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天地金乃神様の願いの第一は人が助かると言うことです。その御心を心とされた師匠大坪総一郎師の願いの第一も人が助かると言うことになります。更にその師匠の御心を心とさせて頂こうと言う弟子たちの願いもまた人が助かることが第一ですと言う心が育って来なければならないことになります。ところが、自身の教会が発展することのために合楽理念を使おうとする段階で止まっているような感じがいたします。
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(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
師匠大坪総一郎師は「心ひとつですべてを創る」と教えて下さった。今朝は、神様の心に通う心ひとつですべてを創ると頂いた。私どもの心が創り出しているのではない、私どもの心が神様に通い、そこに神様が感応ましまして創り出して下さるのだと言うこと。神様の御心に通わない氏子の心では何も創り出すことは出来ない。
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成り行きを大切にする、尊ぶと言うことが師匠大坪総一郎師の教えて下さる合楽理念の母体です。ではなぜ成り行きを尊ばねばならないか、それは神様の御働きだからと言われます。今朝は成り行きは神様の御心の現れと頂きました。それは人間氏子を助けたい、真実の幸福の世界に導きたいと言う神様の御心の現れだからです。
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ご利益を求めての信心ではないが、ご利益を否定するわけではない。生きた信心にはご利益は付きものと師匠大坪総一郎師は教えて下さる。しかしそこには真実の助かりはない。真実の助かりは自ら求めて精進しなければ棚ボタ的には頂けない。先ずは真実の助かりとは何かを教えて頂かなければならないだろう。
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今朝は起きがけに、それは神様の御都合だから、と頂いた。と言っても素直に神様のご都合として頂ける人は少ないだろう。神様の都合より私の都合の方が先だと言う人の方が多いのではないだろうか。神様を信じると言う世界からもう一つ上がった神様への信頼を深めている人でなければ頂けないのではないだろうか。
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教祖生神金光大神様は、神様の仰せ通りに仕りそうろうと仰っておられます。また、明治6(1873)年旧暦4月4日お知らせ、何事もみな天地乃神の差し向け、びっくりということもあるぞ、と書き残しておられます。御夢一つでも神様の仰せ、あるいはお差し向けとして大切にさせて頂く心がけが要ると思います。
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師匠大坪総一郎師の御教え下さる合楽理念の母体は、成り行きを大切にとか、尊ぶと言うことですが、なぜ成り行きを大切にしなければなりませんかと言う問いがあることが有ります。色々な答えが有ると思います。一つでは無いと思います。その中に今日は、神様が授けようとしておられる最高のおかげを頂き続けることのためにと頂きました。
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ひところ忖度(そんたく)という言葉が流行ったと思います。あまり良い意味では使われていなかったように思います。しかし真心からの神様への忖度は有難いことだと思います。師匠大坪総一郎師の御神徳を頂く六ヶ条の一つに、神様の顔色が分かるようになるまで、と言うのがあります。
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天地金乃神様の願いの第一は人が助かると言うことです。しかしその助かり様は子供のわがままを聞いて、叶えて助けると言うような助かりではありません。子供の心が育ち、親の心が分かるようになっての真実の助かりです。即ち人の心が育つことによる真の助かりです。ですから人の心が育つことが第一と言うことになります。
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御神意、すなわち神様の御心に沿うあり方にならせて頂こうとするのが真の信心です。熱心な信心者と言い、お参りの回数が多いほど熱心だと思いがちですが、あながちそうとも言えません。どんなに朝参り、日参り、夜参りが出来ていても自分の願いごとを聞いて貰いたいだけの信心では信心熱心とは言えません。
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