げらやく(よく笑う元薬剤師の雑談日記ポッドキャスト)

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げらやく(よく笑う元薬剤師の雑談日記ポッドキャスト) episodes

  • メモアプリObsidianに課金したら、脳みそが一個増えた/夏の公園Vlog

    #58【ひとり回】サブスクへの価値観、第二の脳、そして公園で見かけたヤモリと謎のアンテナへ。

    雑談とは、何もない話ではなく、脳内で発生している小さな事件を順番に拾っていくことなのかもしれません。

    こまめな水分補給を推奨する元薬剤師らしい注意喚起を一応済ませたところで、今回は本も読まず、テーマも絞らず、思い切って雑談日記に振り切っているようです。




    ▪️『トイ・ストーリー5』が面白すぎた


    冒頭からまず、『トイ・ストーリー5』を観てほしいという熱烈な勧誘が始まります。子どもにもわかりやすく、大人には少し難しい問いが残り、ギャグも映像も泣ける場面もある。

    何より、シリーズがずっと扱ってきた「おもちゃの存在意義」を、また真正面から考えさせられたようです。


    予習するならジェシーの過去を押さえておくとよい、ウッディとバズが別々の道を歩んでいることだけでも知っておくとよい、と話しながら、気づけば『トイ・ストーリー4』でウッディが友情より恋人を選んだように見えた件へ。なぜあれほど炎上したのか。


    現実では友情より結婚や恋愛が優先される場面も珍しくないのに、物語の中では「ずっと一緒」が求められる。その違和感まで、映画の余韻として持ち帰っているようです。


    さらに『バズ・ライトイヤー』まで含めた小ネタにも反応し、もう一度観に行くことを宣言。前段のつもりだった映画の話だけで、すでに十分な本編になっています。




    ▪️人より文字数が多い人の、メモアプリ難民生活


    本題は、メモアプリObsidianへの課金です。頭の中では常に誰かへ何かを説明していて、歩いていても、喫茶店にいても、過去の出来事と別の出来事が勝手につながっていく。

    声に出せれば一番気持ちよいけれど、公共の場ではさすがに黙る必要がある。そこで、行き場を失った大量の言葉を受け止める場所が必要になります。

    加えて、話し手はかなりの思い出し笑い中毒でもあるようです。過去の楽しかった出来事を何度も反芻し、自分のポッドキャストを聞き返して、自分と同じタイミングでまた笑う。

    自分で体験し、自分で話し、自分で聞き、自分で笑うという、娯楽の自給自足が成立しています。


    文字も好きですが、必ずしも難しい本である必要はない。ラベルの裏や成分表示でもよく、とにかく文字が並んでいることに安心する。

    その活字好きと記録好きが合流した先に、Obsidianがいたようです。


    映画を観た直後には、まず手書きで概要や引っかかった部分を残す。

    それを写真に撮り、AIに文字起こしを頼み、Obsidianへ貼り付けやすい形に整えてもらう。手書きの感触は残しながら、清書の手間だけを技術に任せるという、妙に現代的な記録生活も始まっています。



    ▪️月800円で「脳みそがもう一個」手に入る


    Spotifyへの課金は納得できる。CDを借り、パソコンに取り込み、iPodへ移していた時代を知っているからです。

    一方で、YouTube Premiumにはいまひとつ納得できない。広告込みでYouTubeという感じもするし、そもそもYouTubeを観る時間に、そこまで効率を求めていない。


    そんなふうに、サブスクごとにいちいち納得できるかを審査するため、メモアプリに月800〜900円を払うことにも長く抵抗があったそうです。

    しかし、覚えておきたい出来事が増え、頭の中だけでは保存しきれないと感じたとき、ついに課金へ。


    パソコンとスマホから同じ保管庫へアクセスできるようになり、その名前は「いけうちの脳内」。

    考える脳、空想する脳、連想する脳を自由に働かせるため、忘れてはいけない情報を外に置く脳がもう一つほしい。

    以前友人に話していた願いが、月800円であっさり叶ってしまいます。「社会人の課金力をなめるな」という結論に、クソでか感情がきれいに着地しています。




    ▪️日記ではなく、自分専用のエッセイ全集


    AndroidのスマホとMacの組み合わせは、データの受け渡しが何かと面倒です。

    その不便も、Obsidianの同期がまとめて解決。さらに、決まった項目を呼び出せるデイリーノートや、人名・映画・場所で記録を束ねられるタグに夢中になっていきます。


    以前は「知らない人の知らない日常」に興味が持てず、エッセイが苦手だったのに、最近はエッセイを読み始め、自分の毎日も保存し始めた。

    Obsidianは単なるタスク管理ではなく、話し手にとって自分だけが何度でも読み返せるエッセイ全集になりつつあるようです。


    面白かったことを保存し続ければ、そこから先の人生で娯楽が枯れない。

    便利さの説明をしているはずが、気づけば「何のために生きるのか」への答えが、思い出し笑いをするためになっています。 



    ▪️大きい公園には、記録したくなるものが多すぎる


    タグ機能の話から、そのまま「公園」の記録へ。自転車に乗ってから行き先を決め、なんとなく公園へ向かった日のことが語られます。


    屋根のある休憩スペースで見つけたのは、木の梁の隙間で休むヤモリ。

    炎天下のアスファルトを避けている姿に「あっちいもんな」と共感しただけの出来事ですが、翌日友人に話すと「現代の歌を詠んだみたい」と評されたそうです。

    大事件ではないのに、その一言をメモしておけば、一瞬で暑い公園の空気まで戻ってくる。

    記録の効能が、ずいぶん小さく、しかし正確に示されています。


    少し鬱蒼とした植物園では、実のなる木を見て、友人の実家で熊を呼び寄せかねない果樹を切る相談が家族LINEで進んでいた話を思い出す。

    公園の木を見て「これは熊、大丈夫なのか」と考え、すぐ「ここには来ないか」と自分で訂正する。思考は役に立つ方向ではなく、面白い方向へ律儀に伸びていきます。



    ▪️80センチのアンテナと、7月の全力凧揚げ


    橋の上では、長いアンテナのついた黒と赤の機械を持ち、紙とペンに何かを書き続けるおばあちゃんを発見。

    釣りかと思ったものの、橋の下は川ではなく道路です。おそらくラジオなのだろうと推測しながら通り過ぎると、その先には、袖も裾も限界までまくり上げ、7月の空の下を全力疾走して凧を揚げる大人がいます。


    長いアンテナの受信者と、季節を無視した凧揚げ。その並びだけで、公園は急に情報量の多い舞台になります。

    さらに、公園の喫茶店ではドッグランを眺めながら、アイスコーヒーの上にマンゴーアイスが乗ったフロートを注文。

    ただし混ぜる勇気はなく、マンゴーはマンゴー、コーヒーはコーヒーとして別々に味わいます。


    ヤモリ、熊の心配、アンテナ、凧、犬、マンゴーアイス。どれも一つずつなら些細ですが、記録して並べると、一日の輪郭が妙に鮮明になる。

    今回はObsidianの紹介をしていたはずなのに、最終的には日常を何度でも再生可能な娯楽へ変える方法について話しているようです。


    みじん切りをしながら聞き始めた人は、そろそろ切り終わったでしょうか。

    暑さに気をつけつつ、記憶の外部保存と、公園に落ちている小さな事件をお楽しみください。

    42 min
  • 人事お姉さんと語る、元薬剤師のメンタルケア論【ゲスト:人事お姉さん】

    #57【飲酒回】 境界線と自分らしさの回顧録


    ▪️久しぶりの再会と、ちょうどいい居酒屋


    第57回は、久々に登場した人事お姉さんとの女子会収録。人生の山と谷にそれぞれきちんと動揺し、やることをやってから集合した二人は、入った瞬間に「酒好きそうな子たちが来たね」と見抜いてくる店のお姉様に迎えられます。


    絡みすぎず、放っておきすぎず。居心地の良さとは料理や内装だけでなく、他人がこちらへ踏み込んでくる“ちょうどよさ”で決まるのかもしれません。気づけば、将来は客から「ちょっと静かにしてもらえますか」と断られるくらい絡むおばあになりたい、という妙な老後像まで語られているようです。


    ▪️いじられやすい人と、境界線を閉める人


    なぜか人から絡まれ、過去の失敗を何度も蒸し返されるいじられキャラのいけうち。一方、人事お姉さんは、距離を越えられた瞬間に「本当に嫌ですね。不快です」と扉を閉めるタイプです。


    飲み会の下ネタをめぐって、二人は「安易に言わない男性のほうがセクシー」という独自理論へ着地。笑っているから歓迎されているとは限らないし、場を盛り上げようとしている人の小さな冗談に全力で乗っかることが正解とも限らない。距離感とメタ認知について、かなり大きな声で話しているようです。



    ▪️メンタル不調に“取り込まれない”寄り添い方


    人事の仕事で、つらさを語る相手と一緒に泣き、自分まで消耗してしまう人事お姉さん。対して元薬剤師のいけうちは、感情や言動を「その人自身」ではなく、まずホルモンや脳の状態として捉える独自の見方を語ります。


    相手の話はしっかり聞く。しかし、絶望まで一緒に背負わない。処方箋を持って薬局まで来られたことを回復への一歩として扱い、不安なら週末から服薬を始め、翌日に電話で確認する。白衣と投薬台に守られた立場だからできた面もあると断りつつ、そこには「大丈夫そうな人が、大丈夫そうに隣にいる」という実務的なケアがあったようです。



    ▪️悲観より先に「待って、おもろ」が来る


    ショッキングな出来事を打ち明けた友人に、「え、マジ? ガチでやばいやん」と明るく返し、結果的に元気を出させてしまういけうち。誰かの不幸を喜んでいるわけではなく、日常の流れが突然変わるイレギュラーそのものに反応してしまうらしいのです。


    悲しみに浸りかけても「これはホルモンだ」と一段上から眺める。自分を助けるメタ認知である一方、人間味の薄いAIのように見られることもある。その便利さと副作用を、人事お姉さんが横から丁寧に観測しています。



    ▪️短所リスト、自己啓発本、そしてAI秘書


    人事お姉さんが貸した自己啓発本には、鉛筆で丸をつけた短所リストがそのまま残っていました。消すには多すぎるし、いけうちになら見られてもいい。そんな判断で渡された本は、ほとんど交換日記のように読み込まれ、二人の短所が一つも重ならないことまで娯楽になります。


    話はChatGPTとGeminiの使い分けにも飛び、AIを「第一秘書」や「いちいち冗談を言うおじさん」として評価。人間の個性をAIになぞらえ、AIの癖を人間関係のように語るあたり、現代の雑談はずいぶん未来まで来たものです。なお、リスナーの約4割がアメリカという謎は、今回も解決していません。



    ▪️モラハラを“刺激”として受け取ってしまった頃


    後半は、直近二人の元恋人がモラハラ気質だったという回顧録へ。付き合った途端に「頭が悪い」と言われたり、自分は食事をこぼしても笑うのに、相手がこぼすと激怒されたり。かなり苦しい話のはずなのに、当時のいけうちは「そんなことを言ってくる人がいるんだ」と、まず刺激として受け取ってしまったそうです。


    ただし、その経験から得たものもあった。周囲に合わせ、“普通の女の子”として生きようとしていた時期に、極端なほど自分本位な相手を見て、自分の人生を自分のために使ってもいいと知ったこと。もちろんモラハラが必要だったという話ではありません。傷ついた経験を後から意味づけし、自分の価値観を取り戻す材料に変えているようです。


    メンタルケア、下ネタ、自己啓発、AI、恋愛。テーマは散らかっているのに、中心にはずっと「人と自分の境界線をどう引くか」という問いがあります。

    久々に揃った二人が、互いの弱点まで笑いながら見せ合う、賑やかで少し頼もしい一時間です。

    1 hr 10 min
  • 短所発表ドラゴン、まだ終わらない

    #56【ひとり回】

    最近、歌を聴いていると、どうやら歌詞が聞こえるようになってきたらしい。

    音楽を「耳を気持ちよく刺激するもの」として受け取っていた人が、人生経験を重ねた結果、昔から歌っていた曲の中に、前向きさや仲間への感謝を発見する。

    成長とはもっと立派な形で訪れるものかと思いきや、カラオケでWANIMAを歌い直した瞬間にやってくることもあるようです。



    ▪️ 音として好きだった曲が、急に言葉を持ちはじめる


    中学生の頃は、歌詞の意味よりも「大きな声を気持ちよく出せるか」が重要だったらしい。前向きな応援歌も、かなり直接的な下ネタの曲も、当時は同じ“でかい声を出せるWANIMA枠”に収納されていました。


    ところが久しぶりに歌ってみると、そこには苦しい過去を抱えながら前へ進むことや、出会った仲間への感謝が書かれている。昔から知っている曲なのに、意味だけが十数年遅れて到着する。

    その一方で、ひとりカラオケでは今も下ネタ寄りの曲を選び、人と行くときは爽やかな方を歌うという、社会性もちゃんと獲得しているようです。



    ▪️ 会社の会議に、一瞬だけ“キモおじさん”が出た


    友人の前で使っているお気に入りの声色を、会社の真面目なミーティングで一瞬だけ出してしまった話も登場します。

    過去の自分の話し方を再現しようとしただけなのに、気づけば社内に私生活用の人格が漏れ出している。本人だけが「あれ、今出したかもしれない」と慌てているものの、周囲はおそらく何も気づいていない。


    事故としては小さすぎるのに、本人の中では妙に重大である。そんな日常のひっかかりを丁寧に拾うところが、雑談日記らしい場面です。



    ▪️ げらやくと、聞いてくれるキキヤク


    話が「聞き役」という言葉に触れた瞬間、番組名のげらヤクと、リスナーのファンネームキキヤクがあらためて紹介されます。

    話し手が笑う側の“げらやく”、聞いている人が“キキヤク”。

    一人でしゃべる番組なのに、聞いている人の席がきちんと用意されている。

    いつかSNSを始めたらタグも作りたい、と夢が少しずつ広がっているようです。



    ▪️ 「思考がまとまらない」は、解決策が多すぎる


    今回も続く短所発表ドラゴン。まず取り上げられるのは、「思考にまとまりがつかず混乱する」という短所です。


    考えが次々に飛ぶことは、本人にとって単なる欠点ではなく、かなり気持ちのいい状態でもあるらしい。ただし、思考の流れに完全に身を任せるだけでは、自分を制御している感じがなくてつまらない。


    自由でいたいのに、自由すぎるのも嫌。欲求を満たしたいのに、あえて少し我慢して遊びたい。気づけば、思考の散らかり方そのものを観察し始めています。


    この短所を言い換えると、複数のルートから解決策を検討できるという才能になる。知っている領域の問題であれば、答えが一つではなく、何個も一気に出てくる。その大量の案を整理整頓してくれる相棒が、現在はAIなのだそうです。



    ▪️ 不要な知識まで伝える人は、何を守っているのか


    続く短所は「不要な知識まで伝える」。しかし本人としては、むしろ不要かどうかは受け取った人が決めてほしいという感覚に近いようです。

    質問に対して一言だけ返すより、周辺知識まで全部並べ、その中から一緒に必要なものを選びたい。効率は悪いかもしれないけれど、質問する側がまだ言語化できていない違和感まで拾える可能性がある。


    短く答えることより、相手が見落としている選択肢を守ろうとしているのかもしれません。

    薬剤師時代も、一つ聞かれると知っていることを大量に返し、患者さんを圧倒することがあったらしい。一方で、その情報量を面白がってくれる人もいる。結局は相性であり、薬局でお気に入りの薬剤師を見つけるのも悪くない、という話へ広がります。



    ▪️ 薬局は、知識を披露する場所というより小さな祭り


    薬局の仕事は、薬の知識だけで成立しているわけではない。目の前の人を助けたい気持ち、常連に可愛がられる親しみやすさ、店舗のドタバタを仲間と乗り切る楽しさ。


    そうしたものが混ざり合う、一日単位の小さなお祭りのような仕事だったと振り返ります。

    待たされて疲れた患者さんに、最後に少しだけエンタメを残す。薬を渡すだけではなく、「今日ここにこの人がいてよかった」と思わせる。元薬剤師が考えていた接客の正体について話しているようです。



    ▪️ 嫌なことを頑張るより、楽しく快適に生きたい


    「嫌なことには取り組まない」「苦手を克服しようとしない」という短所も、かなり潔く登場します。

    子どもの頃は宿題を出さず、大人になった今は、嫌なことをしばらく熟成させてから締切直前に処理する。成長しているのか、方法が少し変わっただけなのかは判定が難しいところです。

    ただし、言い換えれば楽しさを優先して行動する、そして快適性を追求するということでもある。


    自分だけが楽しい状態では居心地が悪いため、人といるときは場全体を楽しい方へ引き上げようとする。一方で、物理的な不快には容赦がなく、改善できるならすぐ変えたい。


    掃除が苦手なら、努力して克服する前にハウスキーパーを頼めばいい。苦手を抱えたまま根性で耐えることより、仕組みや道具で解決する方を選びます。


    短所を消すのではなく、どう使えば自分も周囲も快適になるのかを考える。今回も、欠点の発表だったはずが、気づけば自分の取扱説明書を更新する時間になっているようです。


    次回は、久しぶりの人事お姉さん回。木曜日の配信もお楽しみに。

    32 min
  • 「科学的な適職」に基づいて、薬局薬剤師の働きやすさを採点する

    #55 【ひとり回】攻撃型の人間、防御型の仕事で退屈に思う

    今回は、元薬剤師の語り手が、鈴木祐さんの著書『科学的な適職』を片手に、薬剤師時代の労働環境と、自分自身の働き方の違和感を分解していく回のようです。


    「好きな仕事なら幸せ」「給料が高ければ正解」「直感で選べばなんとかなる」みたいな、仕事選びにありがちな言葉をいったん横に置き、研究データに基づいた物差しで過去の職場を採点していきます。

    真面目な話のはずなのに、気づけば腰、ジム、下半身の筋力の話になっているあたり、この番組らしさも健在です。



    ▪️ データを信じたい人の、仕事選び

    冒頭では、語り手自身のデータ好きについて話しているようです。噂話や「誰かがこう言っていた」よりも、論文や研究データ、n数の多い情報に安心するタイプ。自分の直感にはバイアスがかかっている気がするけれど、本に書かれた実験結果にはつい身を預けてしまう。


    その自覚があるからこそ、『科学的な適職』という本に強く惹かれるのかもしれません。自分の感覚を信じきれない人が、科学という外部の物差しを借りて、自分の人生を測り直そうとしている。そんな回でもあります。



    ▪️ 薬剤師は、思ったより「お薬製造工場」だった

    そこから話は、薬剤師時代の現場感へ。調剤薬局の仕事は、白衣を着た知的職業というイメージだけでは語れないようです。狭い場所で動き回り、重たいものを持ち、処方箋が来た瞬間に小さなタスクが大量発生する。


    語り手はその場所を、どこか愛着と疲労を込めて「お薬製造工場」と呼んでいます。薬剤師という仕事の尊さと、現場職としての過酷さ。その両方を知っているからこそ、言葉の切れ味が妙に生々しくなっています。



    ▪️ 適職以前に、まず腰がある

    薬剤師時代の話は、そのまま健康の話へ流れていきます。ヘルニアを何度も経験した語り手にとって、身体が思うように動かないことは、生活の自由そのものを失うことに近いようです。

    仕事が合うかどうか、やりがいがあるかどうか、キャリアとして正しいかどうか。

    そうした話の前に、まず身体が壊れていないこと。気づけばジムの話になり、下半身の筋トレの楽しさにまで着地しているようですが、根っこにあるのはかなり切実な実感です。



    ▪️ 7つの徳で、薬剤師時代を採点する


    後半では、『科学的な適職』に出てくる仕事の幸福度を決める7つの徳を使って、薬剤師の仕事をひとつずつ見ていきます。

    自由はかなり低め。処方箋が来て初めて仕事が始まるため、自分で一日の流れを組み立てる裁量はほとんどないようです。達成についても、大きなプロジェクトが進む感覚というより、「今日も薬局が閉まった」という小さな山を毎日越えていく感覚に近い。


    一方で、仲間と貢献はかなり高得点です。職場の人たちとは仲がよく、患者さんからも感謝される。普通のことをしているだけで「ありがとう」が返ってくる。その温かさだけで続けられていた部分も大きかったようです。



    ▪️ 攻撃型の人間、防御型の仕事で削られる

    今回の中心にあるのは、攻撃型と防御型のミスマッチです。

    語り手は、自分を成果や競争、効率、外的な報酬で火がつく攻撃型だと捉えています。一方、薬剤師の仕事は、ミスを防ぎ、安全を守り、責任を果たす防御型の仕事。薬を渡す最後の責任を背負う、いわば責任代としての専門職でもあります。


    人と話すことは楽しい。患者さんに感謝されることも嬉しい。でも、仕事の大半は「攻める」よりも「事故を起こさない」ための時間だった。ここに、語り手が薬剤師時代に感じていた違和感の正体があるようです。



    ▪️ 最悪の職場に共通する8つの悪


    さらに話は、最悪の職場に共通する8つの悪へ。ワークライフバランスの崩壊、長時間労働、シフトワーク、仕事のコントロール権のなさなど、避けた方がいい働き方の条件を、薬剤師の現場に重ねていきます。


    薬剤師は雇用の安定感がある一方で、土曜勤務やシフトの揺れ、身体への負荷もある仕事です。安定しているから安心、資格職だから正解、と単純には言い切れない。適職とは、肩書きではなく、日々の身体と気持ちが壊れずに続く場所なのだと見えてきます。



    ▪️ 楽しかった。でも、適職ではなかったのかもしれない

    この回は、薬剤師という仕事を否定する話ではありません。むしろ、仲間がいて、感謝があり、患者さんとの関係もあった。楽しかった記憶もちゃんと残っている。


    それでも、自分の気質や身体との相性まで含めて考えると、そこは長く居続ける場所ではなかったのかもしれない。そんな少し苦くて、でもかなり実用的な自己分析の回です。


    仕事選びに必要なのは、夢や憧れだけではなく、裁量、健康、モチベーションタイプ、そして壊れずに働ける環境なのかもしれません。科学的な本を入口にしながら、最終的にはかなり人間くさい結論へ戻ってくるようです。

    49 min
  • 短所はまだ終わらない|「注意」で分類学し始めちゃった

    #54【ひとり回】短所キャスター、才能の採掘をまだやめられない

    今回は、元薬剤師のひとり語りが、またしても自分の短所を本にいじってもらう回のようです。夜にポッドキャストを録る用事があるだけで少し浮かれてしまう人が、「何の身にもならないけど、ケタケタ笑っている女の声が聞こえるポッドキャスト」と自ら番組を定義し直しながら、短所リストの続きをめくっていきます。

    テーマは引き続き、短所を才能として捉え直すこと。ただし、きれいな自己啓発回というよりは、道端で拾った石を「これは才能かもしれない」と言いながらポケットに詰めていくような回です。話は進んでいるようで進まず、進んでいないようで、なぜか本人の輪郭だけはどんどん濃くなっていきます。

    ▪️「才能が見つかる5つの質問」について話しているようです

    本に出てくる「才能が見つかる5つの質問」をもとに、自分の性質をひとつずつ掘り起こしていきます。他人にイラッとすること、親や先生に注意されてきたこと、禁止されるとつらいこと、短所を言い換えること、他の人は嫌がるのに自分には楽しいこと。一見すると自己分析のワークですが、語り手にかかると、これはもはや自分の中にいる変な住人たちの点呼です。

    特に印象的なのは、「情報を抱え込む人」に対する違和感。自分は持っている情報を外に出すタイプであり、口を「音を出す内臓」だと思っている、という発見にたどり着きます。言えばいい。出せばいい。口がついているのだから。その乱暴なようで妙に生命力のある理屈に、この番組らしさが詰まっています。

    ▪️おしゃべりは短所なのか、場を開く才能なのか

    語り手は、自分がとにかくおしゃべりであることを認めます。しかも、ひとつの話をじっくり深掘るというより、日々の出来事や最近考えたことを、短いエピソードとして次々に差し出していくタイプ。ジム、ヘッドスパ、宇宙、どうでもいい気づき。話題の皿をどんどんテーブルに並べていくような話し方です。

    しかし、その大量の話題の中のひとつが、聞いている相手の中にある悩みや関心に引っかかることがある。つまり、ただ喋りすぎているのではなく、相手が自分の話を始めるための入口をばらまいているのかもしれない。短所のように見える「話題提供量の多さ」が、実は会話のとっかかりを作る才能なのではないか、という話をしているようです。

    ▪️「注意されやすい人格」について考えているようです

    今回の大きな山場は、語り手が自分の「注意されやすさ」を分析する場面です。言葉遣いを指摘される。目上の人に「偉い」と言ってはいけないと知る。自分の言葉の強さを自覚した方がいいと言われる。本人としては悪気があるわけではないのに、周囲から何かと指摘される。その状態を、ただ落ち込む材料にするのではなく、「なぜ自分はこんなにも注意されやすいのか」と観察対象にしていきます。

    ここで面白いのは、注意そのものを一種類のものとして扱わないところです。自分の良いところをゼロにしろと言われるような注意もあれば、声の大きさを発揮する場所を整えてくれるような注意もある。「世間一般」という存在しない誰かの枠に押し込む注意もあれば、その人の性質を残したまま狙いを定めさせる助言もある。注意って200色ある、という話をしているようです。

    ▪️相手にプレッシャーを与える、という短所

    短所リストの続きでは、「時に相手にプレッシャーを与える」という項目が登場します。自分が正しいと思ったこと、自分や相手のためになると思ったことを、強い言葉と説得力で押し出してしまう。本人の中では応援や提案のつもりでも、相手にとっては逃げたくなるほどの圧になることがある。

    ただ、その裏側には、言葉で人の背中を押す力や、前に進ませるエネルギーがあるのかもしれません。語り手自身も、自分の精神的な体力や、忙しく生産的であることに満足を覚える性質に触れながら、自分の熱量が他人にとっては過剰になる瞬間を見つめています。このあたりは、欠点の反省会でありながら、同時に自分の火力測定でもあります。

    ▪️保守的な人から拒絶される、という短所

    次に出てくるのは、「保守的な人から拒絶される」という短所。本人は拒絶されていることに気づいていない可能性すらある、と笑いながらも、その理由には思い当たるようです。ルール通りにやるより、「これ、もっとこうできるのでは」と思ってしまう。前例のない提案をしたくなる。勝手に仕事を見つけ、勝手に始め、勝手に行き詰まる。

    それは会社員としては扱いづらい性質かもしれません。けれど、見方を変えれば、革新的なプランや新しい選択肢を出す力でもある。今回の語り手は、短所を無理やり美化しているというより、短所の中にあるエンジンの種類を確認しているように見えます。壊れているのではなく、出力の向きと場所がまだ定まっていないだけなのかもしれません。

    ▪️望まれていないのに競争を始める人

    そして最後に登場するのが、「相手が望んでいないのに気軽に競争を始める」という短所。これには本人も強く心当たりがあるようです。どうでもいい場面ほど、勝ち負けを決めたくなる。数字目標が見えるとやる気が出る。誰かが200で自分が100なら追いかけたくなるし、自分が200で誰かが100なら、その人をどう200にするか考えたくなる。

    ただし、これは深刻な勝負というより、ゲーム感覚に近いもの。日々の作業や仕事を、チュートリアルがあり、操作に慣れ、レベルを上げていくものとして捉えている。薬剤師時代の仕事も、本人にとっては毎日オーバークックをしているような感覚だったのかもしれません。勝ちたい、という気持ちは、扱い方次第でパフォーマンスを上げる才能にもなる。そんな話をしているようです。

    ▪️今回は、3項目しか進まなかったらしい

    終わってみれば、短所リストはたった3項目しか進んでいません。しかし、その3項目の周辺には、注意されやすさ、学校教育、言葉の強さ、精神的体力、保守性への違和感、競争心まで、ずいぶん多くの話が散らばっています。進捗としては遅いのに、自己理解としては妙に進んでいる。このアンバランスさこそが、ひとり回の味です。

    欠点を直すのではなく、まず眺める。眺めて、笑って、名前をつけて、たまに才能かもしれないと言ってみる。そんな作業を続けているうちに、短所リストはいつの間にか、その人の取扱説明書になっていくのかもしれません。今回も、何の身にもならないようで、妙に人間の身には覚えがある回です。

    44 min
  • 私の短所、まだまだ才能ってことでいいですか?|ジムとヘッドスパと、私の短所リスト

    #53【ひとり回】今回は、前回に引き続き『世界一やさしい「才能」の見つけ方』を読みながら、自分の短所をひとつずつ才能に変換していく回です。

    前回、締め切りギリギリのヘッドスパへ駆け込むために収録を終えたいけうち。今回はその続報として、無事にヘッドスパへ行き、さらにその後ひとりカラオケまで行ってきたことが報告されます。

    頭がいっぱいになると、行動量が増える。喋りたいのに喋る相手がいないから、体を動かしにジムへ行く。しかしジムに行けば、今度はクロージング力の高い受付のお姉さんに出会ってしまう。落ち着くために外へ出たはずが、また観察対象を見つけてしまうところから始まります。

    ▪️一生懸命な人を見ると、嬉しくなる

    ジムの受付にいるお姉さんは、レッスン予約を入れていないいけうちを見逃しません。「予約入れてないでしょう」とすぐ声をかけてくるその姿に、いけうちは月額以上の価値を感じます。

    さらに、前回駆け込んだヘッドスパでも、また別の一生懸命なお姉さんに出会います。カウンセリングでは面倒見のいいお姉ちゃんのように接し、施術室に入った瞬間、リラクゼーション用の声色へ切り替わる。そして、疲れを指摘し、サプリメントや蜂蜜の営業もきちんとしてくれる。

    ヘッドスパそのものの気持ちよさ以上に、一生懸命に働いている人を見られたことが嬉しかったようです。今回は、ジムとヘッドスパのお姉さんたちについて話しているようで、実は「人は自分に合った場所で働けていると、こんなにも迷いなく振る舞えるのではないか」という話にもなっています。

    ▪️本題に入るまで10分かかる、本題

    そうしてようやく、本題です。前回は「才能の具体例リスト」の29番あたりまで進んだので、今回はその続きから。しかし、ここまでの雑談も決して脱線だけではありません。

    成り振り構わず一生懸命な人が面白い。人の振る舞いを見て、その人が何を得意としているのか考えてしまう。この観察癖そのものが、今回のテーマである短所と才能の変換につながっています。

    ▪️重要ではない情報が、耳に入ってこない

    最初に出てくる短所は、「重要ではない情報を軽視する」。本人いわく、重要ではない情報を軽視するどころか、自分にとって重要だと思えない情報は耳から入ってこないそうです。

    これを才能に変換すると、「多くの情報から重要な情報に注目する」。長所にすれば、「重要な情報を抽出する」。ただし、ここでちゃんと立ち止まるのがこの回の面白いところです。

    本当に重要な情報を見抜けているなら強みになる。でも、怠けているときに発動したら、ただ自分に都合のいい情報だけを拾う人になる。短所は才能にもなるけれど、使い方を間違えると普通に危ない。そんな冷静さも混ざっています。

    ▪️変化が激しい、という変わらなさ

    次は、「変化が激しい」。服のジャンルも、聴く音楽も、興味の向きも変わっていく。変わることに抵抗がなさすぎる一方で、ルールをそのまま守ることには苦手意識があるようです。

    本人の中では、ルールはあくまで何かの本質を改善するためにあるもの。だから、その本質に向かって動いているつもりでも、気づくと決められた手順から少しずれてしまう。

    この短所は、「柔軟に仕事を進める」「従来通りのやり方にこだわらず違う方法も試す」という才能に変換されます。ただし、柔軟すぎる人には、整理してくれる人が必要です。ここで、いけうちは自分のことを管理に向いていない性格として、かなり正直に見つめています。

    ▪️初手で距離を縮める人

    続いて出てくるのは、「一気に相手との距離を縮めようとする」。いけうちはこれを「初手殴り」と表現します。もちろん言葉で、です。

    人との距離感を縮める力は、場を温める力にもなる。同時に、相手によっては少し強すぎることもある。このあたりの危うさも含めて、いけうちらしい才能のように見えます。

    ▪️仲間に負担をかける、というチームプレー

    次の短所は、「仲間に負担をかける」。これには素直に謝りながらも、周囲にハラハラしてくれる人がいるから人間としてやっていけている、と話します。

    しかし、この短所は「問題解決のリーダーシップを取る」「仲間と協力して問題を解決する」という才能にも変換されます。

    いけうち自身、できることとできないことの差がかなり激しい。だからこそ、自分に欠けている部分が得意な人を見つけ、頼るしかない。短所の話をしているようで、実は人に頼ること、チームで補い合うことについて話しているようです。

    ▪️うさん臭さは、表現技法なのか

    さらに、「うさん臭く感じられる」という短所も登場します。教祖になれそう、占い師になれそう、壺を売られたら買ってしまいそう。そんなことを言われるらしいです。

    これを才能にすると、「巧みな表現技法を用いて話す」。たしかに、声色もテンションも表情も使って話す人ではあります。穏やかな知的ポッドキャストのあとに自分の番組が流れると、あまりのうるささに自分でびっくりする、という話も出てきます。

    ここで出てくるのが、ポッドキャスト界の刺激物という自己認識。静かに染み込む番組ではなく、急に口の中がびりっとする番組。そう思えば、このうさん臭さも、ひとつの味なのかもしれません。

    ▪️教えるためだけに学ぶ

    今回かなり刺さっていたのが、「教えるためだけに学ぶ」という短所です。学んだことを惜しみなく人に伝える。自分の知識を周囲に還元する。

    いけうちは、これにかなり納得していました。学びたいというより、喋りたい。自分の中にたまったノウハウを外に出したい。自分だけができても意味がないから、誰かが使える形にして渡したい。

    ただし、ルールとしてのマニュアルよりも、その人に合いそうなノウハウを見つけて渡すことに面白さがあるようです。知識を配るというより、相手の性格を見ながら「この部分はこの人が好きそう」と手渡していく感覚。ここにも、人間観察の癖が出ています。

    ▪️変化がないと飽きるし、ひとりだと続かない

    「変化がないと飽きる」という短所からは、競争や切磋琢磨の話にも広がります。同じ仕事をしている人が周りにいて、ちょっとした勝ち負けがあって、それを面白がれる環境のほうが飽きにくい。

    さらに、「自分の力だけでモチベーションを高められない」という短所も出てきます。これは「人の成長を糧にする」「人の成長をモチベーションにして行動を加速する」という才能に変換されます。

    ひとりで燃え続けるより、誰かが頑張っている姿を見て自分も動き出す。ただし、他人と比べて勝ちたいというより、昨日の自分を超えたい。比較対象が他人ではなく、過去の自分に向いているところが、この回の大事な着地点です。

    ▪️短所で遊んでいたら、終わらなくなった

    そして気づけば、43分。短所リストはまだ終わりません。本人も、自分の短所が好きすぎる人になっていることに気づきます。

    今回は、短所を克服する回ではありません。短所を並べて、笑って、少し引いて眺めて、使い方を考える回です。悪口のような項目を読みながら、だんだん自分の取扱説明書を作っていく。そんな自己理解の続編になっています。

    47 min
  • 私の短所が『才能』って本当ですか?

    #52【ひとり回】今回は、人事お姉さんから借りた『世界一やさしい「才能」の見つけ方』をきっかけに、短所とは何か、才能とは何か、そして「自分のめんどくささ」はどこまで長所に言い換えられるのかについて話しているようです。


    本を紹介しているはずなのに、気づけば自分の欠点をひとつずつ机の上に並べ、「これは短所ですか? それとも才能ですか?」と、ひとり公開仕分け作業が始まっていきます。



    仕事終わりの変なハイテンション、ポッドキャストを「何を喋ってもいい場所」だと思ってしまう危うさ、そして本の内容に自分を当てはめた瞬間に立ち上がる、妙に切実な自己理解。今回は、そんな回です。



    ▪️疲れていると、なぜかテンションが上がる


    冒頭では、朝の配信がなかったことへの謝罪から始まります。

    忙しいのか、忙しくないのか

    。本人にも判定しきれないまま、「働き盛りだから」と言いながら、疲れすぎた帰り道で叫び出しそうになった話へ。


    どうやらポッドキャストは、いけうちにとって暴れてもいい場所になりつつあるようです。

    もちろん本当に暴れてはいけないのですが、人は「ここなら多少おかしくなっても許される」と思った場所で、思った以上に自由になります。



    ▪️友人から借りた、今読みたかった本


    今回紹介するのは、八木仁平さんの『世界一やさしい「才能」の見つけ方』。友人、通称「人事お姉さん」から借りた一冊です。


    転職活動のときにも、いけうちは著者の自己理解系の発信に触れていたようです。

    現状がしんどくなって、ネガティブが積もりに積もって、ようやく新しい場所を探し始める。転職活動とは、前向きな顔をしながら、かなり切実な動機で動くものでもあります。


    ただ、この本を「これを読めば人生が即うまくいく本」としてではなく、この人はこの方法で人生をよくしたのだな、という一例として距離を取りながら読んでいるところが、この回のちょうどよさでもあります。



    ▪️短所をひっくり返すと、才能になるらしい


    本の中で特に刺さっていたのは、短所がどんな才能から生まれているのかを考えるという部分。

    「人と長時間一緒にいると疲れる」は、「ひとりで思考し、新しいものを生み出せる」かもしれない。

    「強い言葉で人を傷つけてしまう」は、「言葉で人の背中を押せる」かもしれない。

    欠点を無理やり消すのではなく、裏側にある性質を見る。

    これが、前にみちかちゃん・ノブさんと話した“友達の良さを言語化する回”ともつながっていきます。

    あの回でも、されて嫌なこと、起きてほしくないことを手がかりに、その人の良さを見つけようとしていました。


    つまり、嫌なことはただの嫌なことではなく、その人が何を守ろうとしているかのヒントでもあるようです。



    ▪️MBTIに取り憑かれていた半年間


    話はここから、過去にいけうちがMBTIから帰ってこなくなった時期へ飛びます。

    暇さえあればMBTIの解説サイトを読み、周囲の人を分類し、「それ苦手らしいよ」「これは好き?」「じゃあこの説明は違うね」と、ほぼ占い師のようなことをしていたそうです。


    薬局内でも同僚に診断してもらい、16タイプ中14タイプが集まっていたという話まで出てきます。

    ここまでくると、性格診断というより、もはや職場を使った人間観察フィールドワークです。


    その中で気づいたのは、好きなことは人によってバラバラでも、苦手なこと、されて嫌なことには共通点が出やすいということ。

    人は、自分が嫌なことを避けるように動く。

    自分の周りで、それが起きないように環境を整えようとする。

    だからこそ、短所や苦手の中には、その人の守りたいものが隠れているのかもしれません。



    ▪️いけうちの短所、才能に変換される


    後半では、本の巻末にある才能の具体例リストを使いながら、いけうち自身の短所を抜き出していきます。


    まず出てくるのは、「過剰に話を盛る」。

    これは、よく言えば「相手の興味を引きつける話題を提供する」才能であり、長所にすると「相手を飽きさせない会話ができる」。

    本人も、話を盛る自覚はかなりあるようです。


    次に、「決められた通りに動かない」。

    宿題を出せなかった過去、ルールを見ると一度は従っても二回目から改善案を言いたくなる性質。ただし大人になったので、今は我慢もできるらしいです。このあたりで、在宅勤務よりも出勤のほうが向いているのではないか、でかい机は知的生産に必要なのではないか、という話にも流れていきます。


    そして、「浅い理解しかない」。

    しかしこれも言い換えれば、「好奇心の赴くままに知識を集める」才能。生きていくうえで今すぐ役に立たない知識ほど集めたくなる、いわゆる雑学好きの性質について話しているようです。



    ▪️計算高い、減らず口、揚げ足取り


    さらに、短所リストは容赦なく続きます。

    「計算高い」は、相手の表情や態度によって対応を変えられること。

    「減らず口を叩く」は、相手の意見に対して別の意見を述べられること。

    「荒らしをしていると誤解される」は、間違いに気づき、必要な部分を修正できること。


    こう書くと急に優秀そうですが、本人の語り口ではかなり厄介です。

    友達との会話で揚げ足を取って遊び、ふと「この子はなぜ自分と友達でいてくれるのだろう」と我に返る。

    自分の性質を笑いながら、でも完全には笑い飛ばせない感じが、この回の面白さです。


    特に、揚げ足取りについては少し深い話にもなります。

    指摘できることと、仕事を進められることは別。どうでもいい違和感を拾い続けるのではなく、本質に近い違和感を見つけられるかどうか。

    その精度が大事なのではないか、という話になっていきます。



    ▪️最後は、期限ギリギリのヘッドスパへ


    そして終盤、突然思い出されるヘッドスパの予約。友人からもらった誕生日プレゼントの有効期限が、なんと6月末まで。そして収録日は、6月最終日。


    ここでまた新たな短所、「ギリギリまで手をつけない」が実演されます。

    短所を才能に変換する話をしていた本人が、最後に自分の短所をその場で回収していく構成になっているのが、あまりにもきれいです。


    今回は、短所をなくす話ではなく、短所の奥にある性質を見にいく回です。

    話を盛ることも、ルール通りに動けないことも、好奇心が散らばることも、揚げ足を取りたくなることも。


    全部そのまま肯定できるわけではないけれど、使い方と場所が合えば、ちゃんと才能になるのかもしれません。


    自分のめんどくささに少し笑えて、そのめんどくささをどこに置けばいいのか考えたくなる回です。

    39 min
  • 朝井リョウさんの肉声データがインストールされました

    #51【ひとり回】テーマは、朝井リョウさんのポッドキャスト。本当はエッセイシリーズの最後の一冊『そして誰もゆとらなくなった』について話すつもりだったようですが、気づけば話題は「朝井リョウさんの肉声」へ。

    エッセイを読み進めるうちに、文章の向こうから朝井さんの声が聞こえるようになってしまった。それはたぶん、読書体験の進化であり、同時に、もう後戻りできないオタク化の始まりでもあります。

    ▪️朝井リョウさんの声が、エッセイにインストールされる

    いけうちは、朝井リョウさんのエッセイを読みながら、ついに「脳内再生」ができるようになったと話しています。きっかけは、朝井さんが出演しているポッドキャスト。

    文章として読んでいたはずの言葉が、いつの間にか声を持つ。それまで「作家・朝井リョウ」として読んでいた人が、急に「話す人」として立ち上がってくる。

    これは嬉しいことなのか、危険なことなのか。少なくとも、エッセイを読む楽しみは明らかに増えているようです。

    ▪️『信頼できない語り手』がかわいすぎる問題

    現在配信されているポッドキャスト『朝井リョウ・加藤千恵 信頼できない語り手』についても話しています。

    いけうちが最初に衝撃を受けたのは、朝井さんの話し方そのもの。すごい作家であることは当然わかっている。それなのに、音声で聞くと、どこか小動物のようで、手のひらサイズの生命体のようで、ケージの隅でぷるぷる震えながら言葉を繰り出しているように感じてしまう。

    加藤千恵さんとのやりとりも、ちいさな生き物同士のプロレスのようで、ずっところころしている。悪口ではなく、これはたぶん最大級の賛辞です。

    すき焼きの話、クレジットカード不正利用の話、もっちゅりんの話。大きな事件ではないはずの話が、なぜかずっと聞いていられる。好きな人たちが、好きな食べ物について本気で話しているだけで、こんなに満ち足りることがあるのか、という話をしているようです。

    ▪️水野太貴さんとの対談で気づいた「本筋」の強さ

    続いて話題は、ポッドキャスト『神保町で会いましょう』へ。言語学ラジオの水野太貴さんと朝井リョウさんが話す回を聞き、いけうちはまず、その進行の速さに驚いたようです。

    挨拶が終わった直後、すぐ本題に入る。余計な助走がない。それなのに冷たいわけではなく、むしろ話がとても聞きやすい。

    そこでいけうちは、「本筋があるから脱線が面白い」ということに気づきます。これまで脱線そのものを楽しんできたけれど、本当は、太い幹が一本通っているからこそ、枝葉が楽しいのではないか。

    第51回にしてたどり着いた、ポッドキャスト制作上の大発見。遅いのではなく、これは伸びしろです。

    ▪️男性の孤独と、社会性を保つための工夫

    水野さんと朝井さんの対談では、男性の孤独や、社会に出てからの友達づくりについても話されていたようです。

    学校に行けば自然に友達ができていた時代が終わる。働き始めると、関係は勝手には増えない。そして、その事実に気づくのが遅れることがある。

    朝井さんはそこで、「寂しい」と言うことの大切さを話していたようです。寂しいと認めること。恥ずかしがらずに、社会性を保つための行動をすること。

    たとえば、みじん切りをしていて耳が暇だから電話する。誰かを誘う時も、「あなたと話したい」と真正面から言うのではなく、「この甘いものを食べたいから一緒に行きたい」という形にする。

    人間関係を重くしすぎないための、やさしい逃げ道。それは軽さのふりをした、かなり切実な技術なのかもしれません。

    ▪️死ぬ時に、何を思うか

    いけうちが特に引っかかったのは、朝井さんの「死ぬ時にどう思うか」という視点です。

    効率よく生きたい。仕事をたくさんしたい。その気持ちは確かにある。でも、死ぬ直前に「もっと効率を極めたかった」「最後まで仕事をしたかった」と思うのだろうか。

    この問いは、人生の選択を急に遠くから照らします。目の前の正しさではなく、最後に残る感情から逆算する。

    いけうちはその考え方に強く共感しながら、自分自身も、大きな選択をする時には「死ぬ時にどう思うか」を基準にしたいと話しているようです。

    ▪️自己開示しすぎると、会話は難しくなる

    後半では、ポッドキャストを続けることで起きた変化についても話しています。

    日々考えたことを音声にして配信する。それは、自分の中にある話題をインターネット上に置いていくことでもあります。

    すると、現実で誰かと会った時に少し困る。この話はもうポッドキャストで話したのか。相手はそれを聞いているのか。聞いているなら、もう一度話すのはしつこいのか。

    以前なら、ひとつの話題をAさん、Bさん、Cさんにそれぞれ話せた。でも今は、その話題がすでにネット上に置かれている。つまり、会話の難易度が上がっている。

    それでも、いけうちはそれを嫌がっているわけではありません。むしろ、インプットとアウトプットを繰り返すことで、もっと会話がうまくなれるのではないかと捉えています。

    ▪️いけうち第2シーズン、開始

    朝井リョウさんのポッドキャストを聞き、エッセイの声を手に入れ、水野太貴さんの進行から本筋の大切さを学び、自己開示によって会話の難易度が上がることに気づく。

    好きなものを語っているだけのようで、実は今回、いけうちは自分のポッドキャストの作り方と、人との話し方を見直しているようです。

    第51回にして、いけうち第2シーズン開始。微妙な数字ではありますが、本人がそう言っているので、たぶん今日が開始日です。

    朝井リョウさんオタク回、ぜひお聴きください。

    36 min
  • 友達の良さ、説明できる?|友達の友達を他己分析してみた【ゲスト:みちかちゃん・ノブさん】

    #50【対話】今回は、スペシャルゲストにみちかちゃん、ノブさんを迎えた対話回です。

    テーマは、他己分析。みちかちゃんが、小学校時代からの友人について、就職に向けた推薦文を書くために「その人の魅力をどう言葉にするか」を考えていく回です。

    親しいからこそ、良さが当たり前になってしまう。当たり前すぎて、いざ「この子はこういう人です」と説明しようとすると、急に言葉が足りなくなる。

    今回は、そんな身近すぎる友人の良さを、他人にも伝わる言葉に変えていく作業について話しているようです。

    ▪️「小学校からの友達」を、どう説明するか

    みちかちゃんとその友人は、小学校1年生で出会ったそうです。小学校時代を一緒に過ごし、その後は親の転勤などで離れた時期もありながら、毎年なんらかの形で会い続けてきた関係。大学でまた一緒になり、今は住む場所が離れていても、たまに会う。頻繁に連絡を取り合うというより、会えばすぐ昔に戻れる。

    この回では、そんな名前をつけにくい関係から、その人の魅力を掘り起こしていきます。

    ▪️3人組をつなぎ続けてくれる人

    その友人は、小学校から続く3人組の中で、みんなをつなげてくれる存在でもあるようです。

    3人はそれぞれ個性が違う。みちかちゃんともうひとりの友人は、自分から誰かを誘うタイプではない。でも、その子が声をかけてくれるから、3人は今も集まれている。

    派手に場を盛り上げるタイプではありません。いわゆる「ウェイ」の人でもない。けれど、落ち着いていて、一緒にいると安心できる。

    誘ってくれる。でも押しつけがましくない。気を使ってくれる。でも気を使われすぎている感じはしない。

    そのちょうどよさが、どうやら大きな魅力のようです。いけうちは、その子について「人を誘うのがうまい」というより、人との関係を大事にし続けられる人なのではないかと整理していきます。

    ▪️初対面が得意じゃないことは、弱みだけなのか

    他己分析の途中で、その友人の苦手なことも話題になります。

    みちかちゃんによると、その子は新しい人と話すのが得意なタイプではないようです。自分の話をどんどんするタイプでもない。

    ただし、一度関係ができると、長く付き合える。話を聞ける。相手に寄り添える。

    いけうちはそこから、職業との相性を考えていきます。その友人が目指しているのは、医療の現場。医師という仕事は、初対面の患者さんと向き合う場面もある一方で、同じ患者さんと継続的に関わっていく仕事でもあります。

    初対面の強さだけが、対人能力ではない。時間をかけて信頼を築けること。一度できた関係を、雑にせず続けられること。相手が安心して話せる状態を保てること。

    そう考えると、その子の良さは継続的な信頼構築力として見えてきます。

    「初対面が苦手」と書くのではなく、「一度関係を築いた相手に寄り添い続けられる」と書く。短所に見えるものを、働く場面での強みに変換していく。

    ▪️ネガティブから長所を見つける

    話は、「良いところ」をどう探すかにも広がります。

    いけうちは、自己分析や他己分析では、ポジティブな面からだけでなく、ネガティブな面から考えるのも有効だと話します。

    たとえば「細かいことが気になりすぎる」は、仕事によっては「ミスに気づける」になる。「目立つのが嫌」は、「目立たない場所で支えるのが得意」になる。「人に踏み込まれたくない」は、「自分で考える力がある」につながるかもしれない。

    苦手なこと、嫌なこと、ストレスを感じることには、その人が大事にしている価値観が隠れている。短所はただの欠点ではなく、その人のこだわりの裏返しでもある。

    ▪️平和主義は、場を見る力でもある

    みちかちゃんは、その友人について平和主義だと話します。

    自己主張が強いタイプではない。自分のやりたいことを押し通すより、人がやりたいことを優先する。場がギスギスすることを好まず、波風を立てたくない。

    それだけ聞くと、「自分の意見がない人」のようにも見えるかもしれません。でも、会話の中で少しずつ別の見え方が生まれていきます。

    その子は、争いを避けたいからこそ、場の空気を見ている。誰かが困っていないか、意見がぶつかりそうになっていないか、次に何を決めればみんなが楽になるかを見ている。

    箱根旅行の話では、ホテルに戻ったあと「ご飯に行くのか、温泉に行くのか、少し休むのか」という場面が出てきます。誰もはっきり決めていない。でも、それぞれに少しずつ希望はある。

    そこで、その友人は「じゃあ、どれからしようか」と最初にすり合わせを始めてくれる。これは、単に仕切っているわけではありません。場の空気が悪くならないように、みんなが言いやすいように、静かに道を作っている。

    この回では、平和主義とは、場を放置しない力でもあるという話をしているようです。

    ▪️医療現場にいてほしい人

    いけうちは、その友人のような人が職場にいたら嬉しいと話します。

    医療の現場は、ひとりで完結する仕事ではありません。患者さんと向き合う力も必要ですが、チームの中で働く力も必要です。

    自分ひとりで抱え込みすぎてもいけない。かといって、全部を周囲に投げてしまってもいけない。その境界を見ながら、場がうまく回るように動ける人は貴重です。

    その友人は、争いを起こさせない人。意見を言いやすくしてくれる人。場の雰囲気を悪くしないために、先にすり合わせを始められる人。

    推薦文に書くべきなのは、「いい子です」という曖昧な褒め言葉ではなく、その優しさが働く場面でどう機能するのかなのかもしれません。

    ▪️ノブさんの地雷から見える、意思表示の大切さ

    後半では、オーディエンスとして参加していたノブさんにも話が振られます。

    「何をされるのが嫌か」という話から、ノブさんは、ある食事のエピソードを語ります。

    お店でメニューを選ぶ時、「これはあまりおすすめしない」「こっちの方がおいしかった」と伝えたにもかかわらず、相手はおすすめしなかった方を注文する。そこまではいい。問題は、その後です。

    実際に食べてみて、やはり口に合わず、ほとんど残してしまった。

    その話を聞いて、いけうちはかなり怒ります。食べ物を無駄にすること。事前に言える機会があったのに言わなかったこと。相手が選びやすいように聞いていたのに、意思表示をしなかったこと。

    ここから、話は「意思表示しない人が苦手」という方向に進みます。そして逆に、みちかちゃんの友人は、場の中で人が意思表示できるようにしてくれる人なのではないか、という整理につながっていきます。

    人に言わせてくれる。意見を出しやすくしてくれる。衝突を起こさないまま、みんなの希望を出せるようにする。

    それは、いわゆる心理的安全性という言葉に逃げたくなるけれど、もっと生活に根ざした、日々の細かな振る舞いの積み重ねでもあります。

    ▪️「今日はこのぐらいにしといてやるか」で終わる回

    最後は、レンタルスペースの残り時間もあり、分析はいったん途中で終わります。

    みちかちゃんは、友人に「苦手なこと」も聞いてみることに。そのネガティブに見える要素を、次はどう強みに変換できるのか。そして、それをどう推薦文に落とし込めるのか。

    まだ言葉にしきれていない部分はあります。でも、この時点でも、その友人がどれだけ大事に思われている人なのかは十分に伝わってきます。

    今回は、みちかちゃんの友人を手がかりに、関係を続ける力、場を整える力、そして言葉にしにくい優しさの正体について話しているようです。

    38 min
  • 気になったら即出発する営業マンと、世界の中心で叫ぶ元薬剤師【ゲスト:みちか】

    #49【対話】今回は、スペシャルゲストにみちかちゃんを迎えた対話回です。

    前回に続いて登場したみちかちゃんと、話題になるのは「前回、ちょっとイチャイチャしていなかったか問題」です。もちろん恋愛ではなく、友人関係の話です。ただ、ふたりの会話には、「あの時どう思っていたの?」と振り返るような、なれそめ答え合わせの空気が漂います。

    今回は、人間関係の伏線回収から始まり、考え方の違い、行動の起こし方、ポッドキャスト、カラオケ、そして声の正体まで話しているようです。

    ▪️友達同士でも、なれそめを振り返りたい

    いけうちには、人との関係が始まったあと、その始まりを振り返りたくなる癖があるようです。恋人であれば「あの時もう好きだったのか」と答え合わせしたくなる。それと似たことが、友人関係でも起きる。

    みちかちゃんと仲良くなりたいと思った瞬間、いけうちの頭の中ではすでに作戦会議が始まっていたそうです。「札幌」というワードを聞いた瞬間に、何かがぐるぐる回り始めていた。しかし、その思考は相手には見えていません。だからこそ、時間が経ってから「あの時、実はこう思っていた」とネタ晴らしするのが楽しい。友情にも、後からしか見えない伏線があるようです。

    ▪️内発的な人と、外発的な人

    前回の配信を聞き返したみちかちゃんは、いけうちとの違いをいくつか見つけます。ひとつは、友達の見方。もうひとつは、行動の起こし方。

    みちかちゃんは、自分の内側から「行きたい」「やりたい」が湧いてきて動けるタイプ。一方で、いけうちは、外からの誘いや周囲の人の存在によって動き始めることが多いタイプとして整理されます。つまり、みちかちゃんは内発的。いけうちは、外発的。この言葉だけ聞くと心理学の授業のようですが、実際にはカレーを食べながら、人間の動力源について話しているだけです。

    ▪️同じものを、同じ温度で楽しむ必要はあるのか

    話は、スパイスカフェでの食事にも広がります。この日、ふたりはオーディエンスとして来ていたノブさんも交えて、スパイスカレーを食べに行ったようです。予約しないと入りづらい店。駅から少し歩く店。ひとりでは、いけうちの行き先リストにまず入らなかったであろう店。

    けれど、みちかちゃんが誘ってくれる。すると行ける。知らない道、古い建物、休日らしいご飯、新しい味が刺激になり、いけうちの中の「嬉しい」が走り出します。一方で、みちかちゃんはカレーをしっかり味わいながら「うますぎる」となっている。

    同じ空間にいる。同じものを食べている。でも、ワクワクしているポイントは少し違う。それでも成立する。むしろ、その違いが面白い。この回では、同じものを同じ温度で楽しむことだけが、仲の良さではないという話をしているようです。

    ▪️「共有したい」より、「見ていてくれればいい」

    いけうちは、自分の楽しい気持ちがかなり大きいことを自覚しています。友達からは「躁状態」と言われるほど、楽しい時のエネルギーが外に漏れ出る。ただし、そのテンションに相手もついてきてほしいわけではない。

    一緒に同じ熱量で盛り上がってくれなくてもいい。見ていてくれればいい。突っ込んでくれればいい。自分は自分の楽しみ方をして、相手も相手の楽しみ方をしている。そのうえで同じ場所にいられるなら、それでかなり嬉しい。ここには、それぞれが独立したまま隣にいる関係の心地よさがあります。

    ▪️世界の中心で叫び続ける人

    今回、特に印象的なのが、いけうちをめぐる「世界の中心で叫び続けている」という表現です。すみっコぐらしのキャラクターたちは、居場所がないと感じた時、すみっこへ行く。でも、いけうちは居場所がないと感じても、世界の中心で叫び続けている。

    いけうちは、自分の好きなこと、気になったこと、面白いと思ったことを、とにかく外に出し続ける。発信し続けているから、周囲の人が覚えてくれる。「あれ好きって言ってたよね」「これ興味あるんじゃない?」「今度一緒にやろうよ」。そうやって、外からきっかけが返ってくる。この回では、外発的に動く人は、実は外へ向けて発信し続けている人でもある、という話をしているようです。

    ▪️助けやすい人、始められる人

    いけうちは、周囲に助けられて生きている感覚があると話します。そして、みちかちゃんはそれを「助けやすいんじゃないですか」と分析します。困っている時も分かりやすい。嬉しい時も分かりやすい。助けたら、ものすごく喜ぶ。それなら、人は助けたくなる。これは単なる甘え上手というより、反応の大きさの話です。

    ポッドキャストも、その延長にあります。いけうちは、もともと話したいことをメモに書き続けていたようです。やってみたい気持ちはあった。でも、機材も録音場所も分からない。ひとりで始めるところまでは行っていなかった。

    そこに、録音できる部屋を取ってくれた人、パソコンや機材を持ってきてくれた人、そしていけうち本体と大量のメモがそろう。その日、すべてのピースがはまった。ポッドキャストは、内側の熱量だけでなく、外側からの偶然と助けによって始まったものでもありました。

    ▪️伝わらなくても、言いたい

    後半では、「話すこと」の根っこにも話が向かいます。いけうちは、難しいことを分かりやすく伝えたい。面白かったものを、面白かったと言いたい。自分が理解したことを、自分なりに噛み砕いて話したい。

    しかし、みちかちゃんとの対話の中で、ある地点にたどり着きます。もしかすると、いけうちは「完全に伝わること」を前提にしていない。伝わらないから、分かりやすく話そうとする。伝わらないから、声を大きくする。けれど、本当の中心には「分かってほしい」よりも、言わせてほしいがあるのかもしれない。

    ▪️空気を揺らしたい人のカラオケ論

    いけうちにとって、声を出すことは原始的な欲求のようです。考えるより前に、声。意味より前に、音。とにかく空気を揺らしたい。

    ひとりカラオケでは大きな声を出しながら、自分の声をどう扱うかを楽しんでいる。しかし、友人とカラオケに行った時、その声量があまりに大きすぎて、マイクの電源を切られたことがあるそうです。そこで初めて、自分のカラオケには他人の耳も関わってくるのだと気づきます。

    それ以来、人と行くカラオケでは音量を合わせる。でも、それだけでは物足りない。だから後でひとりカラオケに行く。このあたりまで来ると、もはやカラオケの話というより、発声を通じた自己管理の話になっています。

    ▪️違いを見つけることは、仲良くなることでもある

    最後には、仕事と声の話にも触れています。薬剤師の仕事は、実はかなり喋る仕事だった。一方で、今の仕事では黙っている時間が増えた。日中に声を出す量が減った。その結果、ひとりカラオケの回数が増えたのではないか、という話になります。

    この回で話されているのは、似ているふたりの話ではありません。むしろ、違うふたりの話です。内発的な人と、外発的な人。静かに分析する人と、世界の中心で叫び続ける人。カレーを味わう人と、嬉しさが先にあふれて喋り出す人。

    けれど、その違いを責めるのではなく、面白がる。観察する。言葉にする。違うから、話すことがある。違うから、答え合わせができる。違うから、同じ場所にいることが面白くなる。

    56 min

About げらやく(よく笑う元薬剤師の雑談日記ポッドキャスト)

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