徒手空拳日記
2022年6月17日金曜日
サラリーマンをやめて、もうすぐ一年半になりますが、悔いは丸でありませんね。むしろ、もっとはやくやめておけばよかった、という思いばかりが沸き起こります。
You Tubeで、平成不況の時代に、会社をリストラされた、今の私と同い年くらいのおじさんたちが、ビルメンテナンスの職業訓練に通うドキュメンタリーを観たのですが、あの頃は、サラリーマンを辞めてもまた、サラリーマンになろうとする人ばかりだったんだなあ、と思います。
そのドキュメンタリーで、職業訓練学校の先生が、リストラされたおっさんに向かって、座学の授業をしていました。先生はまず、チョークで縦長の立方体を黒板にえがいて、みなさんはこれまで、会社にお勤めでしたから、このビルみたいなところで働いていたと思います、と言ったあと、黄色のチョークに持ち替えて、その縦長の立方体の地下部分を書き加え、これからみなさんの目指すビルメンテナンスのお仕事は、ここ、つまりビルの地下で働くことになります。と説明するシーンがあります。
せっかく会社を辞めたのに、今度は会社のビルディングの下に再就職する、そんな人生を送った平成不況のリストラサラリーマンも、いまは70代でしょうか。その後どういう人生を歩んだのか、ビル地下のサラリーマン人生はどうだったのか、気になりました。
私などは、サラリーマンを辞めてからはひたすら、無に帰ることを目指しており、迷ったら即座に捨てる毎日です。家にいる時間が多くなって、部屋で寝っ転がろうとすると、ユニクロのパーカーのフードがえらく邪魔なので、持っているパーカーは、全部捨てました。持たない男の中崎タツヤは、下着も3着でいい、という結論に達したのですが、それは基本的に家にずっといるから、洗濯するチャンスがたくさんあるんです。
モノを捨てるのもさることながら、サラリーマン時代の人間関係なども、バッサバッサと捨てています。刑務所から出たら、刑務所のなかの人間関係なんて、要らないですよね。サラリーマンとは、私にとっては要するに、監獄でしかなくて、監獄から出たら最後、二度とそこへは戻りません。
辻原登の冬の旅という小説で、刑務所を出た男が大阪のなんばに行って、「千とせ」といううどん屋で、肉すいに豆腐を入れて、たまごかけご飯は、小で食べるシーンが出てくるんですけど、私がサラリーマンを辞めてからの一年半も、肉すいを独りで啜っていた時間だなあと思います。
刑務所を出獄したのなら、学校も、会社も、家族も刑務所みたいなもんですから、二度と関わりたくないと思ってしまいます。携帯電話の番号も変えてしまったし、フェイスブックもやってないので、獄中の連中からの連絡も一切届きません。刑務所を、出てからの、なんば千とせの肉すい、それが人生ではないかと思います。
しょうもない地下のビルメン仕事なんて、アフォらしくてやってる暇は、ありません。
本日は以上です。ありがとうございました。
人のゆく裏に道あり花の山