徒手空拳日記
2022年2月13日日曜日
Google Mapに書き込まれる、この近所のど田舎にある飲食店への最近のコメントが荒れていて、ちょっとした不衛生や、コロナ感染対策ができてないことへのやたらと厳しい評価が、かなりみられます。田舎だからって見過ごされるっていうことがなくなりました。港区にも村役場のような醜い政治があちこちにありますし、田舎にもホワイト化は容赦なく押し寄せています。超絶スーパーフラット化です。
昔はそんなことを期待する客なんて丸でこなかったはずの、どいなかの、のどかな飲食店も、いまは少しでも汚いと、通りすがりのアホなイチゲンの観光客から最低の評価をバンバン食らっていて、本当に気の毒です。
You Tubeで、吉田類の酒場放浪記が一部みられるのですが、コロナ禍前の昔の放浪記をみると、当たり前ですが、みんなとっても楽しそうで、コロナ禍で日本から失われたものを、まざまざと見せつけられます。喪失感、半端ないです。
古き良き酒場放浪記では、狭いお店のなかで、ご常連が肩を寄せ合い、もちろん誰もマスクなどしておらず、直箸でおすそわけとか、酔って唾を飛ばしながら悦に入る談笑とか、肩組みながらはしご酒とか、そうした風景はもう、二度と日本には戻らないんだろうなと思います。
コロナ禍で、自由な酒場放浪が2年近くも失われて、もはやご近所で思う存分は、飲めなくなってしまったエタノール依存症の人々が、そのぶん増えた宅飲みで、エタノール依存症をひとりこじらせており、最近の泥酔犯罪者は、すこぶる破滅的になってきました。かなりやばいと思います。
先日も、記憶をなくすほど酔った男女が降りたタクシーともめていたところに、たまたまそこでつっかえた後続車がとばっちりをくらって、その二人に襲われた様子が、You Tubeに上がっていましたけど、この2年間のコロナ禍で、末端のエタノール中毒は、身も心も満タンになっているのだろうと思います。
イタリアの人生観を表すのによく使われる、マンジャーレ、カンターレ、アモーレ、 日本語にすると、食べて、歌って、愛してるうちに終わる一生ってのがありますが、アフターコロナ以後の日本の場合は、ひたすら、エタノーレ、エタノーレ、エタノーレ。安酒を飲んでいるうちに終わる人生、っていう感じでしょうか。テレ朝のお給料もその多くがサントリーやキリンのエタノーレ広告から出ています。
君子は危うきに近づかず、ゾンビ化したエタノーレ! のさまよう時間や場所に、外に出ないことが最大の防御ですし、そもそも私にとっては毎日が方丈記であり、放浪記なので、エタノールの薬用を借りる必要もありません。
本日は以上です。ありがとうございました。
人のゆく裏に道あり花の山