今年、没後40年を迎える、フランス・ヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画監督がいます。
フランソワ・トリュフォー。
27歳のときに初めて撮った長編映画『大人は判ってくれない』は、いきなりカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。
世界中から賞賛を浴び、興行的にも大ヒットを記録します。
原題は、直訳すれば「400回の殴打、打撃」。
フランスの慣用句に照らし合わせれば、「分別のない、放埓(ほうらつ)な生き方」というタイトルのこの映画は、12歳の少年、アントワーヌが、母親に愛されず、孤独な毎日の果てに、事件を起こし、鑑別所送りになるという物語。
これは、ほぼ、トリュフォーの実話と言われています。
幼い頃から親の愛を知らずに育ったトリュフォーにとって、唯一のやすらぎは、自宅で読むバルザックと、暗闇の中で観る映画でした。
特に映画を観ている間だけは、自分は何者にもなれた。
今とは違う境遇、人生を、生きることができた。
でも、ひとたび映画館の重い扉を開けて外に出れば、落第して学校をやめた自分、両親に愛されていない自分に向き合わなければなりませんでした。
いちばん愛してほしかった母には、いつも厳しくされ、存在自体をうとましく思われていることに気がついてしまったのです。
ただ、美しい母が好きでした。
特に、母の長くてすらっとした脚に魅了されました。
トリュフォーの映画には、ローアングルの女性のスカートや脚のカットがよく出てきますが、そこに彼の幼い日の憧憬が残されているのかもしれません。
ジャン・リュック・ゴダールを筆頭に、フランス・ヌーヴェル・ヴァーグの映画監督たちが、哲学性や文学性を重んじながら、難解になっていくのに対し、トリュフォーは、何気ない日常を淡々と描きながら、ゆっくりと普遍に近づくというスタンスを、生涯、貫きました。
彼にとって映画とは、孤独だった少年時代の自分が観て、救われるものでなくてはならなかったのです。
自分を救ってくれた映画への恩返しを、命を賭けて作品にしたレジェンド、フランソワ・トリュフォーが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?