A・C・バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダ法話

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By Tapasvini Devi DasiEducation
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A・C・バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダ法話 episodes

  • プラブパーダ法話 35 (バーガヴァタム1-2-16)

    Title:『味わいを深める』

    1972年10月27日、 インド、ブリンダーヴァンで行われた法話です。

    ŚB 1.2.16

    शुश्रूषो: श्रद्दधानस्य वासुदेवकथारुचि: ।

    स्यान्महत्सेवया विप्रा: पुण्यतीर्थनिषेवणात् ॥ १६ ॥

    śuśrūṣoḥ śraddadhānasya

    vāsudeva-kathā-ruciḥ

    syān mahat-sevayā viprāḥ

    puṇya-tīrtha-niṣevaṇāt

    生まれ変わった聖者たちよ、一切の邪心を持たない献身者に仕えることで偉大な奉仕が為される。そのような奉仕によって、ヴァースデーヴァの教えを聴くことへの親近感を得ることとなるのだ。


    ーー 法話から ーー

    例えば、しょっぱいものが好きな人もいます。また、甘いものを食べることに惹かれる人もいます。また、スパイスの効いたものを食べたい人もいます。そのように、みなさん食べ物に好みは違いますが、それと同様に、私たちの味わい、クリシュナへの味わい、クリシュナへの性質、そういったものを高めていかなければなりません。

    これが私たちの完成への始まりなのです。

    そういう状態になる前というのは、物質的な意識にあるわけです。私たちがクリシュナへの味わいを増す、クリシュナへの理解を深める、そうすると、人が解放された時にruciというものがやってきます。

    まず、信念というものが必要になってきます。

    クリシュナはバガヴァッド・ギーターの中でおっしゃっています。私以上の権威は存在しない。他に誰もいない。私こそが至高であると、そのようにおっしゃっています。ですから、クリシュナのおっしゃっている説明に信念をもつということです。
    アルジュナがいい例です。アルジュナがバガヴァッド・ギーターを聴いた後でこのように言いました。
    『親愛なるクリシュナよ、あなたがおっしゃっていることは何であれ、一言、一言、すべて一言残さず、すべて受け止めます。』そういいました。
    これが必要なんです!

    1 hr 9 min
  • プラブパーダ法話 34 (バーガヴァタム1-3-15)

    Title:『マーヤに心を預けるな』

    1972年9月20日、ロサンゼルスで行われた法話です。


    ーー 法話から ーー

    とても腕のたつ、お医者さん、医療の人がいたとする、そうすると、その人はあなたに、あなたの病気に処方箋とうものを出してくれる。そして、あなたはそのお医者さんのところに何度も何度も通う。お医者さんはあなたがその病気が治らないかぎり同じ処方箋を与えます。その処方箋がちゃんといいものであれば絶対に変えはしません。けれども、経験を積んでいない薬剤師、そういう人がいたら、行くたんびに、くれる薬が違います。しかし、経験のある薬剤師は知っているわけです。最終的にこの病気を治すのはこの薬なんだということを知ってるわけです。この薬はきっと治すからこの薬を繰り返し、処方しつづけようと考えます。私たちもそれと同じです。
    Harer nāma harer nāma harer nāmaiva kevalam
    私たちは変えることをしません。
    今、hari-nāmaをしているけれど、hari-nāmaが自分のことをまだ治してくれない、だから、ちょっと、ハレークリシュナの代わりに、ジョン クリシュナとか言ったとします。(笑)
    それではダメです!、ジョン クリシュナではダメなのです。、同じ、ハレークリシュナを繰り返さなければなりません。そうすれば、みなさんは治ります。

    1 hr 8 min
  • プラブパーダ法話 33 (バーガヴァタム1-2-15)

    Title:『カルマの結び目を切る』

    1972年8月18日、ロサンゼルスで行われた法話です。

    ŚB 1.2.15

    यदनुध्यासिना युक्ता: कर्मग्रन्थिनिबन्धनम् ।

    छिन्दन्ति कोविदास्तस्य को न कुर्यात्कथारतिम् ॥ १५ ॥

    yad-anudhyāsinā yuktāḥ

    karma-granthi-nibandhanam

    chindanti kovidās tasya

    ko na kuryāt kathā-ratim

    聡明な者は剣を手にし、至高人格神を思いながら反動的な作用(カルマ)という束縛の結び目を切り落としていく。ならば、主の教えに耳を傾けない者などいるだろうか?



    ーー 法話から ーー

    私たち、生命体、わたしたちはこの体で制約を受けて、条件づけられた状態にあります。この体そのものが、わたしたちはこの体を持っている、そのことがもう、処罰を与えられているのです。このことを悪人たちが理解していません。それで何とか、この体を楽しもうとしています。

    自分の人生とは、いったいどういう状態にあるのか、私はいったい何をしているのだろう?そういう時に気づいていない時、そういう状態を結び目だと呼びます。とてもきつく結ばれた結び目です。

    ここに薬があります。どんな薬でしょうか?

    もし本当に解けない硬い結び目があったとしたら、鋭いナイフを取り出して切り落とします。そうすれば、結び目はほどけます。すぐに解けます。

    同様に、この物質的な人生というのは結び目なのです。とても強い結び目なのです。全世界というのはこの自然の法則によって縛られています。なぜでしょうか?わたしたちは強い何の欲望があるのでしょうか?

    プラブパーダは、この結び目を解く方法を法話で説いています。パワフルな法話です!

    1 hr 3 min
  • プラブパーダ法話 32 (バーガヴァタム1-2-14)

    Title:『4つの社会階級を作る』

    1972年8月17日、ロサンゼルスで行われた法話です。

    ŚB 1.2.14

    तस्मादेकेन मनसा भगवान् सात्वतां पति: ।

    श्रोतव्य: कीर्तितव्यश्च ध्येय: पूज्यश्च नित्यदा ॥ १४ ॥

    tasmād ekena manasā

    bhagavān sātvatāṁ patiḥ

    śrotavyaḥ kīrtitavyaś ca

    dhyeyaḥ pūjyaś ca nityadā

    ゆえに、献身者を守ってくださる人格神について絶えず一心不乱に耳を傾け、栄光を称え、想い、崇拝すべきである。



    ーー 法話から ーー

    ヒラニヤカシプのように、彼は献身者であるブラフマーから恩恵を与えられました。ヒラニヤカシプは様々な恩恵を受けました。私はあんなふうには死なない、こんな風には死なない、様々な条件をつけました。

    しかし、クリシュナはそのことをご覧になって、そして、この悪者は様々な混乱を招いている。いったいどうやって殺そうか、とお考えになりました。そこで、その献身者である、主ブラフマーの言葉、それを守るためにクリシュナは、ヒラニヤカシプが持ち出した、様々な条件にはまったく触れませんでした。

    ヒラニヤカシプの出してきた条件に触らないような別の方法で彼を殺しました。

    ヒラニヤカシプは言いました。私はどんな動物にも殺されない、どんな人間にも殺されないと。あ、いいでしょう!ナラシンハデヴァは人間でもなければ、動物でもありませんでした。また、ヒラニヤカシプはこのように望みました。昼にも殺されない、夜にも殺されないと。あ、いいでしょう!、ひるでもない、夜でもない、夕方という時間に殺されました。また、ヒラニヤカシプは望みました。地上でも殺されない、空中でも殺されないと。彼は膝の上で殺されました。

    これが神です。あなたは何とか、神をごまかそうとう知性を持つかもしれない。しかし、神はあなたよりももっと知性があるのです。あなたの使おうとしているトリックなどはすべて見破っています。そして、死に至らしめます。これは避けることができません。神なんかいないというかもしれない。しかし、あなたの死のときには、神はやっていきます。ヒラニヤカシプのときはそうです。ヒラニヤカシプは神を信じていませんでした。しかし、神は現れました。神はここにいますよと。ここで、あなたは神は何か見ることができたでしょうと。

    ですから、そのような形で神に会うことになる前に、常に神のことをハートの中で思っている方が良いです。神の知識を育んだ者、そうした人はいつもハートの中で神のことを見ています。

    これを修練すべきです。

    1 hr 8 min
  • プラブパーダ法話 31 (バーガヴァタム1-2-13)

    Title:『クリシュナが大丈夫と言うなら』

    1972年10月24日、ブリンダーヴァンで行われた法話です。

    ŚB 1.2.13

    अत: पुम्भिर्द्विजश्रेष्ठा वर्णाश्रमविभागश: ।

    स्वनुष्ठितस्य धर्मस्य संसिद्धिर्हरितोषणम् ॥ १३ ॥

    ataḥ pumbhir dvija-śreṣṭhā

    varṇāśrama-vibhāgaśaḥ

    svanuṣṭhitasya dharmasya

    saṁsiddhir hari-toṣaṇam

    二度目の誕生をした者の中で最高の者よ、ゆえに結論として言えることは、社会階級と生活区分にふさわしい職業上の義務を遂行して得られる完成の中で最高のものは、人格神を喜ばせることである。



    ーー 法話から ーー

    人々が関心を持っているのは、外的な、外向けの体だけです。本当の自分というのはこの覆い、この体ではありません。わたしたちには魂の情報が与えられていません。ヴィシュヌについての情報も魂の起源の情報も与えられていません。
    ちょうど、私たちのバーガヴァタムの本の中にある絵ですけれども、この一つの絵は女性は鳥かごを世話して綺麗にしている。しかし、その鳥かごの中の鳥は死んでいる。わたしたちは体を一生懸命世話しているけれども、しかし、内なる魂の世話をしていないとうことです。
    これが牛とロバの文化です。

    56 min
  • プラブパーダ法話 30 (バーガヴァタム1-2-12)

    Title:『クリシュナと踊る資格』

    1973年11月18日、インド、デリーで行われた法話です。

    ŚB 1.2.12

    तच्छ्रद्दधाना मुनयो ज्ञानवैराग्ययुक्तया ।

    पश्यन्त्यात्मनि चात्मानं भक्त्या श्रुतगृहीतया ॥ १२ ॥

    tac chraddadhānā munayo

    jñāna-vairāgya-yuktayā

    paśyanty ātmani cātmānaṁ

    bhaktyā śruta-gṛhītayā

    知識と放棄を備えて誠実に質問する学徒や聖者たちは、ヴェーダーンタ・シュルティから学んだとおりに献身奉仕をすることにより、絶対真理を理解する。


    ーー 法話から ーー

    誰もが楽しみたいと思っています。それは自然な傾向です。  

    女性と楽しみたいとか、交際したいとか、すごいお金持ちがやはり、素敵な美しい女性と交際したいと、そのように望んでいます。  

    西洋諸国でも私はそのようなことを目にしてきました。パリに行くとたくさんのクラブがありますが、女性と交際するというためにあります。そのことはみんな知っています。そういう傾向は確かに存在します。そういった傾向があるというのは、豊かであるという意味でもあります。

    この物質世界においては同じようにそういったものが存在し、貧困というものも存在しますが、それが本体の立場ではありません。  ですから、私たちは欲求不満に陥っているわけです。

    1 hr 35 min
  • プラブパーダ法話 29 (バーガヴァタム1-2-12)

    Title:『豚や犬を越える課題』

    1972年10月23日、インド、ブリンダーヴィンで行われた法話です。

    ŚB 1.2.12

    तच्छ्रद्दधाना मुनयो ज्ञानवैराग्ययुक्तया ।

    पश्यन्त्यात्मनि चात्मानं भक्त्या श्रुतगृहीतया ॥ १२ ॥

    tac chraddadhānā munayo

    jñāna-vairāgya-yuktayā

    paśyanty ātmani cātmānaṁ

    bhaktyā śruta-gṛhītayā

    知識と放棄を備えて誠実に質問する学徒や聖者たちは、ヴェーダーンタ・シュルティから学んだとおりに献身奉仕をすることにより、絶対真理を理解する。





    ーー 法話から ーー


    物質的な教育というのはただ単にマーヤの富を増やしているに過ぎない。

    例えば、わたしは暗闇の中にいる。その暗闇がどんどん広がってもっと暗闇がおおきくなっているのを進歩とか、進化とか呼ぶでしょうか?
    暗闇の中に必要なのは明かりです。その暗闇の中に明かりがあれば、それは進歩した状況になってきていると言えます。いわゆる名前ばかりの物質的な教育というものがどんどん大きくなっていく、そのことはただ単に人々にもっともっとこの物質世界に引きつけるだけ、それを進化と呼んでしまっています。人生の価値はいったいなんであろうかという、この知識を取り入れることです。そして、実際に、その知識の段階に到達することができたならばその人は物質世界から執着をなくしていかなければなりません。それが必要です。

    しかし、実際にどうなってるか、実際は人生の価値、知識、それがなくて、人々はどんどんと物質世界に執着を強めてしまっています。だから、クリシュナはおっしゃっているのです。いわゆる教育、進歩というもの、それは、マーヤ、幻想エネルギーがこの知識の本当の目的というものを覆い隠しています。ただ、無駄にしています。

    ロサンゼルスの大学から、たくさんの科学者とか、心理学者とか、いろんな学者さんたちがきました。そこで私たちは話したんですが、私はこのように言いました。この今の教育の進歩と言われるものが人々を低級な人類にしていると言いました。学生たちはそのことを受け入れました。中にはとても真剣な学徒たちもいたからです。
    この教育というものは、人が物質的な教育がつけばつくほど、興味を失っています。

    1 hr 31 min
  • プラブパーダ法話 28 (バーガヴァタム1-2-12)

    Title:『クリシュナに会いたいと切望せよ』

    1972年8月5日、ロスサンゼルスで行われた法話です。

    ŚB 1.2.12

    तच्छ्रद्दधाना मुनयो ज्ञानवैराग्ययुक्तया ।

    पश्यन्त्यात्मनि चात्मानं भक्त्या श्रुतगृहीतया ॥ १२ ॥

    tac chraddadhānā munayo

    jñāna-vairāgya-yuktayā

    paśyanty ātmani cātmānaṁ

    bhaktyā śruta-gṛhītayā

    知識と放棄を備えて誠実に質問する学徒や聖者たちは、ヴェーダーンタ・シュルティから学んだとおりに献身奉仕をすることにより、絶対真理を理解する。



    ーー 法話から ーー

    神を見たことがありますか?
    こういった質問に時々遭遇します。
    答えはこうです。はい、見ることができますよ、誰でも見ることができます。私も神を見ています。
    しかし、そこには資格が必要です。

    例えば、こういったものです。
    神はいます。と同じように、車があります。
    車のどこかが調子悪い、誰もがその車を見ているんですけれども、しかし、エンジニア、修理工の人、そういう人はまた見るところが違います。ですから、私たちはその車を修理工の所に持っていかなければなりません。ちゃんと走らないんですけれど、どこか悪いんでしょうか?そうすると、修理工の人はどこか、その部品をみて、部品をどこか触って、普通に動くようになります。

    でも、悪質な人はそのことがわかっていません。ですから、悪質な人は自分には資格がないのに、どうしたら神が見れるかと言います。
    車がどっか調子わるい、エンジニアの人の見方と私の見方と同じではありません。修理工の人は見る資格を持っています。ですから、何かがおかしくなったら、すぐにどこかのパートを触ります。車をみるのにもそんな資格が必要なのですから、
    神を見るにはそれなりの資格が必要だということです。

    35 min
  • プラブパーダ法話 27 (バーガヴァタム1-2-11)

    Title:『理解における最後の言葉』

    1972年10月22日、インド、ブリンダーヴィンで行われた法話です。

    ŚB 1.2.11

    वदन्ति तत्तत्त्वविदस्तत्त्वं यज्ज्ञानमद्वयम् ।

    ब्रह्मेति परमात्मेति भगवानिति शब्द्यते ॥ ११ ॥

    vadanti tat tattva-vidas

    tattvaṁ yaj jñānam advayam

    brahmeti paramātmeti

    bhagavān iti śabdyate

    絶対真理を知る博学な超越主義者はこの一元的な物体を、ブラフマン、パラマートマー、バガヴァーンと呼ぶ。



    ーー 法話の内容から ーー

    この人生でこのバクティーヨーガを実践すれば、そのやった分だけ、それは永遠にあなたの財産になります。そして次の生で、またその場所から、その前世でやったところから、また始めることができます。その人生のうちに100%終わることができれば、それはすばらしいことです。でもそうじゃなかったしても、例えば、今世で50%できたとします。その50%はもうあなたの永遠なる財産です。決して失うものは何もありません。

    1 hr 7 min
  • プラブパーダ法話 26 (バーガヴァタム1-2-10)

    Title:『産業発展などない』

    1972年10月21日、インド、ブリンダーヴァンで行われた法話です。

    ŚB 1.2.10

    कामस्य नेन्द्रियप्रीतिर्लाभो जीवेत यावता ।

    जीवस्य तत्त्वजिज्ञासा नार्थो यश्चेह कर्मभि: ॥ १० ॥

    kāmasya nendriya-prītir

    lābho jīveta yāvatā

    jīvasya tattva-jijñāsā

    nārtho yaś ceha karmabhiḥ

    人生の願望を決して感覚満足に向けてはならない。人間とは絶対真理について問うためのものであるから、健全な生活、すなわち自己の維持だけを望むべきである。他のいかなるものも、仕事の目的にしてはならない。



    ー 内容から ー


    私たちのクリシュナのへの愛というのはもうすでにあるのです。
    ただ覆われているのです。物質自然の様式の影響によって覆われている状態です。ですから、このクリシュナ意識運動というのは、他の何ものでもありません。そのクリシュナ意識を見つけるということです。もうクリシュナ意識はちゃんと初めから既にあるのです。でも、わたしたちは人々にこのクリシュナのことに耳を傾ける、その機会を与えています。ただそれだけなのです。ここにいる、ヨーロッパの、あるいは、アメリカの青年、少女たちたち、この人たちはこの運動に参加していますが、ただ、聞くということ、クリシュナのことに耳を傾けるという機会が与えられただけのことのなのです。

    事実、人がこのハレークリシュナマントラを聞く機会を与えられたなら、そうすれば、次第次にそれぞれのハートの中にある汚いものが浄化されて、そして、クリシュナは一体何であるかを理解できるようになります。それが方法なのです。

    私たちは人々に向かって、これになりなさい、あれになりなさいとか、そういうことは言いません。ただ私たちが人々にいうことは、どうか一緒に唱えてくださいというだけです。

    わたしはニューヨークにある、ある公園で唱え始めました。わたしは木の下に座っていました。わたしはそこで、2時から5時まで3時間の間、唱えていました。そうすると、青年や少女たち、犬を連れて、子供を連れて、人々がやってきて一緒に踊り始めました。それが始まりでした。そんな風にして、だんだんとその人たちが生徒になっていきました。

    このようにしてだんだんと大きくなっていきました。まず最初はニューヨーク、サンフランシスコ、モントリオールと広がっていきました。そして、今は世界中に100以上のテンプルがあります。(1972年)


    わたしたちがしたことは、ただ、唱えたことだけです。





    1 hr 7 min

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バクティヨーガの教典を世界に広めた、A・C・バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダによるヴェーダの教え、シュリーマド・バーガヴァタムの法話 (日本語訳付) です。