私たちの生活に不可欠な「水」。蛇口をひねれば当たり前に出てくるその水が、今、サイバー攻撃という見えない脅威に晒されています。普段意識することの少ない水インフラの裏側では、施設の老朽化とデジタル化の遅れという深刻な課題が進行しており、私たちの安全を根底から揺るがしかねない状況です。
今回は、水インフラとデジタル化の専門家であり、かつ、企業で情報システム部門長の経験もあるウォーターデジタル合同会社代表の原田篤史さんをゲストにお迎えしました。国内外の事例を基に、水インフラが直面するサイバーセキュリティのリアルと、その未来について深掘りします。
日本の大手企業が海外子会社で受けたランサムウェア攻撃から、アメリカの浄水場が制御システムを乗っ取られ、水道水に危険なレベルの化学物質を混入されかけた事件まで、具体的なケーススタディーを通して、私たちが学ぶべき教訓を紐解きます。
■□ハイライト □■
- 日本の大手企業が受けたサイバー攻撃の教訓: 海外子会社のM&A(合併・買収)時に見落とされがちな「サイバーデューデリジェンス」の重要性とは? サプライチェーン攻撃の起点となりうる海外拠点のIT管理の難しさと、ゼロトラストに基づいた本社側の先進的な対策が被害を食い止めた事例を解説します。
- アメリカ浄水場攻撃事件の恐怖: ある町の水道水が、ハッカーによって意図的に汚染されかけた事件の詳細に迫ります。古いOSを使い続けた1台のPCが侵入経路となり、遠隔操作で塩素の注入量を危険なレベルに変更。「無色透明」な水の脆弱性と、生活に直結する重要インフラ防衛の課題を浮き彫りにします。
- 忍び寄る「老朽化」という危機: 日本の水道インフラの多くは、高度経済成長期に建設されてから約50年が経過し、更新時期を迎えています。熟練技術者の退職と「紙文化」による運用のブラックボックス化が進み、事故が頻発する「臨界点」に達している現状を警告します。
- デジタル化が拓く未来と新たなリスク: 紙の日報や図面をデータ化することで、AIによる老朽化の予測や、技術継承が可能になります。一方で、安易なデジタル化はアメリカの事例のように新たな攻撃経路を生む諸刃の剣でもあります。コストを最適化し、守るべきものを明確にする「最適化されたセキュリティ」の考え方とは何かを議論します。
<ゲスト・プロフィール>
原田 篤史(はらだ・あつし)さん
ウォーターデジタル合同会社 代表。水インフラとデジタル化の専門家。総合水処理エンジニアリング大手・オルガノ株式会社にて、長年水処理エンジニアとして国内外で活躍。タイ赴任時には、経営から人事まで幅広い業務を経験。その後、情報システム部門の責任者として、社内のIT戦略を推進した異色の経歴を持つ。現在は、その知見を活かして独立し、水インフラのデジタル化支援やコンサルティングを手掛ける。経済メディア「NewsPicks」のプロピッカーとしても、水に関する情報を積極的に発信している。
NewsPicksトピックス「技術士が解説する水関連ニュース」: https://newspicks.com/topics/news-water/
X: https://x.com/HaradaAtsushi1
LinkedIn: https://www.linkedin.com/in/haradaatsushishi/
Note: https://note.com/watereng/all
■□ 収録後記 □■
収録を終え、日常の当たり前がいかに脆いバランスの上に成り立っているかを改めて痛感しました。原田さんのお話にあった「水は無色透明なので気が付きづらい」という言葉が特に印象的です。電気が止まればすぐに気づきますが、水質の異常は、健康被害という最悪の事態に至るまで表面化しない可能性があります。
日本の水インフラが抱える「老朽化」と「担い手不足」の問題は、まさに"静かなる危機"と言えるでしょう。高度成長期に一斉に整備された設備が、今、一斉に悲鳴を上げ始めている。この課題に対し、デジタル化が光明である一方で、アメリカの浄水場攻撃の事例が示すように、新たな脆弱性を生み出す危険性もはらんでいます。攻撃者は、防御の最も弱い一点を突いてきます。
今回の対談から、私は、サイバーセキュリティが単なるITの問題ではなく、私たちの生命や社会基盤そのものを守るための「総力戦」であることを学びました。経営企画が主導するM&Aの段階から情報システム部門が関わることの重要性や、現場で使われる一台のPCのOS管理まで、全ての点が繋がっています。
原田さんのお話は、水という身近なテーマから、地政学的なインフラ防衛の重要性までを地続きで理解させてくれる、非常に示唆に富むものでした。
(ホスト:JCGR 川端隆史)