本日のテーマ:「征服者の最期!チンギス・ハンは何を残して死んだのか」
ユーラシアを駆け抜けたチンギス・ハンの最後の戦いは、かつて服属した西夏への遠征でした。重傷を負っても進軍を止めなかった征服者の最期と、死後も帝国を存続させた後継体制をたどります。
👇今回の見出し👇
ホラズム遠征からの帰還/西征後のチンギス・ハン/西夏の援軍拒否/服属国の裏切り/最後の西夏遠征/狩りの最中の落馬/重傷でも止まらない進軍/西夏への怒り/1227年チンギス・ハン死去/隠された大ハンの死/西夏王朝の滅亡/徹底的な破壊/今も分からない埋葬地/謎に包まれた墓/後継者オゲデイ/ジョチの出生問題/チャガタイとの対立/四人の息子とウルス/死後も崩れなかった帝国/次代へ受け継がれた仕組み
👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇
①最後の敵となった西夏
ホラズム遠征を終えて帰還したチンギス・ハンが再び標的としたのが西夏でした。西征の際、西夏が求められた援軍の派遣を拒否したことを、チンギス・ハンは服属国としての重大な裏切りとみなし、1225年に最後の西夏遠征を開始します。
②重傷を負っても続いた最後の遠征
遠征中、チンギス・ハンは狩りの最中に落馬し、重傷を負ったと伝えられています。それでも撤退せず戦いを続け、1227年、西夏攻略の最中に死去しました。死因については病死とする記録がある一方、落馬による負傷が影響したとする説もあります。
③死後に滅亡した西夏
チンギス・ハンの死は軍の動揺や西夏側の反撃を防ぐため、しばらく伏せられたと伝えられています。その後、西夏はモンゴル軍によって滅ぼされました。チンギス・ハン自身の埋葬地も現在まで特定されておらず、その最期には多くの伝説が残されています。
④三男オゲデイを後継者に指名
チンギス・ハンは生前から後継問題にも手を打っていました。長男ジョチの出生をめぐる問題や、ジョチと次男チャガタイの対立などを背景に、調整役となれる三男オゲデイが後継者に選ばれます。
⑤創始者が死んでも崩れなかった帝国
ジョチ、チャガタイ、オゲデイ、トルイの四人の息子にはそれぞれウルスが分与されました。さらに十進法による軍事組織や実力主義的な人材登用など、チンギス・ハンが生前に整えた仕組みがあったことで、巨大な帝国は創始者の死後もすぐには崩壊せず、さらに拡大していくことになります。
■ 関連年表
1223年頃: ホラズム遠征を終えたチンギス・ハンが東方への帰還を進める
1225年: 西夏に対する最後の遠征を開始
1227年: チンギス・ハン死去、西夏も滅亡
1229年: クリルタイでオゲデイが第2代モンゴル帝国皇帝に即位
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