ぶっちゃけ論で言えば、教育の失敗…しかも指導者自身が“支配階級”という地位を誤解し、多くの民衆から学習や交流の機会を奪い、意図して“捨て駒”としての養育を強要した事で、勝手に衰亡していってるだけです。重要なのは“主従不二”の本懐は、後世まで社会の安定と維持する事であり、その為の開発や研究、異世界(異文化)交流を推進させる事であり、また、必要なインフラの整備や再構築、生活水準を上げる為の学習機会を与える事が重要であり、その恩をもって、必要最低限の義務を負担させる様に仕向ける事です。
つまり、どんな組織でも、血縁や出自を問わず、職業選択の自由の対価としての基礎学問の習熟を必須とする訳で、そこを教えずに、指導者自身の私怨…例えば、没落貴族がその地位を他の権力によって剥奪された事や、一族に纏わる過去の栄華を自分の手柄の如く喋って批判されたり、名門大学の大学院課程を主席て修了したのを理由に横柄な態度を取ったりと、自分や、その近親者自身のやらかしが原因であるにも拘らず、世間や相手のせいにして自分を正当化させる為に、純粋に勉強をしてる学徒や児童に余計な事を吹き込んで、“自分好み”のモノにする訳です。
だからこそ、勇気を持って同調圧力に屈さずに、且つ、感情的にならない様に、学校や学習塾以外での交流の場を設け、“人の道”を諭す事が必要なのですが…これが一番難しいのかも知れません。