ハナボウズの山ログ

ハナボウズの山ログ

By ハナボウズScienceNatural Sciences
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ハナボウズの山ログ episodes

  • 決断

    四月の曇り空の下、アルケミラのハウスを開け、わずかに換気の戸を開ける。晴れ間が差し込んで苗が蒸し焼きになることを防ぐための、ほんの小さな隙間だ。昨日は病気疑いのセダムを廃棄し、路地から掘り上げた健康な株をハウスへと補充した。その作業のなかで中島が気づいたのは、妻の掘り上げの腕前だった。手際よく苗を引き抜いていく姿に、「掘り師」という呼び名が自然と生まれた。

    今日は畑を休む。娘がバレエ教室に通い始めた。その様子を見たい、という単純な気持ちと、家族で時間を使いたいという意志が、今日の路地作業を括弧に入れた。決断とは切り捨てることだ、とどこかで誰かが言っていた。畑を進めたい気持ちと、仕事を口実に家族の時間を避けることへの自戒が、中島の中で静かにぶつかった。

    農業をしていると、手を動かしている時間だけが真っ当な仕事だという錯覚に陥りやすい。だがお金が発生しないことは、仕事でないことを意味しない。子を産み、育て、毎日の暮らしを支えることは、それ自体が途方もない仕事だ。妻と娘を見ながら、中島はそのことをうまく言葉にできないまま、ただ感じている。

    7 min
  • チェーンソーの音

    春の朝、Kのセダムハウスに入る。ハウス内の温度計は17度を指している。セダムにとってちょうどいい空気だ。気分は低い。それでも手は動く。

    昨日はおぎはら植物園へ行った。棚の前を歩いていると、フラワーファーム沓掛の沓掛さんと研修生の清水さんがいた。同じように苗を物色している。真剣な目をした人たちがほかにもたくさんいた。ガーデニング好きも、農家も、みんな同じ棚の前に立っていた。おぎはら植物園は、草花に関わる人間が自然と引き寄せられる場所なのかもしれない。

    持ち帰ったのは、梅もどきの小苗、レンゲショーマ、ヘリオプシスのサマーピンク、オルガノのヘレンハウゼン。梅もどきは前の地主さんの母が植えた木がすでに1本ある。そのそばに、もう1本添わせてやろうと思った。オルガノは、圃場にある既存の株と混ぜて切り花として提案できないか、という実験的な仕入れだ。新しい苗たちは施設育ちなので、外に出すのは5月ごろになりそうだ。いまはハウスの中で養生させている。

    どこかからチェーンソーの音がする。暮坂峠のあたりだろうか。赤岩へ下る道の木々にピンクのシールが貼られているのをずっと気にしていた。鍛冶屋敷の山を切り開いて、大型の太陽光発電が建設されるらしい。山が削られることへの複雑な気持ちはある。ただ、林道が整備されるなら、この地で農業を続けるための道にもなる。複雑さの中に、かすかな希望が混ざっている。

    ハウスとハウスの間で、アリウムのシュベルティとサマードラマが顔を出していた。妻が選んできた球根だ。7株のうち1株だけ元気がない。道路側から流れ込む水が当たる端の位置に植わっているものだ。平均的な土壌データには表れない、局所的な湿度の差がある。数字ではなく、目と手が教えてくれる情報だ。

    ハウスの二重構造の間に、草が侵入し始めている。保温のための空隙は、草にとっても居心地がいいらしい。片付けておかなければならない。

    10 min
  • 雨の中の設計図

    雨が屋根を叩いていた。それでも中島は録音を止めなかった。

    Yのハウスで冠水をして、ホースを点検して、除草剤を撒いた。チューブがあと3Mだけ足りない。土壌診断の結果はまだ来ない。何もかもが「もう少し待て」と言っている。

    ずっと頭の中で宙ぶらりんだったYハウスの使い方が、今日ようやく声になった。4分割、防草シートマルチ、なるべく立ち寄らない設計。落ち込んだ日に誰とも顔を合わせずに済む畑というのも、ひとつの農法だと気づいた。

    明日は家族とおぎはら植物園へ行く。春休みの娘と、視察と、同じ道を走る。

    声に出したら、少し頭が落ち着いた。それだけで今日は十分だったかもしれない。

    9 min
  • 仮説をほどく地衣類

    雨の朝、図書館で借りてきた苔図鑑をめくっていたら、ウメノキゴケという名前が目に入った。SOxに敏感で、空気汚染の指標になる地衣類だという。ところがこの農地の周りには、それがべったりついた木が何本もある。以前から温めていた「SOx→カルシウム不足→カタツムリ減少→鳥が減る→山の畑はカルシウムを入れているのでカタツムリの楽園」という仮説が、一ページでほどけた。

    でも考えてみれば農業でも同じことは起きている。あの肥料が効いた、あの作業が正解だった——そう言いたくなる気持ちのそばに、天候・病害虫・台風・虫の移動という途方もない変数の束が静かに立っている。4年の経験ではまだ見えていないものが、おそらくある。

    今日は雨。ハウスでは顔色の悪いセダムを何株か引き抜いた。路地には桜の開花前倒しを見越してアブラムシ用の粒剤を早めに巻いた。疑いながら、面白がりながら、続けていく。

    8 min
  • 露地の作業始めました

    今日から露地作業を本格的に始めると決めた。G畑のサンゴミズキを掘り上げてK畑の端へ移す。ディアボロの草払い・剪定・機械入れ。土が湿っているから今日のところはセダムの草取りに充てる。段取りを頭の中で組み立てながら、A作業場を出て軽トラを走らせた。


    戸高君の畑の横を通りかかると、彼がもう作業をしていた。ヤッホー、と声をかけて通り過ぎる。それだけのことだが、不思議とエンジンがかかる。やる気のない朝でも、同じ生業の人間が畑にいるというだけで、自分も立てるような気がする。コミュニティとか連帯とか、そういう大げさな言葉ではなく、ただ「隣で誰かがやっている」という事実が、静かに背中を押す。


    1十二の社を過ぎるとき、寺田さんに教わった話を思い出した。毎月12日は山に入らない——山仕事の名残で、そう決まっていたのだという。花農家は山仕事じゃないから大丈夫、と自分を納得させながら、その土地の記憶の深さにちょっとだけ立ち止まる。


    峠のてっぺんで一瞬、将来の作業場・自宅建設予定地が見えた。頭を出せばちょうど綺麗に見える、といつも思う。まだ予定地だが、そこに立つ建物を想像することは、今日の作業を続ける理由の一つになっている。


    そして今日から、妻が畑に本格参加する。振り回り上げを終えてK畑へ向かう道で、それをさらりと告げた。植え付けと草取り。二人で始める、新しいリズム。


    7 min
  • 作業場の模様替えをした

    四年か五年、そのままにしておいた机があった。部屋の真ん中に島のように浮かんで、花を置く場所はどこにもなかった。それに気づいていながら、ずっとそのままにしていた。今日、中島は机を壁に寄せた。たったそれだけのことで、作業場が広くなった。

    夕暮れ前の見回りで、イノシシの痕跡。マウンテンミントの畝が掘り起こされていた。獣の論理は単純で、腹が減れば掘る。そこに何年かけて植えたかは関係ない。

    昨日は花の部会の総会だった。始まる前は億劫だった。しかし焼肉とビールは正直で、口に入れた瞬間に体が正解を出した。楽しかった。それでいい。

    Kのハウスの周りには、地主さんのお母さんが遺した花木がある。クレマチス、梅もどき、西側のサラサドウダン。誰かが愛でた記憶が、今も土に根を張っている。

    栗の木に熊棚ができていた。熊を呼ぶ前に切らなければならない。ただ切るのは惜しい。栗は腐りにくい木だ。誰かの手に渡る形があるといいな、と思いながら中島は軽トラを走らせた。


    7 min
  • 酸性雨という言葉どこ行ったの

    昨晩、AIと話していて気づいたことがある。「酸性雨」という言葉を、最近まったく聞かなくなっていた。


    調べてみると、雨そのものが問題ではなくなったのではなく、問題の形が変わっていた。NOxやSOxといった大気汚染物質が、霧となって山の中腹に漂い、そこに住むカタツムリの殻の形成を妨げている。殻のないカタツムリを食べる小鳥たちは、卵に必要なカルシウムを摂れなくなる。酸性雨は「雨」ではなく「霧」として、静かに生態系を侵食し続けていた。


    そこで中島は自分の畑へと思考を下ろしてみた。Kの畑には、大きなものから小さなものまで、とにかくカタツムリが多い。山の生態系が壊れているなら、なぜ畑はこれほど賑やかなのか。


    仮説は一つしかない。炭酸カルシウムの施用だ。土壌改良のために中島が撒き続けてきたカルシウムが、畑をカタツムリの楽園に変えていたのかもしれない。農家の手が、意図せず生き物の避難所をつくっていた。


    次の問いが浮かんだ。鳥の声を聞き分けられるようになれば、カルシウムを求めて畑に降りてくる小鳥が見えるようになるかもしれない。視野が、また一つ広がった気がする。


    今日の気分は重い(スコア2)。午後に六合地区の花の部会の総会があり、その後は飲み会がある。みんな顔見知りのはずなのに、人のいる場に向かうことへの怖さがある。それでも、行く。


    6 min
  • 雨の畑、生き残りの話

    雨の朝、中島は畑へ出た。娘が胃腸炎で、体調が心配だったが、それでも長靴を履いた。

    路地のセダムが、親指ほどの芽を出していた。冬を越えたというより、冬をやり過ごした、という顔をしていた。株間の整理を続けている。2条の千鳥植えを、1条へ。隣の株とぶつかり、真ん中が蒸れる——その問題を、少しずつ解いていく。33メートルの畝に100株。防草シートで左右を挟んで、セダムだけがぎゅうぎゅうと列をなす畑を、まだ頭の中で育てている。

    ハウスの間に、水仙が顔を出していた。去年の秋、前職の友人・こまっちゃんが3日間泊まりにきて、その宿代と飯代のかわりに植えてくれたものだ。前の家主の母が残した球根。

    畑の端に、ラムズイヤーがいた。移植の際に捨てたはずの、ボロボロの株だった。土に埋まったまま、根を張っていた。捨てられたものが、生き残っていた。

    1人で喋り続けていると、心が揺れる。大きくなったり、定まらなくなったりする。その揺れを測るために、山ログはある——と、寒さで指が痛くなりながら、中島は思った。

    9 min
  • 名前も知らない人の家に花が飾られた

    【灌水音のBGM大きめ】


    アルケミラの灌水音を背景に、ハコベを引き抜きながら考えていた。花は必需品ではない。それでも、群馬フラワーパークで花瓶を買いに戻ってきた若い夫婦のことが頭を離れない。名前も知らない。ただ、その日以来あの家に花が飾られるようになった。花を売ることは、花のある暮らしをゼロから一に変えることかもしれない。

    古物商の許可が下りた。山の蔓や倒木も、誰かのディスプレイの骨格になれる。畑の隣に家を建てる話も動き始めた。ローンの目処は立っていないが、妻はもう間取りを描いている。ワクワクとプレッシャーは、いつも同じ顔をしている。

    子ども園で胃腸炎が流行っている。今日は早く帰る。

    16 min
  • 花坊主のいたずら

    卒園式の朝、人前に立つという行為が、いつも思いがけない重さをともなう。拍手の中で子どもたちを見送り、声が震えたことを恥じながら帰り道につく。イベントの前夜に憂鬱が訪れること、航空券を取ったはいいが飛行機を前に沈んでいたあの学生時代のことを、今日もふと思い出した。



    しかし、言葉にしてみると不思議と落ち着いてくる。気分1が、話しながら2になり、いたずらを思いついたところで3まで戻っていた。誰かに届けるためではない——自分を見つめるための言葉として、この音声は今日も録られている。



    山本茂さんから預かった手書きの民話をAIが99%の精度で文字起こしした、その驚きの余韻の中で、中島は一枚だけ余分な話を製本に忍ばせることにした。花坊主という地蔵の話、昔からそこにあったかのように書いたフィクション。茂さんに気づかれるかどうか、それもまた楽しみのうちである。



    ハウスでは、アルケミラの葉が広がり、アストランティアが茂り、セダムが30cmに届こうとしている。沢から流れ込む水を石ひとつで調整しながら、今日も夕方が暮れていく。



    9 min

About ハナボウズの山ログ

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​群馬県中之条町、標高1000mの山の中ハーブや宿根草を育てる「ハナボウズ」園主(中島)が、日々の農作業の合間に、山の音と言葉を記録しています。