仏法用語…特にお釈迦様(釈尊)と浄土宗(念仏宗派)の祖、法然の言葉を引用して現代語訳すっと、自分の知らん分野やわからん範囲の事を学ぶ前に、自身の正常化バイアスを疑え…って事です。
法然の場合は、日蓮仏法系宗派からすれば、“お前アホちゃうか?”って話にはなるんだが、基本的には、法華経を学ぶ上で、自分達が過去に学んだ“常識”には、絶対的条件…所謂正常化バイアスが掛かった状態での事案だけであって、例外や特異事例が省かれてマニュアル化されてる部分があるから、まずはそれらを一旦リセットしなさいって指導した訳です。しかし、釈尊の側近とも言える十大弟子は、この意味が理解できず、師匠である釈尊に、キッパリと“お前等に成仏は無理w”と叱責されたのです。
ここを法然は誤解した様で、法華経の難信難解であるが故に、我等は阿弥陀如来に縋り、救済を求めるから捨閉閣抛すべき…と説いた訳です。だから後に日蓮がブチギレして、“念仏唱えるのは無限の迷いから抜けられない”と批判した訳で、言いたい事に関しては、釈尊の狙い通りの部分で共通してるのです。つまり、生活環境や立場、現状の変化において、経験則だけでも、理想だけでも“話は通じない”って事であり、双方が理解し合うには、今まで自分の中で作り上げた“常識”を全部、一旦忘れて最初から学び直す事が重要だって事です。
言い方を変えると、自分の培った常識は、他人にとっては“非常識”である以上、その齟齬を埋め合わせるには、互いに教え合う関係にしないとダメだって事です。そこに初めて、信頼と協力、支援体制が構築される訳であり、師弟や主従の関係は、互いに“対等”でなければ、自然と意見が喰い違って、衝突が避けられなくなります。こうなると、関係性が瓦解するのも時間の問題です。