願叶った実久の青年達は再び舟を漕ぎ出し、名瀬の港に一番で着いたという伝承を唄にしたのが「芦花部一番節」で、別名「実久(さねく)くばや」とも言います。...more4minPlay