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「愛なる神なら、何でも受け入れ、赦し、愛してくれるのでは?」と考えている人は結構多いのではないでしょうか?
例えば、あなたの愛する配偶者やパートナーが、自分以外の異性に心を奪われ、いつもその人のことばかり考えていたら、あなたは平気でいられますか?
神様は私達罪ある人間とは違いますが、妬まれる。そして、私達の心を取り戻すために、ご自身さえ投げ出される…。
しかし、私達はゴメルを「自分とは関係ない堕落した女」と切り捨てられるでしょうか。
神様が私達にお求めになっている心を少しでも知り、それに少しでも応えることが出来ますように。
あなたは、今、希望を持っていますか。
もし、「はい」と即座にあなたが答えられたら、それはとても幸いなことです。
しかし、恐らく多くの人が返答に困ってしまうのではないでしょうか。それは現代社会は右を向いても左を向いても、閉そく感が充満していて、幸せな未来が描きにくいからです。
今日は、「バルティマイ」という一人の男の人に目を向けてみましょう。
いいえ、事実は全く逆で、彼は目が見えず、物乞いをしてその日暮らしをしていたのです。
そんなバルティマイが、なぜ自暴自棄になったり卑屈にならず、強い希望を持ち続けることが出来たのでしょうか?
それは、彼が正しい人に希望を置いたからです。
現代は「自分を信じなさい」というメッセージが受けがよいようです。しかし、そこに本当にゆるがない希望があるのでしょうか。
バルティマイが誰に希望を託し、そして希望が現実のもとなったか、松本牧師と一緒に聖書から見ていきましょう。
あなたは、神様に用いられたいと思っているでしょうか?
自分の賜物を用いて神様のお役に立ちたいという願いがあることは、自然なことです。そして、それはとても素晴らしいことです。
モーセもまた、そのような思いを抱いていたと思います。モーセは、エジプトの王子としてパロの娘に育てられました。しかし、イスラエル人としてのアイデンティティーを失うことなく、「いつか神様は、この奇遇な運命にある自分をお用いになるはずだ」と思っていたのではないでしょうか。
ところが、モーセは神様に用いられる準備が出来ていませんでした。それは、彼には手放さなければならないものがあったからです。
神様に用いられるために手放さなければならないものは、3つあります。
① 自己保身
あなたは、「そんなことは頭では分かっている。でも手放すことが出来ないからこそ難しいのだ」と思っているかもしれません。
もし、そうであれば、思い出して頂きたいのです。
父なる神様が、私たちを救うために手放されたものを。
今ある苦難や試練は、神様が私たちを「用いられる器」へと変えるため、手放さなければならないものをお示しになっているのかもしれません。
私たちが今日、御言葉によって探られ、握りしめているものを手放す信仰を持つことが出来ますように祈ります。
私は誰なのだろうか。
こう問うのは、なにも若者だけではありません。
周りの人からのネガティブな言葉や評価に影響されて、歪んだセルフイメージを抱えている人も、多いことでしょう。
しかし、あなたを創ったのは、神様です。
ヤコブは、父親や兄を騙し、また伯父から騙され、決して平坦とは言えない人生を送っていました。だからこそ、ヤコブもまた自分のアイデンティティーについて随分悩んだのです。
しかし、ヤコブは祈りの中で神様と格闘し、確固たるアイデンティティーを得ます。
神様はあなたにどんなデザインを持っておられるのでしょうか?
ヤコブのように必死に神様に祈り、問い続けるならば、神様はきっと示してくださいます。
私たち一人ひとりが、本来の神様のデザインを知り、喜びと平安のうちに生きることが出来ますように祈ります。
青山学院大学は、箱根駅伝で近年素晴らしい成績を残していますが、その背後には、原晋監督という優秀な指導者の存在があります。
今回は、この「信仰のレース」を完走するための4つの秘訣を、聖書から学びましょう。
秘訣① 観客の声援を受ける
私達の信仰のレースは、決して平坦な道ではありません。走りやすい時期もあれば、とんでもない悪路、上り坂、悪天候の時もあります。
あなたも、最高の名監督であるイエス様と一緒に、信仰のレースを走ってみませんか?
皆さんは、天国とはどんな場所だと思いますか?
最近では臨死体験をした人たちが「天国」の様子をレポートしている動画がYouTubuにたくさんアップされているようです。「天国」について、「お花畑があった」という人もあれば、「美しい歌に溢れている場所であった」という人もいます。
しかし、ただの美しい場所が天国なのでしょうか?
聖書は、天国とは神様のおられるところだと語っています。神様のおられるところこそが天国であり、神様のおられない天国など、存在しないのです。
では、一体誰がこの天国に行かれるというのでしょうか?
生前、善行をたくさん積んだ人でしょうか?
少なくとも、「犯罪人は天国には行かれない」、と考えるのが普通だと思います。
しかし、今日取り扱う聖書の箇所では、十字架につけられた重罪犯罪人に向かってイエス様が「あなたは今日、わたしと共にパラダイスにいます」と宣言なさいます。
この犯罪人は十字架に磔になっているので、罪を償うこともできないし、善行を行うことも出来ません。また、十字架刑というのは当時の最も重い刑罰です。そのような「極悪人」ともいえる死刑囚が、一体なぜ天国に行かれるというのでしょうか?
十字架に磔になったイエス様も一見無力に見えます。
極悪人をも天国に引き上げた十字架の力とは…?
教会の究極的な目標とは、一体何でしょうか?
多くの人々を集めることでしょうか?
それらは、大事なことですし、結果としてあらわれてくることかもしれません。しかし、教会の究極的な目標は、「私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するため」(エペソ4:13)と聖書は教えています。
つまり、教会がイエス・キリストの姿やご性質(真実、聖さ、愛)をあらわすことだと言えます。
私たち一人一人は、欠点もある「小さな存在」かもしれません。しかし、取るに足らないようなことや、時に馬鹿げたことに思われることでも、それが神様のお役に立つというのです。
聖書は、教会を「体」、一人一人を「その部分」であると表現しています。私たちは、みな一人一人違っていますから、何か一緒にしようとしてもそのままではぶつかり合い、神経をする減らすことになるでしょう。ちょうど、硬い骨どうしがそのままでは繋がれないように。
しかし、骨と骨の間にある軟骨や潤滑油によって骨どうしは連結し、柔軟な動きが可能となるのです。
では、この時非常に大事になってくる「軟骨」や「潤滑油」とは、一体をさしているのでしょうか?
あなたや私が、「キリストの体」の大切な一部となって「キリストの満ち満ちたみたけ」にまで成長するために必要な気づきと励ましを、ウィリアム・ウッド先生から聞きましょう。
★ウッド先生の不朽の名著「日本語にチャレンジ!!」1冊500円で販売中!(送料180円、3冊以上は送料無料!)
問い合わせ
「福音を信じて救われる素晴らしさを、たくさんの人に伝えたい!…でも喋るのは苦手だし、大した経験してないし、嫌われるのは怖いし…」
クリスチャンならば誰しも、宣教することに葛藤を覚えた経験があると思います。
旧約聖書に出てくるヨナは、魚の腹から生還した後、再び神様から宣教の命令を受けます。奇跡の体験を経て大胆に語るヨナに、街の人々や王は改心し、街は裁きから逃れました。
「…そりゃ、そんな体験したら、大胆に語れるよねぇ…」
「土台を固めよう!あなたが橋だ!」-当教会の信徒メッセンジャー・佐藤良が、あなたの宣教の基礎固めをお手伝いします!
旅慣れている人かそうでないかは、その人のカバンの中身を見れば分かるものです。旅の達人のカバンには、必要なものは全て入っていますが不必要なものは入っていません。
では、人生の旅路で必要なもの、また捨て去るべきものは何なのでしょうか?
聖書は、「…すべてを覚えていなければならない」(申命記8:2)とも言っていますが、一方で「後ろのものは忘れなさい」(ピリピ3:13)とも言っています。この一見矛盾するような教えは、どのように受け取るべきなのでしょうか?
「忘れるべきもの」、つまり「捨てるべきもの」は、次の3つです。
反対に「覚えておくべきこと」、つまり「カバンに入れるべきもの」は、次の3つと言えます。
さて、あなたのカバンの中には今何が入っているでしょうか…?
2022年の旅路を始めるにあたって捨てるべきものは潔く捨て去り、忘れてはいけないものをしっかりカバンに入れ、軽い足取りでこの1年を歩むことが出来ますように。
【天国パスポートについて】
プロジェクトの動画はこちらから!
日々の報道を見ていると、「いいニュース」より圧倒的に「悪いニュース」が多いのが現実です。事実を真剣に受け止めようとすればするほど無力感と絶望的な気分に打ちひしがれ、ニュースから目をそむけたくなる、そんな時代に私たちは生きています。
しかし、果たして世の中で報道されていることだけが「事実」なのでしょうか?
聖書は語ります。
日々私たちを取り巻いているニュースは、今のこの時代の綻びをクローズアップしたものです。しかし、その事実だけに目を曇らされてはいけません。今、この暗い時代にこそ、聖書が語る希望、もっと大きな真実に目を向けていただきたいと思うのです。
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