📖『虔十公園林』朗読 – 純真な心を持つ、ひとりの青年の物語🌲💚
静寂の中に響く、優しい物語の調べ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『虔十公園林』。
虔十は縄の帯をしめて、いつもにこにこと笑いながら杜の中や畑の間をゆっくり歩く青年でした。雨に濡れた青い藪を見てはよろこんで目をパチパチさせ、青空を駆ける鷹を見つけては手をたたいて跳ね上がります。しかし、子供たちが虔十をばかにして笑うので、虔十はだんだん笑わないふりをするようになりました。風に光るぶなの葉を見てうれしくてたまらないのを、大きく口を開けて「はあはあ」と息だけついてごまかしながら、いつまでもその木を見上げて立っているのでした。
そんな虔十が、ある雪の残る季節に突然家族の前に現れて言いました。「お母、おらさ杉苗七百本、買って呉ろ。」家の後ろの野原に杉を植えたいというのです。兄は「あそこは杉植えても成長らない処だ」と反対しますが、父親は「虔十は今まで何一つ頼んだことがなかった」と言って、杉苗を買ってやることにしました。
虔十は大喜びで、兄に教えられながら実にまっすぐに、実に間隔正しく穴を掘り、一本ずつ苗を植えていきます。しかし近所の平二をはじめ、村の人々は「あんな処に杉など育つものでもない」「やっぱり馬鹿は馬鹿だ」と陰口を叩きました。確かに杉は思うように伸びず、七年目も八年目も丈は九尺ほどでした。
それでも虔十は杉の枝打ちをして、小さな林を整えました。すると思いがけないことが起こります。学校帰りの子供たちが五十人も集まって、杉の列の間を行進し始めたのです。青い服を着たような杉の木も列を組んで歩いているように見え、子供たちは顔を真っ赤にして「東京街道」「ロシヤ街道」「西洋街道」と名前をつけて遊び回りました。虔十も口を大きく開けて「はあはあ」笑いながら、その様子を見守っていました。
それからは毎日毎日、子供たちが林に集まるようになりました。雨の日には虔十がただ一人、体中ずぶ濡れになって林の外に立っているのでした。簑を着て通りかかる人が「虔十さん、今日も林の立番だなす」と笑って声をかけます。虔十は口を大きく開けて「はあはあ」息をつき、体から雨の中に湯気を立てながら、いつまでもいつまでもそこに立っているのでした。
やがて時は流れ、小さな村にも変化が訪れます。虔十の植えた杉の林は、いつまでもそこに静かに立ち続けています。
この物語は、一見愚かに見える行いが持つ真の価値を静かに問いかけます。虔十の純粋な心と自然への愛が、時を超えて多くの人々に恵みをもたらす様子が、温かく美しい筆致で描かれています。知恵とは何か、本当の幸いとは何かを、虔十の生き方を通して静かに描いた作品です。
子供たちの無邪気な笑い声、杉の葉を渡る風の音、そして虔十の優しい「はあはあ」という笑い声が聞こえてくるような、生命力に満ちた物語を朗読でお楽しみください。純真な魂の歩みが、静かに語られていきます。
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