渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

By 渡部製作所ArtsBooks
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渡部龍朗の宮沢賢治朗読集 episodes

  • 鳥箱先生とフウねずみ

    📖『鳥箱先生とフウねずみ』朗読 – ある先生と生徒たちの、ちぐはぐな教育譚🪶🐭

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『鳥箱先生とフウねずみ』。

    ある家に一つの鳥かごがありました。厚い板でできた箱のような鳥かごは、ある日ひよどりの子供を預かったことをきっかけに、自分が「先生」であることに気づきます。小さなガラス窓が顔で、正面の網戸が立派なチョッキ——そう気づいた鳥箱は、「鳥箱先生」を名乗り、生徒たちを教育しようとします。

    けれども、次々とやってくるひよどりの子供たちは、それぞれの理由で不幸な終わりを迎えます。やがて物置の棚に追いやられた鳥箱先生は、今度は鼠の子供、フウねずみを教育することになります。「なぜちょろちょろ歩くのか」「なぜきょろきょろするのか」「なぜ首をちぢめてせなかを円くするのか」——先生の説教に対して、フウねずみはいつもこう答えます。「だって僕の友達は、みんなそうです」と。しらみ、くも、だに、けしつぶ、ひえつぶ……。

    鳥箱という閉じた空間と、そこに閉じ込められる者たち。「教える者」と「教えられる者」。立派なものと比べるべきだという主張と、小さな友達の中で生きるフウねずみ。物語の中で、教育をめぐる言葉が交わされ、さまざまな小さな命が現れては消えていきます。

    「先生」を名乗る鳥箱の滑稽さと、その中で起こる出来事。諧謔と哀しみが入り混じった、どこか不思議な味わいの物語。フウねずみと鳥箱先生のやりとりには、それぞれの言い分があります。

    宮沢賢治が描く、小さな世界で繰り広げられる教育譚。ユーモラスでありながら、どこか切ない物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #鼠 #猫 #動物が主人公

    16 min
  • 鳥をとるやなぎ

    📖『鳥をとるやなぎ』朗読 – 煙山の野原と、謎めいた楊の木🌳🕊️

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『鳥をとるやなぎ』。

    「煙山にエレッキのやなぎの木があるよ。」ある日、藤原慶次郎が「私」に告げます。鳥を吸い込む楊の木があるというのです。二人の少年は、その不思議な木を探しに煙山の野原へと向かいます。毒ヶ森や南晶山が暗くそびえ、雲がぎらぎら光る空の下、ひっそりとした草原を抜け、白い石原の川を渡り、楊の木立が並ぶ場所へ。そこで二人が目にしたのは、百舌の群れが、まるで磁石に引かれるように楊の木の中へ落ち込んでいく光景でした。石を投げれば鳥たちは飛び立つ。けれども何度見ても、あの落ち込みようは——。

    噂と実際の光景。磁石という言葉と、目の前で起こる現象。確信と疑念。「鳥を吸い込む楊の木」という不思議な噂をめぐって、少年たちの心は揺れ動きます。本当なのか、そうでないのか。灰色の雲が流れる野原で、白い石原を渡りながら、二人は何度も木を見上げ、鳥の動きを追います。

    煙山の野原の広がり、川原の白い砂利、青い楊の木立、そして群れで飛ぶ百舌。自然の風景の中に現れる、説明のつかない出来事。少年たちの好奇心と戸惑い、期待と失望が、物語の中で交錯します。

    確かめたいのに確かめられない、わかったようでわからない——そんな不思議な感覚が、野原の風景とともに静かに広がっていきます。少年時代の探検と発見、そして残り続ける謎。宮沢賢治が描く、煙山の野原の物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #冒険 #少年

    20 min
  • 蛙のゴム靴

    📖『蛙のゴム靴』朗読 – 雲の峯を見上げる三匹の蛙と、一足のゴム靴🐸☁️静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『蛙のゴム靴』。林の下を流れる深い堰のほとり。カン蛙、ブン蛙、ベン蛙という三匹の蛙たちは、夏の雲の峯を見上げることが何よりも好きでした。まっしろでプクプクした、玉髄のような、玉あられのような雲の峯。そんな三匹のある日の願いは、人間たちがはいているゴム靴でした。野鼠への頼みごと、命がけの手数と心配。そうして手に入れた一足のゴム靴。カン蛙がすっすっと歩く姿は、まるで芝居のよう。その靴が、蛙の娘ルラの心を動かします。選ばれたカン蛙と、選ばれなかった二匹の蛙たち。雨上がりの散歩、萱の刈跡、そして杭の穴——やがて物語は、予期せぬ方向へと動いてゆきます。雲見という蛙たちの楽しみ。ペネタ形になってゆく雲の峯。静かに流れる堰の水と、雨に増した濁流。ゴム靴をはいて歩く音と、穴の底からのパチャパチャという音。いくつもの対照的な場面が、この物語の中で響き合います。カン蛙の得意げな様子、ブン蛙とベン蛙の嫉妬、ルラ蛙の献身、そして穴の底での長い時間。三匹の蛙たちそれぞれの思いが交錯する中で、物語はある変化を迎えます。雲の峯を見上げる蛙たちの日常に起こった、小さな、けれども大きな出来事。宮沢賢治が描く、雲と水と蛙たちの世界。諧謔と真摯さが入り混じったこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #蛙 #いじめ #動物が主人公

    33 min
  • 双子の星

    ⭐『双子の星』朗読 – 天の川の岸辺、小さな二つの星の物語🌌🎶

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『双子の星』。

    天の川の西の岸に、すぎなの胞子ほどの小さな二つの青い星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住む、水晶でできた小さなお宮。二つのお宮はまっすぐに向い合い、夜になると二人はきちんと座って、空の星めぐりの歌に合せて一晩銀笛を吹きます。それがこの双子のお星さまの役目でした。

    ある朝、泉のほとりで大烏と蠍が争い、互いに深い傷を負います。二人は両者を手当てし、蠍を家まで送り届けようとします。その重さに肩の骨が砕けそうになりながら、時間に遅れようとも、一歩ずつ進む双子の星。またある晩、彗星に誘われて旅に出た二人を待っていたのは——。

    天上の銀の芝原と海の底の泥。透きとおる水晶のお宮と、暗い波の咆える海。銀笛の音と星めぐりの歌。小さな双子の星の前に現れるのは、光と闇、善意と裏切り、役目と災難。けれども二人はどこまでも一緒に、その小さなからだで、ひたむきに進んでいきます。

    空の泉、りんごの匂い、銀色のお月様、大烏、蠍、彗星、竜巻——幻想的な存在たちが次々と現れ、双子の星とかかわります。星の世界の情景が、透明な言葉で丁寧に描かれていきます。

    宮沢賢治が紡ぐ、天上と海底を巡る幻想の物語。双子のお星さまの旅路を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #星座 #童子 #歌曲

    50 min
  • 朝に就ての童話的構図

    📖『朝に就ての童話的構図』朗読 – 霧降る苔の世界と、小さな兵隊たちの朝🌫️🐜

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『朝に就ての童話的構図』。

    霧がぽしゃぽしゃと降る苔の上で、蟻の歩哨がスナイドル式の銃剣を構え、羊歯の森の前を行ったり来たりしています。伝令の蟻が走ってくる。子供の蟻たちが手をひいて笑いながらやってくる。そんな霧の中、楢の木の下に突然現れた真っ白な謎の建造物。「北緯二十五度東経六厘の処に、目的のわからない大きな工事ができました」——子供の蟻たちは、歩哨の言葉を繰り返し、報告のために駆けていきます。

    蟻の兵隊たちの厳めしい世界。軍隊組織、伝令、銃剣、聯隊本部、陸地測量部——まるで人間の社会のような規律正しい営み。けれどもその眼差しの先にあるのは、苔の上の出来事。小さな世界の大騒動と、とぼけたユーモア。厳格さとおかしみが、霧の中で隣り合わせに在ります。

    霧降る薄暗い世界から、赤い太陽の昇る青い朝へ。蟻たちの視点から描かれる、苔の世界の一朝の風景。小さな兵隊たちが織りなすこの不思議な物語を、朗読でゆっくりとお楽しみください。


    #兵隊

    7 min
  • なめとこ山の熊

    📖『なめとこ山の熊』朗読 – 雪と月光の峯々で交わる、命と命🐻❄️

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『なめとこ山の熊』。

    なめとこ山は霧と雲を吸ったり吐いたりする大きな山。熊の胆で名高いこの山で、熊撃りの名人・淵沢小十郎は、犬を連れて谷を渉り、峯を越えて歩きます。実は、なめとこ山の熊どもは小十郎のことが好きでした。木の上から、崖の上から、おもしろそうに小十郎を見送っています。けれども、小十郎が鉄砲を構えるときは別でした。小十郎は熊を撃つたび、こう語りかけます。「おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ」「てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ」と。

    ある春の夕暮れ、小十郎は月光の中で母熊と子熊に出会います。二疋は向うの谷の白いものを見つめて語り合っています。「雪だよ」「雪でないよ」「霜だねえ」——やがて母熊が気づきます。「あれねえ、ひきざくらの花」。小十郎は音を立てないようにこっそりと戻っていきます。またある夏、樹の上の熊は小十郎に向かって叫びます。「もう二年ばかり待ってくれ」と。そして約束の二年目、その熊は小十郎の家の垣根の下で倒れていました。

    山では名人と呼ばれる小十郎も、町では荒物屋の主人の前で叮寧に頭を下げ、安い値で毛皮を買い叩かれます。豪気な山の主と、みじめな町での姿。殺す者と殺される者、それでもどこか通い合っている小十郎と熊たち。月光、雪、ひきざくらの花——自然の中で繰り広げられる命のやりとり。

    淵沢川の水音と、白い雪の峯々。なめとこ山を舞台に紡がれる、小十郎と熊たちの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #怒り #人と動物 #月

    34 min
  • シグナルとシグナレス

    📖『シグナルとシグナレス』朗読 – 霧に包まれた線路と、星空に誓う二つのシグナル🚂✨

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『シグナルとシグナレス』。

    「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ」——さそりの赤眼が見える明け方、軽便鉄道の一番列車がやって来ます。凍えた砂利に湯げを吐き、まぶしい霜を載せた丘を抜けて走ってきます。その線路のそばには、木でできた軽便鉄道のシグナル、すなわち「シグナレス」が立っています。そして少し離れたところには、金属でできた立派な本線のシグナルが立っています。

    本線のシグナルは、シグナレスに恋をしていました。けれども二人のあいだには身分の違いがありました。本線のシグナルは金属製で新式、赤青眼鏡を二組も持ち、夜は電燈で光ります。一方、軽便鉄道のシグナレスは木製で、眼鏡もただ一つきり、夜はランプで灯ります。

    「僕はあなたくらい大事なものは世界中ないんです」というシグナルの言葉に、「あたし、もう大昔からあなたのことばかり考えていましたわ」と答えるシグナレス。けれどもシグナルの後見人である電信柱は、この想いに猛烈に反対します。その反対の声は二人の前に立ちはだかります。風が吹きつのり、雪が降り始める中、シグナルとシグナレスは悲しく立ちすくみます。月の光が青白く雲を照らす夜、霧が深く深くこめる夜、二人は星空に祈ります。

    擬人化された信号機たちが織りなす、切ない恋の物語です。汽車の音、霧、星空、そして電信柱どものゴゴンゴーゴーというざわめきが響きます。機械たちの世界は、まるで人間の社会のように、恋や嫉妬、身分の違いや社会的制約に満ちています。

    「ガタンコガタンコ」という列車の音、電信柱のでたらめな歌、倉庫の屋根の落ち着いた声が物語を彩ります。リズミカルで音楽的な言葉が響き、物語は詩のように流れていきます。遠野の盆地の冷たい水の声、凍えた砂利、霧に包まれた線路という鉄道のある風景の中で、シグナルとシグナレスは互いを想い、星空を見上げます。線路のそばの小さな世界から、やがて視線は遠く広がり、星々の中へ、宇宙へと開かれていきます。

    「あわれみふかいサンタマリヤ、めぐみふかいジョウジ スチブンソンさま」と、聖母マリヤと鉄道の父スチブンソンの名を呼びながら祈る二人。霧の中で、星空の下で、シグナルとシグナレスが見つめ合い、想いを交わすこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #鉄道 #月 #柱

    47 min
  • 北守将軍と三人兄弟の医者

    📖『北守将軍と三人兄弟の医者』朗読 – 三十年の戦いを終えた老将軍と、三つの病院🏥⚔️

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『北守将軍と三人兄弟の医者』。

    ラユーという首都の南の黄色い崖のてっぺんに、青い瓦の病院が三つ並んで建っています。リンパー、リンプー、リンポー。兄弟三人の医者がいて、一人は人間を、一人は馬や羊を、一人は草や木を治します。白や朱の旗が風にぱたぱたと鳴る、その三つの病院の前を、今日も病気の人や、びっこをひく馬や、萎れかかった牡丹の鉢が、次から次へと上っていきます。

    ある日の朝、町の人たちは遠くからチャルメラやラッパの音を聞きました。やがてそれは近づいてきて、町を囲む軍勢となります。灰色でぼさぼさした、煙のような兵隊たち。その先頭に立つのは、背中の曲がった老将軍。北守将軍ソンバーユーです。三十年、国境の砂漠で戦い続け、ようやく凱旋してきた将軍と、九万の兵隊。けれども将軍には困ったことがありました。三十年も馬から降りなかったために、足は鞍に、鞍は馬の背に、がっしりとくっついて離れないのです。顔や手には灰色の不思議なものが生えています。王の使いを前にしても馬から降りられず、困り果てた将軍は、三つの病院へと向かいます。

    人を診る兄、馬を診る弟、草木を診る末弟。それぞれの病院で、将軍と白馬には何が待っているのでしょう。

    将軍が砂漠で歌う軍歌、「みそかの晩とついたちは 砂漠に黒い月が立つ」という詩的な言葉。馬から降りられない将軍の困惑、算数の問答、病院での出来事。深刻さとおかしみが入り混じった、独特の語り口。砂漠の乾いた空気と、病院の場面。三十年の孤独な戦いと、帰還後の人々との関わり。重く固まった身体。物語の中で、対照的なものたちが隣り合って現れます。

    三十年の旅を終えた老将軍の物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #兵隊 #狐 #月

    46 min
  • マグノリアの木

    📖『マグノリアの木』朗読 – 霧に包まれた心の峰々と、一面に咲く白い花🌫️🌸

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『マグノリアの木』。

    霧がじめじめと降る中、諒安はただ一人、険しい山谷の刻みを渉っていきます。沓の底を半分踏み抜きながら、峯から谷へ、谷から次の峯へ。真っ黒でガツガツした巌、薄黒い灌木の密林、淡く白く痛い光——よるべもない世界を進む諒安の耳に、ある時声が響きます。「これがお前の世界なのだよ。それよりもっとほんとうはこれがお前の中の景色なのだよ」と。

    やがて黄金色の草の頂上に立った諒安の前で、霧が融けます。そこに広がっていたのは、一面の山谷の刻みに一面真っ白に咲くマグノリアの花でした。日のあたるところは銀と見え、陰になるところは雪のきれと思われるその光景の中で、諒安は羅をつけ瓔珞をかざった人々と出会い、「マグノリアの木は寂静印です」という言葉とともに、「あなた」と「私」をめぐる対話が交わされます。

    霧に包まれた険しい山谷と、霧が融けた後に現れる一面のマグノリアの花。苦しい道のりを一歩一歩踏みしめて進むことと、突然目の前に開ける光と白い花々。外の風景と、諒安の中の景色。けわしさと平らかさ、暗さと光、孤独と出会い——物語の中で、対照的なものたちが隣り合って現れます。

    「覚者の善」という言葉、瓔珞をかざった人々の姿、寂静印としてのマグノリア。仏教的な言葉や概念が散りばめられながら、それらは霧と光と花の風景の中に在ります。詩的な言葉と幻想的な情景が織りなす、静謐で瞑想的な世界。

    宮沢賢治が描く、霧と光と花に満ちた不思議な風景。諒安の旅路を通して立ち現れるこの幻想的な物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #植物

    17 min
  • いちょうの実

    📖『いちょうの実』朗読 – 千の子どもたちの旅立ちの朝🍂✨

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『いちょうの実』。

    空のてっぺんがまるでカチカチに焼きをかけた鋼のようにつめたく澄みきった明け方。東の空が桔梗の花びらのようにあやしい底光りをはじめる頃、丘の上の一本のいちょうの木に実った千人の子どもたちは、いっせいに目を覚まします。きょうこそが、旅立ちの日——。

    「ぼくなんか落ちるとちゅうで目がまわらないだろうか」と不安を口にする子、水筒にはっか水を用意して仲間に分けようとする子、「あたしどんなとこへいくのかしら」「どこへもいきたくないわね」「おっかさんとこにいたいわ」と別れを悲しむ女の子たち。木のいちばん高いところにいる男の子たちは「ぼくはきっと黄金色のお星さまになるんだよ」と空への憧れを語り合い、別の子は魔法の網を持って杏の王様のお城のおひめ様を救う冒険を夢見ています。くつが小さいと困る子、おっかさんにもらった新しい外套が見つからなくて泣きそうになる子——千人の子どもたちそれぞれに、不安も希望も夢も、そして母への思いもあります。

    おかあさんであるいちょうの木は、あまりの悲しみに扇形の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落としてしまいました。そしてきょう、まるで死んだようになってじっと立っています。

    星がすっかり消え、東の空が白く燃えるようにゆれはじめたとき——光の束が黄金の矢のように一度にとんできました。子どもらはまるでとびあがるくらいかがやきます。北から氷のようにつめたい透きとおった風がゴーッと吹いてきます。「さよなら、おっかさん」「さよなら、おっかさん」——。

    この物語には、別れの朝の空気がすみずみまで満ちています。冷たく澄んだ明け方の空、霜のかけらが風に流される音、桔梗色から白光へと移りゆく東の空——そうした繊細な自然描写の中で、いちょうの実である子どもたち一人ひとりの声が丁寧に拾い上げられていきます。不安と希望、悲しみと期待、現実的な心配事と無邪気な空想が、千通りの小さな声となって語られます。子どもたちがそれぞれに準備をし、互いに励まし合い、別れを惜しみ、それでも旅立たなければならない——その一つひとつの会話に耳を傾けていると、あたかも自分もその木の下に立って、子どもたちの旅立ちを見守っているような感覚に包まれます。

    母と子の別れ、成長と旅立ち、そして自然の営み。冷たい北風とあたたかな陽の光。悲しみの中にある祝福。この物語が描き出す、ある秋の朝の光景を、朗読でじっくりとお聴きください。


    #植物


    12 min

About 渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

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Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。