朗読少年

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朗読少年 episodes

  • 宮沢賢治 月夜のけだもの
    十日の月が西の煉瓦塀れんぐわべいにかくれるまで、もう一時間しかありませんでした。
     その青じろい月の明りを浴びて、獅子ししは檻をりのなかをのそのそあるいて居をりましたが、ほかのけだものどもは、頭をまげて前あしにのせたり、横にごろっとねころんだりしづかに睡ねむってゐました。夜中まで檻の中をうろうろうろうろしてゐた狐きつねさへ、をかしな顔をしてねむってゐるやうでした。
     わたくしは獅子の檻のところに戻って来て前のベンチにこしかけました。
     するとそこらがぼうっとけむりのやうになってわたくしもそのけむりだか月のあかりだかわからなくなってしまひました。
     いつのまにか獅子が立派な黒いフロックコートを着て、肩を張って立って
    「もうよからうな。」と云いひました。
     すると奥さんの獅子が太い金頭のステッキを恭しく渡しました。獅子はだまって受けとって脇わきにはさんでのそりのそりとこんどは自分が見まはりに出ました。そこらは水のころころ流れる夜の野原です。
     ひのき林のへりで獅子は立ちどまりました。向ふから白いものが大へん急いでこっちへ走って来るのです。
     獅子はめがねを直してきっとそれを見なほしました。それは白熊しろくまでした。非常にあわててやって来ます。獅子が頭を一つ振って道にステッキをつき出して云ひました。
    「どうしたのだ。ひどく急いでゐるではないか。」
     白熊がびっくりして立ちどまりました。その月に向いた方のからだはぼうっと燐りんのやうに黄いろにまた青じろくひかりました。
    「はい。大王さまでございますか。結構なお晩でございます。」
    「どこへ行くのだ。」
    「少し尋ねる者がございまして。」
    「誰たれだ。」
    「向ふの名前をつい忘れまして、」
    「どんなやつだ。」
    「灰色のざらざらした者ではございますが、眼めは小さくていつも笑ってゐるやう。頭には聖人のやうな立派な瘤こぶが三つございます。」
    「ははあ、その代り少しからだが大き過ぎるのだらう。」
    「はい。しかしごくおとなしうございます。」
    「所がそいつの鼻ときたらひどいもんだ。全体何の罰であんなに延びたんだらう。おまけにさきをくるっと曲げると、まるでおれのステッキの柄のやうになる。」
    「はい。それは全く仰おほせの通りでございます。耳や足さきなんかはがさがさして少し汚なうございます。」
    「さうだ。汚いとも。耳はボロボロの麻のはんけち或あるいは焼いたするめのやうだ。足さきなどはことに見られたものでない。まるで乾いた牛の糞くそだ。」
    「いや、さう仰おっしゃってはあんまりでございます。それでお名前を何と云はれましたでございませうか。」
    「象だ。」
    「いまはどちらにおいででございませうか。」
    「俺おれは象の弟子でもなければ貴様の小使ひでもないぞ。」
    「はい、失礼をいたしました。それではこれでご免を蒙かうむります。」
    「行け行け。」白熊しろくまは頭を掻かきながら一生懸命向ふへ走って行きました。象はいまごろどこかで赤い蛇じゃの目の傘かさをひろげてゐる筈はずだがとわたくしは思ひました。
     ところが獅子ししは白熊のあとをじっと見送って呟つぶやきました。
    「白熊め、象の弟子にならうといふんだな。頭の上の方がひらたくていゝ弟子になるだらうよ。」そして又のそのそと歩き出しました。
     月の青いけむりのなかに樹きのかげがたくさん棒のやうになって落ちました。
     そのまっくろな林のなかから狐きつねが赤縞あかじまの運動ズボンをはいて飛び出して来ていきなり獅子の前をかけぬけようとしました。獅子は叫びました。
    「待て。」
     狐は電気をかけられたやうにブルルッとふるへてからだ中から赤や青の火花をそこら中へぱちぱち散らしてはげしく五六遍まはってとまりました。なぜか口が横の方に引きつってゐて意地悪さうに見えます。
     獅子が落ちついてうで組みをして云ひました。
    「きさまはまだ悪いことをやめないな。この前首すぢの毛をみんな抜かれたのをもう忘れたのか。」
     狐がガタガタ顫ふるへながら云ひました。
    「だ、大王様。わ、わたくしは、い今はもうしゃう正直でございます。」歯がカチカチ云ふたびに青い火花はそこらへちらばりました。
    「火花を出すな。銅臭くていかん。こら。偽うそをつくなよ。今どこへ行くつもりだったのだ。」
     狐は少し落ちつきました。
    「マラソンの練習でございます。」
    「ほんたうだらうな。鶏を盗みに行く所ではなからうな。」
    「いえ。たしかにマラソンの方でございます。」
     獅子は叫びました。
    「それは偽うそだ。それに第一おまへらにマラソンなどは要らん。そんなことをしてゐるからいつまでも立派にならんのだ。いま何を仕事にしてゐる。」
    「百姓でございます。それからマラソンの方と両方でございます。」
    「偽だ。百姓なら何を作ってゐる。」
    「粟あはと稗ひゑ、粟と稗でございます。それから大豆まめでございます。それからキャべヂでございます。」
    「お前は粟を食べるのか。」
    「それはたべません」
    「何にするのだ。」
    「鶏にやります。」
    「鶏が粟をほしいと云ふのか。」
    「それはよくさう申します。」
    「偽だ。お前は偽ばっかり云ってゐる。おれの方にはあちこちからたくさん訴が来てゐる。今日はお前のせなかの毛をみんなむしらせるからさう思へ。」
     狐きつねはすっかりしょげて首を垂れてしまひました。
    「これで改心しなければこの次は一ぺんに引き裂いてしまふぞ。ガアッ。」
     獅子ししは大きく口を開いて一つどなりました。
     狐はすっかりきもがつぶれてしまってたゞ呆あきれたやうに獅子の咽喉のどの鈴の桃いろに光るのを見てゐます。
     その時林のへりの藪やぶがカサカサ云ひました。獅子がむっと口を閉ぢてまた云ひました。
    「誰たれだ。そこに居るのは。こゝへ出て来い。」
     藪の中はしんとしてしまひました。
     獅子はしばらく鼻をひくひくさせて又云ひました。
    「狸たぬき、狸。こら。かくれてもだめだぞ。出ろ。陰険なやつだ。」
     狸が藪からこそこそ這はひ出して黙って獅子の前に立ちました。
    「こら狸。お前は立ち聴きをしてゐたな。」
     狸は目をこすって答へました。
    「さうかな。」
     そこで獅子は怒ってしまひました。
    「さうかなだって。ずるめ、貴様はいつでもさうだ。はりつけにするぞ。はりつけにしてしまふぞ。」
     狸はやはり目をこすりながら
    「さうかな。」と云ってゐます。狐はきょろきょろその顔を盗み見ました。獅子も少し呆れて云ひました。
    「殺されてもいゝのか。呑気のんきなやつだ。お前は今立ち聴きしてゐたらう。」
    「いゝや、おらは寝てゐた。」
    「寝てゐたって。最初から寝てゐたのか。」
    「寝てゐた。そして俄にはかに耳もとでガアッと云ふ声がするからびっくりして眼を醒さましたのだ。」
    「あゝさうか。よく判わかった。お前は無罪だ。あとでご馳走ちそうに呼んでやらう。」
     狐きつねが口を出しました。
    「大王。こいつは偽うそつきです。立ち聴きをしてゐたのです。寝てゐたなんてうそです。ご馳走なんてとんでもありません。」
     狸たぬきがやっきとなって腹鼓を叩たたいて狐を責めました。
    「何だい。人を中傷するのか。お前はいつでもさうだ。」
     すると狐もいよいよ本気です。
    「中傷といふのはな。ありもしないことで人を悪く云ふことだ。お前が立ち聴きをしてゐたのだからそのとほり正直にいふのは中傷ではない。裁判といふもんだ。」
     獅子ししが一寸ちょっとステッキをつき出して云ひました。
    「こら、裁判といふのはいかん。裁判といふのはもっとえらい人がするのだ。」
     狐が云ひました。
    「間違ひました。裁判ではありません。評判です。」
     獅子がまるであからんだ栗くりのいがの様な顔をして笑ひころげました。
    「アッハッハ。評判では何にもならない。アッハッハ。お前たちにも呆あきれてしまふ。アッハッハ。」
     それからやっと笑ふのをやめて云ひました。
    「よしよし。狸は許してやらう。行け。」
    「さうかな。ではさよなら。」と狸は又藪やぶの中に這はひ込みました。カサカサカサカサ音がだんだん遠くなります。何でも余程遠くの方まで行くらしいのです。
     獅子はそれをきっと見送って云ひました。
    「狐。どうだ。これからは改心するか、どうだ。改心するなら今度だけ許してやらう。」
    「へいへい。それはもう改心でも何でもきっといたします。」
    「改心でも何でもだと。どんなことだ。」
    「へいへい。その改心やなんか、いろいろいゝことをみんなしますので。」
    「あゝやっぱりお前はまだだめだ。困ったやつだ。仕方ない、今度は罰しなければならない。」
    「大王様。改心だけをやります。」
    「いやいや。朝までこゝに居ろ。夜あけ迄までに毛をむしる係りをよこすから。もし逃げたら承知せんぞ。」
    「今月の毛をむしる係りはどなたでございますか。」
    「猿さるだ。」
    「猿。へい。どうかご免をねがひます。あいつは私とはこの間から仲が悪いのでどんなひどいことをするか知れません。」
    「なぜ仲が悪いのだ。おまへは何か欺だましたらう。」
    「いゝえ。さうではありません。」
    「そんならどうしたのだ。」
    「猿が私の仕掛けた草わなをこはしましたので。」
    「さうか。そのわなは何をとる為ためだ。」
    「鶏です。」
    17 min
  • 宮沢賢治 注文の多い料理店 そのニ
    すこし行きますとまた扉とがあって、その前に硝子がらすの壺つぼが一つありました。扉には斯こう書いてありました。
    「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」
     みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。
    「クリームをぬれというのはどういうんだ。」
    「これはね、外がひじょうに寒いだろう。室へやのなかがあんまり暖いとひびがきれるから、その予防なんだ。どうも奥には、よほどえらいひとがきている。こんなとこで、案外ぼくらは、貴族とちかづきになるかも知れないよ。」
     二人は壺のクリームを、顔に塗って手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗りました。それでもまだ残っていましたから、それは二人ともめいめいこっそり顔へ塗るふりをしながら喰べました。
     それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、
    「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」
    と書いてあって、ちいさなクリームの壺がここにも置いてありました。
    「そうそう、ぼくは耳には塗らなかった。あぶなく耳にひびを切らすとこだった。ここの主人はじつに用意周到しゅうとうだね。」
    「ああ、細かいとこまでよく気がつくよ。ところでぼくは早く何か喰べたいんだが、どうも斯うどこまでも廊下じゃ仕方ないね。」
     するとすぐその前に次の戸がありました。
    「料理はもうすぐできます。
     十五分とお待たせはいたしません。
     すぐたべられます。
     早くあなたの頭に瓶びんの中の香水をよく振ふりかけてください。」
     そして戸の前には金ピカの香水の瓶が置いてありました。
     二人はその香水を、頭へぱちゃぱちゃ振りかけました。
     ところがその香水は、どうも酢すのような匂においがするのでした。
    「この香水はへんに酢くさい。どうしたんだろう。」
    「まちがえたんだ。下女が風邪かぜでも引いてまちがえて入れたんだ。」
     二人は扉をあけて中にはいりました。
     扉の裏側には、大きな字で斯う書いてありました。
    「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。
     もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさん
     よくもみ込んでください。」
     なるほど立派な青い瀬戸の塩壺は置いてありましたが、こんどというこんどは二人ともぎょっとしてお互にクリームをたくさん塗った顔を見合せました。
    「どうもおかしいぜ。」
    「ぼくもおかしいとおもう。」
    「沢山たくさんの注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。」
    「だからさ、西洋料理店というのは、ぼくの考えるところでは、西洋料理を、来た人にたべさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家うちとこういうことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……。」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言えませんでした。
    「その、ぼ、ぼくらが、……うわあ。」がたがたがたがたふるえだして、もうものが言えませんでした。
    「遁にげ……。」がたがたしながら一人の紳士はうしろの戸を押おそうとしましたが、どうです、戸はもう一分いちぶも動きませんでした。
     奥の方にはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つつき、銀いろのホークとナイフの形が切りだしてあって、
    「いや、わざわざご苦労です。
     大へん結構にできました。
     さあさあおなかにおはいりください。」
    と書いてありました。おまけにかぎ穴からはきょろきょろ二つの青い眼玉めだまがこっちをのぞいています。
    「うわあ。」がたがたがたがた。
    「うわあ。」がたがたがたがた。
     ふたりは泣き出しました。
     すると戸の中では、こそこそこんなことを云っています。
    「だめだよ。もう気がついたよ。塩をもみこまないようだよ。」
    「あたりまえさ。親分の書きようがまずいんだ。あすこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜まぬけたことを書いたもんだ。」
    「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、骨も分けて呉くれやしないんだ。」
    「それはそうだ。けれどももしここへあいつらがはいって来なかったら、それはぼくらの責任だぜ。」
    「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方、早くいらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。お皿さらも洗ってありますし、菜っ葉ももうよく塩でもんで置きました。あとはあなたがたと、菜っ葉をうまくとりあわせて、まっ白なお皿にのせるだけです。はやくいらっしゃい。」
    「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラドはお嫌きらいですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか。とにかくはやくいらっしゃい。」
     二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑かみくずのようになり、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。
     中ではふっふっとわらってまた叫さけんでいます。
    「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いては折角せっかくのクリームが流れるじゃありませんか。へい、ただいま。じきもってまいります。さあ、早くいらっしゃい。」
    「早くいらっしゃい。親方がもうナフキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っていられます。」
     二人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました。
     そのときうしろからいきなり、
    「わん、わん、ぐゎあ。」という声がして、あの白熊しろくまのような犬が二疋ひき、扉とをつきやぶって室へやの中に飛び込んできました。鍵穴かぎあなの眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなってしばらく室の中をくるくる廻まわっていましたが、また一声
    「わん。」と高く吠ほえて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりとひらき、犬どもは吸い込まれるように飛んで行きました。
     その扉の向うのまっくらやみのなかで、
    「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。」という声がして、それからがさがさ鳴りました。
     室はけむりのように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。
     見ると、上着や靴くつや財布さいふやネクタイピンは、あっちの枝えだにぶらさがったり、こっちの根もとにちらばったりしています。風がどうと吹ふいてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
     犬がふうとうなって戻もどってきました。
     そしてうしろからは、
    「旦那だんなあ、旦那あ、」と叫ぶものがあります。
     二人は俄にわかに元気がついて
    「おおい、おおい、ここだぞ、早く来い。」と叫びました。
     簔帽子みのぼうしをかぶった専門の猟師りょうしが、草をざわざわ分けてやってきました。
     そこで二人はやっと安心しました。
     そして猟師のもってきた団子だんごをたべ、途中とちゅうで十円だけ山鳥を買って東京に帰りました。
     しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。
    10 min
  • 宮沢賢治 注文の多い料理店 その一
    二人の若い紳士しんしが、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲てっぽうをかついで、白熊しろくまのような犬を二疋ひきつれて、だいぶ山奥やまおくの、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云いいながら、あるいておりました。
    「ぜんたい、ここらの山は怪けしからんね。鳥も獣けものも一疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
    「鹿しかの黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞みまいもうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒たおれるだろうねえ。」
     それはだいぶの山奥でした。案内してきた専門の鉄砲打ちも、ちょっとまごついて、どこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。
     それに、あんまり山が物凄ものすごいので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまいを起こして、しばらく吠うなって、それから泡あわを吐はいて死んでしまいました。
    「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と一人の紳士が、その犬の眼まぶたを、ちょっとかえしてみて言いました。
    「ぼくは二千八百円の損害だ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。
     はじめの紳士は、すこし顔いろを悪くして、じっと、もひとりの紳士の、顔つきを見ながら云いました。
    「ぼくはもう戻もどろうとおもう。」
    「さあ、ぼくもちょうど寒くはなったし腹は空すいてきたし戻ろうとおもう。」
    「そいじゃ、これで切りあげよう。なあに戻りに、昨日きのうの宿屋で、山鳥を拾円じゅうえんも買って帰ればいい。」
    「兎うさぎもでていたねえ。そうすれば結局おんなじこった。では帰ろうじゃないか」
     ところがどうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなくなっていました。
     風がどうと吹ふいてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
    「どうも腹が空いた。さっきから横っ腹が痛くてたまらないんだ。」
    「ぼくもそうだ。もうあんまりあるきたくないな。」
    「あるきたくないよ。ああ困ったなあ、何かたべたいなあ。」
    「喰たべたいもんだなあ」
     二人の紳士は、ざわざわ鳴るすすきの中で、こんなことを云いました。
     その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒いっけんの西洋造りの家がありました。
     そして玄関げんかんには
    RESTAURANT
    西洋料理店
    WILDCAT HOUSE
    山猫軒
    という札がでていました。
    「君、ちょうどいい。ここはこれでなかなか開けてるんだ。入ろうじゃないか」
    「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかく何か食事ができるんだろう」
    「もちろんできるさ。看板にそう書いてあるじゃないか」
    「はいろうじゃないか。ぼくはもう何か喰べたくて倒れそうなんだ。」
     二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸せとの煉瓦れんがで組んで、実に立派なもんです。
     そして硝子がらすの開き戸がたって、そこに金文字でこう書いてありました。
    「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮えんりょはありません」
     二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。
    「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、きょう一日なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このうちは料理店だけれどもただでご馳走ちそうするんだぜ。」
    「どうもそうらしい。決してご遠慮はありませんというのはその意味だ。」
     二人は戸を押おして、なかへ入りました。そこはすぐ廊下ろうかになっていました。その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。
    「ことに肥ふとったお方や若いお方は、大歓迎だいかんげいいたします」
     二人は大歓迎というので、もう大よろこびです。
    「君、ぼくらは大歓迎にあたっているのだ。」
    「ぼくらは両方兼ねてるから」
     ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは水いろのペンキ塗ぬりの扉とがありました。
    「どうも変な家うちだ。どうしてこんなにたくさん戸があるのだろう。」
    「これはロシア式だ。寒いとこや山の中はみんなこうさ。」
     そして二人はその扉をあけようとしますと、上に黄いろな字でこう書いてありました。
    「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
    「なかなかはやってるんだ。こんな山の中で。」
    「それあそうだ。見たまえ、東京の大きな料理屋だって大通りにはすくないだろう」
     二人は云いながら、その扉をあけました。するとその裏側に、
    「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい。」
    「これはぜんたいどういうんだ。」ひとりの紳士は顔をしかめました。
    「うん、これはきっと注文があまり多くて支度したくが手間取るけれどもごめん下さいと斯こういうことだ。」
    「そうだろう。早くどこか室へやの中にはいりたいもんだな。」
    「そしてテーブルに座すわりたいもんだな。」
     ところがどうもうるさいことは、また扉が一つありました。そしてそのわきに鏡がかかって、その下には長い柄えのついたブラシが置いてあったのです。
     扉には赤い字で、
    「お客さまがた、ここで髪かみをきちんとして、それからはきもの
     の泥どろを落してください。」
    と書いてありました。
    「これはどうも尤もっともだ。僕もさっき玄関で、山のなかだとおもって見くびったんだよ」
    「作法の厳しい家だ。きっとよほど偉えらい人たちが、たびたび来るんだ。」
     そこで二人は、きれいに髪をけずって、靴くつの泥を落しました。
     そしたら、どうです。ブラシを板の上に置くや否いなや、そいつがぼうっとかすんで無くなって、風がどうっと室の中に入ってきました。
     二人はびっくりして、互たがいによりそって、扉をがたんと開けて、次の室へ入って行きました。早く何か暖いものでもたべて、元気をつけて置かないと、もう途方とほうもないことになってしまうと、二人とも思ったのでした。
     扉の内側に、また変なことが書いてありました。
    「鉄砲と弾丸たまをここへ置いてください。」
     見るとすぐ横に黒い台がありました。
    「なるほど、鉄砲を持ってものを食うという法はない。」
    「いや、よほど偉いひとが始終来ているんだ。」
     二人は鉄砲をはずし、帯皮を解いて、それを台の上に置きました。
     また黒い扉がありました。
    「どうか帽子ぼうしと外套がいとうと靴をおとり下さい。」
    「どうだ、とるか。」
    「仕方ない、とろう。たしかによっぽどえらいひとなんだ。奥に来ているのは」
     二人は帽子とオーバーコートを釘くぎにかけ、靴をぬいでぺたぺたあるいて扉の中にはいりました。
     扉の裏側には、
    「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡めがね、財布さいふ、その他金物類、
     ことに尖とがったものは、みんなここに置いてください」
    と書いてありました。扉のすぐ横には黒塗りの立派な金庫も、ちゃんと口を開けて置いてありました。鍵かぎまで添そえてあったのです。
    「ははあ、何かの料理に電気をつかうと見えるね。金気かなけのものはあぶない。ことに尖ったものはあぶないと斯こう云うんだろう。」
    「そうだろう。して見ると勘定かんじょうは帰りにここで払はらうのだろうか。」
    「どうもそうらしい。」
    「そうだ。きっと。」
     二人はめがねをはずしたり、カフスボタンをとったり、みんな金庫のなかに入れて、ぱちんと錠じょうをかけました。
    11 min
  • 宮沢賢治 オッベルと象 第五日曜
    第五日曜
     オツベルかね、そのオツベルは、おれも云おうとしてたんだが、居なくなったよ。
     まあ落ちついてききたまえ。前にはなしたあの象を、オツベルはすこしひどくし過ぎた。しかたがだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなくなった。時には赤い竜りゅうの眼をして、じっとこんなにオツベルを見おろすようになってきた。
     ある晩象は象小屋で、三把の藁をたべながら、十日の月を仰あおぎ見て、
    「苦しいです。サンタマリア。」と云ったということだ。
     こいつを聞いたオツベルは、ことごと象につらくした。
     ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒たおれて地べたに座り、藁もたべずに、十一日の月を見て、
    「もう、さようなら、サンタマリア。」と斯う言った。
    「おや、何だって? さよならだ?」月が俄にわかに象に訊きく。
    「ええ、さよならです。サンタマリア。」
    「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意気地いくじのないやつだなあ。仲間へ手紙を書いたらいいや。」月がわらって斯う云った。
    「お筆も紙もありませんよう。」象は細ういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
    「そら、これでしょう。」すぐ眼の前で、可愛かあいい子どもの声がした。象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯すずりと紙を捧ささげていた。象は早速手紙を書いた。
    「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」
     童子はすぐに手紙をもって、林の方へあるいて行った。
     赤衣せきいの童子が、そうして山に着いたのは、ちょうどひるめしごろだった。このとき山の象どもは、沙羅樹さらじゅの下のくらがりで、碁ごなどをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。
    「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
     象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠ほえだした。
    「オツベルをやっつけよう」議長の象が高く叫さけぶと、
    「おう、でかけよう。グララアガア、グララアガア。」みんながいちどに呼応する。
     さあ、もうみんな、嵐あらしのように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。どいつもみんなきちがいだ。小さな木などは根こぎになり、藪やぶや何かもめちゃめちゃだ。グワア グワア グワア グワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。それから、何の、走って、走って、とうとう向うの青くかすんだ野原のはてに、オツベルの邸やしきの黄いろな屋根を見附みつけると、象はいちどに噴火ふんかした。
     グララアガア、グララアガア。その時はちょうど一時半、オツベルは皮の寝台しんだいの上でひるねのさかりで、烏からすの夢ゆめを見ていたもんだ。あまり大きな音なので、オツベルの家の百姓どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向うを見た。林のような象だろう。汽車より早くやってくる。さあ、まるっきり、血の気も失せてかけ込こんで、
    「旦那だんなあ、象です。押し寄せやした。旦那あ、象です。」と声をかぎりに叫んだもんだ。
     ところがオツベルはやっぱりえらい。眼をぱっちりとあいたときは、もう何もかもわかっていた。
    「おい、象のやつは小屋にいるのか。居る? 居る? 居るのか。よし、戸をしめろ。戸をしめるんだよ。早く象小屋の戸をしめるんだ。ようし、早く丸太を持って来い。とじこめちまえ、畜生ちくしょうめじたばたしやがるな、丸太をそこへしばりつけろ。何ができるもんか。わざと力を減らしてあるんだ。ようし、もう五六本持って来い。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどは門だ。門をしめろ。かんぬきをかえ。つっぱり。つっぱり。そうだ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ。」オツベルはもう支度したくができて、ラッパみたいないい声で、百姓どもをはげました。ところがどうして、百姓どもは気が気じゃない。こんな主人に巻き添ぞいなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕うでに巻きつける。降参をするしるしなのだ。
     オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬も気が立って、火のつくように吠ほえながら、やしきの中をはせまわる。
     間もなく地面はぐらぐらとゆられ、そこらはばしゃばしゃくらくなり、象はやしきをとりまいた。グララアガア、グララアガア、その恐おそろしいさわぎの中から、
    「今助けるから安心しろよ。」やさしい声もきこえてくる。
    「ありがとう。よく来てくれて、ほんとに僕ぼくはうれしいよ。」象小屋からも声がする。さあ、そうすると、まわりの象は、一そうひどく、グララアガア、グララアガア、塀へいのまわりをぐるぐる走っているらしく、度々中から、怒おこってふりまわす鼻も見える。けれども塀はセメントで、中には鉄も入っているから、なかなか象もこわせない。塀の中にはオツベルが、たった一人で叫んでいる。百姓どもは眼もくらみ、そこらをうろうろするだけだ。そのうち外の象どもは、仲間のからだを台にして、いよいよ塀を越こしかかる。だんだんにゅうと顔を出す。その皺しわくちゃで灰いろの、大きな顔を見あげたとき、オツベルの犬は気絶した。さあ、オツベルは射うちだした。六連発のピストルさ。ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸たまは通らない。牙きばにあたればはねかえる。一疋ぴきなぞは斯こう言った。
    「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」
     オツベルはいつかどこかで、こんな文句をきいたようだと思いながら、ケースを帯からつめかえた。そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。それからも一つはみ出した。五匹の象が一ぺんに、塀からどっと落ちて来た。オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰つぶれていた。早くも門があいていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。
    「牢ろうはどこだ。」みんなは小屋に押し寄せる。丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大へん瘠やせて小屋を出た。
    「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばにより、鎖と銅をはずしてやった。
    「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」白象はさびしくわらってそう云った。
     おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。
    11 min
  • 宮沢賢治 オッベルと象 第二日曜
    第二日曜
     オツベルときたら大したもんだ。それにこの前稲扱小屋で、うまく自分のものにした、象もじっさい大したもんだ。力も二十馬力もある。第一みかけがまっ白で、牙きばはぜんたいきれいな象牙ぞうげでできている。皮も全体、立派で丈夫じょうぶな象皮なのだ。そしてずいぶんはたらくもんだ。けれどもそんなに稼かせぐのも、やっぱり主人が偉えらいのだ。
    「おい、お前は時計は要いらないか。」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめて斯う訊きいた。
    「ぼくは時計は要らないよ。」象がわらって返事した。
    「まあ持って見ろ、いいもんだ。」斯う言いながらオツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶらさげた。
    「なかなかいいね。」象も云う。
    「鎖くさりもなくちゃだめだろう。」オツベルときたら、百キロもある鎖をさ、その前肢にくっつけた。
    「うん、なかなか鎖はいいね。」三あし歩いて象がいう。
    「靴くつをはいたらどうだろう。」
    「ぼくは靴などはかないよ。」
    「まあはいてみろ、いいもんだ。」オツベルは顔をしかめながら、赤い張子の大きな靴を、象のうしろのかかとにはめた。
    「なかなかいいね。」象も云う。
    「靴に飾かざりをつけなくちゃ。」オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅を靴の上から、穿はめ込んだ。
    「うん、なかなかいいね。」象は二あし歩いてみて、さもうれしそうにそう云った。
     次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴とはやぶけ、象は鎖と分銅だけで、大よろこびであるいて居おった。
    「済まないが税金も高いから、今日はすこうし、川から水を汲くんでくれ。」オツベルは両手をうしろで組んで、顔をしかめて象に云う。
    「ああ、ぼく水を汲んで来よう。もう何ばいでも汲んでやるよ。」
     象は眼を細くしてよろこんで、そのひるすぎに五十だけ、川から水を汲んで来た。そして菜っ葉の畑にかけた。
     夕方象は小屋に居て、十把ぱの藁わらをたべながら、西の三日の月を見て、
    「ああ、稼かせぐのは愉快ゆかいだねえ、さっぱりするねえ」と云っていた。
    「済まないが税金がまたあがる。今日は少うし森から、たきぎを運んでくれ」オツベルは房ふさのついた赤い帽子ぼうしをかぶり、両手をかくしにつっ込んで、次の日象にそう言った。
    「ああ、ぼくたきぎを持って来よう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのは大すきなんだ」象はわらってこう言った。
     オツベルは少しぎょっとして、パイプを手からあぶなく落としそうにしたがもうあのときは、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくりあるきだしたので、また安心してパイプをくわえ、小さな咳せきを一つして、百姓どもの仕事の方を見に行った。
     そのひるすぎの半日に、象は九百把たきぎを運び、眼を細くしてよろこんだ。
     晩方象は小屋に居て、八把の藁をたべながら、西の四日の月を見て
    「ああ、せいせいした。サンタマリア」と斯こうひとりごとしたそうだ。
     その次の日だ、
    「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場かじばへ行って、炭火を吹ふいてくれないか」
    「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」
     オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けてわらっていた。
     象はのそのそ鍛冶場へ行って、べたんと肢を折って座すわり、ふいごの代りに半日炭を吹いたのだ。
     その晩、象は象小屋で、七把わの藁をたべながら、空の五日の月を見て
    「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」と斯う言った。
     どうだ、そうして次の日から、象は朝からかせぐのだ。藁も昨日はただ五把だ。よくまあ、五把の藁などで、あんな力がでるもんだ。
     じっさい象はけいざいだよ。それというのもオツベルが、頭がよくてえらいためだ。オツベルときたら大したもんさ。
    7 min

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