二十年ぶりに読みましたが、やっぱり印象はだいぶ変わるものですね。
ある午後、あたしはひたすら山を登っていた。そこにあるはずの、あってほしくない「あるもの」に出逢うために――子供という絶望の季節を生き延びようとあがく魂を描く、直木賞作家の初期傑作。
再読する前の印象としては「なんか厨二病の遣る瀬無い話だったと思う」程度の記憶でした。でも今読むと全然違うところに目が行きます。
当時思っていた感想と、まるで違うという点もあるかもね。ある意味、「そうやって大人になるんだよな」という無責任な諦観もちょっとはあります。
第一章 砂糖菓子の弾丸とは、なかよくできない
「彼女はさしずめ、あれだね。〝砂糖菓子の弾丸〟だね」
「へ?」
「なぎさが撃ちたいのは実弾だろう? 世の中にコミットする、直接的な力、実体のある力だ。だけどその子がのべつまくなし撃っているのは、空想的弾丸だ」
本著にちょくちょく出てくる、実弾だの砂糖菓子だのといった用語。「世の中にコミットするかどうか」が線引なんだろうけど、そのへんが実に厨二病的。この世界の説明に一役買っていますね。
「むかしむかし、岩塩で作った弾丸で人を殺した男がいたんだ。男は硬く硬く岩塩を固めて一発の弾丸を作り、暖炉のそばで相手を撃ち殺した。暖かなその場所で死体はほかほかに温まって、体内に残った岩塩は溶けてしまった。跡形もなく、ね」
「へぇぇ……」
あたしは身を乗り出した。
「でも、じゃ、そいつは捕まらなかったの? でも捕まらなかったらおにいちゃんもその話、知らないよね。捕まったの? いつの話? どうやって?」
友彦は肩をすくめた。
「名探偵が出てきて、見事に見抜いたんだ」
氷で殺した、というのは有名だけどね。岩塩というのは初めて聞いた(二度目の通読だけど)。
しかし、こうやって改めて読むと、推理小説って間抜けね。
あたしはまたムキになっていた。あたしらしくなかった。こんなことはまったくあたしじゃない。今日一日の時間にはどこにも実弾がなかった。
「実弾」的である、というのが山田なぎさのアイデンティティなんだな。それが崩れる日がある。とてもリアリティを感じますね。あるよね、「今日は全く俺らしくない」と思う日。そしてそれを誘発させやすい人間っている。あたくしにとっては子どもがそれに当たるかも。
こないだ、嵐のとき父が死んだ話をしたら、制止も聞かずにべらべらと海の底で幸せだとか話していたときも、もしかしたらこのへんな女の子は、あたしのために作り話をしてくれていたつもりなのかもしれない。
そんなふうに思った。藻屑の優しさはずれていて迷惑だったし、現にいまも会ったこともない友彦をべた 褒めされても困るだけなんだけど、そのべたべたの砂糖菓子について、あたしはあまり怒る気になれずに、ただ黙って歩き続けた。
時代で流行の主人公像、という感じするよね。やれやれ系というか。
第二章 砂糖菓子の弾丸と、ふたりぼっち
藻屑は子供みたいに笑った。それからなんの脈絡もなくとつぜんテトラポッドから飛び降りると、暗い夜の海に頭から見事に真っ逆さまに落ちた。闇との境がわからないぐらい暗く染まる海に落ちてどんどん消えていく海野藻屑の姿は、まるで唐突な自殺のようであたしは思わず「あっ」と叫んだ。藻屑は今日も黒っぽいシンプルだけどじつに素敵なデザインのワンピースを着ていた。 膝 までの丈でふわふわと広がるスカートの 裾 が、ぷくり、とはらんでいた空気を吐きだして、沈んでいった。
ここ、急にマジックレアリスム的になる。この切り替えに一瞬、まんまとぎょっとしましたね。描写がどことなく不安げで、それでいて美しくて。いいシーンですね。全編を通して、ここだけ毛色の違う描写というのも面白い。
何度も何度も、自分が藻屑に腹を立てたときのことを思い出した。
それから花名島が、俺の言うこと無視しやがってと怒っていたときのことも、思い出した。
藻屑に船の転覆の話を「やめて」と言ったとき。花名島がバスの中で話しかけたとき。全部、藻屑の左側から声をかけたときばかりだ。藻屑は都合の悪いことは聞こえないふりする、ずるい、と怒っていたことの数々があたしにのしかかってきた。聞こえなかっただなんて。
差別は無知からも始まる、というようにも読み取れるし、そういうのを申告できないから虐待というのは厄介だ、というようにも読み取れるし、藻屑っぽいなと笑うことすら出来ますね。
床に転がって打たれている花名島の顔には、 恍惚 とした、あたしが人の顔に見たことのない不思議なものが浮かんでいた。
ちょっと春琴抄的な美しさがこのシーンにもありますね。ただ、内容としては触れる程度。もうちょっとそこの感情を深堀りしたら、、、、単なるあたくしが好き、ってだけだけどね。見た目が好みの異性に叩かれる、というのは扉を開けてしまう可能性が大だよね。
そこをなにかが遠ざかっていった。濃いピンク色をした霧のようなものを一瞬、見たような気がした。なにかがあたしと友彦のそばからゆっくりと離れていった。
なんだろ。厨二性の象徴かな。本著の中の言葉でいえば「砂糖菓子」性とでもいうか。
もしかしたら……家を出て歩きだしたときにすれ違ったあれ、あの濃いピンク色をした霧が、友彦が生活や未来や友達や恋と引き替えに手に入れた 神 だったのかもしれなかった。
うーん、まぁ、神だったのか、もっと陳腐なものだったのか。本著ではどちらとも取れます。友彦はこれで良かったのか、という問いにもつながりますね。
当時と比べると、本著への解像度が格段に上がった気がする。自分はずいぶん子どもだったんだな、と懐かしがるくらいでありました。