徒手空拳日記
2021年10月14日木曜日
もう半世紀以上生きた、私と同い年くらいで、税理士とか社労士とか、やたら難しい資格を、いまさら取ろうとしている人とか、なんなのかなって、思います。
昨日も書きましたけど、3つのフィールドでそれぞれ1/100の人材になれば、百万分の1の希少な人材になれるよ、みたいな藤原和博氏の考え方は、昔に比べると、労働者が虫けらのように扱われる現代の、底知れぬ恐怖を表しているんだろうなと思います。
そんなしょうもない掛け算をして、百万分の1にならなくても、私たちはすでに、78億分の1の存在です。
1/100になるために、1万時間を費やすとすると、百万分の1の人材になるには、3万時間必要です。3万時間とは、平日稼働日に7時間やるとすると、17年かかります。
私なりに簡単に言えば、こうした考え方は、朱子学カルトです。頑張り屋さんは、報われるという、古臭い公正世界仮説でしかありませんね。
ライフシフトという、人生百年時代なる考え方も、これに近くて、長生きするぶん、スキルアップをいつまでも続けなさい、という命令なのです。
しょうもない経営ゴロによる、45歳定年制も、これらのカルト思想と根っこはおんなじです。会社に頼るな、自助でやれ、できないのなら野垂れ死にだ、です。
ふるさと納税も、ワン・アンド・オンリーになれば、自主財源となる寄付額が集まるよ、かってにやれ、さもなくば死ね、というコンセプトで、自助の思想です。
私に言わせれば、人が死ぬまでスキルに追いかけられるとかは、単なる思想による恐喝です。そんなことより、45歳で酒を飲むのをやめましょう。サラリーマンやって身につくスキルは、単なるいっちょかみ、保身のスキルだけです。
会社がある日突然なくなって、手もとに残るのは、アルコールへの依存といっちょかみのおしゃべり、ひら目とキョロ目の、保身術だけです。
可哀想なのは、なまじ65歳くらいまで、プロテスタントでもないのに、まるで疑うことも知らずに、予定説に支配されて生きていることで、ある日突然、世界が補正されたときには、もうよぼよぼという、取り返しのつかない老後を迎えます。
朱子学カルトとは、組織としてワンアンドオンリーになることへの中毒です。新卒一括採用という気持ちの悪い制度も、その組織そのものが、必然の運命で最初から集まった人々による、ワンアンドオンリーの集団を目指すからです。そのことを、朱子学カルトは、絆と呼んでいます。
dappi担当部長の河野太郎が、モデルナを職域という絆の集団に打ちまくったら、若い人に副反応でまくり、若くして職域でモデルナを打ったかなりの人が、親ガチャに恵まれたサラリーマン3世、4世だとすれば、超絶メシウマ、チョモランマ、因果応報です。
以上、本日も最後までありがとうございました。
人のゆく裏に道あり花の山