The Art of Being — しばたみなみ/minami

The Art of Being — しばたみなみ/minami

By minami shibataArts
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The Art of Being — しばたみなみ/minami episodes

  • 第44話「思考が止めて、身体が進める日」

    作業場で手が止まって、ただぐるぐる歩き回る

    
でも初動さえあれば、全部が秒で進む

    素材をバラして、切って、触っていく中で見えてきた
頭で考えると身体を動かす役割の話

    制作14年目でやっと掴みかけている、
「考えること」と「動くこと」について

    14 min
  • 第43話「作業場が作品だったのかもしれない」

    初試み

    作業場開放あらためオープンアトリエが終了しました。
たくさんの人に来ていただいた中で、

    「作品とは何か」「完成とは何か」

    改めて考える時間にもなりました。

    作りかけのモノや、実験途中のモノ、ずっとそこにあったモノ
それらが繋がって、ひとつの空間になっていく感覚
もしかすると作業場そのものが作品だったのかもしれない

    色んな要素が混ざり合い溶け込み馴染み合う

    まるでカレーのような🍛


    また、アーティストとして13年続けてきた中で感じたこと
人との関わり、孤独とつながり

    いまだに何もうまく言い切れないままですが

    確かにそこある。そんな感じ!について

    20 min
  • 第42話「信じるとすきのあいだ」

    最近、「言い切らない」という感覚について考えています。
信じているわけじゃないけど、なぜか手放せないもの。
好きとも少し違うけど、確かに作用している感覚。

    インザメガチャーチを読んだことをきっかけに、
「人それぞれ」という言葉のやさしさと同時に、
どこかにある孤独のようなものにも触れました。

    人はつい、言葉で説明しきろうとするけれど、
その瞬間にこぼれてしまうものもある気がしています。

    余白やスキの中にあるもの、
そして「可変するヨリドコロ」とのつながりについて、
まだうまく言葉にできないまま、話してみました。

    13 min
  • 第41話「可変するヨリドコロ」

    一つの絶対的な拠り所と、無数に存在する拠り所。


    最近、長崎とか隠れキリシタンがキーワードで

    それこそスペインでは教会もたくさん

    サグラダファミリアも見てきたし


    長崎の隠れキリシタンの教会、

    世界遺産登録にもなった話を聞いて

    そのキリシタンたちが守り続けた一つの信念

    「ワレラノムネ アナタノムネ ト オナジ」

    この言葉だけを信じ抜いた壮絶な200年


    そこで思ったのがキリスト教など

    一つの絶対的な存在を信じる一神教と、

    日本的な仏教や文化の考え方は八百万の神。


    自然そのものがもはや神でもあるし

    何者でも誰かにとっての神的な存在になれる

    なんなら神に囲まれまくってるじゃんっていう無限数な感じ


    作ったり求めているモノ

    今、いろんなキーワードを集結させて

    一言で言うと「ヨリドコロ」

    これって一神教と、日本的な八百万の

    ハイブリットなのではと

    
どちらにも触れてきた中で見えてきた現時点

    
そのどちらでもない「可変するヨリドコロ」という考え方

    扉、祠、お守り(サカナ)という自分の作品の構造を通して、
信じる対象ではなく、信じる状態について考えている


    作用から在り方や生きるという事象について今、思うこと

    13 min
  • 第40話「思い込みとか勘違いって、実は作用?」

    ネイルに描いたサカナをきっかけに、
なぜか流れが良くなったと感じる最近。

    取材や仕事が決まったり、思わぬラッキーが重なったりして、
「これ、もしかしてサカナのおかげ?」なんて思い始めた話

    もちろん、冷静に考えれば偶然やタイミング、自分の行動の結果かもしれない。
でもその“思い込み”が、実際に行動や選択を変えているとしたら?

    そこから話は「お守り」という存在へ。
タイで制作したお守りの話や、そこに宿る関係性や記憶。
さらに、勝負服や縁担ぎなど、私たちの身近にある“お守り的なもの”へと広がっていきます。

    本当かどうかは分からない。
でも確実に、自分には作用している。

    サカナは運をくれるものではなく、
自分に作用させる装置なのかもしれない。

    思い込みかもしれないし、勘違いかもしれない。
それでも、流れが良くなるならそれでいい。

    軽い話のようでいて、
「消費」と「作用」を考えるきっかけにもなる回です。

    16 min
  • 第39話「分類わけじゃなくて、“どこから立ち上がるか”の話」

    分類わけじゃなくて、「どこから立ち上がるか」の話。

    作品を整理する中で、ずっと引っかかっていた違和感。
これは作品なのか、仕事なのか。
依頼か、自主制作か。

    分けようとするほど、どこにも当てはまらないものが増えていく。

    そんな中で見えてきたのは、
分類ではなく「起点」という考え方でした。

    自分の内側から始まるのか、
場所や素材、環境から立ち上がるのか、
それとも日常に置かれる前提なのか。

    同じ出来事でも、見せ方によって変わっていくもの。

    そして後半では、
気づいたことをすぐにポッドキャストで話してしまうことや、
不特定多数に向けて言葉を置くことについても。

    もはや我ながら滑稽だ!とさえ思えてしまう

    これは誰のためなのか、
そもそも“話す”ってどういう行為なのか。

    今の自分の思考の途中を、そのまま記録しています。

    15 min
  • 第38話「好奇心とハッとする瞬間」

    改めて「好奇心とハッとする瞬間」ってすごく大事だなと思う。
何かを頑張って掴みにいくというより、日々の中でふと感じる違和感や引っかかり、心が動く瞬間。
今回はそんな軽やかなテーマで、最近の出来事を交えながらお話ししています。

    10 min
  • 第37話「当事者じゃない場所から、何を受け取るか」

    消費や作用について考える中で、
「観測できる場所にいる自分の役割」について考えるようになりました。

    世界との距離、自分の立ち位置、
そしてこれから行くかもしれない

    未踏の地か既知の地かで

    
何を見て、何を受け取るのか。

    当事者になるわけではない立場で、
それでもどう関わり、何を表現するのかについて話しています。

    21 min
  • 第36話「消費ってこういうことか、と思った話」

    オープンアトリエを始めてから感じていた違和感。
それは「誰かに消費されている」というよりも、
“消費という構造”そのものに対する違和感だったのかもしれません。

    制作の中で起きた変化とあわせて、
「消費されるもの」と「作用するもの」の違い、
そしてオープンアトリエが少しずつ
“消費から脱却する場”になってきている感覚について話しています。

    19 min

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アーティストしばたみなみが「存在すること」そのものをテーマに語る、アートと哲学のポッドキャスト。