徒手空拳日記
2022年7月23日土曜日
昨年、2021年10月24日の、徒手空拳日記を引用します。
昨年の歳の瀬には、来年の今頃には、安倍晋三が小菅プリズンにいたら面白いなあと思っていましたが、そうは、いかんざき、創価学会と日本会議と統一教会のマルチコンボである安倍晋三は、日本の国体となっています。
引用は以上です。
2020年末に、私が少し期待していた、小菅プリズン行きを安倍晋三は華麗にスキップして、暗殺されてしまいましたね。「創価学会と日本会議と統一教会のマルチコンボである安倍晋三は、日本の国体」なぞと、私が昨年、この日記に書いていたのは、おそらくは世界平和統一家庭連合系のNGOである、天宙平和連合の総会に、リモート登壇した安倍晋三の、あの最近よく見る動画を、私もあの段階で見ていたからですが、誰かが言ってましたけど、自民党とは、創価学会の票で選挙に勝ち、統一教会の派遣するスタッフで事務所を運営して、日本会議の政策を実行する、まさにマルチコンボだなあ、そのシンボルである安倍晋三が日本の国体、というのは、今読み返してもとくに違和感はぜんぜん、ありませんね。
ところで見田宗介は、現実と相対する、反現実の概念は、敗戦後概ね次のようにうつろいだと書いています。
まずは、現実の反対にあるのは、理想の時代がありました。人びとが、理想に生きようとした時代が、1945年~1960年頃の高度成長期手前までです。
次に、現実と相対するものが、夢の時代が来ます。人びとが、夢に生きようとした時代が、1960年~1970年前半の高度成長期です。
そして高度経済成長のあとは、見田宗介は、現実に対するのは、虚構の時代だと言いました。人びとが、虚構に生きようとした時代です。
では、そこから先の、失われた30年間の日本で、現実の反対にあった概念は、一体なんだったんでしょうか。私は、ドラッグやSNSで強いドーパミンを手にいれることによる、フィジカルな酔いのような感覚だったのではないかと思っています。
現実を忘れるための、酔いです。身体的な酔いから覚めたら、理想も、夢も、虚構もない、あるのはただ辛いだけの終わりなき現実、そんな感じだと思います。
反社会的勢力としての統一教会にしろ、清和会的、安倍政権的なネポティズムにしろ、見田宗介の分類で言えば、これらはまさに虚構の時代の、前時代的な虚構そのものだったと思いますが、虚構不全となったロスジェネからすると、いまさら政治やお金やオリンピックや宗教などといった、お間抜けな虚構に心を奪われている中高年には、強い殺意をおぼえるだろうなと思います。まさしく、虚構の時代を、力づくで終わらせるための、安倍晋三暗殺だったのかもしれません。
本日は以上です。ありがとうございました。
人のゆく裏に道あり花の山