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📖『おきなぐさ』朗読 – 銀の糸をまとう小さな花の、光と風の物語🌸✨
静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『おきなぐさ』。
「うずのしゅげを知っていますか」——そう語りかけられて始まります。植物学ではおきなぐさと呼ばれるこの花は、黒朱子の花びらと青白い銀びろうどの葉を持ち、まるで黒い葡萄酒を湛えた変わり型のコップのように見えます。まっ赤なアネモネの従兄、きみかげそうやかたくりの花のともだち——この小さな花をきらいなものはありません。
語り手は、花の下を往き来する蟻に尋ねます。「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」。蟻は活発に答えます。「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」。黒く見えるこの花は、お日様の光が降る時には、まるで燃え上がってまっ赤に見えるのだと蟻は教えてくれます。花を透かして見る小さな生き物たちには、この花の真の姿が見えているのです。銀の糸が植えてあるようなやわらかな葉は、病気にかかった仲間のからだをさすってやるために使われるのだといいます。
向こうの黒いひのきの森の中のあき地では、山男が倒れた木に腰掛けて、じっとある一点を見つめています。鳥を食べることさえ忘れて、その黝んだ黄金の眼玉を地面に向けているのは、かれ草の中に咲く一本のうずのしゅげが風にかすかにゆれているのを見ているからです。
やがて場面は、小岩井農場の南、ゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれへと移ります。かれ草の中に咲く二本のうずのしゅげ。まばゆい白い雲が小さなきれになって砕けてみだれ、空をいっぱい東の方へ飛んでいく春の日。お日様は何べんも雲にかくされて銀の鏡のように白く光ったり、またかがやいて大きな宝石のように蒼ぞらの淵にかかったりします。山脈の雪はまっ白に燃え、野原は黄色や茶の縞になり、掘り起こされた畑は鳶いろの四角なきれをあてたように見えます。
その変幻の光の中で、二本のうずのしゅげは夢よりもしずかに話し合います。「ねえ、雲がまたお日さんにかかるよ」「走って来る、早いねえ」——雲のかげが野原を走り、山の雪の上をすべり、まるでまわり燈籠のように光と影が交互に訪れます。西の空から次々と湧き出てくる雲、どんどんかけて来ては大きくなり、お日様にかかっては雲のへりが虹で飾ったように輝く様子を、二人はじっと見つめているのです。
そこへ風に流されて降りて来たひばりが、強い風の苦労話をします。「大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶のようにボウと鳴らして行く」と。しかしうずのしゅげは言います。「だけどここから見ているとほんとうに風はおもしろそうですよ。僕たちも一ぺん飛んでみたいなあ」。ひばりは答えます。「飛べるどこじゃない。もう二か月お待ちなさい。いやでも飛ばなくちゃなりません」。
それから二か月後。丘はすっかり緑に変わり、ほたるかずらの花が子供の青い瞳のように咲き、小岩井の野原には牧草や燕麦がきんきん光っています。風はもう南から吹いていました。春の二つのうずのしゅげの花は、すっかりふさふさした銀毛の房にかわっていました。そしてその銀毛の房はぷるぷるふるえて、今にも飛び立ちそうです——。
光と影、風と雲、生き物たちの声が交わる野原で、小さな花が見つめるものは何か。黒く見えながら赤く燃える花。銀の糸をまとう葉。そして風を待つ銀毛の房。蟻や山男やひばりとの対話を通して、一本の植物の静かな時間が丁寧に描き出されていきます。変幻する春の光、すきとおった風、そして飛び立つ瞬間——野原に咲く小さな花の、見えないものを見る力と、やがて訪れる旅立ちの時が、詩的な言葉で綴られていきます。
朗読でじっくりとお楽しみください。
#星座 #植物
📖『畑のへり』朗読 – 小さな蛙たちが見た畑の不思議な一日🐸🌾
静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『畑のへり』。
麻が刈り取られた後、畑のへりに一列に植えられていたとうもろこしが、ようやく立派に目立つようになりました。小さな虻やべっ甲色の透き通った羽虫たちが代わる代わる訪れて挨拶していきます。とうもろこしには頂上にひらひらした穂が立ち、大きな縮れた葉のつけ根には尖った青いさやができていました。風にざわざわと鳴る、穏やかな畑の一日——。
そこへ一匹の蛙が跳んできて、このとうもろこしの列を目にして仰天します。上等の遠眼鏡で確かめた蛙は、何かを見るや否や、恐怖のあまり一目散に逃げ出しました。逃げた先で出会ったもう一匹の蛙に、息を切らせながら語るその姿——遠眼鏡に映ったものは、蛙の目には恐ろしい存在として映ったようです。兵隊なのか、幽霊なのか、何やら物々しい装いをした不気味な一団が、そこに並んでいたというのです。
しかしもう一匹の蛙は遠眼鏡で確かめて、落ち着いて答えます。あれは恐ろしいものではない、ただのとうもろこしだと。けれども最初の蛙は納得しません。その装いのおかしさ、常識外れの贅沢さを次々と指摘します。二匹の議論は続き、世の中にはさまざまな不思議な姿をした生き物がいるのだという話になっていきます。
そうこうしているうちに、人間が実際に畑に現れます。二匹の蛙は葉陰に隠れ、遠眼鏡でその様子を観察し始めます。人間がとうもろこしに何かをしている様子は、小さな蛙たちの目にはどのように映るのでしょうか。彼らの会話からは、見慣れた日常の光景が、まったく別の意味を帯びた出来事として解釈されていく様子が伝わってきます。
この物語では、畑という身近な場所が、小さな生き物たちの視点を通して見ると、まったく別の世界に変わります。とうもろこしは謎めいた存在になり、人間は不思議な力を持つ生き物になる——蛙たちの会話を通して描かれるのは、見る者によって世界がいかに異なって見えるかということ、そして私たちが当たり前だと思っている日常が、別の目から見ればどれほど奇妙で驚くべきものかということです。
蛙たちのユーモラスな会話、誤解と納得、恐怖と安心が入り交じる軽快なやりとり。畑のへりで繰り広げられる小さな騒動は、やがて静かに幕を閉じます。さやを失ったとうもろこしは、それでもやはり穂をひらひらと空に揺らしているのです。
風にざわめく畑の穂、透き通った羽虫たち、そして遠眼鏡を覗き込む二匹の蛙——日常の風景の中に潜む不思議と、小さな生き物たちの生き生きとした世界を、朗読でじっくりとお楽しみください。
#蛙 #動物が主人公 #人と動物
📖『革トランク』朗読 – 失敗と見栄と、ある青年の帰郷🎒🚂
静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『革トランク』。
楢岡の町に出て工学校の入学試験を受けた斉藤平太。いくつかの幸運が重なって、どうにか卒業までこぎつけた彼は、村に戻って建築設計の看板を掲げます。茶色の乗馬ズボンに赤ネクタイという出で立ちで、村の建物の設計を請け負った平太。あちこち忙しく監督して回りますが、どうも大工たちの様子がおかしい。みんな変な顔をして下ばかり向き、なるべく物を言わないようにしているのです。
工事が完成したとき、平太は自分の致命的な設計ミスに気づきます。すっかり気分を悪くした彼は、そっと財布を開け、わずかな所持金を確かめると、その乗馬ズボンのまま、故郷を離れて東京へと逃げ出しました。
東京での暮らしは厳しいものでした。言葉の訛りもあって仕事が見つからず、ついには倒れてしまいます。区役所に助けられ、撒水夫として働き始めた平太は、実家にもっともらしい理由をつけた葉書を送ります。しかし村長である父からの返事はありませんでした。
それから二年。苦しい日々を過ごしながらも、平太は建築の仕事に戻り、監督として働くようになります。そんな彼のもとに、母の病を知らせる電報が届きます。
月給をとったばかりだった平太は、立派な革のトランクを買います。けれども中に入れるものは、着ている服以外には何もありません。親方から要らない設計図を貰い、それをぎっしりと詰め込んだのでした。
故郷の停車場に降り立った平太。大きな革トランクを担いで、野道を歩き、渡し場へとたどり着きます。夕暮れの川辺、せきれいが水面すれすれに飛び、月見草が咲いています。そこに集まってきた子供たちは、その立派なトランクを珍しがります——その声を聞きながら、平太は何とも言えず悲しい、寂しい気持ちになるのでした。
この物語には、失敗から逃げ出した青年の姿が、ユーモアと哀愁を帯びて描かれています。繰り返される独特のフレーズが、どこか滑稽でありながら、人生の不条理さをも感じさせます。田舎と都会、見栄と現実、そして帰郷——夕暮れの川辺で立派なトランクを前にする平太の姿に、人間の弱さと切なさが静かに響きます。
朗読でじっくりとお楽しみください。
#衝動
📖『タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった』朗読 – 春の野原で繰り広げられる少年の不思議な一日🌿🌞
静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった』。
早春の朝、ホロタイタネリという少年が、冬の間に準備した藤蔓を叩きながら、不思議な節回しの歌を口ずさんでいます。「西風ゴスケに北風カスケ」という独特の囃子詞が繰り返される中、窓の外に広がる春の野原の輝きと、陽炎の誘いに抗えなくなったタネリは、仕事を放り出して飛び出していきます。
藤蔓を噛みながら野山を駆け回るタネリが出会うのは、まだ冬の眠りから覚めない木々たち、不思議な思考を漏らす生き物、そして一羽の美しい大きな鳥。春の息吹と冬の名残が混在する風景の中で、タネリは様々な存在に話しかけ、歌いかけ、遊びを求めます。時に相手にされず、時に恐ろしい何かに出会い、時に心を奪われるような美しいものを追いかけて。
野原から丘へ、湿地から森へと続くタネリの放浪は、子どもの純粋な好奇心と孤独が入り混じる一日の冒険となっていきます。即興の歌や呪文のような言葉遊びが物語を彩り、現実と幻想の境界があいまいになる春の一日が、独特のリズムとともに展開されていきます。
早春の風景を舞台に、自然の事物と対話を試みる少年の姿が描かれるこの物語。タネリが一日中噛んでいたという藤蔓、繰り返される「西風ゴスケに北風カスケ」という囃子詞、そして春の野山で出会う不思議な存在たち。宮沢賢治独特の言葉のリズムと、土着的でありながら幻想的な世界観が織りなす、春の一日の物語を朗読でじっくりとお楽しみください。
#冒険 #人と動物 #衝動 #少年
📖『氷河鼠の毛皮』朗読 – 極北へ向かう列車で繰り広げられる奇妙な冒険❄️🚂
極寒の地へ向かう列車で繰り広げられる奇妙な冒険の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『氷河鼠の毛皮』。氷がまるでお菓子のような形をしているほど寒い北の地から、風に吹き飛ばされて切れ切れにやって来たという、不思議な語り口で始まる物語です。
十二月二十六日、イーハトヴは激しい吹雪に見舞われていました。町は白だか水色だかわからない雪の粉でいっぱいになり、風は絶え間なく電線や枯れたポプラを鳴らし続けています。そんな中、夜八時のベーリング行最大急行に乗り込む人々がいました。北極の近くまで行くのですから、みんなすっかり用意を整えています。着物は厚い壁のように着込み、馬油を塗った長靴を履き、トランクにまで寒さ対策を施して。
車内には様々な人々が乗り合わせていました。その中でも特に目を引くのは、顔の赤い肥った紳士でした。毛皮を一杯に着込み、二人前の席を取り、アラスカ金の大きな指環をはめ、十連発の素敵な鉄砲を持った、いかにも元気そうなその人物。彼はイーハトヴのタイチと名乗り、ラッコ裏の内外套、海狸の中外套、黒狐表裏の外外套、さらには氷河鼠の頸のところの毛皮だけで作った上着まで身につけていました。四百五十匹分もの氷河鼠の毛皮で作られたその上着は、実にぜいたくなものでした。タイチは黒狐の毛皮九百枚を持って帰るという賭けをしたのだと、得意げに語ります。
同じ車内には、堅い帆布の上着を着て愉快そうに口笛を吹いている若い船乗り、痩せた赤ひげの男、商人風の人々など、それぞれに事情を抱えた乗客たちが座っていました。列車は吹雪の中を一生懸命駆け抜け、やがて雪は止み、青い月が鉄色の冷たい空にかかりました。野原の雪は青白く見え、唐檜やとど松が真っ黒に立ってちらちらと窓を過ぎていきます。
酔いが回ったタイチは、帆布一枚だけの船乗りの青年に毛皮を貸そうと申し出ますが、青年は月とオリオン座の空をじっと眺めて答えません。氷山の稜が桃色や青にぎらぎら光って、列車は極北の地へと向かって進んでいきます。
この物語は、語り手自身が「風に吹き飛ばされて来た切れ切れの報告」と述べているように、断片的で幻想的な語り口で進んでいきます。極寒の地へ向かう列車という閉ざされた空間で、贅沢な毛皮に身を包んだ人間と、その毛皮の持ち主である動物たちとの対立が描かれます。人間の欲望と自然界との緊張関係、そして意外な結末へと導かれる展開は、読む者を不思議な世界へと誘います。寒さと温かさ、豪華さと質素さ、支配と反抗といった対比が織り成す、北の国からの幻想的な物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。
#傲慢 #鉄道
📖『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』朗読 – ばけもの世界を舞台にした奇想天外な成功譚🌟🎪
不思議な響きを持つ名前の主人公が織りなす、幻想と現実が交錯する物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』。
極度の困窮の中で家族を失い、一人残された少年が、奇想天外で滑稽なばけもの世界に放り込まれていく物語です。主人公は、空中で見えない網を投げる「昆布取り」という摩訶不思議な労働に従事することになり、現実感覚を失いそうになりながらも、やがて自らの力で新しい世界への扉を開いていきます。
学問への憧れを抱いて主人公が向かった先は、あくびと一緒に筆記帳を呑み込んでしまう巨大な博士や、一銭のマッチを十円で売り歩く奇怪な商売、複雑怪奇な利息システムで絡み合った三十人もの監督たちが跋扈する、荒唐無稽なばけもの都市でした。化学の講義という名の支離滅裂な知識体系に翻弄されながらも、思いがけず司法の世界へと導かれ、二つの世界を股にかける珍妙な事件の数々に関わることになります。
新たな地位を得たネネムは、勲章が壁一杯になるほどの大出世を遂げ、特別な「藁のオムレツ」まで食べられる身分となりました。しかし、その栄達の過程では、弱者を食い物にする馬鹿げた搾取構造や、真面目な顔をして不条理を繰り返す官僚制度の矛盾と向き合うことになります。威厳ある裁判長として振る舞いながらも、心のどこかで自分自身の滑稽さを感じずにはいられません。
名声と権威に包まれ、火山の噴火さえも自分の意のままになるような錯覚に陥りながらも、ネネムの心を占め続けるのは、失われた大切なものへの想いでした。権力の絶頂で踊り狂っていた彼が、ある日の巡視で遭遇したのは、過去と現在、失ったものと得たもの、そして滑稽さと切なさが交錯する運命的な瞬間でした。
この物語は、現実と幻想の境界を軽やかに行き来しながら、一人の青年の成長と家族への愛を描いています。この不思議な世界では、労働搾取や高利貸しの問題、官僚制度の矛盾といった出来事が次々と展開し、ユーモアと風刺が絶妙に調和しています。琥珀色のビールで満たされる東の空、ばけもの麦の収穫風景、クラレの花咲く丘でのサンムトリ火山の噴火——詩的な描写に満ちた幻想世界が、朗読によって鮮やかに立ち上がります。
ペンネンネンネンネン・ネネムという滑稽な響きの名前に込められた、深い人間愛と社会への眼差し。ばけもの世界での奇想天外な冒険を通じて描かれる、失われたものを取り戻そうとする魂の軌跡を、朗読でじっくりとお楽しみください。
#伝記 #妹
📖『ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ』朗読 – 創作の萌芽に宿る物語の種子🌱✨
静かに語られる、ひとつの物語の誕生の瞬間。今回お届けするのは、宮沢賢治が半紙一枚に書き残した創作メモ『ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ』。
「ペンネンノルデが七つの歳に太陽にたくさんの黒い棘ができた」——この印象的な一行から始まる十二の断章は、完成した物語ではなく、創作のための覚え書きとして残されたものです。短い言葉の連なりの中に、ひとりの人物の生涯が凝縮されています。赤い眼をした父、ばくち、森での昆布とり、モネラの町への旅立ち、恋人アルネとの出会い、フウケーボー大博士との奇妙な体験——簡潔でありながら、確かにひとつの人生の軌跡が描かれています。
氷羊歯の汽車、化物丁場、岩頸問答、サンムトリの噴火、セントエルモの火——これらの幻想的な言葉たちは、『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』や後の『グスコーブドリの伝記』と共通する物語世界を示しています。特に火山や噴火といったモチーフ、主人公が人々のために奮闘する姿は、グスコーブドリの物語に色濃く受け継がれていくことになります。茶色なトランプのカードを作り、みんなの仕事を楽にしようと考えるノルデの姿からは、後の作品に登場する自己犠牲的な主人公たちとの関連を見て取ることができます。
「噴火を海へ向けるのはなかなか容易なことでない」「太陽がまたぐらぐらおどりだしたなあ。困るなあ」といった言葉からは、自然災害と向き合う人間の姿が浮かび上がります。これらの覚え書きには、災害や飢饉と闘う物語へとつながる要素が込められています。記された言葉の中にも、人間と自然の関係、個人の犠牲と社会への貢献という、賢治文学の重要なテーマが既に胚胎しています。
この創作メモは、物語の完成形を楽しむものというよりも、作家の創作過程を垣間見る貴重な資料です。記された言葉から、他の作品との関連や創作の一端を知ることができます。完成された作品とは異なる、生々しい創作の息づかいを感じられる、稀有な体験となることでしょう。
一枚の紙に記された創作の種子が、どのような豊かな物語世界と響き合っているのか。その貴重な一端を、朗読の調べとともに味わってみてください。
#伝記
📖『グスコーブドリの伝記』朗読 – グスコーブドリが働き続けた日々の物語🌋🌾
静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』。
イーハトーヴの大きな森で、木こりの父と優しい母、妹のネリと共に幸せな幼年時代を過ごしたグスコーブドリ。しかし突然の気候変動による大飢饉が、この家族の運命を一変させてしまいます。両親を失い、妹とも離ればなれになったブドリは、一人厳しい世界に投げ出されることになります。
てぐす工場での労働、沼ばたけでの農作業——様々な職業を通じて社会の現実を知ったブドリは、やがて科学への深い憧れを抱くようになります。クーボー大博士との出会いを経て、イーハトーヴ火山局で火山の観測と制御技術を学び始めるブドリ。そこは三百を超える火山を監視し、自然災害から人々を守る最前線でした。
火山局での日々は、ブドリにとって真の学びの場となります。噴火の危険を事前に察知し、人工的に安全な方向へと導く技術。空気中に肥料を散布し、雨を降らせて農作物の収穫を助ける画期的な方法。科学の力によって自然災害を制御し、人々の暮らしを豊かにしていく可能性を、ブドリは身をもって体験していきます。
技師として成長を遂げたブドリは、火山の観測と制御に情熱を注ぎ、人々の幸福のために働き続けます。そんな充実した日々の中で、ブドリは自分の人生に真の意味を見出していきます。しかし、平穏な時が過ぎゆく中で、再び人々を脅かす大きな試練が迫ってくることになります——。
自然災害によって家族を失った一人の青年が、科学技術の世界に身を投じ、やがて大きな使命に直面していく物語。幼い頃の幸福な記憶から始まり、過酷な現実を経験し、学び続け、成長していくブドリの人生が、ここに静かに描かれています。
農業、火山学、気象学といった科学的知識が物語に自然に織り込まれ、現実的でありながら理想的な世界が構築されています。個人の幸福と社会全体の福祉、科学技術の可能性とその責任といったテーマが、イーハトーヴという理想郷を舞台に、詩的な言葉と豊かな想像力によって展開されていきます。この物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。
#伝記 #少年 #妹
🌋『気のいい火山弾』朗読 – 優しさと忍耐が織りなす野原の小さな物語🗿✨
静寂に包まれた物語の世界へお招きします。今回お届けするのは、宮沢賢治の『気のいい火山弾』。
ある死火山のすそ野、かしわの木陰にじっと座り続ける一つの黒い石——「ベゴ」と呼ばれるその石は、卵の両端を少し平らに伸ばしたような丸みを帯びた形をしており、斜めに二本の石の帯が体を巻いています。稜のない滑らかな姿は、周囲の角ばった小石たちとは明らかに異なっていました。
このベゴ石には特別な性質がありました——どんなにからかわれても、嘘を言われても、決して怒ることがないのです。深い霧に包まれた退屈な日々、稜のある石たちは面白半分にベゴ石をからかいます。「おなかの痛いのはなおったかい」「ふくろうがとうがらしを持って来たかい」「野馬が小便をかけたろう」——ありもしない出来事を持ち出して笑い転げる石たちに、ベゴ石はいつも穏やかに「ありがとう」と答えるのでした。
やがてベゴ石の上には小さな苔が生え、おみなえしがそれを「かんむり」と呼んで冷やかします。苔が赤く色づくと、今度は「赤頭巾」と呼ばれ、苔自身もベゴ石を馬鹿にして踊り歌うようになります。「ベゴ黒助、ベゴ黒助、黒助どんどん」——野原中の生き物たちが口を揃えてあざけりの歌を歌う中で、ベゴ石は変わらず優しい笑顔を絶やしません。
しかし、その平穏な日々に突然の変化が訪れます。眼鏡をかけた四人の人たちが、ピカピカする器械を持って野原を横切ってきたのです。彼らがベゴ石を見つけたとき、これまでとは全く違う反応を示すことになります。
長い間この野原で過ごしてきたベゴ石に、新たな運命が待ち受けているのです。別れの時に語られるベゴ石の言葉には、長年の優しさと忍耐、そして周囲への変わらぬ愛情が込められています。
ベゴ石の揺るぎない優しさと、それを取り巻く野原の生き物たちとの関係は、様々な場面を通じて描かれています。四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界では、日常の些細な出来事が積み重なり、やがて思いがけない転機を迎えることになります。
四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界の物語は、ユーモアと温かさに満ちながらも、どこか深い静寂を湛えています。賢治が描く自然の中の小さな存在たちの会話は、時に滑稽で、時に切なく、そして最後には意外な展開を迎えます。
野原に響く小さな声たちの交響楽、そして一つの石が辿る思いがけない運命の物語を、朗読の調べに乗せてお楽しみください。
#いじめ
📖『カイロ団長』朗読 – 三十匹のあまがえると舶来ウィスキーが巻き起こす騒動🐸🥃
今回お届けするのは、宮沢賢治の『カイロ団長』。
三十匹のあまがえるたちは、虫仲間から頼まれて花畑や庭をこしらえる仕事を愉快にやっていました。朝から夕方まで、歌ったり笑ったり叫んだりしながら働き、嵐の次の日などは依頼が殺到して大忙し。みんなは自分たちが立派な人になったような気がして大喜びでした。
そんなある日、仕事帰りに見つけた新しい店。「舶来ウェスキイ 一杯、二厘半」の看板に誘われて入ってみると、店番のとのさまがえるが粟つぶをくり抜いたコップで強いお酒を出してくれます。飲めば飲むほどもっと欲しくなり、三百杯、六百杯と重ねるうちに、みんなぐっすり寝込んでしまいました。
目を覚ますと勘定の請求が待っていました。しかし誰も払えるだけのお金を持っていません。結局、全員がとのさまがえるのけらいになることに。こうして「カイロ団」が結成され、とのさまがえるは団長として君臨することになりました。
カイロ団長は次々と無理難題を押し付けます。木を千本、花の種を一万粒、そして石を九百貫ずつ運べという命令。体重がわずか八匁か九匁のあまがえるにとって、九百貫の石など到底運べるはずもありません。必死になって働くあまがえるたちと、威張り散らす団長。命令は日を追うごとにエスカレートし、「もし出来なかったら警察へ訴えるぞ。首をシュッポォンと切られるぞ」という脅し文句が繰り返されます。
やがて青空高く、かたつむりのメガホーンが王さまの新しい命令を告げる声が響きわたります。人に物を言いつけるときの正しい方法についての布告——それは思いもよらない展開を巻き起こすことになります。
物語の舞台は、黄金色の日差しが影法師を二千六百寸も遠くへ投げる朝から、木々の緑を飴色に染める夕暮れまで、時間の移り変わりとともに描かれていきます。舶来ウィスキーという異国の品物、粟つぶをくり抜いたコップ、石油缶いっぱいのお酒、くさりかたびら、鉄の棒——物語を彩る小道具たちも印象的です。
けむりのようなかびの木を千本と数える機転、算術の得意なチェッコの暗算、「エンヤラヤア、ホイ」という掛け声、「よういやさ、そらもう一いき」という労働の声。通りかかる蟻の助言、もう一匹のとのさまがえるの登場、そして王さまの命令がもたらす予想外の事態。
「どうか早く警察へやって下さい。シュッポン、シュッポンと聞いていると何だか面白いような気がします」とやけくそになって叫ぶあまがえるたち。石を引っ張ろうとして足がキクッと鳴ってくにゃりと曲がってしまう場面。どっと笑ってそれから急にしいんとなってしまう瞬間——ユーモラスでありながら、どこか痛切な場面の連続です。
「お前たちはわしの酒を呑んだ」「仕方ありません」「今日は何の仕事をさせようかな」——くり返される命令と服従のやりとり。そこに響きわたる王さまの声は、この奇妙な関係にどんな変化をもたらすのでしょうか。宮沢賢治が描く、不思議でユーモラスな世界を朗読でお楽しみください。
#蛙 #動物が主人公 #いじめ #傲慢
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