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オーディオドラマ「五の線」をPodcast配信するためのブログです現在「五の線リメイク版」のブログへ移行中です。1ヶ月程度でこのブログは削除されます。移行先 https://re-gonosen.seesaa.net/... more
FAQs about オーディオドラマ「五の線」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線」 have?The podcast currently has 149 episodes available.
June 12, 201918,6月15日 火曜日 15時00分頃 フラワーショップ「アサフス」このブラウザでは再生できません。一年半前の雨が滴る六月。赤松は自分の店で店番をしていた。六月の花と言えば紫陽花、菖蒲、泰山木と言ったものが主で、普段花を使用した生活を営んでいない一般の家庭にはあまり花屋は縁がない時期かもしれない。アサフスに来店する一般客の多くは田上、杜の里の住人である。赤松はそれらの客の顔と名前を大体覚えていた。たまに見慣れない顔の客が来る事があるが、それらの一見客はここから車で二十分先にある熨子山の墓地公園へ墓参りに行くための花を買いにくる客が主だった。だがそれらの大半は盆や彼岸の時期に集中する。スーツを着たサラリーマン風の男が梅雨時の昼間に、この店に来る事はあまりない。第一印象が不自然だったため、当時の事はよく覚えている。男は店内にある花が入った冷蔵庫の中を眺め、足下に置いてあったバケツに入った墓参り用の花束に目をとめた。「これ、ひとつ下さい。」男はその佛花を指差し、低い声で店にいた赤松に言った。赤松は返事をして花を取り出し、包装紙に包んだ。「お客さん、お墓参りですか。」男の口元は少し緩んだ。「赤松、俺だよ。久しぶりだな。」誰か分からなかった。赤松は男の顔を3秒程眺めた。口元にある黒子が目に入った時気づいた。「一色か!」「そうだよ。」「久しぶりやなぁ。スーツ着とっから誰か分からんかったわ。」「冷てぇなぁ、気づいてくれよ。」「どうしたん、こんな平日の昼間に来るなんて。」「いや、噂で赤松が実家を継いだって聞いたから、墓参りの花を買いに来たんだ。ちょっと仕事を抜け出してな。」「仕事?」「ああ。」「え…?おまえ、こっちで仕事しとらん?」「まあな。」赤松は一色が東京の国立大学に進学した事は知っていた。しかし、そんな立派な学歴を持った彼が地元に帰って来て仕事をしていることに、少し違和感を持った。当然、当時は一色が警察である事も赤松は知らなかった。しかしそれ以上は仕事について突っ込んだ話はしなかった。彼なりに事情があるのだろうと思った。一色との会話は10分ほどだっただろうか。久しぶりに高校の同期の連中と集まってみたいという内容の会話だ主だった。「ところで一色、誰の墓参りなんや。」一色は少し口をつぐんだ。「あぁ、ごめん。ちょっと聞いただけなんやわ。」「いいよ。ちょっと繋がりのある人の墓参りだよ。」そう言うと一色は店の奥で事務仕事をしている妻の綾と母の文子を見つけた。「あの人がお前の奥さんか。」綾はパソコンに向かって入力作業をしている。「まあね。」「奇麗な奥さんじゃないか。お母さんも元気そうだな、良かった。」文子は老眼鏡を掛け、そろばんを弾いて伝票の仕分け作業をしている風だった。「母さんは年やから、昔みたいにって訳じゃないけど、俺よりかは元気や。」一色はしばらく綾と文子を眺めていた。「みんな強いな…。」そう言うと一色は勘定を済ませて、赤松にまた来ると言って背を向けた。「赤松。」赤松は彼の背中を見た。「いや…何でもない。」この言葉を残して一色は店を後にした。それから彼がこの店に来る事はなかった。赤松はその時の一色の表情が印象に残っていた。物寂しげな表情。昔は剣道部の部長として赤松たちを牽引してきた人間が、10数年経ちその背中に哀愁さえ漂わせる姿は、時の流れを感じさせると共に赤松にとっても寂しさを感じさせた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more8minPlay
June 05, 201917,12月20日 日曜日 11時25分 喫茶「ドミノ」このブラウザでは再生できません。一時期金沢にはカフェと呼ばれる社交場が乱立した。この手の店は、ぶらりと気軽に立ち寄れる場所はあまり多くない。洒落てこぎれいな雰囲気のものが多く、選ばれし意識の高い人種であることが条件として課せられる。その中においてひとりでくつろげて、誰かを待つのに持ってこいであるのはやはり純喫茶だ。客層の嗜好をしっかりと捉えた新聞や雑誌、マンガ等が豊富であり、それなりの年齢の世代が集う。店で交わされる会話も良い。何より自分だけの世界を作れることが純喫茶の魅力でもある。アサフスから犀川を渡った旭町の純喫茶「ドミノ」に佐竹はいた。店主以外誰もいない店の中で、彼は一番奥のテーブル席に座り雑誌に目を落としていた。店の外で車のドアが閉められる音が聞こえた。それから20秒後にドアが開かれ赤松が店内に入ってきた。赤松はカウンターに立つ店主にコーヒーを注文し、そのまま佐竹の正面に座った。すぐに店員がおしぼりと水を持ってきた。赤松は湯気の出るそれで手を拭き、続いてしっかりと顔を拭いた。「あのさ、お前どう思う。」佐竹は切り出した。顔を拭いていたおしぼりを丁寧にたたんで赤松はうつむいたまま答えた。「ふぅ…信じられんよ…。本当に。」赤松は「それに」と付け加えて話し続けた。「今、報道されとる被害者の女の子おるやろ。」「おう。」「あの子実は昔ウチでバイトしとった女の子ねんわ。」「えっ…。」「何が何だかさっぱり分からん。俺のかみさんもショック受けてさっきから仕事が手ぇつかん状態や。」「あの…お前の奥さん、一色とお前の繋がりを知ってんのか。」「いや詳しくは知らん。だからまだ救われとる。もしもそんな細かいこと知ったらあいつパニックになっちまう。」コーヒーが出され、赤松はそれに口をつけた。「なぁ佐竹。お前はどう思ってんだ。この事件の事。」佐竹は手に持っていた雑誌をテーブルの上に置いた。「お前と同じだよ。信じられん。正直そういう漠然とした感想しかでてこない。」「そうやよな…。」二人の間にしばしの沈黙が流れた。「なぁ赤松。お前、村上と連絡とってる?」佐竹が切り出した。「え?村上?」赤松は首を振る。「そうなんだ。」「村上がどうした?」「あのさ。俺、実は今でもあいつとよく連絡とってんだけどさ。」「へぇ。そういやお前ら昔っからよくつるんどったよな。」「ああ。」「村上あいつ、今なにやっとらんけ。」「政治家の秘書。」「まじで。」「マジ。」「へぇ…なんかすげぇじ。」「ああ。たしかに政治家の秘書って言うと聞こえはすげぇ。けどあいつ自身は高校の時からなんにも変わってないよ。」そういうと佐竹は、先ほど村上とこの事件について電話でやり取りをしていた事を赤松に報告した。今回の事件については所詮過去人間関係。だから他人事と割り切ってしまうのが得策であると。「んであいつはどんな反応を?」「却下。」「却下?」「ああ。むしろ俺が冷たいとかで一蹴された。」「なんやそれ。」「あいつはいったん熱くなるとどうにも止まらん。」「ははは。ほんとに高校からなんにも変わっとらんげんな。村上のやつ。」「言ったろ。なんにも変わっていないって。」「で、そんな村上に感化されてなんかわからんけど、俺んところに来たってわけか。」自分はそうは思わないのだが、結果として見れば赤松の言う通りだ。「高校の時もだいたい何かのきっかけを作るのは村上。ほんで佐竹、お前はまずはそれにダメ出し。でも結局行動力がある村上に引っ張られて、知らんうちにその中で巻き込まれる。お前ら18年経っても変わらんな。」「そ、そうか…。」「まぁでも、俺はちょっと複雑。」「そうだな…。被害者はお前のところで働いていた子だし、容疑者は昔の同級生だし…。まさかそんな状況だとは知らなかった。すまん。」「謝んなって。別にお前が悪い訳じゃねぇやろ。あのさ、お前が村上に言ったことは一理あると思う。いやむしろ正しいと思う。いくら昔強い繋がりがあったとしても、それ以来疎遠でありゃあ昔は昔、今は今。実際俺は一色をぶっ殺したいってくらいにすら思っとった。」「思って…いた…?」赤松は半分に減ったコーヒーの中にフレッシュを注ぎ、それをかき混ぜた。「ニュースに初めて触れたときは正直、初めてづくしの情報ばっかりでなんのことかよく分からんかった。一色が警察やったってことも、あいつがそこの幹部やったってことも。」「それは俺もさ。」「でもしばらくして、なんとなく飲み込めてきた。ほしたらなんか、あいつのことぶっ殺したくなってきた。」言葉に熱を帯びる自分を収めるかのように、赤松はコーヒーを飲み干した。そして深呼吸をして彼はゆっくりと口を開いた。「でもな、実は俺…去年の夏に一色と会っとれんて…。」「え?」「去年の梅雨の時期や。あいつウチの店に来てさ…。」そういうと赤松は当時の事を振り返り始めた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more10minPlay
May 29, 201916,12月20日 日曜日 10時55分 フラワーショップ「アサフス」このブラウザでは再生できません。朝から振っていた雨は雪に変わっていた。世間一般では金沢は雪国としてのイメージが強く、十二月の金沢といえば「雪吊」が施された兼六園の風景が有名である。樹木の幹付近に柱を立て、その先端から各枝へ放射状に縄を張り巡らせることで枝を保持する。この雪吊りの威力が発揮されるのは一月半ばから二月にかけて。この間一番雪国らしい天候が続く。昔は十二月の段階で積雪となっていたが、近年は地球温暖化の影響なのか、この時期に積雪といえる程の雪が降り積もる事は無い。佐竹はアサフスの駐車場に自分の軽自動車をバックで止め、目の前にあるアサフスの店内の様子をしばらく伺っていた。フロントガラスにいくつもの雪が付き、定期的に左から右へワイパーがそれを除ける。ガラスの右の端にはうっすらと雪が溜まってきていた。アサフスの駐車場には自分以外には乗用車は一台だけ止まっている。佐竹は客がいなくなるのを待っていた。客と思われる一人の女性が店から出てきたのを確認して、佐竹はエンジンを切り、車から降りてそこへ向かった。「いらっしゃいませ。」アルバイトらしき若い女性が店内で作業をしながら声をかけた。佐竹はそれとなく客の振りをして地面に置いてある花や観葉植物に目をやった。しかし彼はあまりそれらに興味が無いため、その動きに落ち着きが無かった。店に置いてある植物たちに目をやりながら、赤松がいないか確認をするも彼の姿は見えない。「プレゼントですか。」女性店員が佐竹に声をかけてきた。気づくと子豚の形の鉢に三種類程の花が詰め合わせてある商品の前に立っていた。「ああ、ええ。」「それ、最近人気があるんですよ。花もかわいいんですけど、子豚の鉢がいいって評判ですよ。お客さんが今見てらっしゃるのはディスプレイ用なんで、もしよろしかったらお好きな花を選んでくれれば、こちらでその豚さんに詰めて差し上げますよ。」女性は屈託の無い笑顔で対応してくれた。目鼻立ちがくっきりとした佐竹のタイプの女性だった。年齢は自分よりひとまわり若いだろうか。この瞬間、今日の朝に結婚についてあれこれと考えていた自分の姿を思い出した。「じゃあ、それと同じやつでお願いします。」別に誰にあげる訳でもない。ただなんとなく買う気になった。単に佐竹のスケベ心からくるものであることは間違いない。自分の口元がなぜか若干緩んでいるのが分かった。「ありがとうございます。それじゃしばらくお待ちください。」そういうと女性は鉢を取りに店の奥へ入っていった。店内には佐竹しかいない状況になった。電話の音が鳴った。店の奥から店主と思し召しき男が出てきて電話をとった。身長は百六十センチ程。この小柄な男は、物腰柔らかに電話の応対をしている。彼の頭には白髪が散見された。天地の低い銀縁の眼鏡をかけ、あごひげを蓄えている。「そうやねぇ、いつご入用ですかねぇ。」金沢独特の語尾を伸ばす方言で電話の先にいるお客と会話をしている。「二十五日け。ちょっと待ってねぇ。」そういうと男は店内をきょろきょろと見渡し、こちらを見て動きを止めた。佐竹と目が合った瞬間彼の顔つきは硬いものになった。ひと呼吸おいて男は目を細めて佐竹の奥の方を見た。佐竹は振り返ると、すぐ側の壁にB2サイズの月表カレンダーが貼ってあることに気づいた。「うん。大丈夫やよ。そしたら用意しとくし、その日の午前中に配達するさかいよろしくね。」男はメモを取りながら「ありがとう」と言って電話を切った。「赤松…。」佐竹は男の方に寄って行き、彼の名前を呼んだ。「久しぶりやなぁ、お前も見たんかニュース。」赤松は真剣な顔で佐竹の目を見た。「俺も丁度お前に連絡しようと思っとったんや。」「お待たせしましたぁ。」店の奥から女性店員が子豚の形の鉢を持ってきた。彼女は佐竹と赤松が向かい合っているところからどちらに言うわけでもなく「お知り合いですか」と声をかけた。「ああ、俺の同級生。」赤松が答えた。「何、これお前買ってくれらん?」「まあ…。そうだけど。」「プレゼントだそうですよ。」本当は別に欲しくもない花だが、何となく流れで買ってしまったなどと言える訳もなくとりあえず佐竹は答えた。「ありがとうございます。」そう言って赤松は佐竹を見た後、続けて女性店員を見た。そして先ほどまで真剣だった表情を少し緩めた。「美紀ちゃん。このお客さんのために特別なラッピングしてあげて。」「はい。がんばります。」元気のいい声で答えると、美紀と呼ばれたその女性はその場で花を詰め始めた。「佐竹、少し時間あるか。」「ああ。」「ここじゃ何だから、久しぶりに『ドミノ』でも行かんけ。」「いいけど、お前仕事は大丈夫なのか。」「大丈夫や。今ちょっと時間に余裕出たし。」「そうか。」「まぁ仕事より大事な事だってあるわい。先に行っとってくれんけ。俺、少し片付けんといかんことあるから、10分位でそっちに行く。」「わかった。けど、その花はどうする。」「その時に俺が持っていくから。ああ、お代はそん時で。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more10minPlay
May 22, 201915,12月20日 日曜日 10時35分 金沢北署このブラウザでは再生できません。朝倉と別所の二人は記者会見を終えて北署の署長室に戻った。するとそこに二人の男が応接用のソファに座っていた。二人は朝倉と別所に気づくとすぐに立ち上がり名乗った。「初めまして。刑事局の松永です。」始めに挨拶をしたのは中肉中背の年齢は三十代後半~四十代前半と思われる男の方だった。朝倉ははじめてその男を見た時に不快感を覚えた。襟と袖だけ色の違うクレリックシャツを身に着けた松永の胸元は第二ボタンまで外されていた。彼は朝倉に手を伸ばし握手を求めた。―これが上司に対する挨拶か。渋々松永と握手をしたが、朝倉は眉間に皺を寄せ不快感を露にした。「すいません。私のスタイルはお気に召さなかったですか。申し訳ございません。」松永は朝倉の気持ちを察しそれとなく自分の行動の弁護をした。しかし朝倉はその言葉自体が嫌みにしか感じられず、無視をしてソファに座った。松永は次いで別所と軽く手を握り自分の側近である関を二人に紹介した。関は松永とは違い、丁寧に挨拶をした。「松永の補佐をしております関と申します。よろしくお願いします。」「よろしく。」朝倉は座ったまま関に対しては軽く会釈をした。松永と関。対照的な人間が自分の前に座っている。松永の口元は若干上がり気味で、何やらにやにやとした表情であるのに対して、関はその表情に変化が見られない。身なりも松永はカジュアルなのに対して関はスリーピースのスーツと固い。見た目では関の方が上司に見える。「本部長。」前屈みになるように松永は自分の顔を朝倉の方へ近づけた。こっそりと話したい事がある人間は、自分の身や顔を近づける。しかし彼のその表情は相変わらず笑みを浮かべている。朝倉は気味が悪かったのでそのままソファに深く座った体勢で彼の言葉に耳を傾けようとした。「勝手な事をされては困りますな。」松永の表情は険しいものとなった。「今後、この事件の捜査の全権は私が握ります。あなたはこの捜査に一切関与していただきたくない。おとなしく外野から見守っていてください。」唐突だった。「松永、貴様こそ誰にその口を叩いている。貴様こそ勝手な事をほざくな。」はじめて松永を見たときから、その挨拶の仕方や身なりに嫌悪感を覚えていた朝倉は、階級では下にあたる彼の物言いにとうとう頭に来た。「これは察庁の意向です。あなたこそ変な正義感を持ち出して勝手な事をしているではないか。」ドスの聞いた声で松永は朝倉を睨みつけた。そして関に「おい」と合図をすると、彼はおもむろにバッグの中からノート型パソコンを出し、数回キーボードを叩いて朝倉にその画面を見せた。「これを御覧ください。」メールが画面に映し出されていた。官房総務課長の宇都宮からのものだった。朝倉と別所はそれに目をやった。件名は『先程の件について』である。 松永殿 先ほどの県警の記者会見は大変残念である。上意下達の意思決定システムに支障を来すような事があっては警察組織の混乱を招く恐れがある。ついては君に今回の熨子山連続殺人事件の総指揮をとってもらいたいというのが上層部の意見だ。朝倉本部長の重大な命令違反についてはけいさつにおいて厳正な処分を行う予定だ。それまで彼にはこの事件に関する一切の関与も認めない。そのように彼に君の口から伝えておいてくれ。追って私からも彼に直接問いただす。事件の早期解決に期待をしている。 「まぁこういう事ですよ。本部長。」メールを読む目の動きが止まったのを見計らって、松永はあっさりと言った。朝倉はじっとパソコンの画面を見つめている。「当然、今回の件の全責任は本部長にありますが、警務部もその重大な連絡が不行きであった点でお咎め無しとはいかんでしょうな。」別所の顔は引きつった。額には汗がにじんでいる。「おまえは刑事局の人間だろう。」パソコンの画面の影から朝倉は鋭い眼光を光らせ松永を睨んだ。「そうですがなにか。」「刑事局の人間がなぜ官房から直接指示を受ける。」「私は事件の捜査に関して刑事局長に委任されてきましたので、その手の指揮系統のご質問についてはお答えしかねます。おい関、あれを見せてあげなさい。」松永がそう言うと彼の隣に座っている関が再びバッグを開き、中から一枚の紙を取り出した。A4一枚の紙には捜査の権限を松永に一任する旨がしたためられ、捜査第一課特殊事件対策室長、捜査第一課課長、刑事局長の印が押されている。朝倉はその紙をしばらく黙って見ると深くため息をついて「わかった」とだけいった。その言葉を受けて松永は先ほどの笑みを浮かべた表情に戻り、ソファに座り直し一礼した。「ご協力ありがとうございます。」「ひとつ聞きたい事がある。」そう言って朝倉は松永の捜査経験について質問した。どこの馬の骨とも分からない頭でっかちの世間知らずに現場を荒らされては堪らない気持ちがあった。松永は朝倉の質問にひと言で答えた。「今回がはじめてです。」【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ...more10minPlay
May 15, 201914,12月20日 日曜日 10時17分 本多善幸事務所このブラウザでは再生できません。「また連絡する。」そう言うと村上は佐竹との電話を切り自分のデスクに戻った。傍にいる女性が東京の事務所から電話がかかってきている旨を告げたので、村上は保留にしてあった電話に出た。「はい、村上です。」「お疲れさまです。村上さん、テレビ見ましたよ。」「あ、ええ。」「先生からさっき電話があって、地元で起きた事件なので大変心配しているようでした。村上さんに対応を任せると言ってました。」―任せると言われてから動いていたら遅いんだよ。「いやぁ僕も地元にいて長いんですが、正直こんなひどい事件ははじめてですよ。とりあえず身元が判明している被害者のお宅には、私かこっちの事務所の人間が行くように段取りしています。先生にはご心配なさらないように伝えてください。」「それにしても警察幹部の犯行と疑われているようですね。今回の事件。」「ええ、そのようですね。」「こっちの方じゃ警察庁がぴりぴりしていますよ。何せキャリアですからね、容疑者は。」村上の頭に一色の顔が浮かんだ。「キャリアね…。」「前代未聞の大事件。いったい警察は何やってんだか。」「確かに。」「犯人は未だ行方知らず。村上さんも注意してくださいよ。」電話の内容はどうでも良いものだった。ただ、この電話で世間が容疑者=犯人として扱われている現実を知った。まだ一色は容疑者である。犯人は一色であると決まった訳ではないのに、世の中がそう動いている。情報の伝播の早さと何の疑いも持たず決めつけで行動する人間の怖さを村上は感じ取っていた。「村上さん?聞いてます?」うわの空だった村上は野田と話していた事を思い出した。「村上さん。先生は十四時二十五分羽田発の飛行機でそちらに向かいます。十五時小松空港到着の予定に変更はありませんので、車の手配をよろしくお願いしますよ。」「あ、はい。」「どうしたんですか、村上さん。なんか変ですよ。」村上は電話を切ると両目の鼻の付根を指でつまんで目を瞑った。自分は少し疲れている。今日の段取りを部下に指示すると村上は事務所を後にした。【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ...more5minPlay
May 15, 201913,12月20日 日曜日 10時21分 フラワーショップ「アサフス」このブラウザでは再生できません。アサフスは金沢市田上の山側環状線沿いにある生花店である。田上は熨子山の麓にある国立大学を中心とした学生街で、近年開発が進んでいる地区である。赤松剛志はここに生まれ育った。今は二代目社長としてこの店の切り盛りしている。アサフスの創業者である剛志の父は、六年前突然の不慮の事故で他界。当時、京都の大手メーカーに勤務していた赤松はそれをきっかけに妻の綾と一緒にこちらに戻ってきた。当時は花屋の仕事について無知に等しかったのだが、最近は同業の連中に板についてきたとなんとか認められるようになってきた。赤松は今日の晩に執り行われる葬儀用の花の手配に追われていた。花屋にとって葬儀会社や結婚式場は上得意先である。そのためミスは許されない。赤松は電話で得意先と何度も確認をし、飾り付けをした花に誤りが無いか入念にチェックした。継続的に大口の発注が出るこれらの会社を赤松は自分でコンスタントに開拓している。そのためアサフスはこの不況時においても仕事量は増えており、そんな中で赤松は忙殺されていた。通帳の記帳で銀行に行っていた妻の綾が足早に店に戻ってきた。傘をたたみダウンジャケットについた雨の雫を払ってブーツを脱いだ。「ただいま…。」「お疲れさま。銀行混んどったけ?」綾の顔も見ずに赤松は伝票を手書きで起票しながら答えた。「綾?」返事が無いことに気がついた赤松は手を止めて彼女の方を見た。綾は赤松と目を合わさず、カバンを金庫にしまった。「おい。どうしたん綾。」「剛志…テレビ見た?」「え?」「テレビ見た?」「いや…見てない。どうした?」綾はリモコンを手にして部屋のテレビをつけた。「それにしても残忍な事件ですね。」「はい。警察の発表によると被害者である4人のうち2人は同じ職場の交際中の男女ということです。ひょっとすると容疑者はこの被害者である女性に何らかの好意を抱いていて、ストーカー行為に及んでしまった可能性も捨てきれませんね。」テレビでは犯罪心理学者といわれる人物が、司会者の質問に答えていた。「ですが先生。そうなるとこのカップルの他の2人はどうなるんですか。」こう言って司会者はフリップを出した。そこには間宮孝和と桐本由香の名前が書かれ、写真が貼り付けられていた。「え…?」「そうですね。ひょっとすると行きずりの犯行かもしれません。」「ということは犯人はこの桐本さんに好意を抱いていて、その交際相手もろとも殺害し、ついでにまだ身元が明らかになっていない人間を2人殺したと?」「き…桐本…?」「ええ。サイコパスの要素を持っているとすればあながち不思議でもありません。」「え...綾...この桐本って...。」「由香ちゃん...。」「そ...そんな...。」流し台の前に立っていた綾の肩は震えていた。桐本家は赤松家と同様、田上の土着の家だった。田上は、その住人のほとんどが元々は農業を生業とする普通の田舎町だった。それが環状線が開通する事で区画整理がされ、住民たちのほとんどが不動産オーナーになるなどして農業を棄てた。だが昔ながらの田舎特有の繋がりは依然として強固な地域であり、赤松は同じ町会の桐本家の長女由香をアルバイトとして二年間雇ったことがあった。「なんで…。」綾は顔を覆って泣いていた。こんな時はすぐに彼女のそばに寄って、何も言うこと無く抱きしめてやれば良いのだが、それ以上にショックが大きくそこまで気が回らなかった。赤松はテレビ目をやった。司会者とコメンテーターと思われる男が話をしている。「大変深刻な事態になってきましたね。」「はい。現在のところ現役の警察幹部が容疑者として手配されているそうですが、仮にこの男が犯人であると立証されると、前代未聞の事態となります。本当に信じられません。」―警察幹部?「確かにこれは絶対にあってはならない事件ですね。とにかく容疑者の一刻も早い逮捕を望むところです。ではここで再度容疑者の情報をお伝えします。」容疑者の顔写真がインサートされた。赤松はその写真を見て絶句した。「え…。」火にかけてあった薬缶から勢い良く蒸気が吹き出していたが、相変わらず綾は流し台の前に立って肩を震わせ泣いていた。赤松はテレビに目を向けながらその火を消し、綾のそばに立ち彼女の肩を引き寄せ、弱々しく言葉を発した。「綾…。」赤松の自分を呼びかける声に我を取り戻したか、彼女は涙を手で拭い彼の顔を見た。赤松の視線はテレビに向いたままだった。そして彼はその方に向けてくいっと顎を上げた。綾は促されてそちらの方に向いた。「俺、こいつ…知ってる…。」【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more9minPlay
May 08, 201912,12月20日 日曜日 10時10分 北陸タクシー株式会社駐車場このブラウザでは再生できません。「ふわぁ~。」大きなあくびをしている間は、無の境地を味わうことができる。北陸タクシーのドライバーである小西規之は今しがた車庫に帰ってきたところだった。この仕事に関しては二十年のベテランであるが、やはり普通と違うバイオリズムでの仕事は、五十八を過ぎたこの体に鉛のように重い疲労感を与えてくれていた。小西は車からゆっくりと降り、自分の腰をさすりながら事務所の方に向かった。今日のアガリを事務所に入金し、タイムカードを押して一分でも早く帰宅したい気持ちだった。そんな小西を背後から呼ぶ声が聞こえた。「ノリさーん!」振り返ると恰幅のいい男がこちらに向かって手を振っている。身長は百七十センチぐらい。体重は見た感じで百キロ相当ありそうだ。彼のベルトはいつものように腹に隠れて見えない。冬の北陸は上着なしではかなり寒い季節であるが、彼は長袖のシャツを腕まくりして着ていた。小西の後輩の南部達夫だった。彼は巨体を揺らしながら小西の側にやってきた。「なんや?」「いやぁ最近さっぱりでさぁ…。ノリさんはどう?」近くに寄って初めて分かることもある。この寒い季節に南部は額に汗をかいていた。「どうって…。全然だめやわいや。不景気や。」そういうと小西は腰をさすりながら、再び事務所の方にむかってゆっくりと歩き始めた。南部も彼と肩を並べて歩いた。「ほんとに最近は長距離ってないよね。」「そうやなぁ…。少なくなったなぁ。」「これって、やっぱり景気のせいなのかな?」南部は地元の人間ではない。彼は十年前に勤務先の会社が倒産し、それがもとで離婚。行く当てもなく石川県に来た時、小西の運転するタクシーに乗車した。それが縁で現在小西と同じ職場で仕事をしている。関東出身であることは話し方で分かるが、どこの出身かは誰も知らない。それ以上のことは誰も聞かなかった。「んーでも羽振りがいいところもあるしなぁ。」「この時代に儲かってるってどこの会社?」「いやぁ、ここらへんの会社はたかが知れとる。やっぱり東京のほうは会社は違うんやろう。」二人は事務所の事務員に現金の入ったポシェットを渡して、タイムカードを切った。時刻は十時十三分だった。「いやな、昨日のお客が言っとったんや。」「東京の客?」「いや、ようわからんけど、やっぱり東京のほうが銭になるんやと。そのお客は何が金になるかは言わんかったけどな。」南部はハンカチを取り出し、自分の額をそれで拭った。「ふうん…。で、そのお客さんは羽振りよかったの?」小西はそっと手のひらを南部に見せた。「五千円?」「だら。五万や。」「えーっ!!」「しーっ。大きな声出すなや。みんなに感づかれるやろ。」「…え?どこからどこまでだったの?」「小松空港から金沢まで」そう言うと小西は自分の腰をさすりながら周囲を見渡した。今気づいたのだが事務所の皆がテレビを見ている。小西もつられてそれに目をやった。見覚えのある建物の前にひとりのレポーターが立っていた。「何やこれ。北署やがいや。」誰に言う訳でもなく小西はそう言った。四十歳前後の女性事務員がそれに応えた。「ノリさん、知らんが?」「何が?」「昨日の夜中に熨子山で殺人事件があってんよ。」「はぁ…?熨子山って、あの熨子山か。」小西は事務員の横にある空いた椅子に腰をかけた。「そうやぁ、4人も殺されたんやって。」「え…おい、ちょっと待てや。ワシ…昨日熨子山に客乗せてったぞいや。」小西はそう言うと持っていた運転日報を事務員に見せた。「うそ…。」事務員は驚いた表情で小西を見た。そのやり取りを何となく聞いていた周囲の社員達が小西のそばに寄ってきた。事務員は小西の日報を指でなぞりながら確認をする。そこには十八時十五分に小松空港で一人の客を乗せて、十九時三十五分に熨子町でその客を降ろしている事が記載されていた。「ノリさん乗せたのこいつ?」傍にいた南部がテレビの方を指差した。そこには眼鏡をかけた男が写っている。「こいつ現役の警察官だってさ。ありえないよね。」小西はその男の顔を見るとしばらく考えた。「いや…よう分からんわ。なんちゅうか…ワシが乗せた客はサングラスしとったから何とも分からん。」「でもノリさん、あの容疑者って、夜の七時まで仕事しとったってさっき言っとったから、ノリさん乗せたその人と多分違うと思う。」女性事務員がそれとなく小西を擁護する。「いやぁ分からんぞ。ノリさん、そりゃ警察に言った方が良いんじゃねぇか。」「そうだよ、関係なくても情報提供はした方が良いぞ。」小西の周囲はたちまち騒然となった。「なんや…えらいとばっちりやな…。」遠くの方でこちらのやり取りを見ていた部長が小西を手招きしている。小西は別に自分では何の悪い事もしていないのだが、すごすごと身をすくめてそちらの方に移動した。「ノリさん。明日は休め。」「部長、どういうことですか。」「俺から社長に言っとくから、いまそこで言っとった事ちゃんと警察に言えぃや。」「でも部長…。」「心配すんな。ちゃんと有給にしとくから。」部長はそう言うと声を小さくして付け加えた。「今晩はその客から貰ったチップで飲んで、明日はちゃっちゃと警察に行ってこい。」部長は先ほどの南部とのやり取りをしっかりと見ていたようだ。「すんません。じゃあ明日はよろしくお願いします。」 【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more11minPlay
May 01, 201911,12月20日 日曜日 10時10分 佐竹宅このブラウザでは再生できません。―どれもこれも景気の悪い話ばかりだな。広げた新聞には世の中に対する悲観論が充満していた。今度の内閣人事に関する分析と課題についてばっさりと斬り捨てられた政治面。デフレによる景気後退。それに伴う消費の低迷はますます深刻さを極めつつあるとする経済面。所得や雇用の格差に関する社説。親が子供を殺したという殺人事件が大きな枠を占領している社会面。この世は救われることのない、苦しみばかりの地獄であると言わんばかりの紙面だ。地獄の原因は政策の失敗であるそうだ。現政権を打倒することが唯一の問題解決方法らしい。だが、現政権を打倒してどのような舵取りを期待するのか。野党から具体的な政策提言はなにもない。とにかく現状をぶっ壊せば何か良くなる。こんな論調が新聞紙上にも世の中にも蔓延していた。―こんな新聞毎日読んでいたら頭が変になる。そう思って佐竹はそれをしまい、テレビに目をやった。チャンネルは先ほどと変わらない。テレビではアイススケートの大会で優勝した選手のそれまでの軌跡やプライベートの様子を解説つきで伝えていた。しかし突然画面が切り替わってメインキャスターが映し出された。「えー先ほどの金沢で起こった殺人事件について、新しい情報が入ったようなので現場から中継でお伝えします。」画面が切り替わり、先ほど中継で出演していた記者がマイクとノートを持ってこちらに向かって立っていた。彼の背後には金沢北署。署内の会見場から走ってきたのか、彼の息は切れていた。「はい。先ほど行われた警察の記者会見で衝撃の事実が明らかにされました。」ーは?なんだそれ。レポーターが興奮した様子でそう言うと即座に一枚の顔写真がテレビの前に映された。写真の彼はその眼鏡の中の瞳で、佐竹をじっと見つめている。「容疑者は一色貴紀。36歳。県警察本部刑事部長。現職の警察官です。」その言葉を聞いて佐竹は一気に血の気が引いた。「え…。」言葉が出なかった。画面から伝わってくる鉛のような重量級のエネルギーが彼を包み込む。体が動かない。金縛りとはこういう状態を指すだろうか。テレビの向こう側の記者とスタジオのメインキャスターは質疑応答をする。佐竹は近くにある棚の上の写真にゆっくりと目をやった。その写真には自分を含めた高校時代の剣道部のレギュラー五人が写っている。五人の真ん中に蹲踞の状態でこちらをまっすぐ見つめる男がいた。「そんな…馬鹿な…。」剣道防具の垂には一色の名前が刻まれていた。佐竹は再びテレビを見た。テレビでは容疑者は拳銃を携行している恐れがあるという事で注意を促していた。そして時々容疑者の顔写真がインサートされる。突然携帯が震えた。佐竹はそれを手に取った。村上からだった。「もしもし。」「おう、俺だ。おまえ…今…テレビ見ているか。」「お…おう…。」村上と話すのは三週間ぶりだ。声色から彼も動揺しているように感じ取れた。「これって…一色だよな。」「あ…あぁ。」もう一度画面に映っている写真と自分の部屋に飾ってある写真を見比べてみる。テレビに映る顔写真は昔の写真の人物の面影を色濃く残している。「そうだと思う…。」「やっぱり…。」二人の間にしばしの沈黙が流れた。テレビが事件の事をひととおり伝え、別の話題に移った時、村上が口を開いた。 「なぁ…どうする…。」「どうするって…どうしようもねぇよ…。」自分以上に村上は動揺している。そう思った佐竹はテレビを切り立ち上がってブラインドの隙間から外を覗いた。雨が降ってきていた。「あの…村上さぁ…。お前あいつと連絡とってんのか。」「ん?誰だあいつって。」「一色だよ。」数秒前と違ってやけに冷静な自分になっている事に佐竹は気づいた。「いや…とっていない。何だ。」「いやな…あいつ警察官だったって俺、いまテレビ見てはじめて知った。」「あぁ…俺もだ...。」「金沢にいるってこともはじめて知った。」「ああ...。」「だからその程度の付き合いの男なんだよ。」「え?何だお前、その冷めた言い方は。」先ほどまで動揺していた村上の言葉に多少の怒気が含まれていた。佐竹はそれを無視した。「なあ、今はそんな事で動揺している場合じゃねぇだろ。」「どういうことだ。」「お前も俺もなんだかんだって忙しいんだ。高校時代にちょっと付き合いがあった程度の友人の心配なんかするよりも自分のことを考えたほうがいいんじゃね。」携帯の向こうで村上を呼ぶ女性の声が聞こえた。「はっ佐竹。お前ずいぶんと冷てぇ事言うんだな。」「んだよ。」「曲がりなりにも高校時代に同じ釜の飯を食った仲だろ。んでそん時の経験は俺らに大きな影響を与えた。お前もそうだろ。」「それとこれと何の関係があるっていうんだよ。」「確かに俺はあいつと連絡はとっていない。だけどそんなお前みたいに今は付き合いないから赤の他人だって言い切れんよ。絆ってもんがあるだろう。」「それでどうするんだ。」「わからん。これから考える。」「けっ相変わらず面倒くさい男だな。」佐竹は呆れた。「お前がそんなに薄情な男だとは俺は思ってなかったよ。仕事が入った。また連絡する。」通話を終了し、佐竹は深いため息をついた。そして高校時代の写真を手にとりそれを見つめた。自分は今まで困難や悩みに直面した時、よくこの写真を見てきた。血のにじむような練習を積み重ねた。部員間でいろいろな軋轢もあった。しかし結果として全くの無名だった高校が県大会で準優勝する事ができた。目標を持って必死になって何かに打ち込めば必ず結果は伴う。そのことをこの時はじめて体を持って知った。高校時代は佐竹の価値観に大きな影響を与えた時代だった。しかし、そのかけがえの無い時代を部長として牽引していた男が、重大事件の被疑者として現在捜査の対象となっている。―何かの間違いかもしれない。どうしても受け入れがたい。本当にあれは一色なのだろうか。だが高校時代の面影がしっかりと残っている写真に写った彼の表情から考えると同一人物と考えるのが妥当だ。佐竹は自分の気持ちの整理ができないでいた。村上には突き放した発言をしたが、それは自分の混乱ぶりが表面に出ただけのこと。さっきの発言のように振る舞うことが自分にとってできる唯一の事だともわかっている。一色とは高校卒業時から一切連絡も取っていないし、その方法も持ち合わせていない。そんな疎遠な関係である人間のことを親身になって考える事ができない。村上は絆と言った。絆をもってそこまで一色の事を考える事ができる村上が羨ましくもあった。―赤松や鍋島はこの事をどう思っているのだろうか。佐竹は自分と村上そして一色と共に写っている残り二人の事を考えた。振り返ってみれば、あれだけ皆で打ち込んできたにも関わらず、高校時代の剣道部の同窓会のような催しは一度も開いていなかった。部長の一色の音頭がなかったからという訳でもなく、何となく燃え尽きた感から自然とお互いが疎遠になっていったためだ。佐竹は村上とは偶然クラスが同じだったせいか、部活を引退後も交流を深めていたが他の三人とは学校ですれ違う時に軽く挨拶する程度だった。そんな中でたまにはみんなで集まるという発想も生まれてこず、何となくお互いがぎくしゃくした感じを持ち、そのまま疎遠となっていった。それから赤松とは今から三年程前に偶然、香林坊でばったり会った事がある。そのときに何となく近況等を少し話して連絡先を交換したが、それ以降どちらからも連絡を取っていない。―赤松の家は花屋だったな。自分の得意先にも花屋がいるので、朝早くから夜遅くまで働くその意外なまでの重労働について佐竹はわかっていた。クリスマスも近くなりポインセチアのような季節ものの花やプレゼント用の花の販売で忙しくなるのはさることながら、葬儀やブライダルを抱えている花屋の多忙さも佐竹も知っている。そういった事情を知っているだけに佐竹は連絡するのに躊躇した。―行ってみるか。どうせ自分は何も用事がない。全くの休みだ。あれやこれとつまらない事を考えているくらいならば、外の空気を吸いに出てみるのも良い。そうすれば少しは気持ちの整理もつくだろう。それに現在の赤松もどんな仕事をしているか知りたくなってきた。佐竹はタンスの中からグレーのニットと白いシャツを取り出した。若干の湿気を帯びた冬のシャツはそれを着た佐竹の肌に冷たい刺激を与えた。冬の着替えは生地の冷たさに対していちいち身構えなければならないので、大変おっくうである。佐竹は着替えると残っていたコーヒーを飲み干し、車の鍵をもって部屋を後にした。 【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more18minPlay
April 24, 201910,12月20日 日曜日 8時40分 県警察本部本部長室このブラウザでは再生できません。特殊な事件だ。現場の状況報告時からただならぬ緊張感と絶望感が朝の県警を覆っていた。片倉は深夜の午前1時半に現場に赴いた。深夜の熨子山には闇しか無かった。車を停めて現場である小屋へ懐中電灯の明かりを頼りに向かった。しばらくすると闇夜にくっきりと映し出される寂れた山小屋が目に入ってきた。鑑識が設置した投光器によってそこだけが昼間のように明るかった。片倉が現場に入って先ず目にしたのは見慣れたセダン型の車輌だった。この車のダッシュボードから一色の名前が書かれた車検証が押収されていた。現場には被害者のものと思われる足跡とそうでない足跡が残されていた。被害者の足跡はこの小屋の中で消えている。しかし一方の足跡は違っていた。車から降りて小屋の中に入り、二体の遺体を踏みつけた形跡があった。足跡は小屋から20メートル程先に行った県道の傍で消えていた。この途中で消えた足跡は鑑識で分析してみないと誰のものかは分からないが、普通の考え方であれば一色のものであると考えた方が良い。片倉は小屋の周囲をひととおり自分の目で見た後、その中に入った。長年捜査一課で様々な遺体を見てきた片倉でさえも、その惨状には目を覆うものがあった。劣化した木造の壁に飛び散った大量の血しぶき。床には血溜まりが出来ている。シートが被せられた遺体を確認すると、その二体ともの顔が無くなっていた。顔面を鈍器のようなもので激しく殴打されている。もう原形をとどめていない。顔面と頭蓋骨は粉砕され、周囲には脳や肉片が飛び散っていた。あまりもの状況にそこから目を逸らすと、その遺体の傍らには一枚のハンカチを確認した。これにも片倉は見覚えがあった。―部長のものだ。片倉は二日前に本部のトイレで一色と同じになった。一色は用を足した後で、洗面所でハンカチを口にくわえ手を洗っていた。普段気にも止めないのだが、片倉はこのときだけ何故かそのハンカチに目が止まった。片倉は一ヶ月前に訪れた自分の誕生日に高校生の娘からプレゼントをもらっていた。海外ブランドの財布だった。娘がアルバイトで稼いだ金で購入したようだった。元来身なりの事には無頓着な片倉だったが、愛する娘が汗水流して働いてプレゼントしてくれたものは身に付けないわけにはいかない。貰った翌日からそれを持って仕事に行った。いつもの休憩場所である喫煙所の自動販売機でコーヒーを買おうとした時、傍にいた部下に財布について話しかけられた。「課長、それブランドもんじゃないっすか。」「ああ、そうらしいな。」「どうしたんですか、それ。」「娘から誕生日プレゼントで貰った。」「それ、かなりいいやつですよ。良い娘さんお持ちですね。」「そうなんか?」「ええ、僕なんかも欲しいですけど、なかなか手が出ませんよ。」このようなやり取りがあったため、それ以来そのブランドの存在に敏感になっていた。一色がくわえていたハンカチにも同じブランドのロゴマークが入っていた。そこで一色とそのブランドのことで二三言葉を交わした。現場にはこの他にも一色にまつわる遺留品があった。片倉はそれらのあまりもの遺留品の多さに戸惑いながらも、そのひとつひとつが『この犯行を行ったのは一色である』と自分に語りかけてくるのを受け止めていた。そして今から10分前の8時半。鑑識からの新しい報告が入った。その報告は絶望的なものだった。鑑識からの資料に目を通す朝倉本部長を前に片倉は直立不動だった。朝倉は前頭部が禿げ上がった五十五歳の痩身の男である。目は細く少し垂れていて温和な表情をしているが、その実、眼光は鋭い。資料に目を通す眼鏡の奥に見える彼の目は刑事の目をしていた。「信じられん。」朝倉の意見は片倉と同じだった。「私も信じられません。凶器からの指紋検出は決定的です。」朝倉は資料を閉じ、しばし無言になった。「…マル秘の氏名を公表しろ。」朝倉の目が鋭く光った。「しかし、察庁からは当面の間はマル秘を特定せずに捜査をしろとの指示ですが。」この事件に一色が何らかの形で関わっているということは、現場の状況を見て即座に分かった。合計4名の被害者をだす重大な事件であるため、察庁には事件発生当時より逐一連絡を入れていた。察庁からの指示は被疑者を特定せずにあらゆる方面からの捜査を迅速に行えというものだった。仮に一色が犯人であった場合、現役のキャリア警察官僚が起こした事件となり、それが世間に及ぼす影響は多大なもので、警察組織の信用問題に発展するのは必至である。そのため隠密に捜査をせよとの意図である。察庁はこういったことは言葉では言わない。被疑者の発表を意図的に伸ばす指示をしたと明らかにされれば、それこそ二重の痛手となる。現場が察庁の意を汲めということだ。「動かぬ証拠が出ているんだ、やむを得んだろう。」「ですが本部長。察庁の了解を取り付けねばなりません。」「それでは時間がかかる。いいからやれ。」「お言葉ですが、そのような単独行動をすると本部長もただでは済みません。調整はした方が良いかと思います。」朝倉は立ち上がって窓から外を眺めながら呟いた。「片倉…お前はどこを向いて仕事をしている。」「は?」身内のボロを出さないように、秘密裏に捜査をしていこうという察庁の姿勢を無意識のうちに汲み取り、行動していた自分に気づいた瞬間だった。「マル秘は現役の警察幹部。拳銃を携行している可能性があるのはお前もよく分かっているだろう。」片倉は無意識のうちに自分のズボンの継ぎ目を握りしめていた。「我々警察は市民の生命と財産を守る義務がある。マル秘が危険な凶器を未だ所持している可能性が捨てきれないならば、その公表は当然と考える。」こちらに振り向いて片倉の目を見て語られる朝倉の意見は筋が通っている。「確かに我々は警察組織の一部だ。勝手な行動は慎むべきである。だがそれ以上に我々は公僕であるという自覚を失ってはいけない。」片倉はこれ以上朝倉に何も言えなかった。あまりの正論を聞かされたことで体が軽く震えていた。「皮肉だが、これはマル秘がよく言っていた言葉でもある。」朝倉が付け加えたこの言葉に片倉は少し引っかかった。「では察庁にどのように報告すればよろしいでしょうか。今日の10時頃には松永リジ感がこちらに応援に来ますが。」「調整は別所部長と俺に任せろ。おまえはそんな事に気を遣うな。先ずは被疑者の確保だ。検問の体勢を強化しろ。」「了解いたしました。」片倉は一礼し本部長室を後にした。部屋にひとりになった朝倉は自分の席に座り大きく息を吐いた。そして胸元から携帯電話を取り出し、電話帳から一人の男の電話番号を呼び出してそこにかけた。【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ...more13minPlay
April 17, 20199,12月20日 日曜日 10時00分 金沢北署会議室このブラウザでは再生できません。「えーそれでは定刻となりましたので、本日未明および早朝に発見された遺体に関する捜査状況についての記者会見を行います。」報道記者やカメラで埋め尽くされていた金沢北署の二階にある会議室で記者会見は始まった。主要通信社および新聞社、並びに地方メディアが総出の記者会見。県警始まって以来の大規模な会見の様相だ。会見席に座っているのは、県警本部長の朝倉と警務部長の別所、そして警務部総務課長の中川の三名である。朝倉は記者席を見つめ、滑舌良く話し始めた。「冒頭、皆様に一点謝罪をしなければならない事があります。」この朝倉のひと言に会見場はしばらくざわついた。朝倉はそれが収まるのを確認して話し始めた。「我々警察は、迅速な情報の公開を旨としておりますが、本件に関して通報から会見に至るまで十時間という時間がかかった事をまずお詫び申し上げます。」そう言うと朝倉と別所、中川の三人は立ち上がって記者たちに深々と頭を下げた。一斉にフラッシュが浴びせられ、そのため会見場内は真っ白になった。三人は再び席に座り、本部長がマイクを持って再び話した。「会見に至るまで十時間という時間がかったのは理由があります。これから本件の捜査状況と併せて皆様にご報告申し上げます。」朝倉はマイクを隣に座っている総務課長の中川に渡した。「えー警務部総務課長の中川です。本件についてご説明申し上げます。本日午前0時2分。男が小屋で倒れていると付近住民より通報がありました。即座に付近の駐在所並びに所轄へ現場に急行するように伝え、午前0時30分、通報者の保護を致しました。その10分後、所轄警察署の捜査員が合流。現場にて二体の男性の遺体を発見するに至りました。えー片方の遺体は頭を鈍器のようなもので複数回殴打された跡があり、もう片方は頚部を鋭利な刃物で何度か刺された跡が確認されております。二体とも遺体の損壊状況がひどく、未だ身元の特定には繋がっておりません。現在司法解剖を行っておりますので、死因は現段階では特定されておりません。また、同日午前6時半頃、えー本日の事でありますが、熨子山山頂付近を通りがかった男性から男女二名が倒れているとの通報がありました。こちらも現場へ急行し捜査致しましたところ、頭を鈍器のようなもので何度か殴打した跡がある遺体を二体確認しました。こちらについては遺留品の分析から身元が判明しましたのでご報告致します。遺体の身元は間宮孝和、二十五歳、男性。住所は金沢市鳴和。勤務先は兼六広告株式会社。広告代理店の社員であります。またもう一方の遺体の身元は桐本由香、二十三歳 女性。こちらも間宮と同じ会社に勤務する社員であります。住所は金沢市田上。この二人の遺体の状況は未明に発見された遺体と同じような損壊状況でありました。未明の事件と早朝の事件はその殺人の手口が極めて特徴的で、共通する点が多い事から同一犯の連続殺人事件と判断し、本日午前7時、ここ金沢北署に熨子山連続殺人事件捜査本部を設置。捜査を行っておりました。そして捜査本部設置から30分後の午前7時半頃に犯行に使われた凶器と思われるものが発見されました。ひとつはサバイバルナイフ。もうひとつはハンマーです。鑑識にて分析を行った結果、その凶器のうちサバイバルナイフから犯人のものと思われる指紋が検出されています。」中川は手元の資料をまとめて、次の資料を用意し大きく深呼吸して続ける。「未明の殺害現場には多数の物証が残されておりました。犯人が使用したと思われる車輌。指紋等々。しかし、山の中で起こった未明の事件のためそれらを収集し分析するには時間がかかりました。よって今この時間にこの場所での記者会見という形で皆様にご報告となった訳であります。肝心の被疑者に関しては総合的に判断して一名の人間に絞られております。」中川は冷静に記者たちに対して淡々と発言をしていたが、ここで言葉に詰まった。それを見た警務部長の別所は中川の方を見て頷く。中川も別所を見て発言を続けた。「えー、被疑者の公表を致します。」中川は一枚のA4サイズに拡大された顔写真を記者席に向けて見せた。「本名一色貴紀。金沢市在住、三十六歳男性。当警察本部刑事部長であり現役の警察官です。」一瞬、会見場は水を打ったように静まり返った。続けて周囲は騒然とし怒濤のようにシャッター音が響きフラッシュの洪水となった。われ先にとこの情報をいち早く伝えるために会見場から飛び出していく記者も少なくなかった。「警察としましては裁判所に対して逮捕令状を請求し被疑者の逮捕に全力を挙げております。」中川はそう言うとマイクを朝倉に渡した。朝倉は報道陣をまっすぐ見つめて冷静に話し始めた。「今程も中川の方から申し上げた通り、現在被疑者として捜索の対象となっているのは、我が県警の刑事部長であります。先ずは地域住民の皆様方にご心配をお掛けしておりますことに深くお詫び申し上げます。被疑者は未だ逮捕に至っておりません。付近を逃亡していることも考えられます。被疑者は警察官故、拳銃を携行している事も考えられます。地域住民の皆様方には、特に外出について充分に注意なされる事を望みます。また、彼と思われる男を目撃した際は近寄らず、速やかに警察まで通報ください。警察は被疑者の逮捕に全力を上げてまいります。地域住民の皆様のご理解とご協力をお願い致します。今般、警察内部からこのような重大事件の被疑者を出すに至った事に対して誠に申し訳ございません。」朝倉はマイクを置き、再び立ち上がって騒然とする報道陣に向かって深々と頭を下げた。「えー警察からの事件に関する説明はこれで終了です。記者の方々の質問をこれより受けさせていただきますので、質問のある方は挙手にてお願い致します。こちらから指名致しますので質問してください。」進行役の職員がこう言うと、会見場の報道陣は一斉に手を挙げた。その中から一名の記者が指名される。「毎朝新聞の林です。現役警察幹部が起こしたと見られる連続殺人事件ということですが、まず容疑者はどのような人物なのでしょうか。また、国民の治安を守るべき警察という組織から、このような重大事件の容疑者を出してしまったことについて、警察としてどのような責任を取るつもりなのでしょうか。」これに対して朝倉本部長が答えた。「えー被疑者である一色貴紀ですが、その勤務実績は極めて優秀であります。また、当警察本部内での評判も良い模範的な人物でした。特にこれと言ったトラブルのようなものも抱えている様子はなく。私どももこの件に関しては慎重に捜査致しました。しかし今回物証等を総合的に分析した結果、彼を被疑者と判断致しました。現在はその逮捕に全力を挙げております。現役の警察幹部が被疑者ということに関しては、過去にも例のない事態であることから正直申しまして非常に困惑しております。また、我々警察の責任に付いてですが、先ずは被疑者の確保が先決と考えております。事件の解決に一定のめどがついた段階で、私としては何らかの責任を取ることを考えております。」質問は続く。「東京テレビです。えー冒頭、事件発生から記者会見まで時間を要したことに付いて本部長からお詫びとしてのコメントがありましたが、やはり容疑者が現役警察幹部であるということで警察内の調整に時間がかかったことが要因であると考えて良いのでしょうか。」この質問には別所警務部長が簡潔に答えた。「はい。そのように受け止めてくださって結構です。」「北陸新聞の黒田です。えー事件発生当時から容疑者とは連絡がとれなかったのでしょうか。容疑者である一色貴紀は現役の警察幹部です。連絡がつかない時点で不審だと思わなかったのでしょうか。また緊急時の連絡体勢や職員の所在を把握する点に付いて不備はなかったのでしょうか。」警務部長の別所は一瞬眉間に皺を寄せた。朝倉の顔を見るとかれは頷いている。別所は朝倉の意図を組んだ形で、一切の情報を包み隠さず報告した。「警察においては事件発生時には必ず警察無線でそのことを知らせる体勢となっております。この無線は管内の全警察に伝わります。しかし勤務時間外は緊急の場合のみ担当者および責任者に携帯電話で連絡を取ることとなっています。今回事件が発生した当時、被疑者に対して何度も連絡を取ろうと試みました。しかし電源が切られており一切繋がらない状況でした。そこで彼の住居に警察官を派遣しましたが、既に彼はそこにはいませんでした。職員の所在把握に付いては、プライベートに職員同士がおおよそどういう行動をするかをお互いに把握する体勢となっていますが、これにあまり立ち入るとプライバシーの問題等がありますので極めて難しい問題です。当県警では警察官の私用車にもGPSを搭載しその所在の把握を行う計画がございますが、現在のところまだそれは実現しておりません。現在は被疑者が所有する携帯電話から発生される微弱な電波をキャッチすることで彼の位置情報を取得するよう務めておりますが、それも昨日の20時から電源が切られておりその特定には時間がかかる状況となっています。また、連絡がつかなかったことに不審を抱かなかったかとの質問でしたが、不審というよりも一体どうしたんだろうかと、純粋に不思議に思っただけでした。今までの彼の仕事ぶりのなかで、連絡がとれないということは前例が全くなかったからです。」質問した黒田記者はどこか合点が行かない表情だったが、これ以上質問はしなかった。この後も質疑応答が続いた。時計が10時40分を指す頃に会見は終了した。現在警察内において明らかになっている情報を全て公表し、今後も新たな情報が入り次第公表することを約束することで、紛糾するかと思われた記者会見は案外スムーズに終了し、記者たちは会見場を後にし始めた。会見席に座っていた朝倉たちも席を離れようとしたとき、総務課の職員がこちらに足早にやってきて中川課長に耳打ちした。「松永理事感が署長室にお見えです。本庁から十名のスタッフを連れてきています。11時から捜査本部で会議を開きたいとのことです。」【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ...more17minPlay
FAQs about オーディオドラマ「五の線」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線」 have?The podcast currently has 149 episodes available.