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あなたのしようとする事を主に委ねよ、そうすればあなたの計画は揺るがない 箴言16:3
先週話した「神の国とその義をまず第一に求めなさい、そうすればそれら全てのものは与えられる」マタイ6:33に関連する話をします。
情報がある時代、情報が氾濫する時代、そもそも情報は人を助けるために存在しているのに、それが多過ぎると、それがあなたを圧倒し、弱気にさせ、あなたを負け犬にしてしまうのです。
だからそれらの情報に優る神様の手に委ねる所から、全てスタートすると良いという事です。なぜなら、神様は全ての事を働かせて、私たちの益として下さるからです。
神を愛する人々、すなわち神の御心によって召された人々のためには、神が全ての事を働かせて益として下さる事を私たちは知っています。ローマ8:28
先の見えない時代、混乱極まる日々ですが、それでも生きていかなくてはいけません。それで何をすればいいのか、何を信じれば良いのか、何も信じるものが無いという人は、本当に大変です。
しかし、聖書の言葉を信じるなら、このような素晴らしい約束があるので、心強いのです。
2024年を確かな歩みとするために必要な4つの事
カール・ヒルティの「幸福論」第3巻から、以下のみことばを通して紹介します。
マタイ6:33
「神の国とその義をまず第一に求めなさい、そうすればそれらのものは全て与えられる」
マタイ11:28
「全て疲れた人、重荷を負っている者は私のところに来なさい、私が休ませてあげよう」
ヨハネ7:17
「誰でも神の御心を行おうと願うなら、その人には、この教えが神から出たものか、私が自分から語っているのかがわかります」
ヨハネ6:35
「私が命のパンです。私に来る者は決して飢えることがなく、私を信じるものは決して乾くことがありません」
37
「父が私にお与えになる者は皆、私のところにきます。そして私のところに来るものを、私は決して捨てません」
2024年を有意義な一年とするために、また揺るぎなき心の平和を得るために、僕からのお勧めは祈りであります。
ただし、祈ると言っても闇雲に、誰だか分からない対象に、願いをかけろと言うのではありません。
誰に祈るのか、それをよく知る事は重要だと思います。
なぜなら、祈りとはコミュニケーションであり、神様との会話なのですから。
つまり祈りとは一方通行の、困った時の神頼み、ひたすら念じる、と言うものではなく、人格を持つ神様との交わりなのです。
となると、そもそも神様ってどんな方?と言う事を知らないと、良くないというか、知る事でより個人的な、人格と人格の関係に入りやすくなります。
今年の目標
いつも喜んでいなさい
絶えず祈りなさい
全ての事について感謝しなさい
第一テサロニケ5:16〜18
この3つの命令のポイントは「神様と繋がっている事」です。
逆境にあっても、主を喜ぶ事、それにはまず神様と繋がっている事が大切で、常に親しい交わりを持つという事になります。
それは即ち次の言葉である、絶えず祈りなさいに繋がります。
神様と繋がり、自分が愛された者であるというアイデンティティを自覚し、そこから来る喜びに力を得たなら、誰かのために祈るだけの資格というか、状態、条件が確立されます。
やはり心の状態が良くないと、被災者や愛する人のために祈ると言っても、あるいは自分自身のために祈ると言っても、神様への信頼が純粋ではなくなります。どこか曇った感じがするものです。
祈ると言っても、それはただ願う祈りだけではありません。
神様に語りかけるのも祈りですし、語りかけを黙って待つのも祈りです。
そして感謝や賛美する事も祈りのうちです。「全ての事について感謝しなさい」これは全てですので難しいです。
悪い事が起きても感謝して、神様の前に立ち、それがいつどのような形で感謝に変わるか分からないけれど、いつか必ずこの悪い事が感謝に変わっているのだ、とそれを信じ確信して、先取りして感謝してしまうのです。
これは普通の信仰では出来ません。チャレンジですが、現実だけに自分が縛られない視野を持つ事が信仰なのです。
良い時に感謝するのは簡単ですが、悪い時にも感謝する、全ての事に感謝する、それも結局は神様と繋がって初めて出来る事です。
ですので、何はともあれ、心をいつも神様に向けて、繋がっている状態でいるように心がけます。
ほとんどの人が今、スマホを手にしていないと、何か落ち着かない、ネットに自分の脳がプラグインされてないと、変な感じだという状態です。
スマホでそれをしている事を、それを神様に置き換えるだけではないでしょうか。
スマホは体や脳に害を与える事が分かっています。
それをやめる事が全人類のテーマとなりつつあります。
そして本来繋がるべき神様と、より遠く引き離されているのです。
去年、僕はかなりスマホの時間を減らす事が出来ました。そして神様との時間を増やす事が出来ました。その結果、心の平安と喜びを増す事が出来ました。
それで今年はただ神様と過ごすというよりは、いつも喜んで、絶えず祈り、全ての事について感謝する、という事を念頭に過ごして行こうと思った次第です。
あなたはどんな目標を立てましたか?
こういった霊的な目標を立てていないとしたら、よかったら今日紹介したみことばを一緒に目標に過ごしてみてはいかがですか?
メリークリスマス
元々クリスマスは、イエス様の降誕を祝う日として、20世紀の半ばまで続いて来ました。
でも、どうやらこれもシオニスト達というか、ユダヤ人の作曲家達によって、雪やプレゼント、ホリデーを祝う歌に宣伝されていったようです。
今我々が普通に耳にする美しいクリスマスソングの多くは、キリストの降誕とは何の関係もない事が分かります。
だからそれらの歌を聞いて、家族や恋人がいない、自分は寂しい…と思うのならば、残念ながら悪者の陰謀によって、実に関係のない寂しさを味わわさせられているという事になります。
だから、そんな馬鹿げたものに便乗する事はありません。
クリスマスは、神様の愛にフォーカスすべき日なのです。
クリスマスは良いもの、素晴らしい神様からのプレゼント、クリスマスは喜びのシーズンであり、素晴らしいものです。神様の愛が表されたからです。
しかし良いものがもたらされるためには、マリアはとても沢山の苦しみを通らなければなりませんでした。
イエス様の復活まで、その苦労が報われる事はありませんでした。
今年もクリスマスの季節がやって来ました。
クリスマスについては、毎年話しているので、もういいよというかもしれません。
でも最近リスナーになった方のために話す必要があると思うので、しつこいかも知れませんが、語りたいと思います。
まず、クリスマスとは一体何の日か?
イエス様の誕生を祝う日です。
つまり12月25日が誕生日というわけではありません。
そもそもはローマの太陽神の誕生日であり、それは冬至と関係があります。
毎年この時期に最も日が短くなり、冬至を境にまた日が長くなっていきます。
それに合わせ、太陽神の誕生日としたわけです。
ローマではこの日が最も盛大な祝日でした。
それをイエス様に置き換えたというわけです。
ですのでクリスチャンの中でも、これは異教の祭りだったからといって、クリスマスを祝わない人もいます。
(詩編34:18)
「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ,たましいの砕かれた者を救われる。」
むしろ、問題や困難は、その中で神様を見出すための機会となるのです。見出すというより、もっと言えば、体験するという感じです。
僕の場合、去年の夏あたりから、コロナになったり、娘が事故に遭ったり、その他義理の母が災害に遭ったり、自分の周りで色んな事が立て続けに起こり、一体、どうなってしまったのか?と心配になるほどでした。
しかし、その度に、神様のもとに引き寄せられ、より長く、より濃く、神様と交わるように導かれました。それにより、まだ色んな課題は残ってはいるものの、素晴らしい幸福感に満たされ、日々を過ごせています。
神様に感謝を捧げるという事は、健全な関係であるために、必要な事です。
そして我々自身も感謝する事で、幸せな気分に満ち溢れます。
SNSの物欲、名誉欲などに塗れた時代にあって、多くの人が人との比較や嫉妬で苦しむ現実を見て、そこから離れ、神様と繋がり、感謝し、深い幸福感に満たされながら暮らす事ができるのです。
是非、祈りの中で常に感謝を加えましょう。
祈りの習慣をつけましょう。最初は何かのきっかけだけでいいです。とにかく、神様の前に出るという時間を作りましょう。それは何かのルーティンとして組み込むべきです。気が向いた時ではなく、決まった時に、祈るようにしましょう。
そういうと、まるで心がこもっていないように思うでしょう。僕も最初はそう思いました。
毎日やっていると、時には機械的になっていたり、心が伴っていなかったり、そういう時は確かにあります。
しかし、毎日やっていて、心が伴う場合と、たまに気が向いた時に心を込めて祈る場合と、その頻度を比較すると、圧倒的に前者の方が多いのです。
これは祈りでなくても、なんでも同じです。筋トレ、ギターの練習、なんでも同じです。感情が伴うか否かは、やる回数に比例します。
それより大切なのは、神様を敬うという決意、神様を求めて生きるのだという決意だと思います。
習慣はその決意と、敬意の表れだと思うのです。
とにかく、自分が一人になれる場所を見つけたら、祈るという習慣をつけると良いです。
僕の場合は、前から言ってますが、風呂、トイレ、通勤、散歩などです。
こういう習慣がついていると、いざ問題が起きた時に、無理なく、何の気兼ねもなく、神様に近づく事ができます。
何も祈っていなくて、困った時の神頼みという関係ではないのです。
そうあるべきだと思いませんか?
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