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FAQs about オーディオドラマ「五の線2」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線2」 have?The podcast currently has 124 episodes available.
October 23, 2016116.1 第百十三話 前半このブラウザでは再生できません。ー見てられない…。お前…おまえは…クソだ…。ー村上…。心臓の鼓動と併せて激しい痛みが襲う頭を両手で抑えながら、鍋島は目を瞑った。3年前眠りに落ちた一色をおぶり、村上を残して山小屋を出た。そして周囲を覆う雑木林の中に入っていった。ーくそ…意外と重ぇぞ…こいつ…。暗闇の舗装も何もされていない獣道。ぬかるんだ地面に時折足を取られながらも鍋島は淡々と進んだ。暫くすると彼は熨子山の墓地公園に出た。ーこいつもここに眠ることになる。「う…。」居並ぶ墓地をすり抜けるように進んでいた彼は、ふと足を止めた。ーいま、何か声がしたような…。振り返って自分の肩越しに見える一色の様子を窺うも、彼は深い眠りについたままのようである。ー気のせいか…。墓地公園の駐車場に止めてあった車のトランクに一色を詰め込んだ鍋島は、エンジンを掛けた。ダッシュボードに表示される時計を見て彼は車を発進させた。ー山小屋から最短で麓に降りるには一旦山頂の展望台に出て、そこから一気に駆け下りる。あの時の経験を村上が身体で覚えていればそうするはずだ。麓に向けて駆け抜けてた鍋島だったが、ここでブレーキを踏んだ。ー念のため確認するか…。車を反転させ進路を麓から山頂にとった彼はアクセルを踏み込んだ。鍋島は展望台がある山頂の駐車場に到着した。腕時計に目を落とすと時刻は0時40分だった。エンジンを切った彼は車から降りて展望台の方に向かった。「うん?」ふと地面を見ると舗装されていない道にタイヤの跡がある。ー待て…。まさかこの先に誰かいるのか…。息を潜めた鍋島はゆっくりと進んだ。「ま…待ってください…。」男の声が聞こえる。「お…落ち着いて…。お…俺らは何もしていませんから…。」ー俺ら?物陰から鍋島は声のする方を覗いた。そこには腰を抜かしたような体勢で後ずさりする男の姿があった。よく見ると女性が彼にしがみついて身体を震わせている。鍋島は男の視線の先を見た。ー村上。白いシャツに血しぶきをつけた村上がハンマーを持って、彼らにゆっくりと近づいている。「お…お願いです…。い…命だけは…。」恐怖のあまり男も女も動けないようだ。男はとうとう後ずさりもできなくなってしまった。村上と彼らの距離は着実に縮まっている。村上は手にしているハンマーを振り上げた。「由香っ!」女の名前を呼んだ男は、彼女の頭を自分の腕の中に抱きしめた。自分の身を呈して彼女を守ろうというのである。しかしこの行動とは裏腹に男の身体は恐ろしく震える。ハンマーを振り上げたまま、直ぐ側まで来た村上はそこで動きを止めた。「ひいっ…。」「く…。」「ひいいいい…。」「あ…が…。」「ゆ…由香…。」振り上げられたハンマーは村上の手を離れ地面に落下した。「え…。」「あ…く…か…。」「え…。」村上は膝から崩れ落ちた。そして息遣いが荒くなった。「はぁ…はぁ…はぁ…。」「え…え…。」「行け…。」「は…。」「はや…く…行け…。」村上のこの言葉に立ち上がろうとするも、下半身に力が入らず男は立てない。それは一緒にいる女も同じだ。「はやくここから去れっ!」男と女は村上に背を向け、這ったまま力なく車の方に向かった。「ちっ。」物陰に隠れていた鍋島が突如として2人の前に立ちはだかった。「悪く思うな。」男の背後に回った鍋島は両腕で彼の首の骨をへし折った。そして間髪入れずに女の首も同じくへし折った。「鍋島ぁー!」その様子を見ていた村上が大声を上げた。「うるせぇよ。このヘボが。」変わり果てた2人をそのままにして鍋島は村上の方に向かった。「なんだお前。もう効き目が切れたか?」「お前…いま自分が何やったのかわかってんのか!」「だからうるせぇって。黙れよ村上。」鍋島は村上を指差した。「お前こそ何なんだよ。血まみれだぞ。」自分の姿を改めて見た村上は体が震えだした。「て…てめぇ…俺に何をさせた…。」「見ての通り、結構ヒデェ事やったんじゃねぇか。」瞬間、地面に落ちたハンマーを手にして村上は鍋島に襲いかかった。しかしそれは見事にかわされた。「なんだよお前。そうやってあいつらもやっちまえば俺の手煩わせなくてよかったじゃねぇか。」「貴様…。貴様はなんでこうも人の命を虫けら同様に扱うんだ…。」「はいはい。お説教はもういいよ。さっき山小屋の中で嫌ってほど聞いた。」「山小屋?」「あーそのあたりは記憶ぶっ飛んてんだ。」鍋島は村上からハンマーを取り上げた。そして二体の遺体の方に向かった。「こいつも一色の犯行にしておくか。」「え?」そう言って彼は二人の顔面めがけてハンマーを振り下ろした。「あ…ああ…。」顔面に振り下ろされるたびに鈍い音が闇夜の静寂にこだまする。この恐怖の光景を村上は力なく見つめるしか無かった。やがて鍋島は立ち上がった。「こいつらがこうなったのもお前の責任だ。」「なに…。」「お前がこいつらに遭遇さえしなければ、こいつらはこうはならなかった。すべてお前の不注意によるものだ。お前のヘマがこの結果を作り出した。」「え…。」そう言って鍋島はサングラスを外した。「これはお前がやった。お前は山小屋で穴山と井上の顔面を粉砕し、そこから逃亡を図る際にこの二人と遭遇した。お前はこいつらを口封じのために殺して、こいつらの顔面も粉砕した。そう一色の犯行に仕立て上げるためにな。」鍋島と目があった村上は何も言えない。ただ彼の瞳を見つめるだけである。「とにかくお前は麓に降りて、その格好をなんとかしろ。後で合流だ。」サングラスをかけ直した鍋島を見て村上は口を開いた。「わかった。」「いいだろう。」「こいつらはこのままにしておく。」「そうだな。」「では後ほど。」そう言って村上は闇夜に消えていった。変わり果てた遺体の前にしゃがんだ鍋島はそれに向かって手を合わせた。「あなたがた2人の死は決して無駄にしません。」深々と頭を下げた鍋島はその場に背を向けた。「誰が好んで人殺しなんかするよ…村上…。」ふと麓の方に目をやると金沢の夜景が彼の目に飛び込んできた。「俺は地獄にすら行けねぇよ…。」「はぁはぁはぁ…。」ークソが…。鍋島は展望台の真下に止めてある車を眺めた。ーこのタイミングでまた誰かいるのか…。彼は物陰に身を隠した。そして周囲の様子を伺った。ー誰もいない…車の中か…。ー待て…車にエンジンがかかっていない…。窓も明いていないじゃねぇか…。深夜と言えども7月中旬である。気温はさほどでもないかもしれないが、湿気が酷い。こんな中でエンジンを切って誰かが車の中にいると思えない。鍋島は息を潜めて車の側に寄った。人の気配がしない。ーどういうことだ…。こっそりと車の中を覗いたときのことである。鍋島の動きが止まった。「あ…。」再び彼は膝から崩れ落ちた。「な…なに…。」車の運転席と助手席にはそれぞれ間宮と桐本の遺影が置かれていた。...more17minPlay
October 16, 2016115 第百十二話このブラウザでは再生できません。ーチッ…2時間後に来いって言っておきながら、どれだけ待たせてんだよ。北高のすぐ前にあるコンビニの書籍コーナーで興味もない雑誌を手にとっていた悠里が目を落とすと、彼の腕時計は23時を指そうとしていた。ーしかし、深夜の時間帯にも関わらず北高ってところはこんなに出入りが激しいのか。窓越しに見える金沢北高の職員室と思われる一角は煌々と電気が灯っている。ー鍋島のやつ、職員が残る学校なんかで何をしようっていうんだ…。金沢北高は学生に軍隊並みの厳しい規律を課している。それと同じように、ここで働く教職員についても学生同様の激務が課せられているのだろうか。下間悠里はドットスタッフ代表取締役仁川征爾として、北高のブラック企業ぶりに閉口した。ーなるほど…第三者がいる極めて狭い空間に自分の身をおくことで、俺に手出しをさせないようにしたのか。広げていた雑誌を閉じた悠里は拳を握りしめた。ー小賢しい。悠里は缶コーヒーを買い求めてコンビニを出た。そして灰皿が設置されている箇所でそれを口につけ、あたりを見回した。ー鍋島。残念ながら俺はその手には乗らんぞ。前方から駐車された車に乗り込んだ悠里はエンジンを掛けた。そしてルームミラーをさっとだけ見てバックギアをいれアクセルを踏み込んだ。「23時か…。」長谷部が運転する車の後部座席で携帯電話を見た相馬は呟いた。「なぁ相馬。」「あん?」「普通に考えてこんなおっせぇ時間に学校なんかやっとらんけ?」「さぁ知らん。俺だってこんな遅くの学校なんか行ったことねぇもん。」「あぁそうなんけ。」「あたりめぇやわいや。いくらシバキ主義の北高って言っても、そこまで頑固に残ることなんか無かったわ。」「でも、もしも誰もおらんって感じやったらちょっと気味悪くねぇけ。」「ほうやな…。」「そこには本当にその古田って人おれんろうな。」「おってもらわんと困る。」熨子町の交差点を右に曲がると、その前方に金沢北高が見えた。「おうおう。電気ついとるわ。」「本当や。職員室やわあれ。」「ちゅうか何ねんお前の学校。いっつもこんな遅くまで職員残っとらんけ。」「だから知らんって。」「生徒シバくけど、職員もシバけんな。」「確かにお前の言うとおりかもしれんな…。」突如長谷部は急ブレーキを踏んだ。そのため車内にいた三人は前につんのめった。「あ!だら!」「おい!長谷部!何ねん!」「えーま!だら!」北高の前にあるコンビニエンスストアからバックで出てきた車とあわや接触しそうになったようである。「あんの野郎…。なんもこっち見とらんがいや。」長谷部はクラクションを鳴らした。「長谷部君落ち着いて。」助手席の麗が彼をなだめる。「どいね。これから警察関係者と合流するっていうげんに、事故ったりとかしたら面倒くさいことになるがいね。」「あ…そうね…。」「お。ヤバい。」クラクションを鳴らされた悠里はギアをドライブに入れ元いた駐車位置に戻した。「はいはい。ごめんなさいね。」ルームミラーを再度見ると、学生風の男がそれに乗っているのが確認できた。「こんな夜遅くにふらふらしやがって。良いご身分だね日本の学生は。」一度止まった車は、そのまま金沢北高に吸い込まれていった。「なんだ…こんな遅くに学生風情が高校なんかに…。」振り返った先には明かりが灯る北高があった。「資本主義の成りの果てがこれかよ。国家の根幹をなす教育がこんなブラック企業みたいだと、この国もやがて終わりだな。」こう言って悠里は今度は何度も周囲を確認し、慎重に車を発進させた。「まぁこれからその教育現場でひとりの男が死ぬ。この国の崩壊の幕開けにはもってこいの儀式になるかもな。くっくっく…。」金沢北高の来客用のスペースに車を止めた長谷部はエンジンを切った。「おい。駐車場いっぱいやぞ。」「本当やな。」車から降りた4人は周囲を見回した。職員室から漏れ出てくる明かりが辺りを照らす。「今って受験とかの季節やったっけ?」「いや。もうちょっと後やろ。高校生って夏休みにけっこうガッパなって勉強とかするんじゃなかったっけ?」「そうやよな。」「おい。相馬。どこで古田と待ち合わせるんや。」「そういや北高のどこでとか言っとらんかったなぁ。」「ここでぼーっとしとると俺らただの不審者やぞ。」「ほうやな。」生徒用の玄関口の広場のようなところにスタートダッシュを切る人物を象った(かたどった)一体の銅像があった。暗がりの中に薄っすらと見える躍動的な姿は対象的であり、どこか不自然で不気味でもある。「こんだけ先生ら残っとるけど、なんかやっぱり夜の学校って気持ちいいもんじゃねぇな。」「そうやな。」相馬が長谷部に相槌をうった時のことである。職員通用口の扉が開かれた。「おい。」相馬たちは呼ばれる方を見た。「こんな遅くにここに何の用だ。」「あの…えっと…。」「見た感じ学生みたいだけど、用もないのに勝手に入ってきて何なんだ。」通用口から現れた人物は相馬達の前に立った。「あ…れ…?」「え…?」相馬と京子は妙な声を出した。「挨拶は人間関係の基本って、ここで教わらなかったか?」「え…ちょ…。」「はじめまして。佐竹です。」「うそ…。佐竹って…あの佐竹康之さん。」突然の北高剣道部の黄金期メンバーのひとりの登場に相馬と京子は唖然とした。「驚かせてしまってごめんな。」「なんで…。」黄金期のメンバーで2人が会ったことがあるのは一色貴紀ただひとり。しかし北高剣道部の最強時代のメンバーの顔と名前は写真と言い伝えで頭に刻み込まれていた。「相馬周くんと片倉京子さんだね。」「え…?」「君たちがここに来るのを待っていたよ。」「は…?」どうして自分たちの名前を佐竹は知っているのか。そしてなぜ初対面のこの男が古田しか知り得ない自分たちの行動を知っているのか。佐竹の発言の何もかもが相馬にとって理解できないものだった。「その2人は?」「あ…あの…友達です…。」「名前は?」「あの…こいつは長谷部、んでこの子は…えっと…いわ。」「下間です。」口ごもる相馬を遮るように麗ははっきりと応えた。「そうか。長谷部くんと下間さんだね。」「はい。」「こんなクソ暑い外じゃなんだから、みんな中に入って。」「え?でも勝手に学校の中に入って…。」「良いんだよ。話は通してあるから。」「どういうことです?」「俺の同期がいまここの先生やってんだ。」「え。本当ですか。」「ああ。そいつに話しつけてあるから入れよ。」「でも。」「心配すんなって。今日は深夜残業になってしまうってそいつ言ってたよ。いやぁ生徒に対してシバキ主義な学校だと思ってたけど、職員も同じくらいシバキなんだな。この学校卒業してよく戻ってこようと思ったな、あいつ。」「あの…それもそうなんですが…。」「ああ大丈夫。古田さんはじきに合流するさ。」「え?」突然目の前に現れたこの佐竹という一色と同期の先輩が、古田のことを知っている。しかもただの知り合いじゃない。古田しか知り得ない直近の相馬達の行動を把握している。「古田さんがここにくるまで、ひとまず俺が君たちを預かるよ。」わけがわからない様子の相馬たちを校舎の中に引き入れた佐竹は、彼らの先頭を行く形で暗い廊下を進みだした。「なぁ相馬君。片倉さん。」「はい。」「直接君達の口から聞きたかったんだ。」「え…何をですか…。」「君達2人は一色と一緒に稽古したことがあるんだよね。」「え…そんなことまで…。佐竹さん知っとるんですか…。」「ああ…。あいつどうだった?」「どうって…。」「その時のこと俺に教えてくれないかな。」熨子山事件が発生するまで、熨子山山頂の展望台は数多くのカップルが訪れる絶好の夜景スポットであった。しかしあの事件以降、殺害されたカップルの霊が出るとかで、夜の時間帯にここを訪れる者はほとんどいなくなっていた。この日のここの駐車場にはやはり1台の車もない状態だった。男が茂みから現れた。闇夜に同化する彼は息を整えつつ先の展望台へと足を進めた。駐車場から展望台に向かう道に差し掛かると突然周囲が開けた。眼下には金沢の夜景が広がっている。その夜景の明かりを纏った彼は黒ずくめの鍋島であった。「うん?」展望台の真下に1台の車が駐車されていた。ーなんだこれは…。3年前のあの時と同じような情景じゃないか…。刹那、激しい頭痛が鍋島を襲った。ーやめろ…。止めてくれ…。思わず彼はその場で膝をついた。ーなんでこんな状況で、そんなヘマするんだ…。鍋島のこめかみ辺りから猛烈な汗が流れ出す。ー見てられない…。お前…おまえは…クソだ…。サングラスを外してブルゾンの袖で汗を拭う。ー村上…。...more19minPlay
October 09, 2016114.2 第百十一話 後半このブラウザでは再生できません。「ごくろうさん。」「ったく人使い荒ぇな。トシ。」熨子町のとある住宅の前で煙草を咥えていた古田の前に、同世代の男性が現れた。「俺も爺さんねんぞ。もうちょっとほら、依頼する要件を吟味せいま。」「いやいや。熨子山のプロである鈴木大先生以外に誰に頼めって言うんや。」「けっ。」「夜の山舐めんなってお前むかしワシに説教したいや。素人のワシが夜のあそこに入り込んだら間違いなく崖から転落、身動きとれんくなって凍死や。」「だら。こんなクソ暑いがに凍死なんかせんわい。」首に巻いたタオルで鈴木は顔を拭いた。「首尾よくいったか?」「首尾よくかどうかは分からんけど、気分は良いもんじゃねぇな。」ペットボトルの飲料を古田から手渡された鈴木は勢い良く飲んだ。「しっかしこんなんで本当に何かの効果あるんか?」「さぁ…わからん。」「卯辰山側から熨子山の山頂を通って、金沢北高に抜けるルートっちゅうけどな。本当にあいつこのルート通るんかいや。」「分からん。ほやけど人目につかんように北高に行くっちゅうたらそのルートしかないがいや。」「まぁ。」腰をトントンと叩いた鈴木は暗闇に薄っすらと見える熨子山の姿を見つめた。「しかし…鍋島がね…。」「ああ。結局、熨子山事件は北高の剣道部連中のいざこざが原因。あすこの落とし前はあすこでつける。これに佐竹はこだわっとる。」「それに鍋島も乗ってくるってか。」「ほうや。」「なんでそう言い切れる。」「鍋島は常に佐竹の動向を監視しとった。仁熊会を使ってな。」飲料を飲み干した鈴木はため息をついた。「なんであいつがそこまでして佐竹の動向を気にかけるか。そこは正直ワシにもわからん。そもそも佐竹も鍋島に対してなんでそこまで執着するんかもわからんしな。」「北高剣道部の因縁ちゅうもんは厄介なもんやな...。」「ああ厄介や。おかげでいらん仕掛けが必要になってくる。」「けどその因縁浅からぬ佐竹やからこそ鍋島を引っ張り出せるっちゅう面もあるんやな。」「ほうや。さすが鈴木先生。理解力がぱねぇな。」「ぱねぇって…トシ。お前どこでそんな妙な言葉覚えてんて。」古田はポリポリと頭を掻いた。「仁熊会はどうなんや。」「あぁあいつらはもう鍋島と接点を持っとらん。」「そうなん?」「鍋島はどうやら今川らとうまくいっとらんようや。むしろ鍋島はあいつらからその生命すら狙われる状態。」「粛清ってやつか。」「おう。そんな状況の鍋島が今川らの協力者である仁熊会に協力を仰ぐなんか考えられん。鍋島はいまは単なる一匹狼や。」「なるほど。相手がチームでかかってきたら厄介やけど、単騎なら囲い込みも可能ってか。」「ほうや。一匹ずつ確保。」「鍋島は常人では理解し難いほど頭脳明晰。んで何か知らんけどわけの分からん眼力も持っとる。」「おう。いくらあいつには味方がおらんって言っても、あいつは普通の人間じゃない。ほやから普通に接したらむしろこっちが逆襲される。」「ほんでこいつか?」鈴木は何枚かの写真を古田に渡した。それを受け取った古田は何も言わずにポケットに仕舞った。「すまん...。」「俺は別になんてことはねぇ。けどな、あの山で命を落とした連中とかのことを考えるとな…。」「...鈴木。」「あん?」「お前、ワシに言ったよな。」「何を?」「3年前、お前、熨子山事件の犯人をぜってぇパクってくれって。」「…ああ。」「ワシはその約束をまだ果たせとらん。」「ふっ…。」「今度こそは真犯人をパクる。」二人の前の家の玄関扉が開かれた。現れたのは身重の女性だった。「あぁすまんすまん。今戻る。洋子は早く休め。」鈴木にこう言われた女性は軽く頭を下げて家の中に引っ込んだ。「孫か。」「まあな。」「あれから3年…。時が経てばいろいろ変わるもんやな…。」「現役の時は仕事仕事っていって家族から逃げ回っとった俺が今ではこの熨子町に嫁さんと移住。洋子は出産のために里帰りや。」古田は煙草に火をつけた。「3年前、間宮と桐本は熨子山の山頂で殺された。一方、あいつらと同世代のうちの娘は無事結婚し出産を控えとる。」「…。」「一般の市民にそういう事件に巻き込まれんように手を尽くすのが俺ら警察の仕事やったはず。ほやけど何の因果か一般市民よりもサツカンの身内のほうが順調な人生を過ごしとる。」古田は煙を吹き出した。「鈴木。自分を責めんな。お前が引き受けることじゃない。」「…。」「ワシらの不祥事はワシらで落とし前をつける。せめてそれくらいせんとワシらはあの世で間宮と桐本に弁明すらできんわい。」「トシ…。」「もちろん一色と村上にもな。」...more11minPlay
October 09, 2016114.1 第百十一話 前半このブラウザでは再生できません。「おっしゃー。」エンターキーを軽妙に押し込んだ黒田は、天井を見つめてそのまま両腕をだらしなく垂らし、背もたれに身を委ねた。片倉から提供されたネタを裏取りせずに、そのまま右から左へと流すだけの作業とはいえ大変な作業だ。なにせ情報量が尋常じゃない。まるで洪水のようだ。黒田は疲弊しきった脳をひとまず休ませるように目を閉じて深呼吸をした。ーもう何も考えられない…。彼は部屋の壁のシミを見つめた。ー公安か…。姿勢を正して黒田はブラウザを立ち上げた。ーあいつらは何もかもが秘密のベールに包まれている。俺みたいなサツ回りの人間とも決して接点を持たない。それなのに片倉さんは自分から俺と接触を図っている。そう、熨子山事件以降からずっと…。黒田は机に置かれたペットボトルのお茶に口をつけた。ー片倉さんが俺のネットを利用した報道に共感してくれているのはありがたい。でもあの人は公安だ。思想に共感するからってだけの理由で、公安の人間がネタを俺に流してくれるだろうか…。ひょっとして俺は公安片倉肇にいいように利用されているだけじゃないのか…。黒田は自分の顔を両手で何度か叩いた。ーいかんいかん…。今、俺がやっていることはまさに俺が思っていた民主的な報道活動そのものじゃないか。たとえ俺が公安に利用されているとしても、俺も目的を達成している。あの人が言うようにWinWinの関係だ。ーふっ…おかしいな…。何も考えられないって思ったはずなのに勝手に頭が動いてる。パソコンを操作した彼は「ほんまごと」のアクセス解析ツールの管理画面を開いた。瞬間、彼の動きが止まった。「え…。」ほんまごとのPVが今までの10倍の数字を表示していた。「マジか…。」なぜ突如としてこんなアクセスがあるのか。解析ツールを操作するとある傾向が読み取れた。「ほんまごと」を閲覧する人間の殆どがご新規さん。そのご新規さんはSNSに貼られたリンクからやってきている。「俺のブログが拡散されてる?」黒田はすぐさまブラウザでSNSサイトを開いた。そしてそこで「ほんまごと」のキーワードで検索をかける。すると信じられない数のコメントが引っかかった。「今まで固定の人間しか来なかったこのブログになんで突然?」ーいくら更新の頻度が激しいって言ったって、それだけでここまでアクセスが伸びるなんて考えられない。となるとこれは、片倉さんの力以外に考えられない。でもなんでこんな公開捜査みたいな真似をあの秘匿性が高い部署がやるんだ?公安はその存在が明るみになった時点で意義がなくなる。彼は何気なくアクセス解析ツールでどの地域からのアクセスがあるのかを調べた。「あれ?」画面には日本地図が表示され、アクセスが集中している地域には濃い青色。そうでない地域は薄いもしくは白色と言った具合に色付けされている。黒田の日本地図は石川県だけが濃い青色でほかは薄青色である。「いつもと同じユーザー分布だ…。ってことは石川からのアクセスだけが急激に増えたってことになる。」腕を組んだ黒田は首を傾げた。ーなんで石川からのアクセスだけが集中してるんだ…。普通拡散って言ったら国境を超えたものになるはずなのに…。熨子山事件がいくら石川のローカルネタだって言っても、この流れは不自然だ。…まさか公安は意図的に拡散の範囲を絞り込むことができるのか?黒田は再びペットボトルに口をつけた。ーそもそも片倉さんにも俺にネタを提供するには何かの意図がある。その意図がこの結果を作り出している。つまりこの結果が片倉さんの期待していたこと。石川のネットユーザー中心に熨子山事件の情報とツヴァイスタンの情報を周知させる。鍋島の生存を知らしめる。この先にあの人は何を見てるんだ…。黒田のヘッドセットから着信音が流れた。携帯の表示は片倉肇である。ーまあ良い。乗りかかった船だ。とことん突き合わせてもらいますよ。「はい。」「記事書くスピード、上がってきたな黒田。」「ええ、なんだか慣れてきました。」「じゃあ続き行くぞ。」「はい。」「え?今川がパクられた?」神谷が大声を上げた。「ああそうだ。」「誰が…。」「お前の上司の土岐だそうだ。」「え?土岐部長ですか?」「なんでも情報調査本部による県警システムの調査の結果、今川による不正プログラムの疑いが濃厚になったらしい。結果、逮捕となった。」「え…。」「どうした?なんでそんな声を出す。」「あの…理事官…。」「何だ。」「自分、執行部になりすましてついさっきまで今川とコンタクトを取っていました。」電話の向こう側の松永は黙った。「当然、ドットメディカルにはガサが入ってるんですよね。」「ああ。」「ということは自分と今川とのやり取りは土岐部長に抑えられるってわけですよね。」神谷の首筋に妙な汗が流れた。「確かに今川に接触して嘘の情報を流したのはマズいな。」「…。」「だがその証拠を土岐部長が抑えられるか。」「え?」「そもそも彼はそんなことに興味もないだろう。」松永の発言の意味がわかりかねる神谷は言葉を発することができない。「まぁやってしまったことはどうにもならない。お前はこれからimagawaを現地でどう仕上げるか絵を書いてくれ。」「え?」「まだimagawaは終わっていない。むしろこれからだ。頼んだぞ。」「あ…ちょっと…。」神谷の言葉を待つこと無く電話は切られた。「今川が土岐部長の手でパクられたんですか。」「ええ。」「ほんじゃあ、こっちで仁熊会に回した手はどうすりゃいいんでしょうか。」「うーん…。」神谷は頭を抱えた。「あれ?警部?」「はい?」「警部、何か汗びっしょりですよ。」「冨樫さん…。」「はい?」「まずくないですか?」「何が?」「ほら俺らツヴァイスタンの執行部に成りすまして、今川を撹乱させたじゃないですか。」「あぁそれが違法とかって奴心配しとるんですか。」「はい。それに仁熊会のコントロールの件もあります。」「理事官はなんて?」「やってしまったことは仕方が無い。そんなことを悔いるよりもこれからの絵を書けと。」冨樫はニヤリと笑った。「なんです。」神谷は怪訝な顔をした。「理事官がそういうんやったらそうなんでしょう。警部はこれからの絵を描いて下さい。」「でも…。」「覚悟決めたんでしょ。いまさらウジウジ言っとっても何も事態は良くなりません。その手のヤバい捜査手法を相殺するくらいの絵描いて下さい。」腕を組んで神谷は黙ってしまった。「いいですか警部。ワシらの最終目標は朝倉です。」「…。」「今川は単なるフロント。ワシらはまずこのフロントの人間に大量の情報を浴びせて正常な判断ができんようにすることを目的とした。」「はい。」「今川は朝倉とか下間をつなげるツヴァイスタン側のHUBですわ。そのHUBが正常な動作ができんようになれば、周辺に居る連中の連携が取れんようになる。今回はHUBが故障してそれが取り除かれただけですよ。」「ですが、HUBが無くなったことにいずれあいつらは気づくでしょう。」「そうでしょうね。」「まずくないですか。」「まずいです。」神谷はため息をついた。「あの、冨樫さん。ちゃんと答えてくださいよ。はっきり言ってこれは土岐部長の暴走ですよ。部長が俺らの捜査を引っ掻き回したんです。」タバコを咥えた冨樫は神谷の訴えにニヤニヤと笑って応えた。「警部。」「なんです。」「土岐部長。警部にわざわざ電話かけてきとったでしょう。」「え?えぇ…。」「んでimagawaはお前が仕切れって。」「はい。」「警部も言っとったでしょ。ほんとき。なんで土岐部長がimagawaのこと知っとるんかって。」「はい。」「わかりませんか?」「…あ。」「ほうです。これもimagawaの一環。」「ってことは…。今川逮捕は土岐部長なりの…。」「あくまでもワシの予想ですけどね。」腕を組んで神谷は目を瞑った。「ちょっと確認します。」そういって神谷は県警本部の警備課へ電話をかけた。「あぁ神谷です。」「あっ神谷警部。お疲れ様です。どうしたんですか。こんな遅くに。」「あの…つかぬこと聞きますけど、本部で何か変わった動きは?」「え?こっちでですか?」「はい。」「あれですか情報調査本部とかってやつの帳場とか。」「それもそうですけど。本部全体で。」「本部全体ですか?そうですね、今のところ別に何の動きもありませんよ。」「じゃあ金筋(警察幹部)あたりで何かないですか。」「キンスジ?ですか。ちょっと待って下さい。えーっと…これもあれですか、帳場とか関係なしにですか。」「はい。」「えーっと…そうですね。自分が見る限りいつものとおりです。あ…。金筋は軒並み不在っす。ってか帰ったんでしょ。時間が時間ですから。」「あ…そうですか。」「どうしたんです?」「いえ。」神谷は電話を切った。「一課も二課も帳場も特に変わったところなしですよ冨樫さん。」「でしょ。」「土岐部長は県警内部でも秘密裏に動いている。」「はい。」「つまり土岐部長もimagawaの一員。」「かも。」「冨樫さん。」「はい。」「土岐部長に合流します。」「で。」「今度は俺、今川になりすまします。」煙草の火を消した冨樫は不敵な笑みを浮かべた。「おやおや。あれだけ違法なことしたってヤバいって感じになっとったんに、更に成りすましですか?」「あ…。」「いいんじゃないですか。警部。ワシもお供しますよ。」...more17minPlay
October 02, 2016113 第百十話このブラウザでは再生できません。藤堂豪の行方を追う金沢北署の捜査本部にはめぼしい情報が入っていなかった。ー発生署配備に止めろって…本部長はいったい何考えとるんや…。普通広く網かけて、だんだん狭めていくやろいや。始めっから絞って何なれんていや…。岡田は頭を抱えた。「課長。」若手捜査員が岡田の前に立った。彼はスマートフォンを手にしている。「何かとんでもない事が起こっとるみたいです。」「あ?」小声で囁いた捜査員は岡田にスマートフォンを手渡した。「え…?」それを覗き込んだ岡田は息を呑んだ。ー何やこれ…。「俺も知らんことがさっきからバンバン上がっとるんです。」ーほんまごと…。これってまさか…39「片倉さん。」「何や。」「さっきの黒田の件ですけど。」「おう。」「大丈夫なんですか。あいつ。」「あ?」「藤堂の情報を流してやってくれって片倉さんに言われてあいつの顔写真とか分かる範囲で教えましたけど。今のところどういう素性の人間かはウチらでも把握できとらんがです。」「しゃあねぇよ。分からんもんは分からんがやし。」「いや、おれが気になっとるのは、今の段階で警察が重要参考人の素性を調べきれていないってことがマスコミに突っつかれると困るってことなんです。」「心配すんな。黒田はそんなみみっちい報道をするのが目的じゃねぇ。それにお前なんねんて、若林のあほんだらに啖呵きって飛び出してきてんろ。そんな古巣のことなんかほっとけ。もしも黒田がそのことお前が言っとったように報道すりゃあいつの立場が無くなって好都合じゃいや。」ーってか何なんやこれ…。藤堂豪は鍋島惇?熨子山事件も一色のレイプ事件も背後にツヴァイスタン?ツヴァイスタンの工作活動?は?おいおいおいおい。「こいつさっきからすごい勢いで記事を更新しとるんです。ってか本当に藤堂豪は鍋島惇という男なんですか?」ー待て待て。こっちが聞きたいわ。…あ…。もしもこのブログがあの黒田が書いとるやつやったとしたら、片倉さんはこのブログを黙認しとるってことになる。ってことは…まさかこのブログ、片倉さんがわざとこの情報を上げとるってこと?「課長?」「あ・あぁ。」「なんでこのブログ、俺らも知らんネタ上がっとるんですか。」「…ふん…。創作やろ。」「でもこれがもしも本当のことやったら、いま能登イチの爆発事件で行方を追っとる藤堂豪、俺らが追っとる金沢銀行守衛殺害事件の藤堂、これが熨子山事件で死んだと思われた鍋島惇ってことになります。」「だから創作やって。ウラ取りようがねぇもんにアワアワしてどうすらんや。」「ですがこれ、SNSで拡散されとるんですよ。」「は?拡散?」「ええ。」「なに…このブログが方方で共有され始めとるってか。」「はい。現に俺もさっき知り合いからこのリンク回ってきました。」ー何やと…。っちゅうことは熨子山事件しかり、ツヴァイスタンしかり。こいつらが世間に明るみになりつつあるってか。岡田はブログ記事を読み進めた。「え?」「どうしました?」ーは?長尾?「あの…課長。」「あん?」「そんなに興味あるんやったらリンク送りますんで、課長のアドレスか電話番号教えて下さいよ。」「あ…。」「俺もやわら捜査に戻りたいんで。」「あ・すまん。」若手の捜査員は岡田にリンクを送り、その場を後にした。岡田は自分の携帯で再びそのほんまごとの記事を開いた。ーなんで長尾俊孝がこんなところに…。いや待て…反原発運動のS…。えす…。下間…。まさかこのSは下間芳夫か…。更に岡田は記事を読み進めた。「え?」思わず岡田の口から声が漏れた。ー今川が金沢銀行の橘に便宜を供与。その見返りに橘は消費者ローンにおいて外国籍を持つ連中にとって有利な融資審査をしとったやと?「待て待て待て。」岡田はA4の用紙をとりだしてそこに人物名を書き始めた。ー長尾はOS-Iすなわち今川惟幾のことについて何らかの探りを入れていた。これは間違いない。OS-IはHAJAB端末のOS。いまのところこのOS-Iが搭載されている端末は金沢銀行のシステムぐらいや。ちゅうことはまさか長尾がこの今川の不正を掴んどったってことか?白紙の中心に長尾俊孝の名前を書く。その右隣りに今川惟幾の名前を書き、その下に下間芳夫と記して括弧書きでSと書いた。そして今川のさらに右隣に江国健一の名前を書き記した。そして今川と江国から線を引っ張ってきて、そこに橘の名前を書いた。ーいやまて、さっきの記事はどうすれんて。そもそも警察関係者のMって誰なんや。心のなかでそう呟いた岡田はその用紙をぐしゃぐしゃと握りつぶした。「おい。」近くに座っていた本部捜査員が岡田の様子を見て声をかけた。「おまえどうしたんや。」「あ…いやなんも…。」「携帯なんか見てなにメモとっとらんや。」「あ・いえ…。」「携帯なんかでネタ取るよりも自分の足やと俺は思うぞ。」ーなに言っとれんて。それが詰まっとるから捜査も煮詰まっとるんやろいや。その時である。捜査本部のドアが開かれた。「あ…。」「あ…。」捜査本部に詰めていた全員が開かれたドアの方を見た。「若林署長…。」立ち止まった若林は岡田の方を鋭い目つきで見つめた。その刺さるような視線を前に思わず彼は目を背けてしまった。「岡田課長。」若林はツカツカと革靴の音を鳴らして岡田の前に立った。「なんで君がここにいるんだ?」「あの…それは…。」自分の前に立つ、若林から石鹸の香りが漂ってきた。「答えろ。」「本部長の命令です。」本部捜査員が二人に割って入った。「何?」「最上本部長のご意向です。」「最上本部長?」「はい。捜査本部の長が不在とあっては捜査は進みやしません。若林署長。あなたが不在がちであるのを見かねて最上本部長が岡田課長を主任捜査員からあなたの代わりに捜査本部長として任命しました。」捜査本部に戻ってから、何かにつけて岡田にダメ出しをする捜査員であったが、ここで味方についてくれる彼を岡田は素直に頼もしいと感じた。「ほう。」「我々は岡田課長の指揮下にあります。」「捜査の状況は?」「捜査本部から外されたあなたに説明する必要性はないかと。」「…ふん。」「若林署長。」「なんだ。」「先程からあなたから石鹸の匂いが漂ってきますが。どこぞでひとっ風呂浴びてこられたんですか?」岡田も感じていた違和感を直球で問い詰める本部捜査員の肝っ玉の座り具合に岡田は驚いた。「何言ってるんだ気のせいだ。お前が嗅いでいるのは車の芳香剤の匂いだ。」「ここに詰めとる捜査員はここ数日ろくに風呂も入れない状況が続いています。それなのにあなたは随分とこざっぱりされとるようです。」「貴様、自分の立場をわきまえろ。」「わきまえとります。」「なに?」本部捜査員は若林にだけ見えるように自分の警察手帳を見せた。「これでどうでしょう。」それを見た若林はしばらく黙った。そして無言のまま席を立った。ーなんや…。この本部の人間は…。一体何もんなんや…。二人を背にした岡田は静かに捜査本部をあとにした。「おい。」「え?」「おいこれからどうすれんて。いけ好かんキャリアはお家に帰ったぞ。」「あ…。」「あくまでも今はお前さんがこの帳場任されとらんや。藤堂逮捕のための指示を早よ出してくれ。」突然の若林の出現に取り乱していた岡田であったが、この言葉に我を取り戻した。「俺がここに戻ってきてから藤堂に関するネタは上がっとらんがですよね。」「はい。」「じゃあこれ、あんたはどう思う?」岡田は携帯を本部の人間に渡した。「ほやから言ったがいや。現場は足で稼いでなんぼって。」「いいから呼んでみて。」渋々捜査員はそれに目を落とした。時折目を携帯から遠ざけて、老眼のピントをあわせるように眉間にしわを寄せる。どう見ても嫌々である。しかしその様子はものの数分で変化を見せた。彼は食い入るように携帯を見つめる。「おい…。なんやいやこれ…。藤堂豪は熨子山事件で死んだと思われた鍋島惇やってか?」「ええ。」「3年前の鍋島の死は警察によるでっち上げやったてか?」「にわかに信じがたいネタですわ。」「確かに。けど…。」「けど?」「このツヴァイスタンの件にあるこのMって奴。」「え?M?」「おう。」「え?このM知っとるがですか?」「おう…。」「誰なんですか。」「元県警本部警備部警備課長やった三好のことや。」「え!?あの三好さん?」「ああ。この能登の不審船の話は直接本人から聞いたことある。」ー何やって…。ちゅうことは三好さんは長尾のネタ持っとる可能性があるっちゅうことやがいや。ほしたらOS-Iのこととか、長尾の死の真相も三好さんがなんかの手がかり持っとるかもしれんがいや。でも、三好さんは熨子山事件の時に朝倉本部長に更迭されて、いま何しとるんか知らんしな…。「金沢銀行の融資部長とドットメディカルの今川がコネコネやって!?関係機関に通報済み?」捜査員はこう言って頭を抱えた。「かーっ…今度は金沢銀行が二課に荒らされるんかいや…。んでまたわっけのわからん今川なんかっちゅう男が出て…。えーまややっこしい…。」ーそうや…。俺はいまは金沢銀行殺人事件の帳場を任されとる。長尾の件は一旦保留や。まずは藤堂確保に全力を尽くす。って言っても最上本部長からは騒がず焦らず、内密にと言われとる。「岡田課長。」若手捜査員が岡田の前に現れた。「どうした?」「最上本部長から電話がつながっています。」「わかった。」「別室の電話に出て下さい。」別室のソファーに腰を掛けた岡田は電話の受話器をとった。「はい。こちら金沢銀行殺人事件捜査本部。」「堅苦しい挨拶は抜きだ。岡田くん。」「はっ。」「そろそろ捜査本部の人員を別の場所に配置してくれ。」「は?」「いいか。君が間違いないと思える人間を5名程度ピックアップして今から言う場所に配置してくれ。」「どこですか。」「金沢北高だ。」「へ?」「金沢北高に5名。そうだな、年齢は40から50代の人間が良い。捜査本部から秘密裏に人員を派遣してくれ。」「は…はい。」「口が固くて君が信頼を置ける人材であることが条件だ。」「それにしてもなぜ北高なんかに。」「理由は聞かないでくれ。現地には別の指揮者ががいる。君が選抜する5名の精鋭は、捜査本部を出た瞬間から彼の指揮下に入ることになるから、そのあたりは了承してくれ。」「リミットは。」「今すぐ。10分後に5名を出発させたまえ。」「は・はい。」「若林くんにも悟られないようにな。」「かしこまりました。」「じゃあ頼んだよ。」「あ・本部長。」「なんだい。」「あの…杞憂かもしれませんが…。」「手短に。」「SNSで熨子山事件関係の捜査情報がリークされています。」「何のことだい?」「これが我々警察でも知り得なかったネタが満載のブログがSNSを使って拡散されとるんです。」「それはフィクションとかじゃなくって?」「わかりません。全く事実そのものっていうのもあれば創作と思えるようなものもあります。」「ふうん…。」「どうしますか。」「どうするかって言われても、一旦世間の耳目に晒されたたものはどうにもならんだろう。」「まぁ」「いいよ放っておきなさい。そのうち忘れ去られるさ。」最上からの電話を切った岡田は、先程の本部捜査員とほか4名を選抜して秘密裏に彼らを北署から出発させた。...more22minPlay
September 25, 2016112 第百九話このブラウザでは再生できません。自分以外誰もいないドットメディカルの廊下。暗がりの中、今川は足を引きずるように歩いていた。ー執行部と朝倉…。どっちかをとれって言われればそれは前者以外にあり得ない…。だが…。自室の扉を力なく開いて中に入った彼は、そこにあるソファに見を預けた。そして自販機で買ってきた缶コーヒーの蓋を開け、それに口をつけた。甘いコーヒーが喉を伝って胃に送り届けられる。同時に糖分が染み渡り、それが血管を介して自分の脳に送り届けられるような感覚を彼は抱いた。「はぁ…。」思わず深い溜息が漏れた。ー熊崎にはまだ連絡を取っていない…。朝倉にどう取り繕えばいいんだ…。おもむろに立ち上がって、彼は再びパソコンの前に座りそれを覗き込んだ。執行部からの連絡はない。ーなにをどう報告しても待機。自分で何のアクションも起こせないってことがこれほど不安なもんだとは…。今川の首筋には尋常でない汗が流れていた。ーはやく命令をくれ。今川の席の固定電話が鳴った。「え…。」机の上に置かれた腕時計を見ると時刻は22時を回っている。「誰だ…。」今川の心臓が激しく脈打った。ーまさか朝倉…。いや、なんであいつがいちいち俺のオフィスに電話をかけてくる…。ああ、そうか…。俺が本当に仕事をしているのかどうかを探るためか…。まて…もし朝倉だったら熊崎の件はどう報告する…。いいアイデアが浮かばんぞ…。ああ…駄目だ…頭が働かない…。だが…かと言って無視するわけにもいかない…。今川はコーヒーを飲み干して、震える手で受話器を持ち上げた。「はい…。ドットメディカルです…。」「なんだまだ仕事場か。」ー朝倉…。やはり…。「え・えぇ…。」ーどうする…俺…。「なんだかバタバタしてまして。」「雑多な仕事は部下に任せろ。貴様、ひとりで仕事を抱え込んでるんじゃないのか。」「いえ…その…。」「どうした。らしくないぞ。」「あ…はは…。」「貴様が愛想笑いとは…。相当来ているな…。」「あ・えぇ…そうですか。」「まぁそんな状況でも命令を忠実にこなす。それが貴様の能力の高さだ。」ー来る…。「掃除の発注、ご苦労だった。」「え…?」「業務多忙の折、そつなく掃除の手配。奴も貴様の能力の高さを買っていたぞ。」ーえ?なんだ?俺が熊崎に依頼をかけただと?「あ…ええ…。」「これで明日は綺麗になる。」ーまさか執行部が手を回してくれたのか…。そうに違いない。適当に合わせておこう。「はい。」「後はお前自身の掃除当番をこなすだけだな。」「ええ。タイミングを見計らって。」「では後日。あまり無理をするなよ。」「了解。」「おお怖い。貴様は怖い男だなぁ。」朝倉からの電話が切られたと同時に、今川は脱力した。ー助かった…。しばらくの間、彼は机の上に突っ伏した。ーやっぱり執行部だ。朝倉を売った俺の判断に狂いはなかった。起き上がって彼は窓際に立った。ブラインドの隙間から見える眼下のドットメディカルの社員駐車場には今川の車しかない。ー無理をするなだと…。誰が無理をさせていると思っているんだ…。再び固定電話が鳴った。「ちっ。」ーまたかよ。用心深い奴だ。もうお前には用はないんだよ。咳払いをして彼は電話に出た。「はい今川です。」「部長。すいません。」「え…?」「あの…電気がついてたんで…。」「え…。」「父の家の帰りに会社の前と通ったら、部長の部屋だけまだ電気が点いていたんで差し入れ買ってきました。」「あ…。」ーあぁさっきのあいつか。「いま通用口の前なんですけど、会社に入れなくって。」「あぁ済まない。気を遣わせてしまって。ちょっと待っててくれ。」電話を切った今川は通用口に向かった。ー親父さんの介護で疲れてるだろうに…。そこまで気を遣わなくてもいいんだが…。でも…助かるな…。通用口の前に立った今川は鍵を開け扉を開いた。「お疲れ様です。」そこにはコンビニ袋を下げた先ほどの彼が立っていた。「これ…良かったらどうぞ。」「ありがとう…。」今川はそれを受け取った。「部長…。」「なんだ?」彼の顔がどこか元気の無いもののように見えた。「ははは。お前こそ無理すんな。疲れた顔してるぞ。」今川は彼の肩を軽く叩いた。「親父さんの介護、やっぱり大変なんだろう。なんだったら勤務形態の相談にのるぞ。」「あの…。」差し入れを持ってきた男の両側から、突如スーツ姿の男達が何名も現れ、それらが彼の姿を消してしまった。「え?」スーツの群れを割って眼鏡を掛けたひとりの中年男性が現れた。「警察だ。」男は胸元から警察手帳を取り出してそれを今川に見せた。「警視長 土岐総司?」「今川惟幾だな。不正指令電磁的記録に関する罪の疑いで逮捕状が出ている。」「なに!?」男は腕時計に目を落とした。「22時33分。逮捕。」今川はたちどころに土岐の周囲の男達に取り押さえられ、手錠をかけられた。「な!何をする!」「話は署で聞こうか。ついでにおたくの会社の中検めさせてもらうぞ。」「ま・待て!」「おい。始めろ。」土岐の号令で、彼の部下と思われる捜査員たちが次々に会社の中に入っていった。「おい!何なんだ!」両脇を抱えられて身動きがとれない状態の今川に土岐は自分の顔を近づけた。「県警のシステムに悪さしただろう。」「何のことだ。」「とぼけるな。」「待て何かの間違いだ。」「その手の言い訳は署でゆっくり聞く。」「ちょ…ちょっと待て。」ため息をついた土岐は神妙な顔を今川に見せた。「気付け。」「え?」「尻尾は切られたんだ。」「しっ…ぽ…?」「お前は捨てられたんだよ。」「な…に…?」「悪く思うなよ。」土岐は不敵な笑みを浮かべた。それを見た瞬間、今川は何かを悟ったようである。ーま…まさか…あ…朝倉が…。1台のワンボックスタイプの車に今川が連行された。ーなんだ…これは…何かの間違いじゃないのか…。執行部は…執行部は何をやっている…。そうだ、後で手を回してくれるに違いない…。執行部とのやり取りは都度完全に消去している。足がつくことはない…。え…俺…消した?いや…待て…まさかうっかり残ってるなんてこと…。駄目だ…記憶が曖昧になっている…マズい…。もしも残っているとしたら…。彼の顔から血の気が引いた。「あ…忘れ物…。」彼は両脇を固める警官を振り切るように車外に出ようとした。しかしそれは虚しくも瞬時に静止された。「何を忘れたってんだ。」「あ…いや…。」「これか。」隣りに座る警官がコンビニ袋を今川に渡した。袋の中を除くとサンドイッチと無糖の缶コーヒーが入っていた。「お前さん良い部下もったな。」警官は外に向かって顎をしゃくった。そこには呆然と立ってこちらのほうを見つめる部下がいた。「勘違いすんじゃないぞ。」「え?」「あいつはお前さんを俺らに売ったわけじゃない。あいつは本当にお前さんのことを思って、こいつを買ってきたんだ。」「どういうことだ。」「ここにガサ入れるのは決まっていた。俺らは物陰に隠れてガサのタイミングを見計らっていた。そこにあいつがこいつを持ってひょっこり現れた。あいつは俺らに気づいて『何やってるんだ』と言ってきた。」「…。」「警察だ。斯く斯く然々でおたくの会社を調べると言ったら、何かを悟ったかのような顔をしてあいつはこう言った。」今川が乗った車はゆっくりと走りだした。「何を…。」「会社の中にひとり、メシも食わずに仕事をしている上司がいる。せめてそいつに差し入れだけはさせてくれって。」咄嗟に今川は振り返った。部下が心配そうな顔でこちらを眺めている。ーなんてことだ…。俺なんかに...お前は…。徐々に遠くなる彼の姿を見て、今川に熱いものがこみ上げた。捜査員がドットメディカルの中に入っていくのを見届けた土岐は自身の車に乗り込んだ。懐から携帯電話を取り出し、彼はそれを耳に当てた。「今川パクりました。」「容疑は。」「不正指令電磁的記録に関する罪の疑い。」「良くやった。」「ひ・弘和は…。」「あぁ直ぐにでも釈放させよう。」「お願いします…。」「心配するな。貴様の誠意は痛いほどこちらに伝わった。」「は…はい。」「ところで情報捜査本部はこれからどうなる。」「一応、本丸をパクったのでこれからは奴の周辺を抑えに入ります。」「HAJABの江国とドットメディカルの七里か。」「…もうご存知でしたか。」「ああ。」「県警の情報改竄に関するこいつらの関係性を今川から引き出して、パクる手筈です。」「わかった。」「部長。お願いします。弘和を…。」「もうしばらくしたら貴様の奥方から連絡が入るだろう。無事釈放されましたってな。」「あ・ありがとうございます。」土岐は誰もいない車内でひとり頭を下げた。「幕引きだな。」「え?」「最も強固であるべきな警察のシステムに、外部の人間が侵入し情報を改竄したと世間に明るみになれば、世論は黙っていない。警察の信用にも関わる話だ。今回の件は内々で消化したほうが良い。」「ごもっともです。」「警察には非はない。これで幕を引け。」「…はい。」「それにしても貴様は運が良い。」「は?」「息子が傷害事件を起こして、自分の出世の道は絶たれたと絶望が襲い掛かってきたのに、それを秘密裏にもみ消すことに成功した。挙句、県警システム侵入の被疑者を逮捕。警察内の貴様の名声は一気に高まる。」「これも部長のお力とご助言の賜物です。」「何を言っている。貴様の誠意の賜物だ。」「は…はい…。」「土岐。貴様、本部長になりたくないか。」「え?」「貴様の誠意次第で俺はなんとかできる。」土岐は黙った。「このまま田舎の県警の管理職で終わるか。それとも一国一城の主となるか。」「…考えるまでもありません。」「いい心がけだ。土岐。強い警察は貴様のような人間によって作られる。」「私には過ぎたおほめ言葉です。」ここで土岐の携帯にキャッチが入った。「部長。すいません。家内からです。」「ふふっ…早期の幕引き頼んだぞ。」「はっ。」「え?今川をパクった?」情報調査本部の外の廊下で携帯電話を手で覆いヒソヒソ声で話す十河の姿があった。「ちょ…部長。話が違うじゃないですか…。部長はサツ内部のさんずい洗って、民間関係はウチに任せるって…。…え?事情が変わった?」十河は喫煙所の方に向かった。「ええ…。ええ…はい…。え…。はい。七里と江国のガラはすぐにでも抑えられます。え?とりあえずで抑えるんですか?でも…ほんなあやふやな感じでいいんですか。」喫煙所に入った十河は急いで煙草を取り出してそれに火をつけた。「はい。はい…。ほやけどほんなことすっと…。え?」十河の動きが止まった。「なるほど…そうですか…。どうりで…。(ほんなら部長が仰るようにこっちは動きますか…。)」携帯電話を折りたたんだ十河は、勢い良く煙を吹き出した。「下衆の極みやな。」煙草の吸殻を灰皿に投げ入れ、彼は足早に調査本部に向かった。...more24minPlay
September 18, 2016111 第百八話このブラウザでは再生できません。バスの中から外を眺めていた彼は丸型のサングラスを外し、ポケットの中からフォックス型のものを取り出してそれをかけた。ーさっきからパトカーがうろついている。数が尋常じゃない…。「おい。これ見たか。」「なんやって。」「え?おまえ知らんが?」「だから何やって。」「ほら。」彼の前に座る学生風の男子がもう一方の男子に自分のスマートフォンを手渡した。「熨子山事件?」「おう。」「え?これ何やったけ?」「え…おまえもう忘れたんけ。」「え、何の事件け。」「うっそやろ…ほら3年前にあった連続殺人事件。」「あーなんかあったな。確かあれ警察のキャリアがすっげえ人殺したとか。」「だら。違うって。そのキャリアは殺されとって真犯人はそいつの高校時代の友人の村上って奴やってんて。」「へーほんで。」一方の学生は気のない返事をした。「何け興味ないが。」「おう。だって終わったことやろ。」「お前、他人事やな。」「ほんな他人の話に喰いついとっても俺になんの得もないし。」携帯を見せた方の学生はつまらない顔をしてそれを彼から取り上げた。「なんねん冷っめてぇな。」「…冷てぇってお前…。」「なに。」「お前さ。仮に俺がもしもお前と俺の共通の友人をなんかのはずみで殺してしまったりとかしたら、どう思う?」「へ?」「それって他人事になるんけ。」「え…なんなんお前。」「この熨子山事件って、そんな高校時代の人間関係が絡んどれんて。」「はぁ?高校時代のそれがいい歳こいたおっさん連中の中で尾を引いとるってか?」「ああ。高校の同期でこうもややっこしい関係引きずって、憎しみ合って人殺しってやっちまうもんなんかな。」「なんねんてそれ。」「このほんまごとってブログ、熨子山事件のこと3年前に事件が解決したって言われてからもずーっと追っかけ取材しとれん。」「ふうん。」「人間関係がすっげぇ複雑ではっきり言ってよく分からん事件ねんて。」「あの…それってそのブログ書いとる人のまとめ方が悪いだけなんじゃないが。」「確かにそういう部分ある。けどこのタイミングで一気に新しい情報が更新されとるんや。」「どういうこと。」「新しい情報がどんどん更新されて、点と点が繋がっていっとるんやって。」「点が繋がる?」「おう。」「具体的には?」「それは俺の口からだけじゃお前に伝えきれん。」「なんで。」「情報量が多すぎるから。」「そこをお前のまとめ上手なところで簡単に説明してくれま。」「どいや。お前興味なかったんじゃないが。」「なんかお前の話聞いとったらちょっと興味湧いてきた。」「わりいけど本当に無理やわ。話しだしたら3時間38秒は最低でもかかる。」「なんやその意味不明な時間の刻み。」「ははは。リンク送ってやっから、後で読んでみてくれ。」「わかったよ。」「すいません。」後席に陣取っていた男が二人のやり取りに割り込んできた。とっさに振り返った2人の目に全身黒ずくめのサングラス姿の男が飛び込んだ。真夏にもかかわらずブルゾンを着込んでいる男の出で立ちに彼らは異様さを感じ取った。「ちょっとそのブログってやつ見せてもらえませんか?」「え?」学生たちはお互いを見合った。「あ、それ奪って逃げるとかしませんよ。なんなら携帯の使用料も払います。」男はポケットから1万円札を取り出してそれを学生に見せた。「え?一万も?」「お釣り入りません。興味あるんですよその事件。」「え…でも僕ら次の停留所で降りるし…。」「心配ありません。直ぐ終わります。」『次は橋場町橋場町です。ひがし茶屋街はこちらでお降り下さい。』「直ぐって言っても、ほんとにものの二三分ですよ。」「大丈夫です。」男は1万円札を強引に学生のポケットにねじ込んで、彼から携帯電話を拝借した。何度かタップやスクロールをすると再び車内アナウンスが流れた。『はい、橋場町橋場町です。お降りの際はお忘れ物のないようご注意下さい。ご乗車ありがとうございました。』「はいありがとう。」そう言って男は学生に携帯を返した。「え…。」「これだけ読めれば充分です。ほら着きましたよ。」「あ…。」「降りないんですか?」「そんな…こんな大金もらえません。」「じゃあ私がここで降ります。」「え?」立ち上がった男は前方の降車口に向かって行き、運賃箱に500円玉を放り込んでバスを降り、そのまま闇夜の中に消えていった。「なに…今の…。」「おい。どうするよこの金…。」浅野川大橋を渡りきった男はふと振り返った。彼の視線の先には川沿いの公園があった。ー相馬…。ー3年前ー「よくやったな。鍋島。」「あん?」「流石の手際の良さだ。」「はっ…ちっとも嬉しくねぇな。」「後はキャプテンがうまくやってくれる。」「そりゃそうだ。でないとあいつもボロ出ちまうからな。」「まあ...。」「で、どうなんだ。今川さん。」観光客で賑わうひがし茶屋街のとある喫茶店。ここで鍋島と今川は向い合って座っていた。「ああ残留孤児のネットワークは調べ済みだ。彼らに対する経済的援助のシステム構築がお前の予てよりの希望。それを実現するにはあと1年程度が必要だ。」「1年だと?」「ああ。」「おい話が違うぞ。」コーヒーカップを置いた鍋島は今川に凄んだ。「まぁ待て。この手のシステム構築にはそれなりに時間が掛かる。いま焦ってお前が思っていることを無理やり実行すると、必ずどこかで綻びが出る。」「ふっ…いつもそうだ。」「何がだ。」「いつもそう言って先送りだよ。」「いや着実に準備は進んでいる。」「具体的に説明しろ。」今川は一枚の名刺を取り出してそれを鍋島に見せた。「橘圭司?」「ああ。金沢銀行金沢駅前支店の次長だ。」「金沢駅前支店…。」「そうだ。佐竹の直属の上司だ。」「こいつが何だ。」「今回の熨子山事件の一件での卒のない対応が評価され抜擢人事の候補に上がっている。」「ほう。」「佐竹はあの事件以降、精神的に不安定な状態になった。そのフォローをこの橘が行っている。そのあたりの面倒見の良さも上層部の目に止まったんだろう。」「けっ。」「因みにこの橘は金沢銀行の総務部にHAJABを紹介した人物だ。この橘の仲介のおかげでドットメディカルは金沢銀行との契約のきっかけをもった。HAJABの社長は江国健一。こいつがあの国の人間だってことはお前も知っているだろう。」「ああ。」「つまり橘と言う人間はこちら側に同情的なんだ。」「同情なんざいらないぜ。」「ああ言葉が悪かった。正確に言うとシンパだ。」「シンパ?」「橘は学生時代、学生運動に傾倒した経歴を持つ。」「なるほど。そうだな。今川さんらが何のツテもなく、ただの飛び込み営業で金沢銀行にパイプを作るわけなんかあり得ないと思っていた。」「そうだ。」「そういう左巻きの思想を根っこに持っている奴は、何かにつけて現体制を快く思わない思想を持ち合わせている。」「その通りだ。我々はこの橘圭司とは与し易いと考えた。」「で、今回その橘がまんまと金沢銀行の中枢に入り込む余地ができた。おたくの契約関係もこのまま行けばうまくいく。金沢銀行のシステムを構築して自分らに都合の良い環境を作り出し、金沢銀行内部でのヒューミント要員も確保する。その全体的なシステム構築まで1年程度の猶予が必要ってことか。」「ああ。」鍋島は黙った。「だからもうちょっと待て。鍋島。お前が思う残留孤児の経済支援システムは着実に構築されようとしている。」「今川さん。」「何だ。」「1年の猶予はよく分かった。けど、俺はその1年の時間も惜しい。少しでも同胞の力になりたいんだ。」今川はため息をついた。「頼む。取り急ぎ困っている奴を教えてくれ。」「教えてどうする。」「個人的に援助したい。」コーヒーに口をつけた今川はサングラスをかけた鍋島の目を見た。「事件から2週間。」「ん?」「本多善幸に検察のメスが入って、熨子山事件はいま本多の疑獄事件一色だ。」「そうだ。」「お前が言っている残留孤児の問題はメディアに取り上げられることは殆ど無い。」「世間的にはどうでもいいことなんだよ。やっぱり。」「いくら村上があいつらの支援をしていたって背景があっても、それは黙殺か…。」「村上という名前は俺の前で出すな。」「鍋島。」「なんだよ。」「確かに俺は村上を消せという指示をお前に出した。」「だからちゃんと仕事したろ。」「ああ。見事だ。しかしな。」「なんだよ。」「村上が居なくなって困っている残留孤児が実はいる。」「あ?」今川は一枚のペーパーを鍋島に見せた。「相馬卓。県内の工場に勤務する男だ。」「こいつがどうかしたか。」「こいつの今の職場を斡旋したのは村上だった。」「え?」「この工場は本多の熱心な支援団体だった。しかしその本多は今回の事件で失脚。工場に本多を支援するメリットはななった。そして本多と工場を繋ぐ役割だった村上も連続殺人犯としてあの事件に登場。挙句お前によって消された。これによって相馬卓の周辺環境は激変する。村上という人殺しが斡旋した人物が職場にいる。このことは工場側にとって迷惑な話だ。人事からの相馬へのプレッシャーは厳しく、こいつは仕事に難癖つけられて首になった。」「まて、村上とこいつは何の関係もないだろう。」「そうだ関係ない。だが十把一絡げにみる世間があるのも事実。」肩を震わせる鍋島は拳を強く握りしめた。「お前が村上の支援のスタンスを快く思わないのは分かる。だが、実際あいつの支援で生計を立てていた連中もいるんだよ。」「…この相馬とコンタクトはとれないのか。」「駄目だ。いまお前がしゃしゃり出るといろいろと面倒なことになる。」「じゃあどうするんだよ。」「お前に村上を消せと命令した手前、俺にもこの事態の責任の一端がある。そこで提案だ。」「あん?」「この相馬という人物、いま橘と接触している。」「なに?」「さっきも言ったとおり、橘はこちらに取り込んでいる。奴の本気度合いを測るために、いまこの相馬に融資を出してみろとこちらから働きかけている。」「なるほどね。」「だがあいつの頑張りだけではどうにもならない場合も想定しなければならない。」「どういうことだ。」「金沢銀行の中の別の人間にも一応協力を仰いでおいた。」「流石だな。誰だ。」「総務部長の小松だ。」「総務部長?」「ああ。金沢銀行のシステム導入の決済権を持つ人物だ。」「システム関係でもうそんなところまで取り込んでいたのか。今川さん。」「まあな。」今川は不敵な笑みを漏らした。「だが、その総務部長って奴が融資に権限があるのか。」「あるさ。小松は融資部長の小池田と懇意でな。」「なるほど。」「そこでだ。」「なんだ。」「おそらく橘はなんとかして相馬の融資を実行までこぎつけるだろう。」「ああそうあって欲しい。」「実行されるとそれは翌月から必ず返済というものがつきまとう。」「当たり前だ。」「しかし相馬は今のところ定期収入の道は絶たれている。放っておけば融資はしたが焦げ付いてしまったってことになれば、橘の立場も小松の立場もなくなる。」「そうだな。」「そうなるとやっぱり残留孤児なんかに融資するんじゃなかったとなるだろう。」「ああ。」「だからお前には金主になって欲しいんだ。」「どういうことだ。」「なんでも良いから仕事を振ってくれ。」「仕事?」「ああ。お前の仕事を橘経由で相馬に依頼する。その報酬としてお前からの金を俺が責任をもって橘経由で相馬に渡す。」「仕事っていってもな…。」「久美子はどうだ。」「え?」「お前あいつに未練あるんじゃないのか。」鍋島はしばらく黙った。「知ってるぞ。山県久美子はお前の子を一度身籠った。しかし一色によってそれは堕ろされた。」「黙れ。」「黙らない。」「うるさい。」「うるさくない。事実だ。」鍋島は反論できなくなった。「お前は見事その復讐をやってのけた。だが一色の死を知った山県久美子はいまはもぬけの殻状態。下手をすると自分で自分の存在をこの世から消し去ってしまうかもしれない。心配じゃないか?」「…。」「どうだとりあえず久美子の様子を監視する仕事を相馬に与えては。」鍋島は考える素振りを見せた。「相馬の金銭的な援助もでき、お前の心配事も少しは解消される。WinWinじゃないか。」「…。」「俺としても新規の協力者はありがたい。相馬には俺からも橘を介して仕事を依頼しようと思う。」「…いいだろう。」「さすが物分りが良いな。」今川は鞄の中から一冊の銀行通帳を取り出した。「コンドウサトミ名義の通帳だ。こいつを使え。」「何?おい待て。コンドウサトミなんか使うと足がつくぞ。」「大丈夫だ。コンドウサトミは架空の人物。七尾で死んだのは鍋島惇だ。まさか本当にコンドウサトミの名前で銀行口座があるなんて警察は思いやしないさ。」キャッシュカードを添えて今川はその通帳を鍋島に渡した。「さっき言ったろ。総務部に協力者がいるって。」その言葉を聞いて鍋島はそれを胸にしまった。「とりあえず俺が相馬にやってやれることはこれぐらいだ。1年後にはお前の言う残留孤児支援はシステム的にできるようになっているさ。」「すまない。今川さん。」「なに。これも我々の目標とするものを成し遂げるために必要なことさ。」ー橘の不正は明るみになり、俺は相馬に裏切られ、今川もネットで追いつめられ始めたか…。咄嗟に鍋島は物陰に身を隠した。1台のパトカーが赤色灯を灯して走行するのをやり過ごして彼は再び歩き始めた。ーさっきから警察の車がやけに目につくな…。街の中はこれ以上歩けない。となるとやっぱり…。彼の視線の先には月明かりによって辛うじて姿が見える卯辰山とその後方に位置する熨子山の稜線があった。「俺を呼んでるのか。佐竹よ。」...more26minPlay
September 15, 2016110.1 【お便り紹介】このブラウザでは再生できません。今回は明けと鯖さんからのメッセージを紹介します。一週間お休みの件/スピンオフ/体調...more7minPlay
September 11, 2016110 第百七話このブラウザでは再生できません。「え?相馬周が?」「はい。突然私の家に電話かかってきて、古田さんを紹介して欲しいと。」「…そうですか。」「これもアレですか?」古田は懐に忍ばせてあった封筒の中から便箋をとりだして、それに目を落とした。「…わかりません。ほやけど西田先生。おたくの教え子がワシの素性に気がついたのは確かや。」「そうですね。」「一般人が警察関係者に用事があるときは何かの困り事を抱えとるって相場は決まっとる。」「ええ。」「市民が困っとる状況をワシは放っておけんですわ。」「じゃあ。」「ワシから相馬に電話します。あいつの番号教えて下さい。」相馬の携帯番号を聞いた古田はメモを取り電話を切った。「なんです。古田さん。」神谷が尋ねる。「相馬周がワシと連絡を取りたいと。」「相馬周?」「はい。」「…え?さっき理事官から麗と長谷部によって拉致された可能性があるって報告が入った、あの相馬ですか。」古田は煙草に火をつけ、深呼吸をした。ー周が西田経由で古田さんにコンタクト…。となると拉致の線は薄いな。半強制的に連れ去られるような状況下で他者との連絡をとることなんて普通許されるもんじゃない。だがどうして下間麗はこの段階で周を連れ去ったんだ…。しかも長谷部という男の力を借りて。まわりまわって麗のほうから警察の方にコンタクトをとる形になっているじゃないか…って…まさか…。「神谷警部。」「あ…はい。」「あとは警部にお任せしてよろしいでしょうか。」「え?」「ちょっくらワシは外に出てきます。」ーそうだ…。古田さんは警察官じゃない。ただのOBだ。しかも片倉課長のエス。古田さんに指示を出すような権限は僕にはない。「これから先も当初の警部のシナリオどおり。こっちはこのまま徹底的に今川を追い詰めてやりゃ良いと思いますよ。こんだけネタがSNSで一定のところに拡散しとるんや。執行部・朝倉・世間・警察の目が一斉に今川に注がれる。どんな人間でもこうも監視の目がきつくなったらKOですわ。」「ですがそうなったら最悪、今川が自ら命を絶ってしまうなんてことも考えられませんか。」「それは大丈夫。」「え?」「警部。あんたはあんたの判断を信じてやりゃあいい。」神谷は唾を飲み込んだ。「あんたの下にはマサさんっちゅうベテランがおる。マサさんと相談してあんたが決断すればいい。」古田は冨樫を見た。「なぁマサさん。」「古田さん。どえらいプレッシャーかけますね。」「プレッシャーじゃないわいね。」「じゃあなんですか。」「信頼や。」「…ふっ。」古田は二人を背にした。「古田さん。」神谷の声に古田は足を止めた。「気をつけて…。」彼は右手を上げて神谷に応え、そのまま部屋を後にした。「警部。」「なんですか。」「警部。今川の自殺を気にかけましたね。」「ええ。」「それはきっと別の人間が対応しとると思いますよ。」「え?なんでそんなこと言えるんですか。」「…勘です。」「勘?」「なんか臭うんですよ。」「どういうことですか。」「このimagawa。とんでもなく大きくて、深い作戦のような気がするんです。公安畑のワシらにも気づかれんように、相応の人間が動いとる。そう感じるんです。」「それは僕もなんとなくそう思ってますけど。」「しかもそいつは警察内部に入り込んだツヴァイスタンのエスに気づかれんように実行せんといかん。imagawaの連中が直接連絡をとりあうようなことをしとると。どっかからそれが漏れる可能性がある。」「ええ。」「そう言う時は日本人らしく呼吸で意志を確かめあうしかない。」「呼吸ですか。」「はい。阿吽の呼吸ってやつですよ。」「阿吽って…。」冨樫はキーボードのF5ボタンを押下した。ブラウザの読み込みバーが伸びてページが表示された。「あ…。」「なんですか。」「至急報3が来とります。金沢銀行融資部の橘が不正を働いていたとのリーク情報です。」「え?橘が不正?」パソコンの画面を覗き込んだ神谷は記事を読み込み、顎に手を当ててしばらく考えた。「金沢銀行の橘が外国人を親戚縁者に持つ連中を中心に、消費者ローンを不正に実行。その背景に…今川からの資金提供…。」「警部…これ。よう読んだら金沢銀行は関係機関に通報済みやって書いてありますね。」「確かに…ってことは、すでに当局は今川をマークしてガサ入れの準備をしているってことですか。」「そうでしょう。」「あ…。」「どうしました。」「まさか…。」何かに気がついたのか口をあんぐりと開いている神谷を見て、冨樫はニヤリと笑った。「さあ警部。今川をパンクさせてやりましょうか。」神谷たちがアジトとする部屋を出た古田はエレベーターに乗り込んだ。そして携帯電話を取り出した。「相馬周からワシに接触してきた。」「…。」「かねてからの予定通り事をすすめる。」「…。」「そうや。今日明日がヤマや。」「…。」「そっちは任せたぞ。片倉。」「どうねんて相馬。」ハンドルを握る長谷部は電話を切った相馬に声をかけた。「わからん。とりあえず古田さんから俺んところに電話かけてもらうよう言った。」「違うって。そんでその古田って刑事にお前、なに頼むんやって。」「わからん。」「はぁ?」「わからん。けどこのおっさん、一色さんともなんかの接点あったんやから、下間さんのことも何かしら知っとるかもしれん。」「だから、そんな回りくどい事やって何なれんて。その何?チヨダ?とかっていう部署の京子ちゃんの親父さんと直に連絡とってどうすりゃいいんか聞いたほうが手っ取り早いがいや。」「長谷部君。それって多分違うと思う。」麗が口を挟んだ。「なんで。」「長谷部君。そのままハンドル握ってルームミラー見て。」「え…。」「後ろに1台の車いるでしょ。」「う・うん。」「多分、あれ警察よ。」「え?」思わず長谷部はアクセルから足を浮かせた。「駄目よ。そのまま走って。」間髪入れずに指示を出す麗に長谷部はアクセルを踏み込んだ。「う・うん…。」「さっきから気になっていたの。同じ車じゃないけど、私らの後ろに必ず車が走ってる。」「え…。」「長谷部君。さっき私言ったじゃない。」「何を。」「京子ちゃんのお父さんが所属するチヨダっていうところは、ただの公安部署じゃないの。同じ警察の組織の中にいても、誰もその人らがどういった仕事をしているか知らないほど秘匿性が高い部署なの。」「それがこれと何の関係があるって…。」「いい?秘匿性が高いってことは、そこで何かの大きなアクションを起こしたらいけないってことなの。目立った動きをすれば、それはどこからか外に漏れる。そう、同じ警察内部に。」「同じ組織内に情報が漏れるって言うけど…それっていわゆる情報の共有化ってやつじゃ。」「違う。違うの。いい?相手はチヨダよ。普通の会社と一緒にしちゃいけないよ。あそこは本当に誰も何をやっているのか知らないの。知られたら最後、あの部署の存在意義はなくなるの。だから同じ組織内の人間すら欺くことだってする。」「うーんどういうことなんか俺にはさっぱりよくわからん…。」「とにかく今は京子ちゃんのお父さんとコンタクトを取ることは得策じゃない。相馬くんの考えに私は乗るわ。」「ねぇ周。」二人のやりとりを横目に携帯を見ていた京子が相馬に声をかけた。「うん?どうしたん。」「ほんまごとねんけど…至急報3上がっとる。」「次はどんな内容け。」「当の今川登場。」「…え。」相馬は自分の携帯でほんまごとにアクセスした。「今川って奴、下間さんちだけじゃなくって、金沢銀行まで操ろうとしとってんね。」「ちょ…。」「それにしても何なんかねー。この金沢銀行って。守衛殺されたり、総務部長が遺体で見つかったりとか…挙げ句の果てには現役の部長がこの今川と…。」京子は携帯を手にする相馬の様子がおかしい事に気がついた。「周?」「なんで…。」「ねぇどうしたん周。」「…この橘ってひと…。」「え?」「この橘って人…知っとる…。」「え!?」「俺の親父の友達…。」ほんまごとが表示されている携帯電話の表示が切り替わった。見覚えのない番号からのものである。ー来た。唾を飲み込んだ彼は受話ボタンを押下した。「はい…。」「相馬周さんですね。」「はい。」「古田です。」「は・はじめまして…。」「はじめてじゃないですよ。」「あ…。」ーこの古田って人もあの時の俺、覚えとる…。「で、私に話とはなんでしょうか。」「あの…。」「下間麗のことですか。」いきなり核心を突く言葉を発した古田に、相馬はこの時すでに何もかもが相手方に見透かされていることを悟った。「もう…それを…。」「相馬さん。そのまま車を金沢北高へ向けて走って下さい。」「え?北高?」「いいから。」「なんで?」「いまあなたらが警察の前に出ると捜査がややっこしくなる。」「でも。」「あんた達4名の身の安全は確保されとる。その証拠にあんたの後ろに車がつけとるはずや。」後部座席の相馬はそのまま振り返った。長谷部の車の後方30メートル先に1台の車がつけていた。「心配はない。あんたらの動向は警察によってしっかりマークされとる。そいつら以外の人間があんたらに接触することは難しいがになっとる。」「でも…なんで北高…。」「理由はいま言えません。」相馬は長谷部に北高に進路を取るよう指示した。「とにかく北高に来てください。そうすればなんとかできるかもしれん。」「かも?」「はい。こっから先はシナリオにない部分。あんたもワシもその場の判断で凌ぐしかない。」ーシナリオ…。相馬の脳裏に3年前の北高で京子が一色に尋ねたやりとりがよぎった。「その必勝の形に相手をおびき寄せたり、試合の主導権を握れば合理的ってことですよね。」87「ああ。」「でもそれができん時はどうすればいいんですか?」「…それは勘がモノを言う。」「勘…ですか?」「ああ。それは反射神経以外のなにものでもない。」「古田さん。ここからは想定の範囲外ってことですか。」「うん?」「必勝の形はこの先にはないってことですか。」電話の先の古田はしばらく黙ってそれに答えた。「そうです。ここまではある程度は想定内とも言えるでしょう。」「ということは僕や京子ちゃんが下間さんと会って…。」「一色からの手紙を受取った人間はあなただけじゃありません。」古田は相馬の言葉を遮った。「え?」「ワシもあいつからその手紙をもらった人間のひとりです。」「僕らだけじゃない…?。」「とにかくこっから先を詮索しとるほど、いまは悠長な情勢じゃない。なんとしてもimagawaを終結させる。相馬さん。あんたがまずワシと連絡を取ろうとした判断は正解や。」「どういうことですか。」「ワシの勘がそう言っとる。」...more21minPlay
August 28, 2016109 第百六話このブラウザでは再生できません。次々とブログによって明らかにされた工作活動の実態に、麗は観念した様子だった。しかしその表情はどこかさっぱりとしたものだった。「このブログに出てくるSは下間芳夫。私のお父さんよ。」運転席に座る長谷部も、後部座席の相馬も京子も何の言葉もかけることが出来なかった。「この中に出てくる仁川征爾は私の兄さん。下間悠里。仁川征爾は長谷部君も相馬君も見たことあるはず。」「え?」「コミュのインチョウのことよ。」「ま…マジ?」「ええ。ドットスタッフ社長。仁川征爾よ。」「え…。」長谷部の歯はカタカタと音を立てだした。彼は車中でツヴァイスタン時代に兄の悠里が家政婦を殺害したエピソードを聞かされている。今読んだほんまごとの記事によると、この仁川と名乗る麗の兄は能登の漁村でも通報者を殺害した疑いがあるとのことだ。ツヴァイスタン時代の悠里の犯行は下間家の生活が家政婦によって侵害されていて、どうにもできない状況に追い込まれてのものだった。このやむを得ない事情を最大限に加味して、長谷部はなんとかそれを受け入れることができた。だが能登の件は単なる口封じだ。スパイ活動が露見する恐れがあったため、都合の悪い人物を殺めた。そしてそれを父の力を借りて見事に隠蔽した。手段を選ばない下間家の冷酷さと周到さに、長谷部は恐怖しか感じることができなかった。恐怖を感じたのは長谷部だけではない、車中の相馬も京子も同じである。目の前の下間麗と言う女性の兄は人殺しも厭わないツヴァイスタンのスパイだ。そしてこの麗と父の芳夫もまた兄と同じツヴァイスタンのスパイなのである。「怖くなった?」車内の異変に麗は気がついたようである。沈黙の中、相馬が口を開いた。「その悠里って兄貴がそんなとんでもないことに手を染めるのも、下間さんがスパイとして日本におるのも、その今川がやっぱり原因なんけ。そこんところをもう一回確認させてくれま。長谷部経由じゃなくて、下間さんの口で。」ため息をついて麗はゆっくりと口を開いた。「…そうよ。」相馬はどこか腑に落ちない様子だった。今までの長谷部の言い分とほんまごとの記事を総合してみると、ツヴァイスタンのスパイによる工作活動は徹底したものである。麗はツヴァイスタンで生まれ育った。ということ麗にはあの国の教育が徹底されているはず。それなのに何故、こうもいとも簡単に自分の素性をさらけ出してしまっているのか。「兄さんはツヴァイスタンから密航船を使って、能登のとある漁村から日本に上陸した。その時の様子はこのブログに書いてあるとおりよ。父さんがいた家から通じるトンネルを使って、村の外にいた協力者に手引されて東京に行ったの。そこで行方不明になっている仁川征爾の戸籍を乗っ取って、東京で大学生を演じ、そのまま大手の商社に入社した。」「それで。」「ツヴァイスタン語とロシア語って似てるの。だから兄さんはロシア語も喋ることができる。それでロシア担当ってことで、時々あの国に出張して、秘密裏にツヴァイスタンの関係者と連絡を取り合った。」「それって本国からの指示を受けるとかってやつ?」「多分…。」相馬の質問に答えた麗の様子ははっきりとしないものだった。「多分ってどうなん?」「私もよくわからない。」「なんで?」「私達の組織は上意下達が徹底されているの。私は兄さんの命令しか聞かない。兄さんは父さんの命令しか聞かない。父さんは今川の命令しか聞かないって感じ。身分が下のものは上に言われた通りのことをするだけ。上の考えを忖度(そんたく)するようなことはしない。なぜなら上の判断はすべて執行部の意向を踏まえた命令だから。」更に相馬は混乱した。上からの絶対的な命令である日本でのスパイ活動がありながら、なぜ麗はこの段階でそれを放棄したのか。そしてなぜこの段で今川に離反をしたのか。事情を知らない自分と京子が、必死で長谷部と麗をくっつけるよう画策したのが、結果として彼女をそういう気持ちにさせたのか。はたまたこれもまたツヴァイスタンなりの工作活動の一環なのか。「下間さん。」「なに?」「こんな事、俺が今聞いて答えるの難しいかもしれんけど。下間さんは日本に来て何をする役目やったん。」麗は黙った。「今川からの開放ってことは、つまりツヴァイスタンからの開放ってことや。それは下間さんが日本に来たそもそもの役目を放棄することやと思う。まずはそれをはっきりさせんと、どうすることがいいんかの判断ができん。」「私は…。」口ごもる彼女を車内の三人は固唾を呑んで見守った。麗は重い口を開いた。「コミュの活動に心酔する勢力を作る。それだけ。」「え?それだけ?」麗は頷く。「私、ほら一般的に綺麗な部類の人間でしょ。」「え?」「人間って単純なの。可愛いのに地味とか、男っ気がないって意外性に惹かれるの。で、その意外性に変に期待値を乗っけて、この子なら自分にもチャンスがあるんじゃないかって妙な錯覚に陥るの。もしもそんな不純な動機がなくても、自分ならコミュに参加することで私みたいに魅力的な人物になれるんじゃないかって思い込む。私はつまり客寄せパンダってこと。私は外見を最大限に活用して参加者を募る。そして参加者に最大限の理解を示して、あの人達を洗脳する。」自分の美貌を道具であるかのように受け止める彼女は、先日までの謙遜的な岩崎香織ではない。「洗脳…。」「コミュには精神的に弱くなった人たちが集まる。精神的に弱くなった人たちの殆どが何らかの挫折とか苦労を味わってる。その悩みを抱えた人に心の隙間をつく言葉を投げかければ、彼ら彼女らはころっといくの。そしてその人達に悩みのもとにある問題の根源はいまの日本政府の政治体制にあると説く。私たちはそれを少しでも是正したい。それを少しでも改善したい。でも私達の力は吹けば飛ぶようなどうしようもないもの。だからあなたの力を貸して欲しいってね。」滔々と洗脳プログラムを説く麗の姿に、相馬は恐れを抱いた。「こうやってあくまでも参加者が自発的に革新勢力となるよう啓蒙する。そして自分たちは日本を良くする選ばれし者たちだと思い込ませる。大きな成功の前には得てして大きな苦難がある。いまは苦難の時。そしていずれ時が来る。時が来たら参加者にいまが行動の時だと号令をかける。」「行動?」「左右両方を徹底的に煽る。煽って世論を分断する。」「そ…そんなことを…。」「でも、もうそれはしなくていいって兄さんに言われた。」「え?」「私はお払い箱になったの。」「お払い箱?」「うん。」「な・なんで?」「あなた達の企みにまんまと引っかかってしまったから。」「え…。」相馬に衝撃が走った。「あ…あなたたち?」相馬の手にあったスケッチブックを取り上げた麗は、あるページを開いて再度それを相馬に手渡した。それを見た相馬と京子の背筋は凍りついた。「え…。」そこには京子の父、片倉肇の似顔絵があったのである。「やっぱり。」説明の付かない汗が二人の額から流れ落ちる。「2人の反応見てはっきりした。まさか京子ちゃんの片倉って、この片倉だとは思わなかった。」「な…なんで…。」麗の言葉に京子が反応した。「なんでって…私こそ聞きたいわよ。」そう言って麗は煙草に火をつけた。「片倉肇。I県警警備部公安課所属。警察庁警備局警備企画課通称チヨダの直轄部隊の長。まさかこの男のご令嬢とはね。」「公安?」「そうよ。私達のような外国からのスパイ活動を取り締まる人たち。」「え?」「あ…その反応。知らなかった?」京子はゆっくりと頷いた。「じゃあ何であなた達、変な企てなんかしたの。」「え?どういうこと?」「なに惚けてるの?長谷部君と私をくっつけて私と兄さんの間に亀裂を生じさせようとしたんでしょ?事実私はそのせいで兄さんからお払い箱になったのよ。」京子の目つきが鋭くなった。「それって…私達のせいなん?」「え?」「私達のせいで下間さん。あなた長谷部と付き合わんといかんくなったん?全部私達の謀略のせいなん?」「え…。」「下間さん電話で言っとったがいね。ありがとうって。自分だけを見てくれる人に私の思ってること話したって。」麗は口をつぐんでしまった。「アレ何なん?嘘なん?百歩譲って仮に私らがなんかの企てしとったとしても、結果としてあなたは長谷部を選んだ。結果としてそれが下間さんとお兄さんの間に亀裂をもたらした。全部あなたの判断が原因やがいね。」麗は何も言えない。「下間さん。ここはツヴァイスタンじゃないげんよ。私ら別に今川みたいに、下間さんを統制下に置くために陰謀を張り巡らしたわけじゃないげんよ。個人の意志が尊重されんあの国と同じにせんといてま。」「おい!京子ちゃん!下間さんの国をディスんなま!」長谷部が割って入った。「何!長谷部!あんたハメられて付き合うことになったって言う女が目の前に居るっていうげんに、なんでそれを弁護すれんて!ほんなやから舐められれんて!」「うるさい!謝れ!今すぐこの場で麗に謝れ!」「なんで!」「長谷部君…。」「謝れま!お国の事情は関係ないやろ!」「謝らんわいね!なんで私がこの子に謝らんといかんげん!」「…京子ちゃん。落ち着けま…。」鼻息を荒くする京子を相馬がなだめた。「周。あんた許せらん?あんたの友達に嵌められたってこの子言っとれんよ。」「違うって…。」相馬は京子に改めて麗を見るように言った。「あ…。」彼女の瞳からボロボロと涙がこぼれていた。手で涙を拭った麗は改まって京子を見た。「ごめん。わたし変なこと言っちゃった…。」京子は黙って彼女を見つめる。「そうよね。京子ちゃんと相馬くんのせいにするのはお門違いよ。私は長谷部くんのことが好きになってしまった。だからいまここにこうやって彼と一緒にいる。好きになるのは私の勝手。それなのに変ないいがかりつけてしまって…。」「…わたしこそごめん。言い過ぎた。」京子は麗に向かって頭を下げた。「こんなに自分の意見を素直にぶつけ合える世界ってあるんだね。」「え?」「日本に来てから私はずっと岩崎香織だった。下間麗の存在を知られるなんてことはあってはいけないことだった。でも今の私は紛れも無く下間麗。私の発言をまっすぐ受け止めてくれる皆がいる。こんなの初めてよ。」この言葉を発する麗の表情にはどこか清々しさを感じさせるものがあった。「京子ちゃん。私をお父さんのところに連れて行って。」「え?」「私はツヴァイスタンのスパイよ。どうせならあなたの手で捕まりたいわ。」唇を噛み締めた長谷部の肩は震えている。「長谷部君ごめん。やっぱり私、自首する。」「だめや。」相馬が口を挟んだ。「だめや下間さん。それは今やらんでいい。」「え?」「俺と京子ちゃんは長谷部から今川の呪縛からどうやったら下間さんを開放させれるんかの知恵を授けてくれって言われとる。確かにいま自首すれば下間さんの身の安全は確保できるんかもしれん。でもそれと今川からの開放は別次元の話や。第一人質にとられとる下間さんのお母さんはどうなれんて。」「それは…。」「なんや相馬。なんか妙案でもあるんか。」相馬は腕を組んだ。「なあ。」相馬は目を瞑った。眉間にシワを寄せ、彼は長谷部を無視し続けた。「おい。」パッと目を開いた相馬は麗から手渡されていたスケッチブックを眺めた。そしてぼそっと声を発した。「この人…。」「なに周。」京子の父の横に書かれた、髪を短く刈り込んだタバコを咥える男の似顔絵を見つめて相馬は何かに気がついたようだ。「見たことある…。」「どこで?」「北高。」「は?」「あの時や…あの時やって。」「なにぃね。」「熨子山事件の時。剣道部のトロフィー見とった…。」「は?」「下間さん。これ誰?」似顔絵を見た麗は答える。「古田登志夫。I県警OB。」「え?このひとも警察?」「うん。」「って…相馬くん。なんで熨子山事件のこと。」「あの事件は金沢北高の剣道部の仲間内で起こった事件で、事件当時俺は京子ちゃんと一緒に剣道部やったんや。んでそのOBの人とも一応接点あって記憶が残っとるんやわ。」「まさか…二人とも熨子山事件に関係があったなんて…。」「なに?」「そこから何ページかは熨子山事件の関係者の似顔絵が書いてあるの。」「え?」相馬はページを捲った。週刊誌報道やほんまごとなどで見た北高剣道部のメンバーと思われる似顔絵があった。「なんで下間さんは熨子山事件の関係者なんか書いとらん?」「この全員が私達ツヴァイスタンのスパイにとって要注意の人物だから。」「は?ちょ待って。警察は普通にわかるけど、佐竹さんとか赤松さんはなんも関係ないがいね。」「関係ある。」「え、どういうこと?」麗はスケッチブックの中のひとりの人物を指差した。「一色貴紀。」「え…この人がなんなん…。」「警察庁警備局警備企画課。京子ちゃんののお父さんがいま所属する部署のかつての実質的リーダーよ。」「え?」「この一色に私達は水際で食い止められてきたの。」「水際で?」麗は頷いた。「一色は県警の刑事部部長。でもそれは世を忍ぶ仮の姿。本当は公安警察として協力者を募る一方、警察内部に潜む私達の息がかかった協力者をあぶり出して、工作活動を封じ込めた。」「警察に警察が捜査をする?」「監察方の目も欺く、警察の警察による警察のための潜入捜査官。」「なにそれ…。」何かに気がついたのか麗はハッとした。「どうしたん?」「え…待って。さっき相馬くん、熨子山事件の剣道部OBと接点あるって言ってたよね。」「あ、うん。」「…まさかそれって…。」「あ…その一色さん。」「ってことは…まさかその時から一色は私らのこと…。」相馬の返事に麗はがっくりと肩を落とした。この時、京子の携帯には「至急報3」と銘打たれたほんまごとの記事が表示されていた。...more26minPlay
FAQs about オーディオドラマ「五の線2」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線2」 have?The podcast currently has 124 episodes available.