よく毎日、そんなに書けるねってたまに言われるのですが、ブログってさあ書くぞって、机に向かって書いているのではなく、私の場合、Google先生に向かって、問わずがたりしているだけなので、なんとかなっています。はい。息をしているようなものです。
逆に、怒りもせず、仕方ないさといい子ぶって、黙々と生きている人のことを、私なんかは逆に心配してしまいます。黙っていると、己のその従順さに、大切なものを失うことになりはしませんか。この国の支配層である、政財官学マスメディアへの沈黙は、そのまんまあなたの死へと結びついてはいませんか。
やんちゃの語源は、嫌じゃという説があります。人間の尊厳は、命令や習慣に、ノー、ということから始まるのではないかとさえ思います。元気で明るく、ちょっぴりエッチ、そのくせとことん従順な人は、尊厳がないまんま、ひたすら沈黙して、いつまでもじっと耐えているだけの地蔵ではないかと思います。
新宿ベルクの店長、井野朋也さんのビラを引用します。
皆で声をあげましょう
オリンピック一つ中止にすることが出来ない国や行政に、本気でコロナの感染拡大を抑える気があるとは思えません。 当面の目標や見通しもあいまいなまま、私たち国民に責任を転嫁しようとし ています。
飲食店には一方的にコロナ対策リーダーの役目を押付け、協力金はなし崩しに減らし、営業の制限ばかり強め、従わなければ罰金をとるとまで言っています。 国や行政には何のペナルティもなく。ふざけるなと言いたいです。
それでも私たち国民に協力しろというなら条件があります。
オリンピックの中止。
PCR検査の徹底。
臨時のコロナ病床の新設。
一律給付金の交付。
これらは条件というより、国や行政がその責任において真っ先に手を打つべきことです。それを怠っているということです。今からでも遅くはありません。すぐに手を打ってください。 話はそれからです。
以上で、引用は終わりです。
これまで、システムから排除されるのがこわいから、ひたすら黙っていた人も、この国が単なる壊れものだと気づいた人から、そろそろやんちゃになってくるかもしれません。バブルが壊れたら、一気に謀反やサボタージュが進みそうです。スペイン風邪からゴーイチゴー事件まで、12年かかっています。その間に、経済が、死にました。いまも昔も、めしが食えなくなったら、謀反がおきます。
黙っていられるのは、なんかしらの食べもので、お腹いっぱいになるからですけど、食えなくなればホモ・サピエンスは何するかわかりません。想像すらできなかったとんでもないことが起きてしまうのが、この人間社会の底抜けのおそろしさです。