外国人の犯罪ガーって叫ぶ人程、自分達がやってる事が、諸外国における人種差別と同類の行為である事に気付いてない人が多い。犯行に至る人の多くは、基本的に初等教育をまともに受けられず、斡旋業者や反社会組織に騙された挙句、彼らに切り捨てられた者であり、母国で最低限度の識字力と計算力があれば、異国の地に連れてこまれて使い捨て労働者になる事は、あり得ない訳です…つまり、国の基盤はどこまでも“民”の存在あっての話で、子供達に読み書き計算を指導できる環境であれば、国外でこき使われる事は防げるのです。それを妨げてるのは誰です?
逆をいえば、民衆を単なる“家畜”という扱いしかできない為政者にとって、国民の識字率向上や計算力向上は非常に都合が悪い訳で、故に歴史教育においても、社会文化学の研鑽においても、所謂”妄想物語”がまかり通る様、教育現場でワザと国語や数学で出鱈目を指導し、洗脳していく訳です。その結果、海外で恥掻いても“他人のせい”にしたり、礼節を欠いた態度で周囲から注意されると“差別だ”と騒ぎ、とにかく“自分の思い通り”にならない事に対してイラつき、強引に力技で我を通そうと躍起になるのです。
とどのつまり、あらゆる人種差別の裏には、自分の経験上からくる嫌悪感と、目先の利害のみで物事を判断する程、“自分で考える”事を放棄した結果、ジコチューな行動に至る訳であり、以前にも言った通り、仲間内でも窘めずに放置してきたからこそ、誤解と偏見を受けるのです。