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#38【飲酒】今回は、前回に引き続き、いけうちと人事お姉さんでお届けする飲酒回です。
話題は、いけうちが家でさつまいもを2時間かけて蒸かした話から始まり、厳しい家庭環境、読書と言葉への興味、昭和的な会社文化、女の役割を押し付けられる職場への違和感、そして医療業界に残る古い構造の話まで広がっていきます。
笑いながら話しているのに、気づくとかなり深いところまで潜っている。日常の小さな話から、仕事、家庭、ジェンダー、業界構造までつながっていく、ハキヤクらしい雑談回です。
▪️さつまいもを2時間かけて蒸かす女
冒頭は、いけうちが仕事終わりにスーパーでさつまいもを見つけ、買って帰って、オーブンで2時間かけて蒸かした話から始まります。
スーパーで焼き芋を買うのではなく、「俺んちにはオーブンレンジがある」と思い直し、自分で細長いさつまいもを選び、キッチンペーパーを濡らして、160度でじっくり火を入れる。
そんな一連の流れを、人事お姉さんがなぜか「かわいい」と受け取り、いけうちの生活感を想像して喜ぶところから、会話がどんどん転がっていきます。
ただの芋の話のはずが、「一人暮らしの私生活は基本トップシークレットなのでは」「人の生活感が見える瞬間は面白い」という話にも展開。さつまいも、おでん、たこ焼きなど、ある時期に特定の食べ物から帰ってこなくなる人生の話も出てきます。
日常の小さなこだわりを、人間観察の入口にしていくのが、この回の面白いところです。
▪️頑張ってきた人生と、厳しい家庭環境
今回のメインテーマのひとつは、「頑張ってきた人生を振り返ること」です。
人事お姉さんは、子どもの頃から「頑張らないと認めてもらえない」という感覚の中で育ってきたことを話します。テストで90点を取っても「なぜ100点ではないのか」と言われるような環境で、親の価値観が絶対だった時期のことが語られます。
そこから、厳しい家庭環境と現在のコミュニケーション能力の関係にも話が広がります。
人事お姉さんは、今では部署内の交流量を増やし、ランチの頻度まで変えてしまうほどの「コミュニケーション体力」を持っています。しかし、その背景には、かつて抑圧されていた環境への反動や、人と関わりたいという強い欲求があるのではないか、という分析が出てきます。
「昔は険しい道を選ぶ生き方しか知らなかったのかもしれない」という言葉が印象的です。
▪️本、言葉、そして逃げ場としての読書
厳しい家庭環境の話から、本や言葉への興味にも話が展開します。
人事お姉さんは、子どもの頃から文字を読むことが好きで、国語が得意だったこと、教科書の音読で自分の番になると全部読みたくなるほど、言葉に強い関心があったことを話します。
そこから、いけうちは「きつすぎる存在が近くにいると、ほかに言葉を求めるようになるのではないか」という仮説を出します。
温かい家庭で育った人と、周囲に自分の欲しい言葉がなかった人。もちろん人間を単純に二分することはできないけれど、後者の方が、本や文学や他人の声にたどり着きやすいのではないか。
自分の周囲だけでは得られない言葉を、本や誰かの話の中に探しに行く。だからこそ、二人は「人の考え方を聞くこと」「人の声を聞くこと」に強く惹かれているのかもしれません。
読書を単なる趣味としてではなく、生き延びるための逃げ場や、外の世界とつながるための手段として語っているところが、この回の深い部分です。
▪️女社会、男社会、そして戦ってきた場所
前回のジェーン・スーさんの話から引き続き、「女としてどう扱われてきたか」「どんな社会で戦ってきたか」という話にも入っていきます。
いけうちは、ジェーン・スーさんが男社会で戦ってきた人だとすれば、自分は女社会の中で戦ってきた感覚がある、と話します。一方で、人事お姉さんは、自分は男社会とも女社会とも戦ってきた気がすると振り返ります。
見た目や雰囲気から「こういう女だろう」と判断されること。女性から警戒されたり、男性から古い役割を求められたりすること。そうした場面で、二人がそれぞれどんなふうに立ち回ってきたのかが語られます。
そこで出てくるのが、ユーモアや初対面での「かまし」です。見た目通りのイメージで受け取られたくない時に、あえて「私それ系じゃないよ」と最初に示すこと。攻撃ではなく、笑いに変えながら距離を調整すること。二人の処世術が、かなり具体的に見えてくるパートです。
▪️商社時代のお茶出しとお土産配り
今回の大きな山場は、人事お姉さんがかつて在籍していた商社での話です。
当時の職場には、女性社員がお茶出しをする、お土産を配る、飲み会で偉い人の隣に座る、といった昭和的な文化が残っていました。
上司が出張先で買ってきたお土産を、なぜか女性社員が配る。しかも「ありがとうございます」と言われるのは買ってきた本人で、配る側はその場を回す役割を担わされる。
さらに、同じ部署の男性同期から「これ、大阪出張のお土産だから配ってくれる?」と言われたエピソードも語られます。
その時、人事お姉さんは「なんで?」と返します。
相手は「俺みたいな男が配っても、みんな取らないと思うから」と言いますが、人事お姉さんは「自分で配りなよ」と返す。すると、その男性は最終的に自分で配ったそうです。
この話から、自分が嫌だと思ったことは、ちゃんと嫌だと伝えないと伝わらない、という話になります。笑いながら言うだけでは、本当に嫌なのだと伝わらないことがある。だからこそ、必要な時には声のトーンを低くする、怒っている音程にする。
不機嫌で察してもらうのではなく、怒りをコントロールして言葉にする。
▪️「女の役割」を求められることへの違和感
お茶出しやお土産配りの話から、「女の役割」を求められることへの違和感にも話が広がります。
人事お姉さんがいた職場では、女性一般職が男性社員や上司の世話をするような空気がありました。飲み会では、女性が偉い人の隣に座るように配置されることもあり、くじ引きの段階で男性用と女性用が分けられていたといいます。
一方で、そうした世話役をすることが自分の価値になっている女性もいる。誰かの面倒を見ることで存在価値を感じる人もいる。だから単純に「世話を焼く人が悪い」という話ではありません。
ただ、いけうちは、自分は人に面白さを提供したい気持ちはあるけれど、生活の世話をしたいわけではない、と話します。
「あなたたちは生活、私はポッドキャスト」という以前の誕生日回の言葉にもつながるように、いけうちにとって人との関わりは、面倒を見ることではなく、面白さや言葉を交換することなのかもしれません。
▪️医療業界に残る古い構造
終盤では、商社の古い飲み会文化や女性役割の話を受けて、いけうちが医療業界についても語ります。
医療業界にも、偉い人の隣に若い女性を座らせる飲み会文化や、医師会・薬剤師会・厚生労働省などを中心とした利権構造、新しい価値観の入りにくさがまだ残っているのではないか。
IT業界が「新しい技術」や「新しい世界」を取り込もうとする業界だとすれば、医療業界は「今ある権力や利権を守りたい人たちの世界」でもある。もちろん全員がそうだという話ではありませんが、業界全体として変化が遅いという実感が語られます。
薬学部の人や、これから医療業界に入る人に向けて、「その世界に入っていくことを重く認識してほしい」と、ドラゴン桜風に呼びかける場面もあります。
笑いながら話してはいるけれど、かなり本質的な業界批評になっているパートです。
▪️ユーモアは武器になる
全体を通して印象的なのは、重い話をそのまま重く語りすぎないことです。
厳しい家庭環境、昭和的な職場文化、女としての役割を押し付けられること、医療業界の古い構造。どれも本来はかなりしんどいテーマですが、二人はそれを笑い、ツッコミ、ネットミームや漫画の引用を交えながら話していきます。
これは、深刻さから逃げているというより、しんどかった出来事を自分の言葉で語り直し、笑える形に変換しているようにも聞こえます。
相手に傷つけられた時、理不尽な役割を求められた時、ただ我慢するのではなく、「なんで?」と返す。時にはユーモアに変える。時には声のトーンを変えて、ちゃんと怒る。
そんな二人の処世術がにじむ回です。
#37【飲酒】今回は、いけうちと人事お姉様で、仕事終わりの開放感の中、交換日記、ジェーン・スーさんの本、MBTI、タレント性、マウント文化、そして「自分にとっての幸せ」について語り合う回です。
お酒を飲みながら、笑い、脱線し、急に深い話に入っていく。金曜の仕事終わり、放課後のようなテンションで始まった雑談が、気づけば人間関係や価値観の話まで広がっていきます。
▪️今回の登場人物
いけうち:ハキヤクのパーソナリティ。よく笑い、よく喋り、エピソードを1から10まで話し切るタイプ。今回は、人事お姉さんから「タレント性がある」と評され、自分の話し方や人との関わり方について考えています。
人事お姉さん:今回のゲスト。いけうちの話を聞きながら、性格やコミュニケーションの癖を観察し、的確に言語化していく存在。人事的な視点と友人としての距離感が混ざったコメントで、会話をどんどん深めていきます。
▪️大人になってからの「交換日記」とサークル化する番組
冒頭では、ヨシタケシンスケさんの本を貸したことをきっかけに、まさかの「交換日記」が始まった話で盛り上がりました。
本に挟まれていた録音用のメモに対して、人事お姉さんが返事を書いたことで、子どもの頃のような交換日記が自然発生。大人になってから、しかも仕事終わりのテンションで始まる交換日記の面白さについて話しています。
そこから、ポッドキャストの中で生まれる共通言語や、ヘビーリスナー同士だからこそ通じる内輪ネタのようなものにも話が広がっていきます。
さらに、ひとり語りでもなく、固定の相方との番組でもなく、毎回完全なゲストを呼ぶ番組でもないハキヤクの形式についても話しています。友達の友達も含めて、話したい人が集まり、その時々の関係性や熱量がそのまま音声になっていく。「作ろうと思って作ったサークル」ではなく、喋っているうちに自然にサークル化していた、という気づきが語られます。
▪️仕事終わりの解放感と、お酒の話
収録は金曜日の仕事終わり。「今週も頑張った」という空気の中、芋焼酎「だいやめ」を飲みながら話が進んでいきます。
だいやめのライチのような香りや、炭酸割り、マンゴージュース割り、オレンジジュース割りなど、どんな飲み方が合うのかを試しながら、ゆるく検証する流れもあります。
▪️MBTIと「人の感情を考えすぎる」こと
中盤では、以前配信したMBTI回の感想から、NF型やENFJ的な感覚について話しています。
「人の感情なんて本当はわからない。でも、わからないからこそ想像する」という話から、感情を考えすぎることは無駄なのか、それとも優しさなのか、というテーマに展開。
テニスの約束をドタキャンされたときに、相手を心配するのか、それとも自分の時間を過ごすのか、という具体例を通して、人によって反応の仕方がかなり違うことも語られます。
MBTIを単なる診断結果としてではなく、人との距離の取り方や、感情への向き合い方を考える材料として扱っているところが、この会話の面白いところです。
▪️ジェーン・スーさんの本と「熱量駆動型」の読書
今回の大きな話題のひとつが、ジェーン・スーさんの『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』です。
人事お姉さんから本を借りたその日に読み、その日のうちにメモを書き、そのまま収録したという流れから、「熱量駆動型」という言葉が出てきます。
借りた本を積んでおくのではなく、新鮮な驚きや面白さがあるうちに一気に読んで、一気に話す。ジェーン・スーさんの文章については、言葉遊びの面白さ、価値観や人生観の切り取り方、愚痴っぽさの中にある率直さなどが語られます。
共感できるかどうかだけではなく、「観察・分析の対象として面白い」という読み方をしているのも、この回らしいポイントです。
▪️「女子でいる」こと、頼ること、あざとさの話
本の内容から派生して、女性が男性に頼ることや、頼り方のうまさについても話しています。
高い場所にある本を取れない女性と、それを取ってあげる男性のような場面を例にしながら、「頼る信号」を出せる人と、自分で脚立を探しに行ってしまう人の違いについて盛り上がりました。
いわゆる「あざとさ」や、相手に察してもらう技術に対して、自分はかなり遠い場所にいるのではないか、という話も出てきます。ただ、そのズレを否定するのではなく、人によって社会の渡り方や可愛げの出し方が違う、という観察として語られているのが印象的です。
頼ることがまったくなかったわけではなく、むしろ子どもの頃はかなり兄に頼っていた。ただ、大人になってからの「異性に頼る」「可愛く頼る」といった文脈とは、少し違う形の頼り方だったのかもしれません。
▪️タレント性と、語り切るコミュニケーション
今回の中心テーマのひとつが、「タレント性」です。
人事お姉さんから、いけうちにはタレント性がある、何かで跳ねると思う、と言われる場面があります。
いけうち自身も、自分のコミュニケーション能力は「相槌がうまい」「質問がうまい」というより、自分の知っている話を起承転結つきで語り切る力にあるのではないか、と分析しています。
ポッドキャストを始めたことで、それまで周囲の人に向けて話していた長いエピソードトークが、音声コンテンツとして形になったのかもしれません。
▪️歩き方には性格が出る?
人に対する観察の話として、「歩き方には性格が出る」という持論も展開されます。
歩くのが速い人、遅い人、ナルシストっぽい歩き方、頭の回転が速そうな歩き方など、身体の動きにはその人の性格や思考の癖が出るのではないか、という話です。
そこから、月曜から夜ふかしに出てきそうな「特徴的な人」の話や、通勤中に歩くのが速い人を好きになってしまう人の相談など、どんどん話が脱線していきます。
▪️クソガキムーブと、愛されるふるまい
後半では、「クソガキムーブ」や「小物ムーブ」など、自分が居心地よくいられる振る舞いについても話しています。
しっかりした大人でい続けるのではなく、どこまでなら周囲を不快にさせずに、ふざけた子どものようなテンションでいられるのか。
学生時代までは、周囲の人に愛されるために、誰に対しても「愛されムーブ」をしなければならないと思っていたこと。大人になってからは、その出し方や場所を選ぶようになったこと。
愛想や可愛げを完全に否定するのではなく、それを自分で調整できるようになった、という話として語られています。
▪️マウント文化への違和感と、心地よい生き方
終盤では、学生時代に感じていた「マウント女子」への違和感について話しています。
彼氏、プレゼント、ブランド、結婚、プロポーズなどを使って、自分がどれだけ愛されているかを発表し合うような空気。その中で感じていたしんどさや、「なぜそれを人と比べる必要があるのか」という違和感が語られます。
一方で、社会人になり、自分が興味のあることに夢中になっていても生温かく受け止めてくれる職場や人間関係に出会ったことで、少しずつそのマウント文化から距離を取れるようになったとも話しています。
SNSで見せる幸せ、ブランド品、車、高級なお店など、外から見てわかりやすい幸せは確かにある。でも、それを見せる一瞬のために、自分が本当に楽しくない時間を積み重ねるのは違うのではないか。
最終的に話は、「自分が何に価値を置くのか」というところに戻っていきます。ブランドやマウントよりも、面白い話をすること、好きな人と笑うこと、本や映画や人間観察から考えを広げること。そして、それをポッドキャストとして残していくこと。
第37回は、いけうちと人事お姉さんの気心の知れた空気の中で、交換日記、ジェーン・スーさん、MBTI、タレント性、歩き方、マウント文化、幸福論まで、幅広いテーマを行き来する回になりました。
全体を通して流れているのは、「人を面白がること」と「自分を話の素材にすること」です。
仕事終わりの放課後のようなテンションで笑いながらも、人間関係や価値観について深いところまで潜っていく。そんな、ハキヤクらしい雑談回です。
#36【ひとり回】今回は、朝井リョウさんのエッセイ集『時をかけるゆとり』を読んで、あまりの面白さに完全にひれ伏した読書紹介回です。
本当に愉快な本に出会ってしまいました。
愉快というか、外で読むのが難しい。
なぜなら、笑ってしまうから。
肩が揺れてしまうから。
今回紹介しているのは、朝井リョウさんのエッセイ集『時をかけるゆとり』。
『桐島、部活やめるってよ』『何者』『正欲』『イン・ザ・メガチャーチ』など、名前を聞いたことがある作品ばかりの作家さんです。
しかも『時をかけるゆとり』は、朝井さんが20代前半の頃のエッセイ。
24歳くらいでこんなに面白い文章を書いていたのかと思うと、もうそれだけでひれ伏すしかありません。
▪️エッセイが苦手だったのに、完全に好きになってしまった
もともと私は、エッセイというジャンルに少し苦手意識がありました。
でも、嫌いという感情って危ない。
「嫌い」と思っていたものほど、あとから好きになってしまうことがある。
今回まさにそれが起きました。
『時をかけるゆとり』は、朝井リョウさんの大学時代の出来事を中心にした短いエピソード集です。
どこから読んでも大丈夫なくらい軽やかで、それでいて一つひとつのエピソードトークが強い。
日常のなんてことない出来事も、朝井リョウさんの文章力にかかれば爆笑できる話になる。
そのうえで、そもそも変な人に絡まれ続けている。
この“やばい人を引き寄せる体質”と、それを言語化する能力が合わさって、とんでもないおもしろ本になっています。
▪️『時をかけるゆとり』はなぜこんなに読みやすいのか
この本を読んでいて一番驚いたのは、読むときの負荷がほとんどないことです。
本なのに、まるで「すべらない話」を聞いているような感覚がある。
語彙力はものすごく、描写も的確で、文章も整理されている。
でも、朝井さんの感情が大きく動いた瞬間、急に語彙が吹き飛ぶ。
普段は圧倒的な文章力で読ませてくるのに、衝撃的な出来事が起きた瞬間だけ語彙力を失う。
その落差で笑ってしまう。
さらに、改行や段落の使い方が本当にうまい。
感情が動いた場面で一行空き、短いツッコミが入り、また元の話に戻る。
このリズムによって、「ここは反応するところなんだ」と自然にわかる。
笑いどころが視覚的にも伝わるから、脳に負荷をかけず、すっと笑いに連れていかれます。
▪️朝井リョウさんは、変な人の“やばさ”を膨張させる
この本の中で特に好きだったのが、朝井リョウさんが変な人に絡まれる話です。
大学1年生で眼科と邂逅し、大学2年生で麻布十番の黒タイツおじさんに遭遇し、美容師と対決し、大学4年生では美容院で別人格が発生する。
こういう「やばい人に絡まれた話」は、やっぱり面白い。
ただ、朝井さんの場合はそれだけではありません。
おそらく、絡まれたその場で大きく反応したり、強く言い返したりはしていない。
内心ではめちゃくちゃツッコんでいるのに、表面上は穏やかで、相手を刺激しないコミュニケーションを取っている感じがある。
そのせいで、相手が「あ、この人はいける」と思ってしまう。
「この人は自分のやばさを受け止めてくれる」と思ってしまう。
結果として、相手のやばさがどんどん膨張していく。
そして、その場で起きたことを後から圧倒的な観察眼と言語化能力で文章にする。
だからこんなに面白いのだと思いました。
▪️麻布十番の黒タイツおじさんがすごすぎる
今回の中で特に詳しく話しているのが、「黒タイツおじさん」と遭遇する章です。
大学2年生の夏、朝井リョウさんは麻布十番のオフィスでアルバイトをしていたそうです。
でも、家からも大学からも遠い。
なぜそんな場所でバイトしていたのか。
読みながらこちらが「麻布十番という響きに惹かれたのでは?」と思い始めたところで、ほとんど正解だと明かされる。
読者がうっすら思い始めたことを、絶妙なタイミングで回収されます。
さらに、麻布十番のおしゃれさを描写する場面も最高です。
外国の方が多く、駅の近くには有名なたいやき屋さんがあり、少し歩くと鳩が集まるようなおしゃれな広場がある。
そこで木漏れ日の中、パンを食べる。
もちろん左手にはヘッセの詩集がある。
……と思ったら、嘘である。
こっちは一瞬、想像上の麻布十番に連れていかれている。
おしゃれな広場、木漏れ日、パン、ヘッセ。
その空気に浸った瞬間、「嘘である」と横から殴られる。
この裏切り方が本当にうまい。
その後、朝井さんは麻布十番のマクドナルド、つまり“おMac”に入ります。
そこで夢中で本を読んでいると、隣の席のおじさんがじっとこちらを見つめている。
ちらっと見ると、そのおじさんは下半身が黒タイツのみ。
しかも朝井さんに話しかけてくる。
そして「君はいい目をしているね」と言われ、朝井さんはなぜか少し嬉しくなってしまう。
自分でも気づいていない部分を見てもらえたような気がして、ほくほくしてしまう。
この反応もかわいいし、だから絡まれるんだろうなと思ってしまう。
その後、おじさんは紙ナプキンに「ENJOY」と書き、これを読めるかと聞いてくる。
朝井さんが戸惑いながらも、できるだけ楽しく「エンジョイ」と読む。
すると、違うと怒られる。
黒タイツのおじさんの雑談に付き合ってあげているのに、英語の発音で怒られる。
この理不尽さがすごい。
次に出されるのは「QUESTION」。
クエスチョンなのか、クエッションなのか。
散々迷った末に答えると、「まあ、それはそれでいいや」と流される。
さっきは怒られたのに、今度は許される。
この逃げきれなさ、正解があるようでない感じが、本当に変な人との会話そのものです。
そして最後、おじさんは名刺を差し出します。
そこには大きな会社の会長のような肩書きが書かれている。
「やっぱりすごい人って変な人が多いのか」と納得しかけたところで、おじさんはその名刺を指しながら「この人もとっても面白いんだよ」と言う。
お前じゃないんかい。
このオチが本当に完璧でした。
正体が明かされるのかと思いきや、まさかの本人ではない。
最初から最後まで構成がきれいで、読み終えた瞬間に拍手したくなるようなエピソードです。
▪️「悔しい」と「面白い」が同時に来る
この本を読んでいて何度も思ったのは、「悔しい」という感情でした。
面白い。
でも悔しい。
やられた、負けた、と思う。
人の期待を裏切ることは、やっぱり面白い。
上げてから下げる。
下げてから上げる。
あるいは、横から殴る。
朝井リョウさんの文章は、その緩急が本当にうまい。
▪️読書って、ちゃんと気持ちいい
後半では、本を読む時間そのものについても話しています。
スマホが近くにあるだけで集中力が削られる感じがあるので、私は本を読むとき、スマホをマンションのポストに入れて物理的に距離を置くことがあります。
通知を切るだけではなく、物として遠ざける。
外界とつながっているものを、自分の身体から離す。
そうすると、30分でも1時間でも、ひとつのことに集中できる。
『時をかけるゆとり』は、憂鬱な待ち時間にも合うし、最近おもしろいものに出会えていない人にも合う。
エッセイが苦手だった人にも、本を読んで笑いたい人にもおすすめです。
読み終わりたくない。
でも読みたい。
そんな本に久しぶりに出会ってしまいました。
朝井リョウさんのゆとりエッセイ、すでに2作目も読み始めています。
あまりにも紹介したくなったら、続編回も録るかもしれません。
読んだことがある人は、ぜひ感想を教えてください。
まだ読んでいない人は、ぜひ読んでみてください。
たぶん外では読めません。笑ってしまうので。
#35【対話】今回は、きたこーをゲストに迎えて、MBTIの「SF型」について話した回です。
MBTIシリーズ第4回、ついにラストです。
今回は、ISFJ・ISFP・ESFJ・ESFPを含むSF型について、偏見と実体験を交えながら話しています。
MBTIについて話していますが、今回もあくまで科学的な診断というより、占い・エンタメ・共通言語として楽しんでいます。
「このタイプだから絶対こう」と決めつけるのではなく、人によって世界の見方や、人との関わり方がこんなに違うのか、という雑談として聞いてもらえると嬉しいです。
▪️映画の感想でわかる、S型とN型の違い
冒頭では、映画を観た後の感想から、S型とN型の違いについて話しています。
N型は、伏線や象徴、構造、テーマを深読みしがち。
「あそことあそこってつながってるよね」「これはこういう意味なんじゃない?」と、映画を観た後に考察を始めるタイプです。
一方でS型は、「迫力すごかったね」「映像が綺麗だった」「俳優さんがかっこよかった」と、目に見えたものや体験として入ってきたものを素直に味わうイメージ。
映画の観方ひとつでも、かなり違いが出るのでは、という話になりました。
▪️風邪を引いた時、T型とF型はどう動くのか
次に、付き合っている人や家族が風邪を引いた時の反応について話しています。
T型は、まず薬があるか、病院に行く必要があるか、予約が必要か、長引くなら受診した方がいいか、という実務に向かいやすい。
一方でF型は、心配から始まり、ポカリを買ったり、お粥を用意したり、玄関先に必要なものを届けたりする方向に動きやすい。
SF型は、Sの現実感とFの寄り添いが合わさって、かなり具体的に看病するタイプなのでは、という話をしています。
▪️SF型は、優しいけれど圧がある?
きたこーは、SF型について「いい人なんだけど、ちょっと圧がある」と話します。
空気を読む力や、人への気遣いが強いぶん、「普通こうだよね」「これはこうした方がいいよね」という常識感覚も強く感じることがある。
優しい。けれど、意外と厳しい。
その独特の強さについても話しています。
▪️SF型には、理屈では勝てない
池内は、SF型の人たちに対して「勝てない」と感じることがあると話します。
もちろん本当に勝負しているわけではありません。
ただ、SF型には、論理で反論する土俵とは違うところで、すっと現実に引き戻してくる力があります。
たとえば、年相応の服装をした方がいい、とISFPの知人に言われた時。
それを「なぜですか?」と論理で返す雰囲気ではなく、相手の美学や感覚から出てきた言葉として、もう「はい」と受け取るしかない感じがある。
この理屈では勝てない愛嬌と現実感が、SF型の強さとして語られています。
▪️現実に引き戻してくれる人たち
NT型の池内は、考えすぎて頭でっかちになりがちです。
そんな時、SF型の人たちは、寄り添いながらも、五感や現実の方へ戻してくれる存在なのでは、という話になります。
抽象的な議論や脳内会議に入りすぎている時に、ペシンと軽く叩いて「こっちに戻っておいで」と言ってくれるような感じ。
SF型の人たちは、考えすぎる人にとって、かなりありがたい存在なのかもしれません。
▪️ESF・ESFPは、愛嬌とフットワークの人たち?
ESFJやESFPの人たちは、愛嬌があって、人との距離の詰め方がとても上手いのでは、という話もしています。
頭で計算しているというより、感覚で相手の心地いい距離をつかめる。
場に入っていくのも、助けるのも、逃げるのも上手い。
その人がいるだけで周りが助けたくなるし、本人も考える前に人を助けに行く。
SF型の持つ自然な愛嬌と献身性について話しています。
▪️美味しいおにぎりのために早起きするISFJ
きたこーのISFJの友人の話も出てきます。
その友人は、朝に美味しいおにぎりを食べる時間が好きで、そのために早起きするそうです。
効率だけで考えると「昼でもよくない?」となるけれど、本人にとっては、朝起きて身支度をして、ふっと一息つきながら食べるおにぎりが大事。
何を食べるかだけではなく、いつ、どんな気分で食べるかまで含めて大切にしている。
この感覚も、S型らしい具体的な幸せとして語られています。
▪️SF型は、お揃いや具体的な愛情表現を大事にしそう
SF型は、目に見える愛情表現や、具体的な行動を大事にしそう、という話も出てきます。
記念日を大事にしたり、お揃いのものを持ったり、言葉や行動で気持ちを示したりする。
実際に、ISFPの友人とお揃いの靴を持っているという話も出てきます。
抽象的な思想や長い議論よりも、目に見える形で「一緒にいる」「大事にしている」を表現する感じが、SF型っぽさとして語られています。
▪️ISF型は、こっそり働きすぎる?
ISFJやISFPのようなI寄りのSF型は、表立って人を巻き込むというより、こっそり動いて、細かいことを引き受けているイメージもある、という話になりました。
困っている人に気づき、雑務を拾い、相手の顔色を見て、断れずに抱え込んでしまう。
その献身性はすごいけれど、本人がしんどくなってしまうこともあるのでは、という話もしています。
▪️SF型とNT型は、どう補い合うのか
SF型とNT型は、かなり真逆の性質を持っているように見えます。
NT型は、原因や構造、役割設計や論理を見がち。
SF型は、具体的な人の感情や、目の前の心地よさ、現実のケアに向かいやすい。
だからこそ、衝突することもあるけれど、お互いにない力を持っている。
NT型が一人で考え込みすぎた時に、SF型が外に連れ出してくれたり、現実に戻してくれたりする。
この補完関係が、今回の大きなテーマになっています。
▪️タイプごとの集団、どうなりそう?
最後には、同じタイプばかりが集まったらどうなるか、という話もしています。
SF型ばかりだと、居心地はいいけれど、対立や変化が起きにくいかもしれない。
ST型ばかりだと、物事は進むけれど、余白や意味が少なくなるかもしれない。
NT型ばかりだと、議論は盛り上がるけれど、体温がなくなるかもしれない。
NF型ばかりだと、意味や本質を共有できるけれど、妄想が膨らんで現実の動きが遅くなるかもしれない。
どのタイプにも強みと弱みがあり、だからこそ補い合えるのでは、という話でMBTIシリーズを締めています。
▪️今回の聞きどころ
今回は、MBTIシリーズの最終回として、SF型の現実を見る力・人に寄り添う力・理屈を超えて場を動かす力について話しています。
MBTIが好きな人も、そうでもない人も、
「自分と違うタイプの人って、こんなふうに世界を見ているのか」と楽しんでもらえたら嬉しいです。
#34【対話】今回は、きたこーをゲストに迎えて、MBTIの「ST型」について話した回です。
MBTIシリーズ第3回。
今回は、ISTP・ESTP・ISTJ・ESTJを含むST型について、偏見と実体験を交えながら話しています。
MBTIについて話していますが、今回もあくまで科学的な診断というより、占い・エンタメ・共通言語として楽しんでいます。
「このタイプだから絶対こう」と決めつけるのではなく、人によって現実の見方や判断の仕方がこんなに違うのか、という雑談として聞いてもらえると嬉しいです。
▪️ST型は、現実と論理で世界を見る人たち?
ST型のSは、五感・体感・経験・現実。
Tは、論理・合理性・筋の通り方。
つまりST型は、抽象的な意味や感情の深掘りよりも、「実際に何が起きているのか」「今やるべきことは何か」「現実的にどうすればいいのか」に強いタイプなのでは、という話をしています。
▪️ISTPの職人気質がすごい
池内の周りにいるISTPの友人についても話しています。
ISTPは、やり方を細かく指定されるよりも、自分の興味や必要性に従って、我流でどんどん習得していく職人タイプのイメージ。
機械を説明書なしで触って直したり、経験から構造を理解したりするような、身体と論理が直結している感じがある、という話になりました。
▪️薬剤師の友人と『国宝』の糖尿病考察
映画『国宝』をきっかけに、糖尿病の治療の歴史や、作中設定について考えた話も出てきます。
池内は、1900年代後半には糖尿病治療が確立していたはずなのに、なぜ足を切断するような状態になったのかが気になっていました。
そこで、知識量の多いISTPの薬剤師の友人に話したところ、当時の医療知識だけでなく、時代背景や、昔の男性たちの「病院なんか行かない」「薬なんか飲まない」という価値観まで含めて説明してくれたそうです。
ただ知識を持っているだけではなく、現場で見てきた経験や時代感覚をもとに、池内が納得するところまで話せる。
この経験値と論理の強さが、ISTPへのリスペクトとして語られています。
▪️ST型の正論パンチは怖い。でも救いにもなる
きたこーは、ST型のイメージとして「正論パンチ」を挙げます。
感情に寄り添うというより、現実を見て、必要なことを言う。
それは時に怖く見えるけれど、悩みすぎている時には救いになることもある。
恋愛相談で、相手にも事情があるかもしれないと考えすぎるより、「いや、それは相手が悪い」と言い切ってもらえることで、前に進めることがある。
ST型の正論は、傷つけるだけではなく、現実に戻してくれる優しさでもあるのでは、という話をしています。
▪️落ち込んでいる人に、ST型はどう反応するのか
前回までの回では、NT型は「原因と解決」、NF型は「感情の深掘り」に向かいやすいのでは、という話をしました。
今回のST型は、落ち込んでいる人を見た時に、まず具体的に何が起きたのかや、この後の予定・実務は大丈夫なのかを考えるのでは、という話になりました。
「今日のタスクは大丈夫?」
「現実的に何をフォローすればいい?」
そんなふうに、感情そのものよりも、現実の行動や実務に結びつけて心配する感じです。
▪️ESTPのギャル、エネルギーが強すぎる
ESTPの話では、池内が出会った“絵に描いたようなESTP”のギャルのお姉さんのエピソードが出てきます。
渋谷で人だかりを見た瞬間に「喧嘩か?」と思い、本気で混ざろうとするような、圧倒的な行動力とエネルギー。
理屈で止まるのではなく、感じたものに即反応して動く。
身体で数字を取りに行く営業マンのような、エネルギー量で現実を突破するタイプとして語られています。
▪️寒いからドタキャン? 出てこさせます
恋愛や約束に関する話も出てきます。
昔、池内が付き合っていた人から、当日の朝に「今日寒すぎるのでやめましょう」と言われた時の話。
池内は「確かに寒いし、まあいいか」と受け取った一方で、ESTPのギャルのお姉さんに同じ話をしたところ、返ってきたのは「行きますよ、家に」「出てこさせます」という答え。
寒いから来ない、という理由は許さない。
約束したなら来る。来ないならこっちが行く。
この現実への強さ、迷いのなさ、そして相手を動かす力に、池内は強い魅力を感じています。
▪️ESTJ上司の、徹底した現実的マネジメント
きたこーからは、新卒時代のESTJ上司の話も出てきます。
その上司は、部下全員にMBTIを受けさせ、それぞれの特性を把握したうえでマネジメントしていたそうです。
感情的に怒るのではなく、「この人はこういう傾向があるから、こういう伝え方が必要だ」と理由づけて管理する。
現実に根ざしつつ、論理でチームを見ていく。
STJ的な管理能力の高さが、印象的なエピソードとして語られています。
▪️ST型は、脳みそ合戦から肉体に戻してくれる
NTやNFのように、意味や感情、未来の可能性を考えすぎるタイプにとって、ST型はかなり心地いい存在でもあります。
抽象的な思考に入りすぎている時に、「で、実際どうするの?」「今何が起きてるの?」と現実に戻してくれる。
池内はそれを、ほっぺをペチンとされて“帰っておいで”と言われるような感じだと話しています。
▪️ISTJの事実確認ツッコミが面白い
ISTJの知人についても話しています。
池内が突拍子もない冗談を言った時に、ISTJの人は感情的に乗るのではなく、事実確認としてツッコミを入れてくれる。
たとえば、きたこーを「哲学者」と紹介した時に、「哲学者ではなく、IT企業の会社員です」と訂正するようなイメージ。
この事実へのまっすぐさが、池内にはかなり面白く映っているようです。
▪️感じたことを、まっすぐ言い切る強さ
後半では、『国宝』を見た後の感想の違いについても話しています。
あるISTJの人は、登場人物の行動に対して「義理を欠いている」とまっすぐ怒っていたそうです。
一方で、NF寄りのきたこーは、「その人にも事情があるのでは」「どんな気持ちでその決断をしたのか考えたい」と感じる。
ST型は、感じたことや現実に見えたことを、そのまま言い切れる。
その潔さが、時には人を救うのかもしれません。
▪️今回の聞きどころ
抽象的に考えすぎる人にとって、ST型はちょっと怖いけれど、かなり頼もしい存在なのかもしれません。
正論で殴られることもある。
でも、その正論で救われることもある。
今回は、そんなST型の現実を見る力・動く力・言い切る力について話しています。
次回は、MBTIシリーズラストのSF型について話していきます。
#33【対話】今回は、きたこーをゲストに迎えて、MBTIの「NF型」について話した回です。
前回のNT回に続き、MBTIシリーズ第2回。
今回は、ENFJ・ENFP・INFJ・INFPを含むNF型について、かなり偏見と実体験込みで話しています。
MBTIについて話していますが、今回もあくまで科学的な診断というより、占い・エンタメ・共通言語として楽しんでいます。
「このタイプだから絶対こう」と決めつけるのではなく、人によって世界の見え方や、人との距離感がこんなに違うのか、という雑談として聞いてもらえると嬉しいです。
▪️NF型は「何をするか」より「誰といるか」が大事?
前回のNT回では、池内の「目的がないと人とだらだらできない」という話が出ました。
今回はそこから、NF型にとっての「一緒にいる」とは何なのかを掘っています。
NT寄りの池内は、水族館に行くなら「水族館に行く」という目的があり、その目的が終わったら満足しやすい。
一方できたこーは、仲のいい人であれば、目的が終わった後も、その人と一緒に時間を過ごすこと自体に意味があると話します。
▪️目的が「行為」なのか、「人」なのか
今回の大きなテーマは、目的の置き場所の違いです。
池内は、会う相手に対して「水族館に行く人」「テニスをする人」「くだらない話をする人」のように、どこか役割やラベルで整理しているところがあります。
一方でNF型寄りの感覚では、行為そのものよりも“その人と一緒にいること”が目的になりやすい。
何をするかより、誰と過ごすか。
この違いが、かなりはっきり見える回になっています。
▪️「中身のない会話」でも、その人ならいい
きたこーは、仲のいい友人であれば、特に中身のある話をしなくても、一緒にだらだら過ごせると話します。
何か深い話をしたいわけでも、明確な目的があるわけでもない。
でも、その人と同じ時間を共有していること自体が大事。
この感覚に対して、池内が「それは“くだらない話をするラベル”がついているのでは?」と返していくところも、NTとNFの見方の差が出ていて面白いです。
▪️水族館のあと、ご飯に行くか帰るか問題
たとえば、誰かと水族館に行ったあと、まだ少し時間がある。
そこで「このあとどうする?」となった時、NF寄りの感覚では、仲のいい相手ならそのまま歩いたり、店を探したり、ご飯を食べたりする時間も自然に続いていきます。
一方で池内は、「水族館」という目的が終わった時点で、かなり満足している。
その後に明確な目的がないなら、一人で感想をメモしたり、内省したりする方が有意義に感じる。
この「まだ一緒にいたい」と「もう目的は達成した」のズレが、かなり象徴的に出ています。
▪️金曜の夜から月曜の朝まで一緒にいたい人たち
恋愛における「一緒にいたい」の重さについても話しています。
過去に出会ったENFJの人が、金曜の夜から月曜の朝まで、恋人とずっと一緒に過ごしたいタイプだったというエピソードが出てきます。
金曜の夜にご飯に行き、土日も一緒に出かけ、日曜の夜も泊まり、月曜の朝にそれぞれ会社へ行く。
それを「理想」とする人もいれば、「一人で内省する時間がないと無理」と感じる人もいる。
恋愛や友情における距離感の違いが、かなり具体的に語られています。
▪️ENFP・ENFJの“人が好きすぎる”感じ
会話の中では、ENFPやENFJについても話しています。
ENFPは、飲み会なら人を集められるだけ集めたい、人数が多ければ多いほど楽しい、というイメージがある。
ENFJは、友達の友達も友達だと思っていそうだし、恋人の家族にも自然に会いに行けそう。
もちろんかなり偏見込みですが、NFの中でも、IとEで「人との関わり方」の濃さや広がり方が違うのでは、という話になっています。
▪️友達が元気なさそうな時、NF型は何を考えるのか
前回のNT回では、友達が元気なさそうな時に「原因と解決」を考えがち、という話をしました。
今回はNF型の場合、原因は考えるけれど、その原因が感情ベースに向かいやすいのでは、という話をしています。
「この人は今、何を感じているんだろう」
「この沈黙にはどういう意味があるんだろう」
「私が何かしてしまったのかな」
そんなふうに、相手の心情や背景を想像していく感覚です。
▪️一人反省会と、感情の予測
NF型は、人の感情を想像する力が強い一方で、その想像が行きすぎると、一人反省会や思い込みにつながることもあるのでは、という話も出てきます。
相手が本当にそう思っているかはわからない。
でも、つい「もしかして傷つけた?」「嫌だった?」「何かあった?」と考えてしまう。
この繊細さは優しさでもあり、疲れやすさでもある、という話になっています。
▪️イマジナリー第三者が見てくる問題
後半では、誰も何も言っていないのに、頭の中で“見てくる他人”を作ってしまう話をしています。
美容室に行くだけで「身なりを整えようとしていると思われそう」と感じる。
春先にノースリーブを着ると「二の腕を出したいだけと思われたらどうしよう」と考える。
30度ある日に黒の長袖を着て、「今日この服で変じゃないか」と悩む。
実際には誰も言っていないのに、頭の中のイマジナリーな第三者が何かを言ってくる感覚について話しています。
▪️服装・髪型・マスクまで、全部に意味が発生する
きたこーは、アウターを着るタイミング、コートを着る季節、ネックレスをつける年齢、前髪を下ろすか分けるか、マスクの色まで、いろいろな場面で「どう見られるか」を考えてしまうと話します。
誰かに聞けば「別にいいんじゃない」と言われるようなことでも、自分の中ではなかなか簡単に流せない。
人から見たら些細なことでも、自分の中ではちゃんと意味があり、選ぶまでに小さな葛藤がある。
この“どうでもいいけど、どうでもよくない”感じもNF回らしいポイントです。
▪️悩みたいから悩んでいるのかもしれない
服装や髪型、人からどう見られるかについて悩む話に対して、池内は「悩みたくて悩んでるのかも」と言います。
それは突き放しではなく、NF型の人にとっては、何も考えずに選ぶのではなく、ちゃんと考えて、自分なりに納得してから選びたいのかもしれない、という話です。
他人から見たら些細なことでも、自分の中では意味がある。
そのこだわりや自意識の動きも、今回の聞きどころです。
▪️今回の聞きどころ
MBTIが好きな人も、そうでもない人も、
「自分はどっち寄りだろう?」と考えながら聞いてもらえると楽しい回だと思います。
次回は、ST型について話していきます。
#32【対話】今回は、きたこーをゲストに迎えて、MBTIの「NT型」について話した回です。
MBTIについて話していますが、あくまで科学的な診断というより、性格や人間関係を面白がるための共通言語として扱っています。
「このタイプだからこう」と決めつける回ではなく、NT型、とくにENTPっぽい思考回路を、かなり偏見込みで観察していく回です。
今回は、全4回で収録したMBTIシリーズの初回。
NT・NF・ST・SFの4分類に分けて話していく中で、まずはNT型をテーマにしました。
▪️MBTIは“エンタメとして楽しむ”前提です
冒頭では、MBTIをどう扱うかについて話しています。
人間を16タイプにきっちり分類できるというより、会話を盛り上げたり、自分や他人の考え方の違いを言語化したりするためのツールとして使っています。
なので今回は、かなり偏見も混ぜながら、「NTっぽさって何だろう?」を雑談形式で掘っています。
▪️ENTPは悪役にされがち問題
少年漫画のキャラクターをMBTIで見る話もしています。
『NARUTO』の大蛇丸、『HUNTER×HUNTER』のヒソカ、『鬼滅の刃』の童磨など、ENTPっぽいとされるキャラクターに悪役やクセの強い人物が多いことから、ENTPの印象について盛り上がりました。
もちろん本気で「ENTP=悪役」と言っているわけではなく、あくまでキャラクター分析として楽しんでいます。
▪️友達が元気なさそうな時、NT型は何を考えるのか
今回の中心になったのは、友達が落ち込んでいそうな時にどう反応するか、という話です。
きたこーから「友達が元気なさそうだったらどうする?」と聞かれ、池内はそもそも“元気がない”ことに気づけない可能性があると話しています。
体調不良や明らかな異変なら気づくけれど、「空気感」や「機嫌」みたいなものはかなり読み取れない。
周囲が「あの人、今日機嫌悪かったね」と言っていても、一人だけ「え、楽しそうでしたよ?」と思っていることがある、という話も出てきます。
▪️NT型は“原因と解決”に向かいやすい
友達が落ち込んでいる時、SF型やNF型なら「大丈夫?」「休む?」「何か買っていこうか?」と寄り添う方向に動きやすい。
一方で、NT型はまず“なぜそうなっているのか”と“どうすれば解決するのか”を考えがちなのでは、という話をしています。
池内の場合も、相手が「気分が乗らない」と言った時に、まず「どこが面倒なのか」「家から出るのが面倒なのか」「じゃあこっちが行けばいいのか」と、すぐ原因分解と解決策に向かってしまいます。
▪️テニスの約束が潰れたらどうするか問題
かなり盛り上がったのが、友達とテニスをする約束をしていたのに、相手が気分で来られなくなったらどうするか、という話です。
池内は、複数人でテニスが成立するなら特に気にしないけれど、1対1で相手が来ないことで“テニスをする”という目的が達成できなくなる場合は、かなり困ると話します。
ここから、相手を「テニスをする友達」というラベルで見ているのではないか、という話に発展していきます。
▪️“テニスできるロボットでも最高”という極論
きたこーから「もし相手がテニスできるロボットを送り込んできたら?」と聞かれた池内は、「最高」と答えます。
なぜなら、その場で達成したい目的はテニスをすることだからです。
このやりとりを通して、池内の中では人間関係がかなり目的別・役割別に整理されていることが見えてきます。
▪️“だらだら一緒にいる”が苦手
さらに、目的なく人とだらだら過ごすのが苦手だという話もしています。
もちろん「だらだらする相手」としてラベルづけされている友達なら大丈夫。
でも、イベントに一緒に行った後に「このあとどうする?」となって、特に行きたい店も目的もないまま時間を過ごすのはかなり苦手。
それなら一人で感想をメモしたり、本を読んだり、自分の時間にしたいという感覚があります。
▪️一人語りで自給自足できるポッドキャスター
冒頭では、池内の一人語り回についても話しています。
一人で喋って、一人で笑って、あとから聞き返した自分が同じタイミングでまたツッコむ。
自分の録音と自分がハモるような感覚を楽しんでいる、という自給自足型ポッドキャスターの話も出てきます。
▪️今回の聞きどころ
MBTIが好きな人も、ちょっと苦手な人も、
「人によって、こんなに世界の見え方が違うのか」と楽しんでもらえたら嬉しいです。
次回以降は、NF・ST・SFについても話していきます。
#31【紹介】今回は、『映画 すみっコぐらし』を通して「居場所」「承認欲求」「労働」について話した回です。
前半では、誕生日当日に友達からお祝いメッセージをもらって嬉しかった話から、「文字だけじゃ足りないときの音声メッセージ」について話しています。
電話ほど重くなく、でも文字よりも感情が伝わる。声の温度が届く、ちょうどいいコミュニケーション手段として音声メッセージの良さを再発見しています。
さらに、GarageBandでの音声編集の話にも脱線します。
池内の笑い声が大きすぎる問題に対して、ジョンが作ってくれた「ジョン設定 池内笑い声対策」というコンプレッサー設定など、制作の裏側も話しています。
そして本題は、『映画 すみっコぐらし』シリーズ。
すみっコぐらしを、単なる「可愛いキャラクター」ではなく、居場所がないと思っている子たちが、すみっこで寄り添って暮らしている物語として紹介しています。
話している内容
▪️ 誕生日と音声メッセージの話
誕生日の前は「また1年経ったのね」くらいの気持ちだったのに、当日になって友達からお祝いされるとやっぱり嬉しい。
その流れで、友達に「音声メッセージでお祝いしてほしい」と頼んだ話をしています。
電話ほど負担は重くないけれど、文字やスタンプより声の温度が届く。そんな新しい距離感の取り方として語っています。
▪️ 最近の配信テーマを振り返る
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、Dr.STONE、サンドランド、約束のネバーランドなど、最近はSF・科学・遺伝子・エネルギー系の硬めの話が続いていたことを振り返ります。
今回はその反動として、のんびり可愛いテーマとして「すみっコぐらし」を選んでいます。
▪️ すみっコぐらしのキャラクター設定が深い
白くまは寒いのが苦手で北から逃げてきた。
とんかつは、ほとんど脂身で食べ残されてしまう存在。
えびふらいのしっぽも、食べてもらえなかった存在。
ぺんぎん?は、自分が本当にペンギンなのか分からず、自分探しをしている。
とかげは、実は恐竜の生き残りで、正体がバレないように暮らしている。
そんな彼らを、「居場所がないと思っているマイノリティたち」として読み解いています。
▪️ 映画シリーズの話
第1作『とびだす絵本とひみつのコ』では、絵本の外に出られないひよこのために、すみっコたちが絵本の中に家を描いてあげる話を紹介しています。
第2作『青い月夜のまほうのコ』では、月に戻りたいけれど、戻ったところで居場所があるのか分からない魔法使いの子の孤独について話しています。
第4作『空の王国とふたりのコ』では、水不足の王国で、ひとりで抱え込む王様に「みんなで協力していいんだよ」と寄り添う話に触れています。
▪️ 本題:映画第3作『ツギハギ工場のふしぎなコ』が面白すぎる
今回いちばん熱く語っているのが、第3作『ツギハギ工場のふしぎなコ』です。
可愛いすみっコたちが工場で働く話ですが、その構造があまりにも「承認欲求と労働」の話として読めてしまう、というところから考察が始まります。
▪️ 褒められて嬉しい気持ちが、労働に回収されていく怖さ
すみっコたちは、クマ工場に「手が器用」「観察力がある」「青い」「油っぽい」など、それぞれの特徴を褒められます。
居場所がないと思っていた子たちは、褒められることで嬉しくなり、「自分にもできることがある」と思って働き始めます。
しかし最初は1体だったノルマが、50体、100体、最終的には1000体へと増えていく。
この流れを、「承認されること」と「働かされること」の境界線が曖昧になっていく話として語っています。
▪️ ブラック企業すぎる工場の描写
未経験歓迎。
面接なし。
制服支給。
ご飯あり。
住み込み可。
MVP制度あり。
ノルマあり。
残業あり。
少し休むとアームで持ち場に戻される。
さらに、製造だけでなく「どんな商品が喜ばれるか」という企画まで任される。
すみっコぐらしなのに、現代の労働構造に見えてしまうところを、笑いながらも鋭く語っています。
▪️ とんかつクローン事件と、雑草発送事件
工場では、とんかつが誤ってクローン生成マシンに入り、大量のとんかつが発生します。
また、雑草やミニっコたちが誤って発送され、外の世界に出たことで、街にぬいぐるみが溢れていることに気づきます。
ここから、すみっコたちは「自分たちの仕事が、むしろ街を混乱させている」と知り、工場の異常さに気づいていきます。
▪️ 本当の黒幕は、クマ工場ではなく“工場そのもの”だった
物語の後半で、クマ工場は実はぬいぐるみだったことが分かります。
本当にすみっコたちを動かしていたのは、建物としての工場そのもの。
かつてはおもちゃを作る場所として栄えていたけれど、会社が倒産し、従業員もいなくなり、役割を失った工場。
工場もまた、「居場所」や「役割」を失った孤独な存在だったのです。
▪️ 工場が手足を生やして追いかけてくるカーチェイス
この作品最大の見どころとして語っているのが、工場に手足が生えて、車と飛行機で逃げるすみっコたちを追いかけてくるシーンです。
すみっコぐらしなのに、まるで洋画のカーチェイスのような迫力あるSEと演出。
「工場と車のカーチェイスなんて見たことない」と、かなり興奮気味に語っています。
▪️ 工場は映画館に生まれ変わる
最終的に、すみっコたちは工場に寄り添います。
「工場だからといって、何かを作り続けなければいけないわけではない」
「役割を失っても、別の形で居場所を作れる」
そんなメッセージを受け取った工場は、最後に映画館として生まれ変わります。
労働の話として始まった物語が、最後には「役割に縛られなくてもいい」という居場所の話に着地します。
▪️ 可愛いのに、大人が見ると社会が見える
この回では、『すみっコぐらし』の映画を「子供向けで可愛い作品」としてだけでなく、大人が見ると労働・承認・孤独・役割・居場所の話として読めてしまう作品として紹介しています。
ずっと可愛いのに、構造を見ようとすると急に現代社会が見えてくる。
そのギャップこそが、映画すみっコぐらしの面白さだと語っています。
▪️ リスナーへのお願い
番組全体の再生回数が1000回を突破した話にも触れています。
友達からの「聞いたよ」だけでもすごく嬉しいという話から、コメントへの憧れも語っています。
もしこの回を聞いて『すみっコぐらし』の映画が気になった方は、ぜひ見てみてください。
そして気に入ったら、ぜひコメントで教えてください。
可愛いキャラクターたちを眺めていたはずなのに、気づけば「働くって何?」「役割って何?」「居場所って何?」と考えてしまう。
そんな、すみっコから現代社会を斬ってしまった回です。
#30【ひとり回】今回は、30歳の誕生日とポッドキャスト第30回が重なった誕生日配信です。
誕生日を迎えて、みんなから連絡をもらってうれしくなり、せっかくだから録ろうかなと思って録ったら、まさかの第30回。
30歳と30回が重なるという小さな偶然に喜びながら、これまでの配信を振り返りつつ、これからやってみたいことを話しています。
ハキヤクは、元薬剤師・現企画職の池内が、映画・本・漫画・日々考えたことをきっかけに、「どう生きるか」「何が面白いのか」を友人たちと好き勝手に話している雑談ポッドキャストです。
今回はひとり回です。
30歳になった話から、第1回を聞き返して感じた初々しさ、音質の変化、トークの慣れ、そして番組をこれからどう育てていきたいかまで、かなり自由に話しています。
▪️今回話していること
▪️第30回まで続けてみて思ったこと
第1回を聞き返すと、機材も揃っていないし、音質もガサガサしているし、喋り方もかなり緊張している。
でも、それが今となってはかなり愛しいです。
第2回では、GPTに出してもらった台本をもとに、かなり細かく構成を作って話していたり、第3回では認知バイアスについて話しながら企画職として悩んでいたり、第4回ではすでに公開収録をしていたり。
振り返ると、始めたばかりの頃の自分たちが、ちゃんと不慣れで、ちゃんと頑張っていて、ちゃんと面白い。
そして最新回を聞くと、明らかに慣れてきている。
結局、回数を重ねることはかなり大事なんだなと思いました。
▪️これからやりたいこと
今回一番強く話しているのは、番組ステッカーを作りたいということです。
ハキヤクのサムネイルにいるキャラクターが、あまりにもステッカー向きなので、これはもう作るしかないのでは、と思っています。
普通のシールだけじゃなくて、キラキラシールや色違いも作りたい。
一緒に録音してくれた人や、聞いてくれている人に配りたい。
スマホの裏にそっと入れておきたい。
それから、番組としての運営も少しずつ整えていきたいです。
とはいえ、今いちばん大事にしたいのは、自分が面白くポッドキャストを撮ることです。
運営や告知を頑張りすぎて、楽しくなくなったら本末転倒なので、まずは楽しく続けることを優先します。
▪️今回のキーワードは「やった後の景色」
やりたいことはたくさんある。
でも、やりたいと思っているだけで止まってしまうこともある。
そんな時に大事なのは、ただ「やらなきゃ」と思うことではなく、それをやった後の景色にちゃんとワクワクできているかなのかもしれません。
ステッカーを作ったら、誰に渡したいのか。
スマホに入れたらどんな気持ちになるのか。
ハッシュタグができたら、どんな感想が集まるのか。
いつかリアルイベントをやったら、管理画面の数字でしか見えていなかったリスナーが、目の前の人として現れるのかもしれない。
そんな未来の景色にワクワクしながら、30歳のハキヤクも続けていきたいと思います。
▪️今回読んだ本
小沢あやさん
『「ポッドキャストをやりたい!」と思ったらまず読む本』
ポッドキャストを始めたい人、続けたい人、番組を少しずつ広げていきたい人に向けた実践本です。
今回のステッカー、冒頭挨拶、ハッシュタグ、スポンサー募集、リアルイベントの話は、この本を読み返したことがきっかけになっています。
▪️感想・コメント
番組の感想は、Spotifyのコメント欄などで教えてもらえるとうれしいです。
「ステッカー欲しい」「この回好きだった」「ここ笑った」など、ひとことでもかなり喜びます。
番組フォローもよろしくお願いします。
また火曜日か木曜日の配信でお会いしましょう。
#29【ひとり回】今回は、ジェーン・スーさんのエッセイ『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』を読んで、思ったことをひとりで喋っています。
本の紹介ではあるのですが、途中からはほぼ「女として生きること」「女子であること」「女の身体を持って暮らすこと」「自分が居心地よくいられる場所をどう選ぶか」についての話になりました。
ジェーン・スーさんは、男社会の中で正論やロジックを武器にして生き抜いてきた人なのではないか。
一方で私は、女社会の中で「女の子らしくしなければならない」という圧を感じながら生きてきた側だったのではないか。
出発点は真逆なのに、最終的には「自分が居心地よくいられる場所に移動していこう」というところで重なっていて、面白かったです。
話している内容は、こんな感じです。
▪️ 本をおすすめされる嬉しさ
・職場の人事のお姉様から「これ好きだと思う」とおすすめしてもらった本を、その日のうちに読んで、そのまま収録しています。
・本を紹介してもらうことは、ただ情報をもらうだけではなく、「あなたはこういうものが好きそう」と考えてもらうことでもあるので、嬉しい。
・友達同士の本のおすすめは、相手の趣味嗜好を踏まえた“精度の高い営業”みたいなものなのではないか、という話をしています。
▪️ ジェーン・スーさんとの出会い
・今回読んだのは『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』。まずタイトルが強い。
・ジェーン・スーさんをほとんど知らない状態で読み始めたのですが、生活の中の違和感を言葉にしてきた人なのではないかと感じました。
・エッセイは、書いている人が傷ついたり、世の中に違和感を持ってきたからこそ面白くなるのではないか、という話にも広がっています。
▪️ 男社会で戦ってきた人と、女社会で戦ってきた私
・この本を読んで一番面白かったのは、ジェーン・スーさんと自分の出発点がかなり逆に感じられたことです。
・ジェーン・スーさんは、男社会の中で「女子」や「女っぽさ」を隠しながら、ロジックや正論で戦ってきた人のように見えました。
・一方で私は、「女の子らしくしなきゃいけない」「ワンピースを着なきゃいけない」という方向の圧から逃れてきた感覚があります。
・ジェーン・スーさんは“自分の中の女子を出してもいい”という解放で、私は“女の子らしさをしなくてもいい”という解放だった。方向は逆なのに、どちらも自分にとって自然な場所を探している点では同じだった、という話をしています。
▪️ 「女子という入れ墨」という表現
・本の中で印象的だったのが、「女子」というものが、気づいたら身体に彫られていた入れ墨のようなものだという考え方です。
・自分で選んだつもりはなくても、女として生きていると、社会から見られる目線や振る舞いの期待が、いつの間にか刻まれている。
・その入れ墨は必ずしも嫌うべきものではなく、見せる相手や場所を選べば、自分を表現する一部にもなる。
・女の身体を“運営管理”していく面倒くささと、それでも「お前も大変だよな。一緒に頑張っていこうな」と思う感覚について話しています。
▪️ 「なんとなく」に理由はいらない
・可愛いものを見てテンションが上がること。
・女同士で集まって、取り止めのない話を延々とすること。
・理由は説明できないけれど、なぜか好きなものがあること。
・そういう“なんとなく”の感情は、無理に論理で説明しなくてもいいのではないか、という話をしています。
・物理が好きな理由を突き詰めても、最後は「この世の理を知りたい」「好奇心がある」「アドレナリンがそう言っている」くらいまでしか言えない。感情には、説明しなくていい理由もあるのではないかと思いました。
▪️ 女子会には二種類あってだな
・本の中に出てくる「女子会には二種類あってだな」という話から、きれいめな銀座フレンチビストロ的な集まりと、海賊の宴会のような集まりの話をしています。
・私は最近、完全に“海賊の宴会”側にいる気がしています。
・ポッドキャストを録るという名目で、女たちが集まって、飲んで、取り止めのない話をして、それをまた聞き返す。それがかなり楽しいです。
・どちらが正しいというより、自分が本当に居心地いいのはどちらなのか、経験しながらわかっていくのではないか、という話をしています。
▪️ お酒とのツンデレな関係
・お酒は好きでもあるし、嫌いでもあります。
・自立心や理性がガチガチになっているときに、それを少しほどいて、バカ騒ぎしたい日もある。
・一方で、頭をたくさん動かしたい日や、考え事をしたい日には、お酒がないほうがうれしい。
・だから飲むか飲まないかは、「今、自分が何をしたい日なのか」で選びたい、という話をしています。
▪️ 丁寧な暮らしオブセッション
・本の中に出てくる「丁寧な暮らし」への違和感についても話しています。
・仕事が忙しいから丁寧に暮らせないのではなく、そもそも自分の性分がその暮らしに向いていない、という言葉にかなり共感しました。
・特に上の世代には、「女は家事をするもの」「家庭に入るもの」「ちゃんと暮らすもの」という圧が強かったのではないか。
・それに対する自己防衛として、「私はこういう暮らしができないし、向いていない」と言葉にする必要があったのではないか、という話をしています。
▪️ おばさんになること、見た目を気にすること
・「私はオバさんになったが森高はどうだ」という章から、加齢と見た目の話にも広がっています。
・年齢を重ねても素敵な人は素敵。見た目にこだわるなんてナンセンス。そういう正論はわかる。
・でも、それでも自分の顔が他人からどう見えるかは気になる。ちょっとでも若く見られたい、きれいに見られたい、老いに抗いたいという気持ちはある。
・そういう感情を「くだらない」と切り捨てず、ちゃんと自分の中にあるものとして認めているところが面白かったです。
▪️ 男女の友情は成立するのか問題
・後半では、男女の友情についての話もしています。
・ただの友達付き合いなら成立するけれど、親友レベルになると難しいのではないか、という話。
・「一緒にいて楽しく、気を遣いすぎず、何も話さず時間を共有しているだけで居心地がいい相手」が異性なら、それは恋人に近いのではないか。
・友情、恋愛、居心地のよさ、頼れること、身体性の有無をどこで分けるのかはかなり難しい、という話をしています。
▪️ 最終的には「居心地のいい場所に移動しよう」という話
・自分が女子でいたいのか、女子をやめたいのか。かわいいものが好きなのか、ワンピースを着たくないのか。丁寧に暮らしたいのか、海賊の宴会をしたいのか。
・どれも、他人に正解を決めてもらう話ではなく、自分の居心地で選んでいく話なのだと思いました。
ジェーン・スーさんの本を読みながら、30歳の今の自分が何を考えているのかを記録した回でもあります。
未来の自分が聞いたら、また違うことを思うかもしれません。
でも今は、「好きに理由はいらないし、居心地のいい場所に移動していい」ということを、かなり強く思っています。
最後まで聞いてくださった方、ありがとうございます。
あなたの存在が励みです。
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