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晴れた五月の朝、中島はYハウスの中に立ち、防草シートに水が染みていくのをじっと見ていた。
思いつきから生まれた「防草シートマルチシステム」——シートに穴を開け、灌水チューブごと巻き込み、土を作ったらまた戻す。残渣を捨て、片付け、そして再び始める。この単純な循環が、管理の手間を減らすかもしれない。風で飛ばされないか少し心配だが、まずやってみる。農作業においては、妄想を現実に変えるのは、いつも「やってみよう」の一言だ。
一昨日は手押しの耕運機でYハウスの100坪全体を耕した。今、両腕の上腕二頭筋が悲鳴を上げている。昨日は1000本の花を切り、箱詰めまで終えた。体は疲れているが、仕事は着実に進んでいる。
Yハウスの設計図が頭の中で少しずつ固まってきた。4分の1にアンモビウム、半分にアマランサス、北側にはアストランティア・ローマ。アルケミラは育苗組合の他の農家とバッティングするため外した。競合を避けながら、自分の色を出していく——それもまた農家の知恵だ。
午後は出荷を済ませ、車のサイドミラーのリコール対応で車屋へ向かう。待ち時間には、スマホを置いて本を読むつもりだ。知らない場所で、コーヒーを片手に。何もしない時間を、無理して作る。それが今日の贅沢だ。
母の日が終わった。花の値段がガクッと落ちる、その瞬間がある。六合地区は晴れ、風はちょうどよく、中島はK圃場ハウスの灌水をしながら音声を録った。昨日は町営住宅12世帯のうち4軒で道路清掃をした。一輪車、スコップ、竹箒。参加者は少なかったが、生活道路はきれいになった。昼から同期就農者とお酒を飲んだ。繁忙期が終わったから、いいだろうと。
自分で建てたハウス1棟目には歪みがある。だからアルケミラは中心から先に育ち、端はまだ蕾が硬い。母の日で半分切り、土曜と今日でまた少し切った。残りは4分の1ほど。今週末までかけて、ゆっくり出していく。アストランティア・ローマはハウス分が今日で終わり。注文に応えられない分が出てしまったので、サポートへ謝罪の連絡を入れることになった。今日の収穫はアルケミラ、アストランティア、セダム、セダム・リジー——合わせて1,000本弱。
母の日期間中、九州と関西への便でヒートショックが出た。クール便のはずが、温度変化でアストランティアとアルケミラが傷んでしまった。花屋さんに届いてしまったことへの申し訳なさは、言葉にならない。ただ、明日からは作業場から直接ピックアップし、長野あたりで積み替えてコールドチェーンに乗せる便が通ることになった。問題は、動いている。
伐採予定の栗の木、新芽が展開してきた。ワインのハウスでは株分けと移植をしたい。草刈りも防除もある。モチベーションは少し下がっている——一安心した、ということかもしれない。
五月の石のベンチに座って、千本近い花を前に録音している。アストランティアが一バケツ、アルケミラが四バケツ、セダムを少し。母の日前の最後の収穫が終わった。
今年はハウスを二月十四日から閉め始めた。例年より一ヶ月遅らせた判断は、今年の暖かな春に救われた。無加温のままで、母の日に間に合った。
GW中は、娘からもらった風邪をズビズビしながら、解熱剤を飲んで箱詰め作業を続けていた。妻と娘は昨日、五日ぶりに帰ってきた。じいじ・ばあばと過ごした娘の言葉の出力が、少し変わっていた。
今期から佐川クール便で関西・九州への出荷を始めたが、草花の蒸れが発生している。コールドチェーンの断絶と湿気の結露が原因ではないか、と仮説を持っている。答えはまだない。
圃場の端で、カエルの声が録れた。「ケケケケケ」というやつ。種はわからない。でも録れた。
花を育てて五年、初めて「母の日」という祭りに正面から飲み込まれた。
アルケミラとアストランティアとセダムを切り、夜まで箱に詰めながら、中島はふと思う。花が美しいとされているから花農家が成り立つのか、花農家がいるから花が美しくなるのか——答えは出ないまま、伝票を貼り、明朝の便に乗せる。
昨日銀行の金融担当者から電話があり、住宅ローンの審査が落ちた。節税が信用を食う。農家の帳簿はそういう構造をしている。
土壌診断を開けば、石灰は基準の四倍近く積み重なっていた。長年の習慣が土の底に堆積している——それは帳簿の話とどこか似ている。
「ゲロを吐きながらでも働く」という言葉が出てくる。父から受け継いだ体の話であり、信用の話であり、農業の話でもある。
焼酎を飲みながら、鼻を詰まらせながら、一人のリビングで録音する深夜。花は今夜、箱の中で眠っている。
先週行ったJAの支店の水槽が、ずっと引っかかっている。去年はグラミーもエビもいた水槽が、今は藻とシダと黒いプラティ一匹だけ。中島はそこに、地域農協というインフラが静かに変質していくメタファーを見た。ローン申請で訪ねた金融担当者もやつれていた。共同出荷は物流コストを下げてくれるが、価格決定権は渡したまま。自分たちで価値を出せる場所——直売、マルシェ、古物商のBASEショップ——を、もっと面白がりながら続けていかないといけない。澱んだ水槽にも、見えないエビはいたかもしれない。気分スコア2の朝、石のベンチに腰かけながらそんなことを考えた。
石のベンチは冷たかった。四月末の山は、まだそういう朝を持っている。出荷を終え、ハウスを開け、植えたばかりのラムズイヤーとエキナセアに水を引く。曇天の日の換気は加減が難しい。焼けさせず、しかし蒸らさない程度に。気分スコアは1。娘の鼻詰まりで夜眠れなかった。
けれど前の日の午後、その娘はプチ発表会のステージに立っていた。三歳から中学生まで、みんなが同じ振り付けで踊るのを特等席で見ながら、中島は農業に近い何かを感じていた。体格が違えば、重心が違う。筋肉の記憶のされ方が違う。その人にしか出ない動きが生まれる——品種の個体差と、ほとんど同じことだと思った。帰宅後は家族三人でレジェンドダンサーの動画を見て、夜はみんなで踊った。プリエの練習もした。
午前中はこれから、集落の電牧の補修作業に加わる。午後は体力次第で、株分けと種まきができれば。Kの畑の桜は散り終え、セダムの株間に花びらが積もっている。春が、一段落しようとしている。
四月の晴天は、しかし欺く。Kの石のベンチに腰を下ろした中島の背には、吾妻の風が容赦なく吹き付けていた。薄着のまま働き通した一日の末、体は冷えを芯まで受け取っていた。
今日は妻とふたりで路地に出た。ヘレニウムとフロックス——その根元に絡みつく草を、ひとつひとつ手でほぐすように取り除く作業。フロックスはかつて植えた場所に、誰に頼まれたわけでもなく根を張り直し、気がつけば株を増やしていた。土の記憶というものは、植えた人間よりも長く続く。掘り上げた株は、火曜か日曜に改めて植え付けてやるつもりだ。
午前中にはセダム(オータムジョイ)の防除も行った。昨年導入したタッチダウンチークの周囲にも草が伸び始めている。他の株と同じく、防草シートで挟んでやれば足元が落ち着くだろう。
路地を歩けば、アルケミラとアストランティアが盛んに花をつけていた。明日は収穫日になる。正直なところ少し憂鬱だと中島は言う——それでも、売れたときの喜びを思えば、腰はおのずと上がるのかもしれない。
明日の午前には、娘の習い事の発表会がある。ハウスを開けたらそちらへ向かい、午後から注文分・市場分の収穫にかかる。夜遅くまでかかりそうだ。発表会の先生には、今日畑で摘んだ花を持っていく。前処理に浸けておいたアルケミラとアストランティアを、帰宅した妻に託した。
四月の晴天は、しかし欺く——それでも、花は待たない。
桜が散り始めた4月の朝、Kフィールドの石のベンチに腰を下ろした中島は、今季はじめての出荷を終えた手のひらを眺めていた。アストランティア40本、アルケミラ100本。数字は乾いているが、その重さは確かに、今年という一年の口を開けていた。
このエピソードでは、初収穫の報告とともに、花屋を目指す若者との出会い、グリーンパルの総会で気づいた「農業5年目」という実感、そして新規就農者たちの現実について話す。土地も機械も流通も手探りのまま始まる苦労と、辞めていく農家の資源を次の世代へ引き継ぐ仕組みへの想い。師匠の福島さんが縮小を口にしていることも、その背景にある。
雨を避けてハウスに入り、ラムズイヤーのバラし植えに取りかかりながら、中島はセダムのことを考える。「在圃性が高い」——自分の気持ちが整った時に収穫できる作物。花が「今だ」と迫ってくるのではなく、こちらのペースで向き合える鈍さの中に、ここでの農業のリズムがある。研修生の頃にはわからなかったその感覚が、5年かけてようやく体に馴染んできた。
四月の晴れた日。Kのハウスの石のベンチに座ると、風が思ったより冷たかった。桜はもう散り始めている。
この日の中島は、灌水の確認をしながら、明日から始まるアルケミラとアストランティアの収穫に向けて気持ちを整えていた。花楽の里の寺田さんから「いかつくてデカくなる」と言われたジョーパイウィードの株をもらい、栗の木の下に植え付けた。
畑には数日前から広げたかった堆肥があった。昨晩から雨が降ってくれた。雨の直後は土がゴロゴロになる。乾きすぎてもパサパサになる。耕すベストなタイミングを、まだ体で知らない。明日にしよう、と決めた。
チョウジソウが顔を出し、アスチルベは遅霜にやられ、水場にはスマートな体つきの茶色いカエルがいた。午後には、Instagramで連絡をくれた花屋志望の人が農場に来る予定だった。
K圃場の石のベンチから録音している。山桜が満開で、四月の陽光は急に真夏の顔をしていた。今日は娘の五歳の誕生日で、夕方には義理の両親が訪れる。妻が家の中で掃除と料理の準備に追われているのを知りながら、中島は畑仕事を口実に外へ出てきた。農家の時間は、人の都合より先に動いている。
先週読んだカラスの本から、一つの仮説が浮かんでいる。ハシブトガラスは山にも都会にも棲む。山には人が少なく、木と野生動物だけがある。都会には人が多すぎて、誰も自分を気にとめない。どちらも「ひとりでいられる場所」という意味において、山と都会は似ているのかもしれない。
エキナセア(グアバアイス)をハウス一棟目に植え付け、灌水を入れた。そしてアルケミラが、今週あたりからいよいよ切り花として出荷できそうだ。冬の間ずっと待ち続けた、最初の一束。そわそわとした期待が、午後の暑気の中に混じっている。
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