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神様とつながるにはどうすれば良いか?
それはイエス様の死と蘇りを信じ受け入れる事です。
逆説的ですが、命を受けるには、イエス様が自分の代わりに神様から分離されて下さった事を信じなくてはいけないのです。
神様とつながるために、神のひとりごが身代わりに死んで、神様から見放されて下さった…
それを受け入れた瞬間に、今まで神様と分離されていた自分が分離されるのです。
つまり古い自分が死んで葬られるという事です。
そしてキリストの蘇りを受け入れた瞬間に、新しい永遠の命を受けるのです。
つまり命の根源である、神様に接続された、永遠の命に繋がったという事です。
分離していた自分は分離し、つまり死んで、イエス様の復活と共に、新しい命として復活したのです。
聖書は「恐れるな」と教えています。
聖書の中に、恐れるなという言葉は365回出てくるそうです。
実際に数えた事がないので知りませんが、それだけ神様は私たちに同じメッセージを送っておられるのです。
逆を言えば、365回、つまり1年毎日「恐れるなよ」と神様が言わなければならないくらい、我々は恐れやすい存在なのかも知れません。
ただ、聖書は、それこそ戦争で殺される、死の恐怖と隣り合わせという状況で、書かれています。
そして単に恐れるな、と言っているだけではありません。
恐れるな、私が共にいると言ってます。
また、体を殺せても、魂を殺せない人間を恐れるなとイエス様は言いました。
毎日、恐れるな、私が共にいる、という言葉を反芻し、脳に刷り込むなら素晴らしいです。
黙示録には、これまで虐殺された殉教者たちの叫びが描かれています。
彼らが神様に訴えて、いつまで裁きを下さらずにおられるのですかと。
もう少しで、殉教者の数が満ちる、その時まで神様は忍耐されるとあります。
神様は必ず、正しい裁きを地上に下されます。
かつて神様を無視し、傲慢に人を虐げた悪者たちに下されたようにです。
聖書は必ずその日が来ると約束しています。
そしてこれまで、預言は成就してきました。
イスラエルに対する預言の多くは成就しました。
終わりに日に向かい、これからも成就していくでしょう。
旧約聖書の最後の書物のマラキ書を最近読んでいます。
そこに神を恐れるものたちの会話が記憶の書に記された事が書かれています。
我々がどんな告白をするのか、どんな言葉を発するのか、それによって運命が大きく変わります。
心に満ちている事が言葉となって、出てくると聖書は教えています。
第2コリント4:16
ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。
17 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。
18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。
神様はあなたを愛してます。神様を信じる人は、日々新たにされていると聖書は教えています。我々の肉体は衰え、老けて行くのですが、うちなる人、真のあなたは逆にますます若返るというのです。何と希望に満ちた言葉でしょうか。
真実を語り、のけものにされたり、馬鹿にされたり、陰謀論者扱いされたり、解雇されたり…色々ありますが、軽い患難は永遠の天国での重い栄光をもたらすと書かれています。
素晴らしくポジティブな言葉です。この神様を信じてみませんか?
箴言の29:25〜26のみことばです。
人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。
支配者の顔色をうかがう者は多い。しかし人をさばくのは主である。
ティム・バラードやジム・カヴィーゼルをはじめ、その他大勢の支配者と戦う人達の多くは神様を信じています。
それは単純に「神の存在を信じている」という程度のものではありません。日本人が「神を信じる」という時は、大抵それを意味すると思いますが。
彼らが神を信じるというのは、「神は良い方であり、善なる方、正義なる方、創造主であり、愛なる方」だという意味です。
そして信じるという事の究極は、神のために命を捨てる覚悟があるという事です。なぜなら、「命を捨てる者は、それを得る」と書かれているからです。また「この地上の全てのものは過ぎ去り、消え去る」とも書かれています。天国こそが永遠の住処であると。地上の80年は訓練に過ぎません。
神様を信じて、神様に従い、悪魔に従わず、この地上の生活を終える事が大切です。今、確認できる事は、将来支配層は666を強制するという事です。もうそれは分かりきった事です。
それを阻止するかどうかよりも、神様も悪魔もリアルである事を認め、自分はどちらの側に立つものなのか、そして神様に従うと決心する事です。そうすれば、全てが変わります。
いつもポッドキャストを聴いてくださる方、本当にありがとうございます。
実は妻の実家が先日の秋田市の大雨で、家も車の失ってしまいました。一人で住んでおり、80歳で避難所暮らしですので、手伝いに行って来ます。この録音がアップされる頃はせっせとゴミ処理のために頑張っているところです。
皆さんに神様の守りと祝福がありますように。
今日は僕の話を紹介します。
白い衣を着た人は現れませんが、必要な時に神様は人を通して、働いて下さいます。
先週、秋田市の豪雨で壊滅的な被害がありました。
実は義理の母が、まさにその中にいました。
彼女は一人で家に住んでおり、太平川の決壊を知りませんでした。
僕と妻は普段テレビは観ませんし、今はTwitterも土日はなるべく控えようとしているので、全然知るよしもありませんでした。
それに土曜の午後は、結構忙しく、外に出ている事が多いのです。
そんな中、妹からラインで「お母さん大丈夫?」とメッセージが来ました。
調べてみると、まさに家の近くの川が氾濫しており、急いで妻が電話してみると、それで気づいたらしく、見に行ってみると既に玄関まで水が来ていたそうです。
我々は暗黒の真実を漁り、こんな事が起きている、と拡散しています。
しかし、知れば知るほど、悪は底なしであり、次から次へとエンドレスに多岐にわたって、もう疲れ果ててしまいます。
我々は良いニュースにも目を向けるべきで、力と励ましを受けるべきです。
そしてイエス様と出会い、暗黒の虐待と洗脳から救出され、新しい人生を歩む人たちから私たちも学ぶことが出来ます。
彼女達にして下さったように、私たちの闇にも、必ずイエス様は訪れて下さるという事です。
我々の中にも、誰の中にも、人に言えない闇があります。
そこにイエス様は来て、愛していますよ、と言って下さるのです。
あなたはその呼びかけに、どう応答しますか?
聖書は狭い門から入りなさい、滅びに至る門は広く、そこから入るものが多いと言います。
聖書には、あなたの前に祝福と呪い、命と死を置く、あなたは命を選びなさい、と神様は教えています。
我々の目の前には、命と死が常に置かれています。
そして神様は命を選ぶなさい、とはっきり言っています。
クリスチャンに日本人のルーツについて尋ねても、あまり期待しない方がいいと思います。この話題に無関心な人が多いからです。それに関する日本のクリスチャンのタイプと、僕の考え方と立場をシェアします。
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