徒手空拳日記。
2023年2月7日火曜日。
ウソの生ビールセールで叩かれていたスシローを、ペロペロ男でピンチだから逆に今度は応援するとか、上げたり落としたり、日本人のセンチメントは、ノイローゼみたいですね。スシローを応援しに来て、意外とうまいと舌鼓を打った堀江貴文さんに、どっかの居酒屋さんが次のようにつぶやきました。引用しますね。
スシローを応援とか馬鹿舌な貧乏人がホザいてるけど、昔は駅前に小さな回転寿司屋があって回転レーンの中に立つ調理師協会から派遣された流れの板さんが超高速で握ってるのが当たり前だった。ロボットが無機質に製造するシャリ玉に鼻垂れ小僧のバイトがネタを乗せただけのエサ寿司なんて滅んでしまえ。
引用は以上です。このしょうもないインタラクションに、丸で欠けているのは、岡田斗司夫さんの言うところのホワイト革命の視点です。ロボットの握ったシャリと、板さんが握ったシャリ、どちらが未来かといえば、ロボットの握ったシャリです。おいしいかどうかは、何よりもまず、清潔であるかどうかで決まります。板さんが玉袋筋太郎と握手した手で握ったシャリは、誰が手塩にかけて握ったかわからないおにぎりが気持ち悪いのと、ほとんど同じ問題です。
ドナルド・キーンが、日本語の「きれい」は、英語のbeautifulとcleanの、両方の意味を併せ持つって言ってましたけど、清潔であるものが美しいという観念は、コロナ禍でより一層強められました。板さんの握った寿司よりも、ロボットの握ったスシローのほうが、cleanである、ゆえに、スシローのほうが美味しいとなります。美味しいとは、美しい味と書きます。不潔かもしれないものは、おいしくない、それがニューノーマルです。
Googleマップに書き込まれたありとあらゆる飲食店についての、ネガティブなコメントの多くが、クレンリネスについての不満です。ニューノーマルになって、その傾向が加速しています。あと5年もしたら、人が手でじかに握る寿司は、きたないものと思われる時代になるかもしれません。
これは別に寿司だけの話ではなく、エタノールもまたニューノーマルでは、ウイルスを殺すための薬物であり、それを飲むことはきたないことだとみなされつつあります。若者がお酒を飲まないのは、お酒を飲む行為そのものが、きたないとみなされつつあるからではないでしょうか。
酔って腹を割って、本音を語ることは、もはや本当のことでも、うつくしい体験でもないんです。麻薬によって正気を失っている状態を、穢れだと考えるように変わっています。エタノールを飲んで理性のたがが外れ、唾をとばしながら白痴のようにしゃべくる人間は、不潔そのものなのです。
そのように、きたないエタノールにおのれがハイジャックされ、その醜態を他人の前で晒してしまったら、誰かのスマホに記録され、拡散されてしまうかもしれません。エタノールを飲みすぎて記憶がなくなることよりも、己を失った穢れの醜態がクラウドに記録されることを、致命的なリスクだと考えているから、若い人はエタノールを飲まなくなったのです。
ニューノーマル社会では、QSCではなく、圧倒的なCがあってはじめてのQS、という順番です。ホリエモンの牛肉のお店では、従業員がノーマスクで、提供する料理を手に持って、いってらっしゃい! と絶叫するんですが、それだけでクレンリネス一発アウトです。私によればそんなきったないお店には、死んでも行きませんよ。
本日は以上です。ありがとうございました。
ひとの行く裏に道あり花の山