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オーディオドラマ「五の線」をPodcast配信するためのブログです現在「五の線リメイク版」のブログへ移行中です。1ヶ月程度でこのブログは削除されます。移行先 https://re-gonosen.seesaa.net/... more
FAQs about オーディオドラマ「五の線」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線」 have?The podcast currently has 149 episodes available.
April 10, 20198,12月20日 日曜日 9時38分 本多善幸事務所このブラウザでは再生できません。「ありがとうございます。これもひとえに支えてくださった皆様のお陰です。」村上隆二は代わる代わる顔を出す支援者達に平身低頭だった。「先生にはもっと頑張ってもらわんとな。」「地域の活性化に全力を尽くしてくれ。」「夢を現実にして欲しい。」「次は総理大臣やな。」などと様々な要望を本多の代わりに村上は受け止めた。支援者の大半は建設業界関係者。今回の本多国土建設大臣誕生は多いに期待するところである。折からの不況と公共工事の予算削減の中、この業界では極めて厳しい風が吹いている。当選当初から本多善幸は北陸新幹線建設促進会に参画。石川、福井、富山、新潟、長野、群馬の各県の代議士や自治体の首長たちと連携をとって長年政府に働きかけを行ってきた。そして民政党幹事長時代に着工にこぎ着けた。ついに今回政府の公共事業部門のトップに上りつめた。今後はこの超大型事業の流れを絶やさぬよう、迅速にそして確実に工事を進めて行く。それが彼の議員人生の集大成でもある。いまこそこの公共事業を通じて財政出動を行い、デフレに陥ってしまった経済状況に刺激を与える。財政再建路線によって活力を失いかけている地域に元気を取り戻させ、新たな雇用も創出するのだ。これが大義名分だ。考え方は決して間違ってはいない。だがそのようなマクロ的な視点を支持者は期待しているわけではない。目先の仕事にありつけるかどうか。これが関心事であった。つまり、「先生にはもっと頑張ってもらわんとな」という言葉は「もっと地元に仕事を回してくれ」ということでもある。また、「地域の活性化に全力を尽くしてくれ」は「国の税金を地元に落とすよう全力を尽くしてくれ」ともとれる。「夢を実現してほしい。」の夢は国民総意の夢というより、むしろ北陸新幹線整備に関わる特定業者および関係団体の夢と置き換える事が出来る。また「次は総理大臣。」という声はそれに就任する事で、この計画の更なる予算充実を図って欲しいとなる。国会議員は国民の代弁者という。しかし支援者と言われる人間のほとんどが特定の業界関係者であり、議員自身も必然的にそういった連中とばかり顔を会わせる事となる。実情がそうだから世間一般では「国民目線での政治」と言っても説得力は無いに等しい。一部の人間の代弁者としての色彩が濃くなるのである。村上は国会議員の秘書という仕事を通じて、そのギャップを肌身で感じていた。彼は彼なりの理想を抱いて地元選出の衆議院議員である本多の門を叩き政治の世界に飛び込んだ。しかし現実は厳しいものだった。愛犬の世話や家の掃除等の身の回りの世話から始まる秘書生活はまさに丁稚奉公だった。独特の閉鎖的社会における人間関係にも苦労をした。そんな中、彼はある段階で私心を捨てて働くことを決意し、自分の信条をねじ曲げてでも本多のために様々な策を講じて尽くすことにした。それもこれも自分の信ずる大義を実現するためだった。秘書になった当初の三年間は苦悩と葛藤の日々で何度も逃げ出そうと考えた。しかし気づけば秘書歴十二年。同じ秘書の中では異例の早さで二年前から選挙区担当秘書を任されている。選挙区担当秘書の働きは議員の当落を決定する極めて責任が重いポジションだ。村上は目的を完遂するために、地元において後援会組織等を統括し本多の分身として振る舞い、時には彼の影となり本人では出来ない汚れ役も進んでやってきた。「先生はいつ金沢に戻られるんだ。」支援者のひとりが村上に尋ねた。「はい、本多は一刻も早く皆様にご挨拶を申し上げたいとの事で本日16時にこちらに駆けつけます。」「そうかそうか。」満足そうに男は大きく頷いた。本多の支援者は自分が本多善幸という議員を作り上げてやったと思っている人間が多い。だがそういう者に限って政治資金の寄付はたいしたことは無いものだ。こういった人間は自尊心が非常に強い。常にこちらは下手に出て相手を持ち上げるに限る。「そのことはちゃんと後援会に伝わってとるんか。」―この男は仕切りたいタイプか。ならば先に謝っておいた方が良い。「大変申し訳ございません。そのことは今日の未明に決まったことなので未だ連絡は致しておりません。ただちに各後援会に連絡させていただきます。」「うむ、わかった。わしも皆に連絡しよう。」その男が事務所を後にするとぱったりと来客者はなくなった。来客者の第一波が過ぎたようだ。村上は事務所の休憩室へ向かい、そこに用意されているソファに深く座った。「ふぅ。」自然と声が出た。しばらく天井を見つめた。そして目を瞑る。一瞬で睡魔が彼を襲ってきた。村上はそれを払いのけるように立ち上がり、テーブルにおいてあるリモコンを使ってテレビをつけた。テレビでは「ひとり千円で目一杯楽しむクリスマス」なる特集をしていた。クリスマスと言えば一年で一番財布の紐が緩むと言われる時期である。近年の経済不況は国民生活に影響を与えており、クリスマスにおいてもそれは例外ではなかった。―だったら無理してクリスマスなんかしなくていいじゃねぇか。どうにかこうにか消費マインドを喚起させようとするメディアの特集内容に村上は呆れた。―おめでてぇな。村上は大のマスコミ嫌いだ。そしてその嫌いな連中が流す情報に踊らされる一部の人間も忌み嫌った。村上は情報の受け手に思考をストップさせ、世論を意図的に形成できる力を持つテレビという媒体を特に嫌っている。特集は東京で今年注目の格安クリスマス商品とイベントを数点列挙して終了していた。「えー、ここで再びニュースをお届けします。捜査本部が置かれている金沢北署の氏家さんと中継が繋がっていますので呼んでみたいと思います。」メインキャスターはそう言って画面が中継現場に切り変わった。画面の左上部の小さな画面にメインキャスターの顔が表示されている。氏家というリポーターは金沢北署をバックにマイクを持って立っている。―はぁ?北署じゃねぇか。何があったんだ。村上は見覚えのある風景がテレビに映っていることに驚いた。「氏家さん。その後新しい情報は入りましたか。」リポーターはそれに答えた。「はい、私は現在今回の事件の捜査本部が置かれている金沢北署の前にいます。ご覧の通り、記者会見が行われる十時を前にして各局の報道陣が続々とこちらに集まっている状況です。私ども報道関係者には事件の概要は事前に警察側から伝わっていますが、今回重大な発表があるとのことで十時の記者会見を待っている状況です。」画面左上のメインキャスターがリポーターに尋ねる。「氏家さん。重大な発表があるということですが具体的にどういった発表であると思われますか。」「はい。えーおそらく事件の捜査について大きな進展があったと思われます。それは会見で明らかにされることと思いますので、現在のところその詳細に付いては未だ解っておりません。」「そうですか。氏家さん、今回の事件は凄惨なものですが、地元の皆さんの様子といったものはどうでしょうか。」「はい。今回合計四名の被害者が出ているとのことで、ここ金沢市においては過去に類を見ない重大な事件で、地元住民の間では不安の声が上がっています。ある六十代の地元住民は『信じられない。こんな地方都市でもこのような事件が起こるとは思っていなかった。今後は外に出歩くのを控えようと思う』と言っていました。」―なんだ、なにが起こったんだ。この時点で村上の眠気は吹き飛んでいた。「そうですか、ありがとうございます。また新しい情報が入りましたらお伝えください。」右上のワイプに収まっていたメインキャスターは全画面で表示される。「えー今日金沢市で四体の遺体が発見された事件に付いてお伝えしました。記者会見の模様は随時お伝えしていきます。では次はスポーツの話題です。」村上はテレビを消した。―マジかよ。でかい事件だな…。被害者は誰なんだ。村上は踵を返して仕事場に戻り、詰めているスタッフに事件が発生したことを伝え、被害者が明らかになった時点で、弔電および弔問の手配を行うよう指示した。【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more15minPlay
April 03, 20197,12月20日 日曜日 9時08分 佐竹宅このブラウザでは再生できません。朝目覚めると佐竹は激しい頭痛に襲われた。今になって昨日の痛飲の反動がやってきた。せっかくの休日だが、このまま眠っていてもいい。休日故デートといきたいところだが、あいにく今は相手がいない。この年齢になって地方都市での独身生活というものは結構応える。周囲は殆ど皆結婚しているし、気安く誘う訳にも行かない。それにこれと行った用件もないし娯楽も無い。昔は特に用事もなく気の合う連中が集まってドライブに出かけたり、街へ飲みに繰り出していたが、不思議なもので年齢を重ねると友人を誘い出すのに大義名分が必要になってくる。結婚し子供がいるような家庭ならばなおさらの事だ。佐竹は昼過ぎまで再び寝ようとした。目を瞑ったがなかなか眠りにつけない。追い打ちをかけるように自分の脳がいろいろなことを勝手に考え始めだした。二十四時間後には一週間が始まってしまう。有限な時間は自分にとって有益に使わなければ損だ。惰性で生活していては現状からの変化は望めない。昨日、後輩である服部の結婚式に参加していて自分がそう思った事を思い出した。どういった変化を望むのか。仕事のスキルアップかそれとも結婚か。しばらく考えたがこの二つしか頭に浮かばない。そんな自分に落胆したが、これが自分だと割り切った。どちらも望むところだが、仕事において佐竹は順調だ。金沢銀行に入行して14年。現在駅前支店の支店長代理になっている。別に猛烈に仕事に取り組んできた訳ではなく、資格試験を積極的にパスしてきた訳でもない。ただ単にこの金融機関の仕事が自分に合っていた。結果、今日がある。特に野心を持ち合わせていない佐竹には、これ以上仕事に求める事は無い。―となると結婚か。しかし正直、結婚願望は無い。それをする事で何が幸せなのか解らない。昨日の結婚式で新郎の服部が新婦を一生守っていくと言っていたが、そのような全責任を請け負う気持ちを女性に対して持った事が無い。不確かなものを婚姻届という契約と扶養という義務で形式上確かなものにする。そういった事でしか結婚の意味を汲み取る事ができない佐竹には、それは将来の人生設計の担保にすらならないと考えていた。―(結婚は)無いな。次から次へと自問自答してしまうこのような状態では眠りにつくことなどできない。寝る事を諦めた佐竹は体を起こして洗面所に向かった。おもむろに歯を磨き始め、ブラシをくわえたままリビングへ戻りテレビのスイッチを入れた。テレビでは全国ネットの朝の情報番組が流れていた。金曜日に行われた内閣改造による新しい顔ぶれの紹介をメインキャスターが報じ、数人のコメンテーターがそれに対して論評していた。彼らは新鮮味がないとか、旧態依然とした顔ぶれ、派閥均衡人事、お友達人事と好き放題に論評している。確かに六十代後半以上の世代ばかりで構成されたこの内閣に新鮮味はない。話題性が特にないこの内閣改造で敢えて注目するならば、石川県出身の代議士本多善幸が国土建設大臣に就任したことだろうか。本多は当選六回の与党民政党のベテラン議員であり、時期総裁候補と目される人物でもある。この本多は佐竹にとって全く関係のない人間ではない。彼は佐竹が勤務する金沢銀行の専務取締役の本多慶喜の実兄でもあるからだ。政治に全く関心を示さない佐竹であったが、本多の動きは注視していた。確かに役員の実兄であるという事情もあるが、それよりも佐竹の親友である村上が本多善幸の選挙区担当秘書を勤めていたためだ。―国土建設大臣か…。国会議員の本多善幸と金沢銀行の本多慶喜は金沢の総合建設業「マルホン建設株式会社」の創業者である本多善五郎の息子である。マルホン建設は公共事業を主とした建設土木工事を生業としている。5年前より政府は財政再建路線の立場を取り、公共事業の見直しを図っている。この政策の影響をもろに受けたのは建設業界だった。契約金額は減少し、受注量も激減した。今までに財務状況が悪化し数々の会社が倒産した。マルホン建設の財務状態も例外ではなく、二期連続の赤字といった状況だった。そのなかで突然、この日本全体を不況の波が襲った。これは建設業界にとってはダブルパンチだった。今までに無いスピードで会社の倒産が続いた。このまま財政健全化を加速させていくと、さらに建設業界は危機的な状況に陥ってしまう。建設業界の望みはこの政策転換であった。マルホン建設は佐竹の勤務する金沢銀行駅前支店の顧客。佐竹はこの会社の担当者でもある。融資の実行の権限等は当然支店長以上の役席にあるが、佐竹も現場でその財務諸表に目を通しているので内情は解っている。また、マルホン建設に主として訪問するのは佐竹なので、会社内の雰囲気は誰よりも彼が知っている。現在、金沢銀行のマルホン建設における債権の一部は貸出条件緩和債権となっている。金沢銀行における自己査定区分では要注意先であるが、今後の業況によっては破綻懸念先へと格下げしなければならない厳しい状況にあった。慢性的な債務超過体質がマルホン建設の財務状況を圧迫している主たる要因で、その状況下で業績不振と不況の波が重なってくると先は見通せない。今回の新内閣においては従来の財政再建化路線を一旦中止し、積極的に財政出動して公共事業を行う事で、景気浮揚を図るという政策転換を唱えていた。この流れの中でマルホン建設の創業者の息子が公共事業の総元締である国土建設大臣に就任したことは意味深い事だった。―これでマルホン建設に仕事が流れるチャンスが出てきた…か。再び洗面所に戻って洗顔をする。真冬の冷たい水道水は佐竹の顔面を引き締める。―村上も大変だな。顔を拭き鏡に映る自分の姿を見ると、頭のあちらこちらに白髪を発見した。それを二三本抜き取ったが、次々に発見されるそれには無駄な抵抗だとあきらめた。「たった今ニュースが入りました。報道フロアからお送りします」自分の頭髪に気をとられていた佐竹は振り向いてテレビに目をやると、ひとりのアナウンサーが複数のモニターが並ぶ報道フロアを背に立っていた。報道フロアではスタッフが慌ただしく走り回っている。「本日未明、石川県金沢市の山中で二体の遺体が発見されました。また、その6時間後の午前6時半頃にも付近で男女二名の遺体が発見され、警察としてはこれらを何らかの関連があるものとして捜査をしています。」アナウンサーがそういうと画面が代わった。鑑識と思われる捜査員が暗闇の中、小屋の周辺でフラッシュを焚いて撮影する姿や、指紋を採取する様子、鑑識同士が話す映像が流れた。アナウンサーはその映像を補うように原稿を読む。「本日未明、付近住民の通報から石川県金沢市の北東部にある熨子山山中の小屋から男性二名と思われる遺体が発見されました。遺体には数多くの傷が確認されており、警察は二名の身元を調べると同時に彼らが何らかの事件に巻き込まれたものとして捜査をしています。また、それから六時間後の午前六時半頃、始めに遺体が発見された小屋から車で十分程先にある展望台に男女が倒れているとの付近を通りがかった人からの通報により、新たに二体の遺体が発見されました。警察では始めに発見された遺体と、その後発見された遺体の損傷状況が似ている事から、その関連についても捜査本部を設置して捜査をしています。」映像は一旦終了し、報道フロアのアナウンサーの画面に切り替わった。追加の原稿が画面の外のスタッフからアナウンサーの手元に手渡される。「えー、警察ではこの事件に関して本日十時から記者会見をするとの事です。本日金沢市の山中で起きた事件に関して十時から記者会見を行う予定です。以上ニュースを報道フロアからお伝えしました。」画面が先ほどの情報番組に変わる。「はい、ありがとうございました。えーこの事件に関しては新しい情報が入り次第、番組内でもお伝えしていこうと思います。」メインのアナウンサーは情報を整理し、席を並べるコメンテーターにたった今入ったニュースについての意見を求めて次のクリスマス特集へと移った。―おい、ちょっと待てよ。ここ(金沢)の事じゃねぇかこの事件…。佐竹は自分の住んでいる地方都市で、全国ネットの情報番組に割り込んで報道される事件が起こったことに驚きを隠せなかった。しかも事件現場である熨子山は佐竹が住むアパートから車で15分程の距離にあり、そう遠くない。「気持ち悪いな…。」普段と全く変わらない平和な休日が、たった今伝えられた情報によって佐竹をえも言われぬ不気味な空気で覆った。しかしそれはしばらくして無くなった。テレビというフィルターを通して生成され伝わってくる情報はどこか遠いところの情報のように感じられる。情報が一方的であるためだろうか。確かに身近で起こった事件であるという認識はあるが実感が湧かない。佐竹はいつもの休日と同じくトーストとコーヒーを用意した。 【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more17minPlay
March 27, 20196,12月20日 日曜日 0時58分 金沢市北部このブラウザでは再生できません。金沢市北部の学生街。表通りから少し裏に入ったところにアパートが何棟か建っている。この中に築8年、地上二階建て、1LDKの部屋が各階にそれぞれ二室ずつ用意されているアパートがある。佐竹は代行運転を利用して自分のアパートまでたどり着き、二階にある自分の部屋に向かって階段を登った。先ほどまで佐竹は勤務先である金沢銀行駅前支店の後輩の結婚式に参加していた。二次会にも参加し、その酒量はかなりのものだったが彼の足取りはしっかりとしていた。自分の部屋のドアに設置された郵便受けには新聞紙が突き刺さったままだった。鍵を開け部屋に入り佐竹はそれを抜き取った。特別なことではない。いつものことだ。これから時間があれば復習のために新聞を読む。時間がなければゴミ。基本的に情報は勤務先の新聞かネットで入手できる。そう考えると特に新聞も必要がないのだが、一応社会人としてのたしなみとして購読しているに過ぎない。必要性をあえて挙げるならば、死亡欄で得意先に不幸が無いかの情報を得ることぐらいだった。部屋の電気をつけると極端に物の少ない彼の部屋が明らかになった。白い壁にかけられた時計の時刻は1時を回ろうとしていた。佐竹は手に持っていた新聞紙と携帯電話をテーブルの上に置いて纏っていたコートを脱ぎ、キッチンでコップ一杯の水を一気に飲み干した。冬の水道水は凍てつく冷たさで、少々の頭痛を覚える。「36だってのに俺は…。」誰に言う訳でもなく自然と言葉が出た。と、同時にため息が出た。スーツを脱ぎ、いつでも眠れる服装になった佐竹はベッドに横になった。彼の視線の先には棚の上にある一枚の写真があった。高校時代の部活動の写真だ。佐竹は高校在学時剣道部に所属。県大会で準優勝の成績を収めた。高校まで何かに打ち込む事を経験した事が無かった佐竹にとって、仲間と苦楽を共に過ごし、ひとつの目標に向かってひたすら挑戦した時間は彼にとって深く印象に残っている。佐竹はしばらく遠くにあるその写真を見つめた。そして深く息をついたあとシーツに顔を埋めた。このまま眠りについてもかまわない。佐竹は目をつむった。その時、テーブルの上に置かれた携帯電話のバイブレーションが作動し、意外に大きい振動音が部屋に響いたため佐竹は目を開かざるを得なくなった。―誰だ、こんな時間に…。不意を討つ音に不愉快な表情で起き上がり、テーブルの方へ手を伸ばすと、その振動は収まった。このタイミングの悪さに佐竹はますます不愉快になりながらも、誰からのものか確認をするために折り畳まれていたそれを開いた。液晶画面には『不在着信1件』の文字があった。確認ボタンを押すと見覚えの無い電話番号が表示されていた。名前が表示されていない事から、間違い電話であろうか。いたずらならば非通知でかかってくる。どうせ電話帳には未登録の番号である。佐竹は無視を決め込んで再び横になって眠りについた。 【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more8minPlay
March 20, 20195,12月20日 日曜日 0時23分 警察本部通信指令室このブラウザでは再生できません。「現場の状況はどうだ。」一課の捜査員の指示を終えた片倉が通信司令室に乗り込んで来た。「そろそろ熨子駐在所の人間が通報者に接触する時間です。」片倉は空席になっている司令室のキャスター付きの椅子を転がして、司令官の傍に座りモニターを覗き込んだ。「通報から何分や。」片倉は端的に司令官に質問をする。「通報時刻は午前0時02分。こちらから指令を出したのが0時16分。正味20分ですか。捜査態勢を整えるために時間がかかっていますが、深夜という状況を加味すれば良いタイムです。」司令官は冷静である。時々、片倉と会話をしながら、淡々と的確な指示を関係各所に出し続ける。そこに現場から無線が入った。熨子駐在所の鈴木からである。『たった今通報者と接触。通報者はひどく怯えている様子。応援が到着次第、通報者の保護と同時に現場に向かいたい。』所轄が現場まで10分の位置にいることを確認した司令官は、頷く片倉を見てとりあえずその場で待機するよう指示を出した。とにかく現場の状況を一刻も早く、正確に掴まなければならないが、先ずは通報者の安全保護を優先しなければならない。通報から現在に至るまでの流れは迅速だ。仮に大きな事件に発展したとしても、マスコミに初動の不備は指摘されまい。片倉は少し息をついて胸ポケットから携帯電話を取り出した。発信履歴を見ると部長の一色の名前がずらりと並んでいる。ー―部長は俺を試しているのか?緊急時に一色と連絡がつかないことはこれまでになかった。確かに一色は自ら捜査現場に赴いて単独で捜査を行う事があった。しかしその際には、必ず部下である片倉に捜査指揮を一任する旨を伝えてから行動を起こしていた。しかし今回は違う。はじめてのケースだ。緊急時に上司と連絡がつかないことは組織として極めてマズい。今のこの状態を誰かが気づき上層部に報告でもされれば、上司の行動把握を怠っていたという事で自分に何らかの処分が下るかもしれない。―今までこっちはあんたの鬼捜査につき合わされて振り回されてきたっちゅうげんに、肝心な時の連絡ミスなんかでお咎めなんてごめんやぞ。片倉は携帯をしまって両腕を組み、右足を小刻みに動かして自分の腕時計を睨め続けた。『こちら北署刑事課の岡田です。たった今、通報者を保護。これより現場に向かう。』片倉は頷き、それを見た司令官は「了解」とだけ応えた。「本部の人員は何分後に現着する。」「正味15分といったところですかね。」―まさか部長は先に現着しているわけじゃねぇやろうな。「念のために聞くが。」「どうしました。」「通信指令室は全ての県警関係車輌の位置関係を把握しとるんやったな。」「はい。ですが私用車はこの限りではありませんよ。」片倉はしばらく考えた。昨年、一色は刑事部の部長になってから、非常時に管理者と連絡がとれない事態を避けるために、部長級以上の私用車にもGPSを搭載して不測の事態に備えるように本部長に働きかけていた。しかし、プライバシーの問題を解決できていないため、その計画は県警本部内において頓挫していた。―確か部長はデモとして自分の車にGPSを付けとったような。片倉は司令官の耳元に顔を寄せた。「おい。」「何でしょうか。」「部長がデモで載せた私用車のGPSは有効か。」「有効だと思いますがまだ本採用されたシステムではありません。ですから運用はできません。」―この堅物が。片倉は力を込めて奥歯を噛み締めた。「いいから部長の私用車がどこにおるんか教えてくれ。」「だめです。」「一色部長はどこにおる。」「知りません。刑事部に居られないのですか。」上司の居所を理由も無く探ろうとする片倉を司令官は不振な目で見た。『所轄、現着。これより建物に入る。』現場から無線が入ると指令室に緊張が走った。片倉はGPSの件はあきらめ、司令官に音声の入力を自分の目の前にある卓上マイクに変更するように指示する。司令官は手元のスイッチャーを手慣れた手つきで操作し片倉に繋いだ。「本部捜査一課の片倉だ。万が一の場合も考えられる。十分に注意して入れ。」『了解しました。』卓上マイクのヘッドの部分を下に向けて折り曲げ、片倉は椅子の背もたれに身を預けた。―コロシかそれとも心中か。警察の仕事に優劣は付けたくはないが、この時の片倉は後者の結末を願っていた。無理心中ならば事は大きくはならない。上司と緊急時に連絡が取れなかった点は、警察内部で処理する事ができる。問題は前者の場合だ。殺人事件という重大事件が起こっている時に責任者と連絡が取れないというのは、極めてマズい。捜査態勢の不備が露見すれば、県民の警察に対するイメージは著しく低下する。ましてや捜査が長期化すればなおさらの事である。『こちら本部捜査一課。あと5分で現着。』本部の人員から無線が入ったところで片倉は自分の悶々にひとまず区切りを付け、マイクに口を近づけた。「現場には所轄の人間が先に入っとる。お前たちも直ちに合流して現場を押さえてくれ。」『了解。』ふと現場にいる所轄の鈴木と岡田が気になった。建物に入ってから3分の時間が経過している。通報から現場である建物は山小屋と聞いている。すぐにも遺体の状況等が報告されても良いものだが、それはまだ無い。「こちら本部。現場の状況はどうだ。」反応がない。10秒経過するのを待って、片倉は再び呼びかけようとした。矢先、現場から無線が入った。『こちら現場。2体の遺体確認。』その報告の声には力がない。無理もない、この地方都市で一度に複数の遺体を目にする事件はそうそう無い。よってこの手の状況にはあまり免疫は無いである。片倉は遺体の状況を分かる範囲で報告するように指示した。『それが…。』「どうした?」『顔が無いんです。』「何?」『両方とも…顔が無いんです。』「どういうことや。顔が無いなんて意味が分からんが。」片倉は怪訝な顔をした。『顔面を凶器か何かでぐちゃぐちゃにされています。原形をとどめていません。』岡田の報告に通信指令室は凍りついた。 【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more11minPlay
March 13, 20194,12月20日 日曜日 0時30分 県道熨子山線このブラウザでは再生できません。熨子町の集落を過ぎて細い車道を猛進して行くと、路肩に一台の軽トラックがアイドリングをしたまま止まっていた。鈴木は車をその後ろに止めた。軽トラックの運転席に男らしき人影が確認できた。おそらくこの男が通報者なのだろう。鈴木はエンジンを切り、助手席に備え付けていた懐中電灯を手に取ってパトカーを降りた。「こんばんは、警察です。」白い吐息を出しながら、彼は運転席側の窓をノックした。しかし、反応がない。続けて鈴木は懐中電灯で運転席を照らした。そこには熨子町集落の住人のひとり、塩島一郎が確認できた。畑仕事や犬の散歩、冬にはスキーに出かけたりするせいもあって、七十歳とは思えぬ若さを保っている塩島の表情には生気が無かった。彼は一点を見つめ、体を小刻みに動かしていた。「塩島さん、大丈夫け!」鈴木はドアノブに手をかけた。しかしそれはロックされている。「塩島さん!鈴木です!駐在所の鈴木です!」鈴木はさらに激しくドアを叩いた。運転席に座っている塩島がこちらの方をゆっくりと見た。「塩島さん…ドアを開けてください。」塩島は震える手で運転席側のロックを解除した。すぐさま鈴木はドアを開けた。車内のエアコンは全開でかかっていたのか、熱風が車外に漏れて来た。しかしそのような車内温度にも関わらず塩島の震えは止まらない。―ただ事ではない。「塩島さん。さっき警察に通報したけ。」鈴木は塩島に話かけた。彼は小刻みに震える体全体を使って頷いた。「塩島さんが見たっちゅう山小屋って、どこにあるんかね。」塩島はかすかに震えた声で言葉を発した。「置いていかんでくれ…。」両手で顔を覆い、極寒の地に全裸で放り出されたかのごとく、体を大きく震えさせた。この男は凄まじい恐怖に襲われていて、とても冷静に物事を話せる状況に無い。鈴木はそう判断した。―こんな状態なのによく警察に通報したものだ。ひとまず彼に安心感を与え、現在最低限聞かなければならないことだけを聞き出そう。そう鈴木は判断した。「塩島さん。大丈夫や。もうちょっとしたら本部から応援来るさかい、心配しせんでもいいよ。」塩島は自分の顔を覆っている指の隙間から鈴木の顔をみた。「ほんで、その小屋ってどうやっていけば良いんけ。応援が来たら確認しに行くさかい。」塩島は未だ震える右手でもって暗闇を指した。彼の指す先の舗装されていない濡れた地面にはタイヤ痕が残っていた。その土の生々しさから推察して、塩島が自分の車でこの先にあると思われる小屋へ行ったのだろう。「この先ねんね。」鈴木が確認すると彼は小さく頷いた。「ここからその小屋まで大分時間かかるけ。」塩島は僅かに首を振る。鈴木はパトカーに戻り、通信指令室へ無線を繋いだ。「こちら熨子駐在所の鈴木です。たった今通報者と接触。通報者はひどく怯えている様子。応援が到着次第、通報者の保護と同時に現場に向かいたい。」『了解。間もなく所轄の捜査員が到着する。通報者の保護をされたい。』10分後、2台のパトカーが到着した。1台につき2名の合計4名の応援だ。「お疲れさまです。北署の刑事課、警部補の岡田です。」捜査員のひとりが鈴木の方へ寄って来て敬礼をした。「熨子駐在所巡査部長の鈴木です。」鈴木も応えるように敬礼し、挨拶をする。「現場がどこなのかは聞き出しましたが、通報者がひどく怯えています。先ずは彼の保護が先決かと思います。」鈴木は岡田に提案した。「了解。ウチの若い者に保護させます。」そう言うと岡田は捜査員の2人に通報者をパトカーの後部座席に乗せるよう指示した。そして携帯無線機で通信指令室に無線を繋いだ。「こちら北署刑事第一課の岡田です。たった今、通報者を保護。これより現場に向かう。」『了解。』「では鈴木巡査部長。行きましょう。」岡田はパトカーの後部座席にあるコートを見に纏い、トランクに入っていた懐中電灯を取り出した。「通報者によると、この小道の先に現場があるようです。」鈴木は小道に光を当てた。二人はタイヤ痕が残る小道の先を歩き出した。先頭の鈴木は道の先を照らし、後方の岡田は足元を照らす。小屋への道は車の轍によってかろうじて残っているような悪路であった。懐中電灯が照らす先以外は漆黒の闇。聞こえてくるのは自分たちの足音のみ。深夜の山の冷たい空気はコートに包まれた体をちくりちくりと刺してくる。薄気味悪い小道を5分程進んだだろうか。2人は少し開けた場所に出た。「あれか。」10メートル先に二間半ほどの間口の小屋が建っている。奥行きもありそうだ。小屋の傍にはセダン型の乗用車、そして一台の原動機付自転車が止まっている。二人は息を殺して慎重に小屋に近づいた。口の中に溜まってきた唾液を飲み込むとその僅かな音さえ、この開けた場所に響いてしまうのではないと思う程、この場は静寂に包まれている。小屋は木造のものであった。屋根はトタンで葺いてある。随分と前からこの場所にあるような風化具合である。小屋を形成する朽ちた木材を間近で照らすと、以前はペンキかなにかで白く塗装されていただろうと思われる痕跡が確認できた。鈴木は入口であると思われる引き戸を懐中電灯で照らした。握りこぶしひとつ分程開いている引き戸。えも言われぬ緊張感が彼らを襲った。鈴木の一挙手一投足を傍で見ている岡田は、その張りつめた雰囲気に飲み込まれないように注意しながら無線を入れた。「所轄、現着。これより建物に入る。」岡田がそう言うと、鈴木は引き戸に手をかけた。二人ともお互いの鼓動が聞こえるかと思える程、自己の心臓が激しく活動している。『本部捜査一課の片倉だ。万が一の場合も考えられる。十分に注意して入れ。』「了解しました。」岡田は鈴木の目を見て合図した。鈴木は頷き勢い良く引き戸を開いた。すぐさま二人は懐中電灯で暗闇の内部を照らす。直線的な光の線が室内を探る。二本の光の先が一点に集中し動きを止めた。そこで目に飛び込んで来た状況に二人は愕然とした。「なんだ…これは…。」 【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more11minPlay
March 06, 20193,12月20日 日曜日 0時03分 県警察本部刑事部捜査二課このブラウザでは再生できません。課長補佐の古田は捜査資料に目を通していた。短く刈り込んだ髪。顔に深く刻み込まれた皺。タバコのヤニで黄色くなった歯。ゴツゴツとした岩のような手。一見ヤクザかといった荒削りの風貌の男だが、彼が属しているのは会社犯罪や贈収賄、詐欺といった知能犯を取り扱う捜査二課。その風貌から連想される部署とは真逆の非常に神経と頭を使う部署である。その道30年のベテラン刑事で、警察内では関わった事件は執念で必ず解決するところから「スッポン」の異名をとっていた。仕事一筋でそれが趣味でもある古田にとって深夜まで捜査資料に目を通す事は全く苦にならない。彼はひとつひとつ丹念に捜査資料をじっくり分析していた。ふと壁に掛かっている時計を見ると時刻は0時を回っていた。「ちょっと休憩してくるわ。」同じ部署の当直勤務である部下にそう言うと、古田は喫煙所に向かった。―一課が騒がしい。喫煙所へ向かう途中、いつもはこの時間には静かな捜査一課に捜査員が数名、慌ただしく入室して行く様子を横目で見て、彼は何かを感じた。古田は深夜の喫煙所がお気に入りだった。窓の外から見える金沢の夜景と静寂。無糖の缶コーヒーと煙草のベストマッチが彼の脳に安らぎを与えてくれる。ひと時の休息が捜査への更なる闘志をみなぎらせてくれた。煙草に火をつけ今までの捜査を自分なりに頭の中で整理しようとした時に、捜査一課課長の片倉がやって来た。「おう、トシさん。」片倉は自分より5歳年上の古田に挨拶をした。役職は古田より上であるが、片倉と古田は旧知の仲であるため、二人の間には堅苦しい上下関係は無いに等しい。「どうした、何かあったんか。」古田は意外そうな声で片倉に言った。「ホトケさん二体発見。ということで今来たところ。」「どこで。」「熨子山。」「心中か。」「わからん。とにかくすぐ現場に捜査員を派遣しないと。今はその前に気合いを入れる一服。」そう言うと片倉は胸から煙草を取り出し、火をつけた。「また部長の鬼捜査やな…。」苦笑いを浮かべて古田は缶コーヒーの蓋を開け、それに口をつけた。「ああ、そうだな。」片倉と刑事部長の一色は反りが合わなかった。一色は東京の国立大学から国家公務員一種試験をパスし、警察庁に入庁したいわゆる警察キャリア。ここ県警察本部には4年前に配属となった。当初は捜査二課の課長であったが、昨年警視から警視正となり捜査一課、二課、組織犯罪対策課、鑑識課を束ねる刑事部長となった。年齢は三十六歳であり、その昇進スピードは早い方である。しかし、彼の捜査手法には多くの問題点があり、その強引さに対しては警察内部でも批判があった。法律上問題であるおとり捜査を行ったり、時折単身で現場を押さえるような行動があった。管理者という立場であるにもかかわらず現場に直接介入するし、スタンドプレーも目立つ。こんな上司がいては現場捜査員から批判が出てもおかしくない。そんな問題を抱えるキャリアも結果は出していた。捜査二課は知能犯との戦いである。知能犯というものはプライドが高い人間が多い。一色はこれらの参考人や被疑者の取り調べに自ら臨むことがあった。その彼の取り調べは見事だった。決して直接的な言動は使わない。遠まわしにじわじわと攻める。まるで真綿で首を絞めるように。ときには柔らかく包み込むように、時には非情とも思える冷淡な言動。この硬軟合わせた彼の巧みな取り調べに、知能犯の黙秘の壁は崩壊させられた。理論武装をした知能犯の口を割らせるということは、彼らの最も拠り所とするところを無効化させること。それは彼らの人格自体を崩壊させることにもつながる。彼の取り調べにかかった者たちは皆、落ちた。取り調べを終えたそれらの者たちの表情は抜け殻のようになり、精神障害に陥った者さえいた。結果は手段に勝るという捜査。ときには被疑者の人格さえも崩壊せしめる取り調べ。このような一色の捜査手法を県警では「鬼捜査」と呼んだ。キャリア警察の暴走。これが事実上黙認されているには理由があった。捜査二課の検挙率が一色の着任後、飛躍的にアップしたのである。組織内部の不協和音と検挙実績の向上。どちらが警察にとって大事かといえば考えるまでもなく後者だ。「鬼捜査」の存在は決して外に出ることはなかった。実績を積み、捜査二課課長から刑事部長に昇進した一色は「鬼捜査」を刑事部全体に適用した。二課の連中はすでに彼のやり方に免疫を持っていたが、一課にはそれが無かった。警察組織において上司の命令は絶対である。しかし一色の「鬼捜査」によって一課の不協和音がどんどん拡がっていく。この状態を見るに見かねた片倉は折を見て彼に意見した。だが彼の意見は取り合ってくれる事は無かった。一色が刑事部長になって三ヶ月後、片倉は「もうついていけない」と言うことで古田に警察を辞めたいと相談を持ちかけた。しかし慰留され、彼は現在も一色の下で働いている。片倉は一色のやり方を認めた訳ではなかった。しかし彼が刑事部長になり一年経った現在において、捜査一課の殺人や強盗などの重大事件の検挙率は100%。それまでの実績は70%であり、彼の実績については認めざるを得ない状況だった。また、彼の捜査方法に対する市民からの苦情等も受け付けていない。不満が出ているのはもっぱら組織内部からのものだけだった。「どうした片倉。さっきから携帯ばっかりいじって。」古田は自分の腕時計に目をやった。時刻は午前0時10分。家族や友人に電話をかけるような時間でもない。喫煙所に入ってきてから、携帯ばかり気にしている片倉を不審に思った古田は彼に声をかけた。「トシさん。マズいんや…。」「ん?」「部長と連絡がとれんげん。」「…え?」「さっから何回も携帯に電話しとるんやけど、電源が切られとるんや。」「どういう事ぃや。」片倉は首を横に振った。「お得意のスタンドプレーが始まったかもしれんな…。」とにかく通報が入っているのだから、初動は迅速にせねばならない。片倉はそう言うと一課へ早足で向かって行った。 【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more11minPlay
February 27, 20192,12月20日 日曜日 0時15分 熨子駐在所このブラウザでは再生できません。熨子駐在所の鈴木はこの時間にはまだ就寝していなかった。自宅から持ち出して来た古ぼけたアルバムを手に取って、彼はその一ページをゆっくりとめくり目を細めていた。五日後に控えたクリスマスには娘の洋子が東京から帰郷する。自分に紹介したい男がいるそうだ。妻はどういう男かは知っている。一週間前、妻の清美がこの駐在所を訪れて娘がつき合っている男について話をしてくれた。「洋子と同じ会社に勤めている、誠実そうな方よ。」二人はつき合って三年。娘が男とつき合っている事を鈴木は全く知らなかった。現場での仕事に燃え、担当地域の治安の安定が鈴木にとっては一番の関心事だった。道案内から始まり、警邏活動、ときには窃盗犯や痴漢の確保など、警察組織の末端に所属しながら彼はその自分に課せられた任務に誇りを持っていた。―自分は警察官としての仕事の事しか頭に無かった。今まで家庭の事に無関心だったと言われても仕方が無い。家族の事は清美に任せてあるつもりだったが、娘の縁談を自分に知らせるときの妻の寂しそうな表情を見て、初めて自分の家庭に対する無責任さに気がついた。思い起こせば洋子の事は何も知らない。大学までは地元の学校に通わせていたので、ある程度の事は把握をしていたつもりだったが、基本的に鈴木は仕事の虫。洋子の事について妻から相談されたりもしたが、正直なところ煩わしいとさえ思っていた。洋子が東京の方へ就職してからというもの、家庭の事は清美に任せるという考えが災いしたか、自分と洋子とは全くの疎遠である。洋子の情報は清美経由で聞いているつもりだったが、記憶に残っていない。彼女が銀行に勤めているとは聞いていたがその銀行名も、現在洋子が26歳である事も、正直忘れていた。―済まなかった。気がつけば鈴木自身は一年後には定年に達する。同期の人間は皆、警部や警部補に昇進し、退官を向かえようとしている。片や鈴木は巡査部長のままだった。鈴木は地域に密着した現場での仕事が好きでたまらなかった。そのため彼は高校卒業後警察に入ってから、今日まで昇進試験をあまり積極的に受けなかった。管理職になる事を嫌ったためである。妻からは何度も昇進試験を受けてくれと言われた。しかしその手の要望は無視してきた。今まで家庭を顧みず、自分の好きな仕事だけに人生を捧げてきた。清美の寂しそうな表情を見た時、自分の自己中心的な人生がリセットされた感覚を覚えた。鈴木の心の中には様々な思いが去来していた。『本部より関係各署。』瞬間、鈴木に緊張が走った。アルバムに落としていた目線を部屋の隅に設置された無線機に向ける。『熨子山山中の小屋より遺体と思われるものを二体発見との通報。所轄は直ちに現場へ急行せよ。』鈴木の表情が厳しいものに変わった。アルバムを閉じ、急いで無線に口を近づけた。「こちら熨子駐在所。現場の目印になる情報をお願いします。」『熨子町の集落からそのまま山頂へと向かう道の途中に通報者がいる模様。』「了解。向かいます。」鈴木はそう言うと寝間着姿から制服に着替え駐在所を飛び出し、止めてあるミニパトカーに乗り込んだ。エンジンをかけアクセルを踏み込み勢い良く発進した。熨子町の集落まではここから約五分。熨子町から山頂へと向かう道は一本しか無い。車に乗ってからも継続的に通信指令室からの指示は出ている。県警本部の対応は素早かった。本部から鑑識を含めた応援が二十名程度出発したようだ。加えて金沢北署の捜査員も投入されて、捜査の体勢を整えつつあるのが無線を通じて伝わって来ていた。二名の遺体が一度に発見される事など、この地方都市では珍しい。普段聞き慣れない言葉が飛び交う無線のやり取りが、その事の重大さを物語っていた。「事件か心中か。」彼は誰に言う訳でもなく呟いた。鈴木はパトカーを手足のように操り、注意深くそして俊敏に県道を駆け抜ける。―何か妙な胸騒ぎがする。【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more8minPlay
February 20, 20191,12月20日 日曜日 0時35分 熨子山山頂展望台このブラウザでは再生できません。眼下には渋い夜景が広がっている。ここ金沢は藩政期より城下町として栄えた地域。当時の歴史と伝統が今も色濃く残っている街のため、日中は観光都市としての顔を全面的に出す。観光名所には人が集まり賑やかさを創出する。しかし夜になればそれは一転する。市内全域は水を打ったような静けさに覆い尽くされる。その空気の重量感と質感は重く、妖しさを内包している。間宮はその妖しさに包まれた街を、熨子山から眺めていた。熨子山は金沢の北東部にある山で、そこから見る夜景は美しかった。妖しげな空気の中に点在する街の照明群。それと相対するように闇を演出する寺院群や田畑。対照的なものが絶妙に混ざりあい、陰と陽のおもむきを感じることができる。熨子山は金沢市街地から車で約三十分の距離にある。市街地から少し離れたところにあるが、整備も行き届いており休日には地元の家族連れが遊びにくるようなところだ。だがここは夜になると交通量は極端に少なくなり、外部からの侵入者を拒むかのような空気をもっていた。十二月。日が沈むと冷えきった空気が肌を刺す季節だ。熨子山の山頂にある展望台で間宮は静寂に包まれていた。そっと彼に身を寄せる者がいた。彼と同じ会社に勤務する桐本だ。今日この時間にここを訪れる者は彼等以外になかった。彼女の頭を撫でながら、間宮は眼下の金沢の夜景を眺めた。麓から幾度か曲線を描いてこの場所に来ることができる。間宮はここまでの道を市街地から順を追って見ていた。彼の視線が熨子山の中腹にさしかかったとき複数の赤く明滅するものが登ってくるのが目に止まった。―パトカー?…そういえば10分程前にもパトランプが見えた。その光は着実に山を登ってこちらの方に向かってきている。不審に思った間宮は頃合いを見て、この場から立ち去ろうと考えた。「由香。」彼は唐突に桐本を抱きしめた。「ずっとこうしていたいよ。」お互いの息遣いと脈打つ音だけが耳に入ってくるほどの静寂。抱きしめ合う中、間宮の鼻腔に入り込んでくる桐本の香りはいつもよりも香しく感じられた。間宮に覆いかぶさられるように抱きしめられていた桐本の体は小刻みに震えだした。「ごめん…こんなところに長居させてしまって悪かった。寒かったよね…。」すると彼女の体の震えが大きくなった。その震えは徐々に大きくなってくる。「え…?大丈夫?」思いの外彼女を寒い目に遭わせていたのだろうか。まさかこの寒さで体調でも悪くさせてしまったのだろうか。それは彼の大きな誤解だった。桐本は間宮の肩越しに見ていた。向こう側から白いワイシャツを着た男がこちらを凝視しているのを。その男が赤い血で染まったハンマーを持ってこちらにゆっくりと近づいてきているのを。【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more6minPlay
FAQs about オーディオドラマ「五の線」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線」 have?The podcast currently has 149 episodes available.