ハナボウズの山ログ

ハナボウズの山ログ

By ハナボウズScienceNatural Sciences
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ハナボウズの山ログ episodes

  • 自己紹介より先に鳥の声

    市場と中卸の担当者が圃場を訪れた。車を降りた中卸の方が、自己紹介より先に言った言葉が「うわ、鳥の声がすごい!」。そこから中島のAI鳥図鑑トークが炸裂。ウグイス、ガビチョウ、晴れると突然鳴き始めるハルゼミ……圃場の四方を林に囲まれたエッジ環境が生み出す音響環境を、来客とともに楽しんだ。

    午後はアルケミラの掘り上げ作業へ。「もっと作ってほしい」と言われたばかりの花を、鋤で掘り起こし300株以上をコンテナへ。Yハウスに700〜800株、Kエリアに800株以上。6月中の定植完了を目指す。

    週末は中之条ガーデンズのマルシェ。目玉にしたかったアストランティア・ローマの路地ものは今年は不調で断念。ブルーベリーや草ものを中心に、あるもので臨む。

    Kの圃場は、湧き水と鳥声と花畑が交わる、尾瀬みたいな場所。今日の来客も、それを感じ取っていた。

    10 min
  • サワガニつかまえた

    六月の山は、汗と乾きの季節に入った。中島はKフィールドで防除と草刈りをこなした。思ったほど進まなかったが、ある程度は終えた。水筒一リットルでは午後の管理作業が持たず、妻が置いていった分まで飲み干した。喉がひりつく。地面は濡れているのに、自分は乾いていた。

    雨上がりの翌日、山道にサワガニが出る。それを知っていた中島は、軽トラ移動中にオス一匹、メス一匹を捕まえた。娘に頼まれていたのを思い出して。バケツに水を張り、荷台に積んだ。帰ったら虫かごへ入れて、飼い方を調べてみる。

    草は今のうちに取っておかないと、八月にとんでもないことになる。わかっていながら毎年負けてきた。今日は三メートル分、二十株ほど手を入れた。小さな仕事だが、積み重ねれば違う。収穫日と収穫日のあいだの管理日は、体力と判断力の消耗戦だ。

    喉カラカラで山を下りる。明日は直送・注文・市場分の切り出し、少しの草刈り。次回からは水筒を多めに用意する。今日の反省はそれだけ。帰ったら娘とサワガニを眺める時間がある。山は暑く、乾いていて、しかしカニがいた。

    8 min
  • 自己洗農

    六月八日の朝、中島は雨の降り始めたK圃場の石のベンチに腰を下ろしながら山ログを録った。昨日は落ち込んで早めに切り上げ、娘の寝かしつけごっこに付き合ううちに眠ってしまった。目が覚めると体の上にビーチボールとトランシーバーと折りたたまれた布団が積まれていた。その無言の置き土産が効いて、気分は三まで戻っていた。


    丁字草を切りながら、中島は農業を「仕事」と捉えることの重さを考え直した。ベランダ園芸の延長でいい、楽しいからやっている。そう決めると何かが緩んだ。娘が平仮名を書いたりおもちゃのお金で遊んだりする姿を見て、遊びの真剣さというものが腑に落ちた。吹っ切れた、と言いたいところを自己洗脳と言い直す。いや、自己洗農か。


    午後には、Instagramで知り合った移住者の花農家が作業場に来る予定だった。嬉しいとは思う。ただ、予定が一つ入るだけで体がどこかピリつく。お金の交換を伴う注文は素直に喜べるのに、人と会う約束はなぜか重さが違う。そのことも正直に録音に吹き込んだ。


    明日は草刈りと防除。ハウスへの植え付けが一段落し、路地フェーズへ移る前の足固めだ。石のベンチはすでに濡れていて、腰を下ろした中島はケツを濡らした。それでもログは続く。雨の六合地区から、お届けしました。

    8 min
  • なんで農家やってんのかな

    暮坂峠の作業場、梅雨の端に位置する六月の午後、中島は軽トラの荷台に腰かけ、風に吹かれながらマイクに向かっていた。晴れてはいるが冷たい空気が肌を刺し、パーカー一枚では少し寒い。収穫はいつもより少なく、注文分と市場分を調整し、バケツを洗い、伝票を書き終えてようやく一息ついた午後四時——その静けさの中で、ずっと昨夜から胸の奥でくすぶっていた問いが浮かんできた。「なんで農家やってんのか」。

    都内のベランダで鉢を並べていたころの話を、中島はゆっくりと手繰り寄せる。植木市で苗を買い、枯らしてはまた育て、花が咲けばひとり喜んでいたあの日々。植物はただ面白く、楽しかった。ところが今は、その命を刈り取ってお金に換えることを生業にしている。新品種を試すことは今も楽しい。けれど出荷し、換金し、利益率を計算するあたりで何かが重くなる。農業の過酷さを、彼は言葉を探しながら、しかし誰かに告げるでもなく、虫の鳴き声のようにログに放り込んでいく。

    それでも、と中島は続ける。マルシェでお客さんに「綺麗」と言ってもらえる瞬間のこと。個人の花屋数軒と箱を送り合い、意見を交わしながら、山で拾った枝を一本混ぜてみる楽しさのこと。このモヤモヤは妻には話せない——正論で返ってくるのが目に見えているから。同じように土地も資産もなしに花農家を始めた先輩に、ぶつけてみようと思っている。就農初年度、売上九十四万円で「辞めよう」と思っていたことも、今日また思い出した。

    来週末のマルシェに向けて、セダム・オータムジョイのステッカーを作った。緑とピンクの間、一割二割だけ花開いたあの色が好きで、それをスマホにも貼っている。売れたら嬉しいし、売れなければ布教物にすればいい——どちらに転んでも構わないと、中島は少し笑う。仕事は終わった。今日は娘と畳の部屋でゴロゴロしながら本でも読もう。メンテナンスも大事だ、と彼はひとりごちて、録音を止めた。

    12 min
  • 妻のタンブラーとカフェインの午後

    水曜の午後四時半、台風が上陸した日。午前の大雨が嘘のように晴れた空の下、中島は切り日の休憩を軽トラの荷台で過ごしている。気分は二。やるべきことを数えると気が滅入るので、かわりに今日あってよかったことを思い返す。昼に家へ戻り、食器棚に眠っていた妻のタンブラーへあたたかいコーヒーを注いで持ってきた。アトリエの山の中、それを飲みながら岡恒の赤白の鋏で出荷前の調整をする。カフェインのおかげで、もう少し頑張れる気がする。

    荷台から見上げれば、昭和の初めに当時の地主が植えたメタセコイアの大木。葉はみな空の一方向へ伸びている。かつては荷台に立って高枝鋏で切り、切り枝として売っていた。水揚げも日持ちもよいのだが、届く範囲はもう乏しい。空き家にある伸ばせる梯子を使えば、また枝を落とせるかもしれない。問題は値づけだ。命がけで採るのだから、その分を価格に乗せ、売れたら切る——そういう順序にしようと考える。

    来週末は中之条ガーデンズのイベント。告知文も支度もこれからだ。昨日は妻とアルケミラをYハウスへ掘り上げ、雨に備えて簡素な雨除けをかけた。以前しっかり作ったときは強風で支柱ごと飛んでいった。近くには人の住む家も車もある。だから今度は、飛ばされたら飛ばされたでいい、運がよければ雨を防げる程度に。ノーガード戦法である。今のところ、まだ持ちこたえている。

    このあとはセダムの切り取りと直送便の調整・選別。花が萎れる前に、涼しい作業場へ運んでやらねばならない。ではまた。

    10 min
  • 花火と古傷と生物音響学

    石のベンチに腰を下ろす。晴れた空の下、ハウスの中は蒸し暑く、セダムやジャーマンカモミール、センダイハギ、イガグリスゲを刈り取り、本数の足りない品目を組み合わせて一箱に収める算段を立てる。農の現場では、足し算と引き算が静かに繰り返されている。

    土曜日は岩崎さんの農場でバーベキュー。戸高くんと炭火を囲んだが、オーストラリアンキャットルドッグが吠えながら駆け寄るたびに左肩の古傷が疼いた——かつてチャウチャウに噛まれ、ERへ運ばれたあの夜の記憶が。距離を保ちながら肉を食い、酒を飲んだ。誰も怪我がなかったことが、何よりのごちそうだった。

    日曜夜は戸高くん家で座談会。その後、ポッドキャスト収録という名目のおじさん会——「しょうがない」を言い訳に作業部屋へ籠もれる、それがまた良い。

    そして最近新しい遊びを見つけた。ステレオマイクで収めた音声を生物音響学的に解析してみると、シュレーゲルアオガエルやガビチョウの声が、静かに音の中に隠れていた。姿は見えなくても、声は届いている。畑の奥の森に、まだ知らない世界がある。マイクはそれを、ただ静かに記録していた。

    11 min
  • コロコロ変わる方針

    五月二十六日、九時二十四分。空の九割を雲が覆い、雨上がりの温みだけが残る朝。出荷の箱詰めを終えて、切り終えたばかりのアルケミラのハウスへ。乾いた土にかん水をして、石のベンチに腰を下ろす。気分は、五段階のうち三。

    露地でいちばん美しいのは、いまはチョウジソウ。球根の花たちが去ったあと、咲き進みの遅い青を拾うように昨日百本を切った。少し遅いかと思いながら、今日それを出荷してみる。寺田さんから譲り受けたオニスゲは、畑の山側に置いておいたら思いがけず花を付けてくれた。Yのハウスでは、二週間前に播いたキキョウの種がちらほらと顔を出しはじめている。

    けれど朝の声が何度も立ち戻るのは、やはり草のことだ。四月にはあれほど整っていた畑が、雨と温みに乗じて一変する。草と戦うのではなく、作物がぎりぎり切れるところまで草を抑える——勝つことではなく、均衡を保つこと。

    方針は今日もまた揺れる。アストランティアは一気に咲いて手が回らないから、Yの四分の一をアルケミラに変えようか。コロコロ変わる、と笑いながら、そのつど手と市場を見て決めていく。五年目の畑の、これが正直なところなのだろう。


    ・カッコウ……出だしから語りの合間にかけて、二音節のさえずりが遠くからクリアに。五月に飛来する夏鳥で、この標高・この季節にちょうど活発になる。

    ・ウグイス……中盤から後半、少し離れた山林からホーホケキョと、谷渡りの鋭い声。繁殖の最盛期にあたる。

    ・シジュウカラなどのカラ類……ツツピー、チッチッという高い声が、ハウスのすぐ近くから間欠的に。営巣・育雛期で、親鳥が餌を探して農地まで来ている。

    8 min
  • 敵ではないという表明

    雨から曇りへと移ろった暮れ方、橋を渡って花の部会へと向かう。こうした会の前には決まって憂鬱が訪れる。裁判にかけられるわけでも、検察に詰められるわけでもないのに——それでも歩を進めるのは、この部会に身を置くこと自体が、自分は敵ではない、ここにいる、という地域への小さな表明だからだ。

    橋の上から屋根が見える。平成末に建てられた自宅と、それより古い昭和築の隣家。錆びはじめた自分のトタンを眺めながら、家の年輪を読む数分間。

    午後までの一日は土と向き合っていた。母の日に活躍したアストランティア・ローマの株分けと植え付け、Y圃場の八分の一ほどまでの定植、ハウスへのアマランサスの播種。そして作業の途中、枝変わりかこぼれ種か、大ぶりの白花に緑の縁を持つアストランティアが数株。「グリーンヘイロー」という仮の名を与えて掘り上げる。緑の縁と、太陽のコロナのように滲む光輪。三株出たならば固定種かもしれない——名づけは観察の始まりであって、結論ではない。

    昼に手繰ったののやの蕎麦は、舞茸天のひとつがこしあぶらに替わっていた。一皿のなかで、山の季節が静かに差し替わっていく。


    ​カジカガエル(河鹿蛙)の美しいコーラス 背景で「コロコロコロ…」と優しく響く細かな振動音。正体は、清流を好むカジカガエルたちの歌声です。5月に繁殖の最盛期を迎える彼らは、川の流れる音にかき消されないよう、通りの良い高周波の美声で鳴き交わします。


    ​夕暮れの鳥たちの気配 川の音を突き抜けるように時折聞こえる「ピピッ」「チッチッ」という短い声。橋脚や河川敷を縄張りにするセキレイ類やツバメたちが、巣に戻る前に交わす一瞬のコミュニケーションかもしれません。


    ​川の轟音という自然のノイズの中で、かき消されまいと独自の周波数で声を届かせようとする生き物たちの「音の住み分け(ニッチ)」。


    ​初夏の心地よい夜風と、移り変わる山の季節を、耳から感じてみてください。



    9 min
  • 出荷を待つ花たちの前で

    母の日が過ぎた集荷場には、息継ぎのような静けさが流れている。クリスマスローズ、チョウジソウ、アストランティア、アルケミラ……並ぶ箱の名から、誰かの一週間の手の動きが浮かぶ。だがセダムを出している人は、まだいない。同じ場所に同じ季節が来ても、人それぞれに別の時間が流れているのだと、中島は思う。

    住宅に戻れば、玄関先に娘の鉢。一年前に「これがいい」と娘が選んだエキナセア「ブルーベリーチーズケーキ」だ。しおれかけると、つい水をやってしまう。世話をやめれば命が消えるという経験を、小さな鉢のなかでさせてあげるべきだったのかもしれない——と一瞬よぎる。けれど中島は決める。幼いころ虫かごのなかで殺してしまった虫たちの業を、いまこの鉢に水をやることで少しずつ返しているのだ、そう思っておこう。償いはいつも、思いがけないところで姿を変えて現れる。

    来週末のバーベキュー、二日酔いの体、集荷場で交わした言葉、そしてなぜか立ち上がってくる古い犬の記憶。五月の晴れた日、Yハウスへ向かう前の、午前中の独白。

    9 min
  • 今年も帽子を忘れた

    K圃場の石のベンチに腰を下ろしながら、中島は今年最初の草刈りを終えた余韻の中で録音を始める。例年なら6月を待って刃を入れる斜面が、今年は暖かさに背中を押されて早々と草を伸ばしていた。刈払機(ビーバー)を手に、作物周り・歩道・軽トラ通路をなんとか確保したものの、前掛けを忘れてきた。作業服に積もった草の粉は、準備とはいつも後から気づくものだということを、静かに証明している。

    露地ではチョウジソウが咲き、カマシアを市場に送り出した。チョウジソウは去年切りすぎたせいか丈が伸びず、今年は花ではなく葉の紅葉を狙うことにした。目標を変えることは敗北ではなく、植物との交渉の結果だ。Kハウス1棟目に植え付けたエキナセアは風と陽気に乾かされ、灌水しながら草刈りを続ける。凍み上がりから息を吹き返したジャーマンカモミールには、近いうちアブラムシ対策を施す予定だ。Yハウスには防草システムを四分の一ほど敷き、アンモビウムを直蒔きし、残りにはアマランサスを入れる構想が続く。

    保育参観で中島は一人で出かけた金曜日、中之条町のメディアコントロールチャレンジに関わる脳科学の先生の講演を聴き、その後は園庭での子どもたちの時間を見守った。娘が同じクラスの子とモグラ叩きゲームの順番を争う場面があった。相手が「じゃんけんで決めよう」と言うと、娘は「にらめっこで決めたい」と言い返した。相手の土俵に乗ることを、こんなに幼くして拒む。帰宅してから妻と笑った。遺伝子のせいかもしれない、と中島は少し誇らしそうに、少し申し訳なさそうに言う。

    そして坊主頭に日差しが刺さった。去年も同じ目に遭って、先生から手ぬぐいを借りた記憶がある。それでも帽子を忘れてきた。刈払機の前掛けも忘れてきた。人は成長しないものだ、と中島は笑う。成長しないことを、こうして記録に残す。

    9 min

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​群馬県中之条町、標高1000mの山の中ハーブや宿根草を育てる「ハナボウズ」園主(中島)が、日々の農作業の合間に、山の音と言葉を記録しています。