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August 15, 2015【A023】詩的喩の起源について45 minutesPlay【A023】詩的喩の起源について時間:45分音質:3ジャンル:文学講演日時:1971年5月2日主催:日本現代詩人会場所:新宿・紀伊国屋ホール収載書誌:中公文庫『語りの海3』(1995年)音源についてところどころに録音者の手元でノイズが入る個所がクリアに収録されている。講演より日本の詩が発生の起源に近いところで保存しているものから、詩的な喩の起源として考えられることは、一篇の詩形式のすべてを使って主観的な感情をあらわすというふうには詩の表現は可能ではなかった、ということです。日本では、詩の問題は「詩のなかに意味を込める」ことにはなかったんじゃないか、ということです。一般的に風景の描写とか日本的な自然美といわれていることは、本当はまったくの錯覚であって、詩の起源に近いところで「景物」が表現にあらわれている場合、その「景物」は決して写実的な意味での「景物」あるいは「自然」ということを意味せず、むしろ宗教的あるいは自然信仰の段階において個人の観念でなく共同体の観念が象徴的に寄り集まるところとして「自然」というものが詩の表現のなかに存在していた、ということが考えられるのです。...moreShareView all episodesBy 吉本隆明の183講演411 ratingsAugust 15, 2015【A023】詩的喩の起源について45 minutesPlay【A023】詩的喩の起源について時間:45分音質:3ジャンル:文学講演日時:1971年5月2日主催:日本現代詩人会場所:新宿・紀伊国屋ホール収載書誌:中公文庫『語りの海3』(1995年)音源についてところどころに録音者の手元でノイズが入る個所がクリアに収録されている。講演より日本の詩が発生の起源に近いところで保存しているものから、詩的な喩の起源として考えられることは、一篇の詩形式のすべてを使って主観的な感情をあらわすというふうには詩の表現は可能ではなかった、ということです。日本では、詩の問題は「詩のなかに意味を込める」ことにはなかったんじゃないか、ということです。一般的に風景の描写とか日本的な自然美といわれていることは、本当はまったくの錯覚であって、詩の起源に近いところで「景物」が表現にあらわれている場合、その「景物」は決して写実的な意味での「景物」あるいは「自然」ということを意味せず、むしろ宗教的あるいは自然信仰の段階において個人の観念でなく共同体の観念が象徴的に寄り集まるところとして「自然」というものが詩の表現のなかに存在していた、ということが考えられるのです。...moreMore shows like 吉本隆明の183講演View allTokyo Midtown presents The Lifestyle MUSEUM44 Listeners仏教伝道協会 presents 笑い飯 哲夫のサタデー・ナイト仏教16 Listeners歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO)242 Listeners真夜中の読書会〜おしゃべりな図書室〜8 Listeners荻上チキ・Session~発信型ニュース・プロジェクト42 Listeners好書好日 本好きの昼休み1 Listeners超リアルな行動心理学22 Listeners問わず語りの神田伯山16 Listeners速水健朗のこれはニュースではない3 ListenersBAYFM ロバート秋山の 俺のメモ帳!on tuesday Podcast11 Listeners金曜開店 砂鉄堂書店(KODANSHA presents)1 Listeners日本一たのしい哲学ラジオ9 Listeners永井玲衣×長井優希乃『Wナガイと哲学対話』0 Listeners小泉進次郎のポッドキャスト7 Listenersみうら五郎17 Listeners
【A023】詩的喩の起源について時間:45分音質:3ジャンル:文学講演日時:1971年5月2日主催:日本現代詩人会場所:新宿・紀伊国屋ホール収載書誌:中公文庫『語りの海3』(1995年)音源についてところどころに録音者の手元でノイズが入る個所がクリアに収録されている。講演より日本の詩が発生の起源に近いところで保存しているものから、詩的な喩の起源として考えられることは、一篇の詩形式のすべてを使って主観的な感情をあらわすというふうには詩の表現は可能ではなかった、ということです。日本では、詩の問題は「詩のなかに意味を込める」ことにはなかったんじゃないか、ということです。一般的に風景の描写とか日本的な自然美といわれていることは、本当はまったくの錯覚であって、詩の起源に近いところで「景物」が表現にあらわれている場合、その「景物」は決して写実的な意味での「景物」あるいは「自然」ということを意味せず、むしろ宗教的あるいは自然信仰の段階において個人の観念でなく共同体の観念が象徴的に寄り集まるところとして「自然」というものが詩の表現のなかに存在していた、ということが考えられるのです。
August 15, 2015【A023】詩的喩の起源について45 minutesPlay【A023】詩的喩の起源について時間:45分音質:3ジャンル:文学講演日時:1971年5月2日主催:日本現代詩人会場所:新宿・紀伊国屋ホール収載書誌:中公文庫『語りの海3』(1995年)音源についてところどころに録音者の手元でノイズが入る個所がクリアに収録されている。講演より日本の詩が発生の起源に近いところで保存しているものから、詩的な喩の起源として考えられることは、一篇の詩形式のすべてを使って主観的な感情をあらわすというふうには詩の表現は可能ではなかった、ということです。日本では、詩の問題は「詩のなかに意味を込める」ことにはなかったんじゃないか、ということです。一般的に風景の描写とか日本的な自然美といわれていることは、本当はまったくの錯覚であって、詩の起源に近いところで「景物」が表現にあらわれている場合、その「景物」は決して写実的な意味での「景物」あるいは「自然」ということを意味せず、むしろ宗教的あるいは自然信仰の段階において個人の観念でなく共同体の観念が象徴的に寄り集まるところとして「自然」というものが詩の表現のなかに存在していた、ということが考えられるのです。...more
【A023】詩的喩の起源について時間:45分音質:3ジャンル:文学講演日時:1971年5月2日主催:日本現代詩人会場所:新宿・紀伊国屋ホール収載書誌:中公文庫『語りの海3』(1995年)音源についてところどころに録音者の手元でノイズが入る個所がクリアに収録されている。講演より日本の詩が発生の起源に近いところで保存しているものから、詩的な喩の起源として考えられることは、一篇の詩形式のすべてを使って主観的な感情をあらわすというふうには詩の表現は可能ではなかった、ということです。日本では、詩の問題は「詩のなかに意味を込める」ことにはなかったんじゃないか、ということです。一般的に風景の描写とか日本的な自然美といわれていることは、本当はまったくの錯覚であって、詩の起源に近いところで「景物」が表現にあらわれている場合、その「景物」は決して写実的な意味での「景物」あるいは「自然」ということを意味せず、むしろ宗教的あるいは自然信仰の段階において個人の観念でなく共同体の観念が象徴的に寄り集まるところとして「自然」というものが詩の表現のなかに存在していた、ということが考えられるのです。