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#10【対話】今回は、番組のヘビーリスナーであり、銀行員として働く友人・たろをゲストに迎えた対話回です。
冒頭では、私がなぜこんなにポッドキャストを撮り続けているのか、という話からスタートします。
大きな理由のひとつは、「自分が話したことを絶対に面白がってくれる友達がいるから」。
配信を聴いてくれて、再生回数が伸びたら一緒に喜んでくれて、時にはスピーカー越しの音声に思わず返事までしてしまう。
そんなたろの存在が、私にとってかなり大きな原動力になっている、という話をしています。
そして本題は、たろの仕事の話へ。
たろは銀行員として、個人のお客様に対して資産や相続、お金まわりの相談に乗る仕事をしています。
面白いのは、その営業スタイル。
「自分が良いと思っていないものは無理に勧めない」という前提のうえで、相手の家族構成や生活背景、これから起こりそうな困りごとまで下調べし、いきなり本題に入るのではなく、まずは相手と仲良くなるところから始める。
見えているニーズだけではなく、本人もまだ気づいていない潜在ニーズにどう近づいていくのか。
そのために、どんな順番で会話を組み立てているのか。
銀行員の個人営業って、外から見るとこんなに人間観察と距離感の仕事なんだ……という話をしています。
さらに、たろの仕事モードにおける敬語や身だしなみの話にも脱線します。
私は敬語がかなり苦手なのですが、たろは仕事柄、電話口での言葉遣いや、相手からどう見られるかへの意識がとても高い。
その「かしこまり力」に、友人として普通に圧倒されている、という話もしています。
途中では、「患者様」という言葉への違和感や、業界ごとに存在する独特の敬語についても少しだけ話しています。
銀行、薬局、病院、鉄道など、それぞれの業界で「良し」とされている言葉遣いがあり、その時代ごとに敬語も変わっていく。
敬語が使えないのに、日本語の話は好き、という私のいつもの矛盾も出ています。
後半では、急に話題が変わって「猫と仲良くなる方法」へ。
たろは、銀行員として人の懐に入るのも上手いのですが、猫と遊ぶのも異様にうまい。
猫じゃらしの動かし方、距離感の取り方、追いかけすぎないこと、そしてネズミや虫のように「見え隠れする動き」で本能をくすぐること。
人間相手の営業でも、猫相手の遊びでも、共通しているのは「相手をよく観察して、相手が反応したくなる距離と動きをつくること」なのかもしれません。
銀行員の営業スタイル、敬語と身だしなみ、ポッドキャストを続ける理由、そして猫じゃらしの極意まで。
友達同士の脱線だらけの会話ですが、たろという人間の面白さがかなり出ている回になりました。
話していること
#8【対話】
今回は、AIと人間の境界について話しました。
テーマはかなり大きく言うと、「AIは人間の代わりになるのか?」です。
でも、いきなり難しい話から始まるわけではなく、いつものようにかなり雑談から始まります。
コメダで延々と空想の話をするような、くだらないけどなぜか深くなってしまう会話です。
前半では、バスタオルを毎日洗うかどうか、家庭の中で当たり前だと思っていたルールがどう作られるのか、親の影響って大きすぎないか、という話をしています。
バスタオルの話から「家庭の常識」「教育」「自分が子どもを持ったらどうするか」みたいな話に飛んでいくのが、この回のかなり好きなところです。
後半のメインテーマはAIです。
ChatGPT、Claude、Geminiなど、日常的にAIをどう使っているかという話から始まり、
仕事のメール作成、複雑な状況整理、脳内の情報整理など、AIをかなり実用的に使っている話をしています。
一方で、AIに対してかなり哲学的な怖さを感じています。
AIとの会話は、完全な自己内省でもなく、かといって生身の他人との会話でもない。
「内省でも他者との対話でもない、第3の対話なのではないか」という話が出てきます。
今回話している主な内容はこんな感じです。
この回で特に面白いのは、AIを便利な道具としてかなりドライに使う側と、AIに人間の思考や関係性が飲み込まれていくことを怖がる側で、かなり見方が違うところです。
私はAIを、仕事の複雑な状況を整理したり、文章を作ったりするための便利なツールとして使っています。
一方、AIが人間っぽくなればなるほど、
「人間と話す必要がなくなってしまうのではないか」
「自分の思考がAIに最適化されて変わってしまうのではないか」
という怖さを感じている。
そこから、AIと人間の違いはどこにあるのかをかなり話しています。
AIには知識はある。
でも、身体を持って実際に失敗したり、遠回りしたり、変な経験をしたりすることはない。
だからこそ、生身の人間と話すと、答えだけではなく、その人の経験や脱線やクセが返ってくる。
その余白が、実は人間と話す面白さなのではないか、という話になっていきます。
AIは便利です。
でも、便利すぎるものに慣れたとき、人間同士の面倒くささ、不自由さ、すぐに答えが出ない感じを、私たちはどう扱っていくのか。
今回はそんなことを、かなり日常の言葉で話しています。
AIをよく使う人、人間関係が面倒だと思う人、でも誰かと話す時間も好きな人には、かなり刺さる回だと思います。
結論、AIの話をしているようで、実は「人間と話すって何が面白いんだっけ?」を考えている回です。
#7【飲酒】今回は、現役女医の友人をゲストに迎えて、「直ビ」について聞いてみた回です。
三十路を目前にした女5人でBBQをしながら、お酒を飲みつつ、人生・仕事・医療現場・お金・やりがいについて話しています。
「直ビ」とは、初期研修を終えた医師が、専門研修や保険診療の現場を経ずに、直接美容医療へ進むキャリアのこと。
一見すると、「若手医師が高収入を求めて美容に行く話」に見えるかもしれません。
でも実際に話を聞いてみると、そこには保険診療の長時間労働、当直、休みにくさ、給与とのバランス、将来のライフプランなど、かなり複雑な背景がありました。
今回のゲストは、現役で働く女医の友人。
医学部に一浪して入ったこと、医学部受験における現役・浪人・男女差への感覚、そして医師として働きながら感じている現場のリアルを、かなり率直に話してくれています。
特に印象的だったのは、「医者は高収入」というイメージと、実際の働き方のギャップです。
大学病院や医局に所属しながら働き、さらに当直バイトを入れて、ようやく“医者っぽい給料”になる。
でも当直の翌日も普通に勤務があるため、場合によっては36時間勤務のような働き方になることもある。
そう考えると、直ビを選ぶ人のことを単純に否定するのは難しい。
美容医療にも土日勤務や接客業的な大変さはあるけれど、緊急対応や当直が少なく、働いた分が報酬に反映されやすい。
だからこそ、直ビは「逃げ」ではなく、人生設計としてかなり合理的な選択にも見えてくる。
一方で、十分な臨床経験を積まないまま美容医療に進むことには、医療安全や教育体制、合併症対応などの問題もあります。
この回では、直ビを良い・悪いで単純に切るのではなく、「なぜ若手医師が保険診療の現場から離れたくなるのか」という構造のほうに話が広がっていきます。
後半では、医療従事者にとってのやりがいや職場の人間関係についても話しています。
どれだけ忙しくても、一緒に働く人たちが良ければ頑張れる。
逆に、どれだけ暇でも、人間関係がきつい職場はしんどい。
そして、下っ端として残って働いているときに、先輩から「いつもありがとう」と言われるだけで、あと200日くらい頑張れる。
このあたりは、医師に限らず、薬剤師、看護師、検査技師、そして普通に働くすべての人に刺さる話だと思います。
最後はなぜか、リファ、パナソニック、ヤーマン、ヘアアイロン、ドライヤーの話に脱線します。
でもその脱線も含めて、友達同士でBBQしながら喋っている空気感がそのまま出ていて、かなり好きな回になりました。
<話していること>
医者のキャリアの話であり、医療制度の話であり、働く人の本音の話でもある回です。
ゆるいBBQの空気の中で、かなり本質的な話をしています。
#6-2【ひとり回】今回は、福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』を読んで喋る回の後編です。
前編より、さらに睡眠導入です。
ただし、眠れるかどうかはわかりません。
生命、抗生物質、耐性菌、生活習慣病、動的平衡、エントロピー、不老不死の話をしています。
そして今回も、薬剤師ムーブしてます✌️
▪️抗生物質と耐性菌の話
冒頭では、抗生物質について話しています。
抗生物質は、細菌の増殖を抑えたり、細菌を壊したりする薬です。
ペニシリンの登場以降、感染症で命を落としていた人たちをたくさん救ってきた、かなり偉大な薬です。
ただ、その一方で問題になっているのが、薬剤耐性菌です。
抗生物質を必要以上に使ったり、適切ではない場面で使いすぎたりすると、薬が効きにくい細菌が生まれてしまう。
しかも細菌は、その「この抗生物質はこう攻略すればいいらしい」という情報を、ほかの細菌に渡してしまうことがある。
終わりです。
なので、風邪っぽいだけで「抗生物質ください」と求めるのは、ちょっと待ってほしいという話をしています。
風邪の多くはウイルス性なので、抗生物質は基本的に効きません。
解熱鎮痛薬や痰切りなどが出ることはありますが、抗生物質は「とりあえず飲めば安心」みたいな薬ではないです。
もちろん、抗生物質そのものが悪いわけではありません。
ニキビ、扁桃炎、副鼻腔炎、膀胱炎など、細菌感染が疑われる場面では必要になることがあります。
ただ、処方された場合は、用法用量を守って飲み切ることが大事です。
自分だけの問題ではなく、将来の自分や、病院にいる高齢者、妊婦さん、子どもたちにも関わる話として、かなり真面目に喋っています。
▪️研究室とアカデミアの現実
次に、研究者や研究室の話にも触れています。
研究には、かっこよさがあります。
まだ誰も答えを出していない問いに向き合って、人類の知を1mmでも前に進める。
今までわからなかったことに、「これはこうかもしれない」と光を当てる。
そういう意味で、アカデミアには憧れがある。
でも、福岡さんの本には、研究室のきつさや古い階層構造もかなり生々しく書かれていたようです。
教授を頂点にした封建的な空気。
雑務。
下積み。
ハラスメント。
外向けのアピールだけがうまくなっていくような現実。
キラキラした知的空間というより、かなり泥臭い世界でもある。
それでも研究の世界に残る人たちは、何かを知りたいという熱量が本当に強いのだと思います。
▪️脳細胞は基本的に戻らない、という怖い話
中盤では、脳細胞の話から生活習慣病の注意喚起に入ります。
脳細胞は、基本的に一度死ぬと元に戻りにくい。
だから、脳に血液が届かなくなることはかなり怖いです。
血管が詰まると、その先の細胞には酸素や栄養が届かなくなります。
それが脳で起これば、脳梗塞につながる。
場所によっては、話せなくなる。
体が動かなくなる。
認知機能にも影響が出る。
だからこそ、脂質異常症、高血圧、糖尿病、喫煙など、血管を傷つける生活習慣には気をつけてほしい、という話をしています。
かなり薬剤師ムーブです。
さらに、低用量ピルを飲んでいる人への注意喚起も入ります。
低用量ピルには、血栓ができやすくなるリスクがあります。
頻度としては多くないけれど、リスクが上がること自体は知っておいた方がいい。
特に喫煙は、血管にとってかなり悪い要素です。
ピルを飲んでいる人は、タバコを避けること。
水分をしっかり取ること。
血管を大事にすること。
▪️生命は、完成品ではなく流れである
後半では、いよいよ『生物と無生物のあいだ』の中心にある、動的平衡の話に入っていきます。
生命は動的平衡。
同じように見えるけれど、中身は壊しながら作り続けている。
たとえば川は、同じ川としてそこにあります。
でも、中の水はずっと同じではありません。
水は流れ続けている。
入れ替わり続けている。
それでも、私たちはその川を「同じ川」と呼びます。
生命もそれに近い。
見た目は同じ自分。
でも、中の細胞やタンパク質や骨は、常に作られ、壊され、入れ替わっています。
生物は、完成した物体ではない。
作って、壊して、捨てて、また作る。
その流れの中で、なんとか「同じ私」として保たれている。
ここがかなり面白いところです。
▪️エントロピーに逆らえない話
そこから、エントロピーの話に進みます。
エントロピーは、ざっくり言うと乱雑さのことです。
部屋は放っておくと散らかる。
割れたコップは自然には元に戻らない。
秩序あるものは、放っておくと乱れていく。
エントロピーは増え続ける。
これは宇宙の絶対的な原則らしいです。
人間は、その原則に完全に逆らっているわけではありません。
自分の体の中だけを整理整頓して、秩序を保っている。
つまり、体内のエントロピーを低い状態に保とうとしている。
その代わりに、外界へゴミを出し続けています。
生きるとは、ただ存在することではない。
壊れながら、作り直しながら、乱れに抗い続けること。
そういう話として理解しています。
▪️老化と不老不死について
この流れから、老化や死の話にも進みます。
生物は、ずっと作り直し続けています。
でも、その修復や入れ替えの精度は、少しずつ落ちていきます。
DNAのコピーでミスが起きる。
タンパク質の合成がうまくいかなくなる。
分解や排泄がうまくいかなくなる。
そうやって、動的平衡が少しずつ維持できなくなっていく。
それが老化であり、最終的に死につながるのではないか。
そんなふうに話しています。
じゃあ、不老不死は可能なのか。
たぶん、かなり難しい。
生物はそもそも、壊れないことで保たれているわけではありません。
壊れながら、流れながら、作り直されることで保たれている。
だから、「完全に壊れない存在になる」という発想自体が、生命の仕組みと矛盾しているのかもしれません。
不老不死は、熱力学第二法則に逆らうものなので、絶対にありえない。
フリーザ様、元気出して……と思いました。笑
▪️同じであり続けるために、変わり続ける
最後にたどり着くのは、「同じであり続けるために、変わり続ける」という感覚です。
生物は、固定された完成品ではありません。
同じ姿を保っているように見えても、中身はずっと入れ替わっています。
変わらないために、変わる。
保つために、流れる。
生きるために、壊して作り直す。
この生命の話が、最後には人生や仕事の話にも少しつながっていきます。
停滞は後退。
進化し続けることで、かろうじて保たれるものがある。
そんなことを考えながら、後編は終わっていきます。
前編よりも、こちらの方がさらに睡眠導入かもしれません。
でも、生命って何なんだろうとか、老化って何なんだろうとか、体ってなんでこんなに不思議なんだろうと思ったことがある人には、かなり面白い回になっていると思います。
よかったら、ゆっくり聞いてみてください。
#6-1【ひとり回】今回は、福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』を読みながら、「生命って何?」「動的平衡って結局なに?」について喋っている回です。
かなり真面目な回です。
本人いわく、睡眠導入回です。
ただ、専門的な解説番組というよりは、本を読みながら「え、どういうこと?」「なんで体って壊してるのに生きてるの?」「ウイルスって結晶化するの?」と引っかかったところを、そのまま喋っている感じの回です。
結論としては、人間は完成された存在というより、ずっと作り直し続けている“流れ”みたいなものらしい。
その感覚に、元薬剤師・元薬学部生としてかなりテンションが上がっています。
▪️大阪・関西万博で見た「いのち動的平衡館」の話
冒頭では、2025年の大阪・関西万博で行ったシグニチャーパビリオン「いのち動的平衡館」の話をしています。
当時は、福岡伸一さんがプロデュースしているとは知らずに、「なんか良さそう」と思って予約したそうです。
天井から無数の糸のようなものが垂れ下がり、そこについた光の粒がチカチカと動く展示。
その時は、「きれいなイルミネーションだな」「生きるってすごいことなんだな」くらいの解像度で見ていたらしいです。
でも、あとから『生物と無生物のあいだ』を読んで、「動的平衡」という言葉に再会します。
絶えず流動し、破壊と構築を繰り返しながら維持される生命の秩序。
▪️赤血球の寿命から、地球の歴史まで飛ぶ話
本をすすめてもらったきっかけとして、赤血球の寿命の話にも触れています。
赤血球の寿命は約120日。
だいたい4ヶ月で役目を終えます。
肺から酸素を受け取り、血管を通って全身の細胞へ届ける。
そのために生まれて、働いて、やがて壊れていく。
そんな赤血球の一生を考えていたら、自分の人生にも思いが飛んだようです。
赤血球は4ヶ月。
人間は、たとえば80年。
でも地球は約46億年。
さらに、地球の歴史を1年にたとえると、現生人類が登場するのは12月31日の夜遅く。
人間の歴史なんて、本当に最後の最後の一瞬でしかない。
赤血球の4ヶ月を「短い」と笑えない。
自分の80年だって、地球から見たら一瞬です。
赤血球から地球史まで飛ぶ。
このあたりの脱線が、かなりこの番組らしいです。
▪️『生物と無生物のあいだ』は、科学ミステリーみたいに読める
『生物と無生物のあいだ』については、難しい本ではあるけれど、ただの知識の羅列ではなく、物語のように読めるところが面白かったと話しています。
DNAの二重らせん構造が明らかになり、そこから分子生物学の研究が進んでいく流れ。
科学の歴史や研究者たちの試行錯誤が、「それで?それで?」と読み進めたくなるように書かれています。
▪️生命とは「自己複製を行うシステム」なのか
本の冒頭では、「生命とは何か?」という問いが出てきます。
そこで提示されるのが、生命とは「自己複製を行うシステム」である、という定義。
話し手はここで、「自己複製を行うもの」ではなく、「自己複製を行うシステム」と表現されていることに引っかかっています。
ただ、この定義はあとで少し揺らぎます。
ウイルスの話に入ると、「自己複製」とは何か、「生命」とは何かが、急にあやしくなっていきます。
▪️膵臓、ガチで重要すぎる問題
この回の大きな山場は、膵臓の一部の機能を欠損させたノックアウトマウスの話です。
普通に考えたら、かなり重大な異常が起きそうです。
なぜなら、膵臓はめちゃくちゃ大事な臓器だから。
膵臓は、炭水化物・タンパク質・脂質を分解する膵液を出します。
さらに、インスリンやグルカゴンといったホルモンを分泌し、血糖値の調整にも関わっています。
消化にも関わる。
血糖コントロールにも関わる。
そんな膵臓の重要な部品を欠損させたら、何か大変なことが起きるはず。
そう思って実験したのに、マウスは普通に生き続けた。
この困惑が、「動的平衡って結局なに?」という話につながっていきます。
▪️動的平衡、エントロピー、老化の話
体はじっと固定された完成品ではなく、壊しながら作り直し続けているものらしい。
細胞も、タンパク質も、体の中の物質も、ずっと同じものがそのまま残っているわけではない。
壊され、作られ、入れ替わりながら、それでも全体としては「自分」として保たれている。
つまり、生命は止まっているものではない。
ものごとは基本的に、放っておくと乱れていく。
部屋を片づけても、気づいたら散らかる。
体も、放っておけば壊れる方向へ進む。
壊れる方向に向かう世界の中で、壊れたそばから作り直し続けている。
乱れていく流れを受け入れながら、なんとか秩序を保っている。
この話は、老化や不老不死の話にもつながっていきます。
体はずっと作り直されている。
でも、作り直しが完璧に続くわけではない。
少しずつエラーが出る。
修復しきれないものが残る。
入れ替えの精度が落ちていく。
それが老化なのではないか、という方向で話しています。
生きるとは、止まらないこと。
流れ続けること。
作り直し続けること。
そんなふうに理解しようとしている回です。
▪️ウイルスって結晶化するの?という衝撃
後半では、ウイルスの話に入っていきます。
特に引っかかっていたのが、ウイルスは極限まで精製すると結晶化する、という話です。
結晶と聞くと、塩や雪の結晶のようなものを想像します。
原子や分子が規則正しく並んで、安定した構造を作っているもの。
だからこそ、「ウイルスが結晶化する」という事実にかなり驚いています。
ウイルスは栄養を摂取しない。
呼吸もしない。
二酸化炭素を出すことも、老廃物を排泄することもない。
つまり、代謝を行っていない。
細胞のようにむにゃむにゃと不定形ではなく、ウイルスはかなり規則的な形をしています。
生命っぽい。
でも、生命と言い切れない。
この「生物っぽいのに、物質っぽい」という感じが、『生物と無生物のあいだ』というタイトルにそのままつながっています。
さらに、ウイルスは自分だけでは増えられません。
細胞に入り込み、細胞の仕組みを使って自分の情報を複製させます。
話し手いわく、ウイルスは「卑怯」。
「ちょっとこれ作ってもらえませんかね」みたいな顔で細胞に入っていき、細胞にウイルスを作らせる感じがあるようです。
このあたりからも、「生命とは何か」「生物と無生物の境界はどこにあるのか」が、簡単には答えられない問いになっていきます。
▪️薬学部でやったDNA抽出の思い出
最後の方では、薬学部時代の実験の話にも脱線します。
本の中に、細胞からDNAを取り出す方法が説明されていて、それを読んで大学時代の実習を思い出したようです。
細胞膜を壊して、中身を取り出す。
必要なものを分ける。
塩やアルコールを加える。
すると、白い糸状の物質が出てくる。
それがDNA。
ガラス棒で、白い糸のようなDNAをくるくる巻き取っていく。
その感触を、かなり生々しく思い出しています。
納豆の糸のような、ドゥルドゥルの鼻水のような。
あまりきれいなたとえではないけれど、たぶん実験した人には伝わるやつです。
『生物と無生物のあいだ』を読んだことがある人も、これから読む人も、生命って何なんだろうと少しでも思ったことがある人も、よかったら聞いてみてください。
後編に続きます。
#5【ひとり回】今回は、ヨシタケシンスケさんのスケッチ集『じゃあ君が好き』をきっかけに、「逃げること」「わからないこと」「好きであり続けること」「未来の自分との付き合い方」について、かなり自由に喋っている回です。
冒頭では、前回から音質がかなり良くなった話からスタート。
友人のジョンさんからマイクとオーディオインターフェイスを借りたことで、本人いわく「クソほど音質が向上した」らしく、かなり嬉しそうに話しています。
そこから、ヨシタケシンスケさんの『じゃあ君が好き』の話へ。
この本は、スケッチと短い言葉がまとまった一冊で、「本なんだけど、本じゃないみたいな感じ」と表現されています。
もともとヨシタケシンスケさんのことは『もう ぬげない』で知り、その後に展覧会へ行ったことで一気に好きになったそうです。
▪️「逃げること」は悪いことなのか
特に印象に残っているのが、ヨシタケさんが「嫌なことから逃げ続けた結果、今の状態になった」というようなことを語っていた展示の話。
会社員時代に、やりたくない仕事から逃げるように小さな手帳へイラストを描き続けていたこと。
絵を描く仕事の中でも、色を塗ることは得意ではなく、そこからも逃げたこと。
でも、その結果として今のヨシタケさんがある。
この話から、「苦手なことを無理に得意にしなくていい」「自分の得意なことを研ぎ澄ませばいい」という方向へ話が広がっていきます。
苦手を平均まで持っていくより、得意を一本槍のように尖らせる方が、自分には合っているのではないか。
そんなことを、本題に入る前からかなり長めに喋っています。
▪️ポッドキャストを「癒やし枠」にしたい話
この回では、本の話だけでなく、ポッドキャストそのものについても多く語っています。
役立つ情報を届ける場所というより、仕事終わりでヘトヘトになった人が、ケタケタ笑っている声を聞いて少し元気になるような場所にしたいみたいです。
あるリスナーから「仕事で疲れた夜に聞いたら元気が出た」と感想をもらったことが、とても嬉しかったそうです。
たくさんの人に向けて演説するというより、自分の近くにいる“隣人たち”へ向けて喋りたい。
そういう距離感が、今の番組の空気に近いのかもしれません。
▪️「都合がいい」という言葉を考える
本の中で引っかかった言葉として、「あなたはとっても、私にとって都合がいいわ」というスケッチについて話しています。
“都合がいい女”のように、この言葉には悪いイメージがつきまとっています。
でも、同棲するにしても、結婚するにしても、長く一緒にいるにしても、人は結局、お互いの都合を見ているのではないか。
自分の都合。
相手の都合。
それぞれを言語化したうえで、「この人は自分にとって都合がいい」と感じることは、必ずしも悪いことではないのではないか。
そんなふうに、ひとつの短い言葉から人間関係の相性や選択の話へ広げていきます。
▪️「わからない」が苦手な人間が、大事なことに気づきたい話
「大事なことに気がつきたい。きっと気持ち良さそうだ」という言葉からは、仕事の話に大きく脱線します。
現在、新しいシステムへの移行作業に関わっていて、その中で“わからないことだらけ”の状態にかなり苦しんでいるようです。
マニュアルを見ても、自分の画面には同じ項目が出ていない。
自分の権限では見えない情報がある。
そもそも「自分には取れない情報である」ということすら、最初はわからない。
もともと「わかる」ことが好きな人です。
薬剤師として働いていた頃は、薬・人体・化学・生物などを学んできた土台があり、完全にゼロからわからないことは少なかったそうです。
でも、ヨシタケさんの言葉に触れて、“わからないことがわかるようになるのは気持ちいい”という感情セットを持てたらいいのではないか、と話しています。
▪️好きなものより、好きな動詞
「そんな5年も10年も同じものを好きでい続けられると思う?」という言葉からは、好きであり続けることの難しさについて話しています。
物に対しては飽きやすい自覚がある一方で、動詞で考えると、長く好きなものがあるのではないかと気づいていきます。
考えること。
喋ること。
インプットすること。
アウトプットすること。
自分の話を自分で聞き返して笑うこと。
こうした“動詞”は、大学時代からずっと続いているものだと話しています。
転職活動中に読んだ森岡毅さんの本にも触れながら、仕事や人生を「物」ではなく「好きな動詞」で選ぶことの大切さについても語っています。
▪️国家試験時代の早朝と、「あの朝に集合する」感覚
終盤では、学生の頃に眠れず、外で夜明けを迎えた記憶についてのスケッチに触れています。
「いろんな年の自分が、あの場所、あの朝に集合する」という表現に、かなり感動しているようです。
そこから、自分自身の薬剤師国家試験前の記憶にもつながります。
毎日3時間ほどしか寝ず、1日17時間くらい勉強していた時期。
その日の授業や、わからなかったことを夜に録音し、朝の散歩中に聞き返していたそうです。
早朝の公園。
冷えた空気。
白く霞んだ景色。
自分の録音を聞きながら歩いていた時間。
かなり限界状態だったはずなのに、振り返ると楽しかった。
自分の声で学びを整理し、自分で聞き返すという行為は、今のポッドキャストにもつながっているように聞こえます。
▪️「未来の自分に媚を売る」という考え方
最後に、ヨシタケシンスケさんの前書きにあった考え方について話しています。
過去の自分が書いたものを見ると、「この頃は、この後あんなことやこんなことが起きるなんて知らないんだな。可愛いな」と思う。
それなら、未来の自分も、今の自分を見て「可愛いな」と思ってくれているはず。
だから、未来の自分にもっと可愛いと思ってもらえるような生き方を選ぶ。
それを、ヨシタケさんは「未来の自分に媚を売る」と表現しているようです。
“媚びる”という言葉には、どこかネガティブな響きがあります。
でも、知らない誰かに媚びを売るより、未来の自分に媚びを売る方がずっといいのではないか。
そんなふうに、言葉の悪さをひっくり返して、前向きな生き方として受け取っています。
▪️この回の雰囲気
全体として、本の紹介回ではありますが、実際にはヨシタケシンスケさんの言葉をきっかけに、仕事観、人間関係、学び方、夢、幸せ、未来の自分について喋りながら考えていく回です。
話は何度も脱線します。
本題に入るまでにもかなり時間がかかります。
でも、その脱線の中に、話し手が何に反応し、何に救われ、何を大事にしたいと思っているのかが出ています。
仕事終わりに、ちゃんとした結論を求めるというより、誰かが考えながら喋っている声を聞きたい時。
「今日も人間やってるな」と思いたい時。
ヨシタケシンスケさんの言葉を借りながら、今の自分の現在地を確認している様子を、横で聞いているような回です。
よかったら、家事中や帰り道、布団に呼ばれている夜など、耳が少し暇な時に聞いてみてください。
#4【紹介】今回は映画・コミック『ロボット・ドリームズ』をジョンに紹介します。
今回は2人でトークしながら、さらに2人のオーディエンスにも参加してもらう形で、みんなでこの作品について感想を語っています。
この作品は、ニューヨークで暮らすドッグとロボットの友情を描いた物語。
ある日、海へ遊びに行った二人ですが、ロボットが海水で錆びて動けなくなってしまい、離れ離れになってしまいます。
言葉のない物語の中で描かれるのは、
友情、時間、そして人生の変化。
誰かとの関係は永遠ではなく、
離れてしまうこともある。
それでも、その時間は確かに存在していて、
人生の中で意味を持つものだと感じました。
この作品を見て私は、
どちらも大切にしたいと思いました。
そして、
私と関わった人が、「いい影響をもらったな」と思い出してくれるような人になりたい。
そんなことを考えさせてくれた作品です。
原作はこちら↓
https://amzn.asia/d/0bAxk9xj
#3【ひとり回】今回は、佐藤雅彦さん原作の行動経済学まんが『ヘンテコノミクス』を読みながら、私たちが日常で無意識にやってしまう「判断のクセ」について話しています。
去年の夏、ピタゴラスイッチ展に行ったことをきっかけに、佐藤雅彦さんの考え方にかなり衝撃を受けました。
薬剤師から企画職に変わってまだ2か月くらいの時期で、これまでのように「手を動かせば薬ができる」仕事から、「正解を自分で設計する」仕事に変わったばかり。
そんなタイミングで、佐藤さんの「新しいものを作るのではなく、作り方を作る」という考え方に触れて、企画という仕事の見方が少し変わった、という話から始まります。
今回紹介している『ヘンテコノミクス』は、行動経済学や認知バイアスを、1話完結の漫画で読める本です。
「人間って、こういうふうに考えがちだよね」「でもその判断、実はけっこう不合理かもね」ということを、かわいい絵柄と身近なエピソードで教えてくれます。
この回で話していること
この本を読むと、「自分はちゃんと考えて選んでいる」と思っていることの中にも、実は環境や見せ方や距離感にかなり左右されているものがあると気づきます。
でも、それは人間がダメという話ではなく、そういう癖があると知っておくだけで、少しだけ選び方を変えられる。
たとえば、スタバで本当に飲みたい量を選べるようになる。
コンビニの50円引きに必要以上に引っ張られすぎないようになる。
人に話しただけで満足せず、ちゃんと作って出すところまで持っていこうと思える。
身近な人の声だけを大きく感じすぎず、本や歴史の中にいる「自分の先生」の声も聞きに行けるようになる。
そんなふうに、『ヘンテコノミクス』は、行動経済学や認知バイアスを難しい理論としてではなく、自分の日常をちょっと点検するための道具として読める本でした。
認知バイアスに興味がある人、行動経済学をやさしく知りたい人、つい無難な選択をしてしまう人、締め切り直前にならないと動けない人、そして「自分の考え方の癖」を少し客観的に見てみたい人におすすめです。
#2【ひとり回】 今回は、リリー・フランキーさんのエッセイ集『美女と野球』を読んで、「くだらなさに救われるってあるんだな」と思った話です。
最近、仕事で数字や課題設定、ロジカルシンキングに向き合う時間が多く、かなり頭がカチカチになっていました。
毎日、課題を見つけて、問いを立てて、どう解決するかを考えて、眉間にシワを寄せながらPCとにらめっこする日々。
事業企画の仕事は面白さもあるけれど、どうしても「遊び」が少なくなり、気づくと息が詰まっている感覚がありました。
そんなときに、ポインティさんのポッドキャストで『美女と野球』が紹介されているのを聞きました。
人生の意味がわからない、何のために生きているのかわからない、という相談に対して、「リリー・フランキーの『美女と野球』を読んだ方がいい」と言っていて、それが妙に引っかかりました。
「生きる意味とか、そんなに考えなくてもいいんだなと思える本」みたいな紹介をされていて、気になってそのままAmazonでポチりました。ちなみに一緒にポケモン図鑑も買っています。
読んでみた感想を一言で言うと、本当にくだらない。
でもこれは、かなり褒めています。
想像していた500倍くらいくだらなくて、そのくだらなさが、今の自分にはものすごく効きました。
『美女と野球』は、1章がだいたい4〜5ページくらいで読める短いエッセイ集です。
YouTubeの動画を1本見るより早く読めるくらいの軽さで、読書に対して「読むぞ」と気合を入れる必要がありません。
枕元に置いて、朝起きて1章だけ読む、みたいな距離感がちょうどいい本です。
今回の回では、まずリリー・フランキーさんがそもそも何者なのか、という話もしています。
私の中では、映画やドラマに出てくる少しダンディなおじさん、あるいはSNSで名言っぽい言葉が流れてくる人、くらいの印象だったのですが、調べてみると、もともとはイラストレーター、コラムニスト、文筆家として活動していた人でした。
『美女と野球』も1998年に単行本化された本で、雑誌に掲載されていた文章をまとめたもののようです。
この本の面白さは、とにかく「真面目そうな書き出し」と「下世話すぎる着地」の落差です。
最初は、存在価値とは何か、人はなぜ忙しいと言うのか、普通や当たり前とは何なのか、みたいな、かなりシリアスで哲学的な入り方をします。
読んでいる側も、「わかる、そういうこと考えるよね」と一瞬ちゃんと受け止めるのですが、数ページ後にはだいたいトイレ、うんこ、下ネタ、変な人との出会いみたいな話に落ちていきます。
特に印象に残ったのが、「シンクロ鬼コーチ」という章です。
冒頭では、自分に存在価値などあるのだろうか、という重めの問いから始まります。
会社に行かなければ大変なことになると言うけれど、実際に自分が失踪したところで、世の中の流れは何も変わらない。
そういう、存在価値についての話が始まったと思ったら、途中から近所のハンバーグ&カレーの店でトイレを詰まらせてしまう話になります。
カレー屋のトイレで大変なことになり、床が浸水しかけ、近くにあった段差のようなものでなんとか食い止める。
そして最後には、その「うんこ止め段差」に対して、君は素晴らしく存在価値のある段差だ、君のような人間になりたい、と締める。
存在価値の話が、最終的にトイレの詰まりを止めた段差の話になる。
このこじつけの鮮やかさが、めちゃくちゃ面白かったです。
もうひとつ紹介しているのが、「イケイケシャーシャー」という章です。
こちらも冒頭は、私たちが知っていることは事実のほんの一部で、普通や当たり前の基準も人それぞれだから、意外な事実に出会っても驚きすぎないようにしたい、というような話から始まります。
この入りだけ見ると、かなり現代的というか、ダイバーシティや多様性の話にもつながりそうな雰囲気があります。
でも、そこからまた一気にくだらない方向へ転がっていきます。
ベトナム料理屋での会話、辛いもの、トイレ、女性とうんこの話。
普通や当たり前を疑おう、というテーマが、最終的にはとんでもなく下世話な会話に接続されていきます。
毎回、最初に少し感心して、最後に裏切られる。
この裏切りが5ページ単位で何度も起こるのが、この本のすごいところです。
この本は、かなり下品です。
女性の話も多いし、今の感覚で読むと「うわ、平成だな」「昭和っぽいおじさんの価値観だな」と思う部分もあります。
私は普段、ジェンダーやダイバーシティに関心があるので、女は女らしく、男は男らしく、みたいな空気にはかなり敏感です。
風俗やキャバクラの話が、男同士の武勇伝みたいに語られるものには抵抗感もあります。
それでも、『美女と野球』を読んでいて、強い嫌悪感だけで終わらなかったのが不思議でした。
たぶんそれは、リリー・フランキーさんの文章が、誰かの上に立とうとしている感じや、正しさでマウントを取る感じから遠いからだと思います。
「俺はすごいだろう」ではなく、「俺はこれが面白いと思ってしまうんだよね」という、くだらないものに一直線な感じがある。
そこに、妙な力の抜け方と、ナチュラルな人間への肯定があるように感じました。
この本を読んでいると、「何かを成し遂げなきゃいけない」とか、「自分には価値があるのか」とか、「もっと成長しなきゃ」とか、そういう思考から少し距離を取れます。
もちろん、頑張ることや背伸びすること自体を否定したいわけではありません。
でも、自分が好きでもないことを、ネガティブな感情だけで無理に続けている状態や、常に何者かになろうとしている状態には、やっぱり疲れてしまう。
そんなときに、この本の「どうだっていいじゃん」という空気が、かなり効きます。
読書というと、どうしても「学びになるもの」「成長できるもの」「人生に役立つもの」を選びたくなります。
でも『美女と野球』は、読んだからといって何かが劇的に変わる本ではありません。
むしろ、読んでも読まなくても別にいい。
そのくらいの軽さがあるからこそ、今の自分には必要でした。
文字ではあるけれど、感覚としては漫画に近いです。
読む前に気合を入れなくていいし、1章だけ読んで笑って終わってもいい。
仕事で肩がカチカチになっている人、ロジカルシンキングや成長という言葉に疲れている人、人生の意味を考えすぎてしんどくなっている人におすすめしたい本です。
今回の回では、そんな『美女と野球』のくだらなさと、それに救われてしまった自分について話しています。
話している内容
▪️仕事で数字や課題設定に向き合いすぎて、頭がカチカチになっている話
▪️「遊びがない仕事」をしていると、平日の夜にIQを下げたくなる話
▪️ポインティさんのポッドキャストで『美女と野球』を知った話
▪️Amazonで『美女と野球』とポケモン図鑑を一緒に買った話
▪️本を読む前に、書いた人がどんな人なのか調べるようになった話
▪️リリー・フランキーさんは、俳優のイメージが強かったけれど、もともとは文筆家・イラストレーター・コラムニストでもあるという話
▪️『美女と野球』は、想像の500倍くだらなかったという話
▪️1章が4〜5ページで、YouTubeを見るより軽く読める話
▪️真面目で哲学的な書き出しから、急に下世話な話へ落ちていく構成の面白さ
▪️「シンクロ鬼コーチ」の存在価値の話と、カレー屋のトイレを詰まらせる話
▪️「うんこ止め段差」に存在価値を見出す締め方が最高だった話
▪️「イケイケシャーシャー」の普通や当たり前の話と、そこから下ネタへ転がっていく話
▪️毎回、最初に感心して、最後に裏切られるのが面白いという話
▪️かなり下品なのに、なぜか嫌悪感だけで終わらなかった理由
▪️リリー・フランキーさんの文章には、マウントや正しさで殴る感じがないという話
▪️ナチュラルな状態の人間を面白がる視線に、少し救われた話
▪️「何者かにならなきゃ」「成長しなきゃ」に疲れたときに効く本だと思った話
▪️読書で頑張りたくないときに、娯楽として読める本のありがたさ
▪️仕事で肩がカチカチの人、人生の意味を考えすぎている人におすすめしたい話
考えすぎて疲れたとき、ちゃんとした本より、こういう本に救われることがある。
今回はそんな話です。
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