10分で学ぶ日本の企業

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10分で学ぶ日本の企業 episodes

  • 三菱UFJフィナンシャル・グループ(5) モルガン・スタンレー出資とアジア展開の加速
    2008年のリーマンショックのさなか、米国のモルガン・スタンレーに約90億ドルを出資し、世界を驚かせる戦略的資本提携を結びました。さらに、タイのアユタヤ銀行やインドネシアのダナモン銀行などを子会社化し、アジアを「第二のマザーマーケット」として成長を取り込む積極的な投資を続けています。
    6 min
  • 三菱UFJフィナンシャル・グループ(4) 世紀の大合併と「UFJ統合劇」の波乱
    2005年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併し、「三菱東京UFJ銀行(現在の三菱UFJ銀行)」が誕生しました。この巨大統合の裏側では、三井住友フィナンシャルグループが異例の買収提案を行うなど波乱の展開があり、経営陣には「株主の利益」を最優先に考える企業統治のあり方が強く問われました。
    8 min
  • 三菱UFJフィナンシャル・グループ(2) ピープルズ・バンク三和銀行と中京の雄・東海銀行
    現在の三菱UFJ銀行を形づくる重要な源流として、関西と中京の銀行があります。1933年に大阪で誕生した「三和銀行」は、大衆とともに歩む「ピープルズ・バンク」を理念に掲げ、中小企業や個人取引に力を入れました。一方、1941年に誕生した「東海銀行」は中京圏を地盤とし、トヨタをはじめとする地域の製造業を力強く支えました。
    7 min
  • 三菱UFJフィナンシャル・グループ(1) 九十九商会から三菱銀行への軌跡
    土佐藩出身の岩崎弥太郎が1870年に立ち上げた「九十九商会」が、三菱グループの原点です。当初は海運業から始まりましたが、1880年に金融部門が「三菱為換店」として独立し、これが1919年の株式会社三菱銀行設立へと繋がります。また、後に合併することになる国際派の「東京銀行」は、1880年設立の横浜正金銀行をルーツとしています。
    8 min
  • ソニーグループ (5) 今後10年で目指すソニーの姿とは?
    ソニーは今後10年のビジョンとして、クリエイターの創造性を解放し、現実空間と仮想空間が重なり合う多様な体験を作ることを掲げています。アニメ制作の効率化やゲーム開発において、人工知能を安全に活用してクリエイターの作業を支援する技術開発を進めています。また、金融事業の部分的な分離による経営資源の集中や、事業活動と製品のライフサイクル全体で環境への負荷をゼロにするための長期的な取り組みなど、今後の方向性を解説します。
    8 min
  • ソニーグループ (4) 事業間の相乗効果はどう生み出されるか?
    ソニーグループ内では、異なる事業を掛け合わせて価値を高める取り組みが進められています。人気ゲームをテレビドラマ化したり、小説をアニメ化して世界中に配信したりと、知的財産をさまざまな形で展開しています。ゲームの制作技術を映画の撮影に応用したり、音楽ライブのデータを分析してイベント開催地を決定するなど、テクノロジーを活用した事業間の連携も活発です。グループ全体の強みを掛け合わせる現在の戦略を解説します。
    7 min
  • ソニーグループ (3) 現在のソニーを支える主力事業とは何か?
    現在のソニーグループは、ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画、エンタテインメント・テクノロジー&サービス、イメージング&センシング・ソリューション、金融の6つの事業で構成されています。特にゲーム、音楽、映画のエンタテインメント3事業が全体の売上の60%以上を占め、高い利益を生み出しています。また、画像センサー事業もモバイル向けを中心に成長を続けています。現在の事業構造と、多様な人材が活躍する組織体制について解説します。
    8 min
  • ソニーグループ (2) なぜハードウェアの枠を超えられたのか?
    1970年代から1990年代にかけて、ソニーはハードウェアの製造からエンタテインメントや金融へと事業の幅を広げました。1979年に発売されたウォークマンは、音楽を持ち歩くという新しい文化を作りました。さらに音楽事業や映画事業に進出し、1994年には初代プレイステーションを発売してゲーム市場を大きく開拓しました。同時期に金融事業も立ち上げ、現在の多角的な事業構成の柱が作られていく過程を解説します。
    7 min
  • ソニーグループ (1) ソニーはどのようにして誕生したのか?
    1946年、井深大と盛田昭夫によって設立された東京通信工業からソニーの歩みは始まりました。設立趣意書には、技術者が能力を最大限に発揮できる理想工場を作ることが掲げられていました。1950年には日本初のテープレコーダーを開発し、1955年にはトランジスタラジオを発売してアメリカなどで大きな成功を収めました。英語を使いこなし海外市場を自ら開拓した当時の若手社員たちの取り組みなど、世界的な企業へと成長する土台を築いた初期の活動を紐解きます。
    7 min

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