ここのところの医療逼迫は、たらい回しや門前払いを前提とした、一方的な日医の言い分ではないかと疑っています。日本人は、とてつもない量の医療ドラマと刑事ドラマを、テレビを通じて見せられているので、医者と警察はとにかく正しいと信じています。
コロナ感染の構造を、ウイルスのサプライチェーンと考えれば、医者はラストワンマイルです。医者がうまく寄りかかって利用していた、医者のステイタスや善良なイメージが、コロナでいきなりマイナスに働き始めます。こりゃ大変だ、現場がコロナ感染者で溢れるぞ、と戦慄しただろうと思います。
世界でも奇怪な、日本のPCR検査数の抑え込みは、ひとえに、医者都合だと私は思っています。検査をしなければ、感染者はいませんので、患者は来ません。検査をボトルネックにしてしまえば、エボラ出血熱みたいな必殺ウイルスではないので、運の悪い重症者だけ、面倒を見ればよいのです。
日医は国内有数の圧力団体、東電と同じく、権力です。彼らにいい顔しておいたほうが己のお立場、ご身分が安泰になると考える政財官学マスメディアが、長いものに巻かれまくります。そうエゴイズムの果てに、感染拡大と、半年たっても打つ手なしというスガスガシイほどの不作為ぶりが、明らかになってきました。
NHKラジオで、コロナ禍で苦境に立つ学校の現状をやってましたけど、そこで教師が言っていた、「学びを止めることはできない」という美しい言葉に、私は引っかかりました。リモート授業に抵抗してきたのは、教師です。当たり前のことですが、生徒がオンラインで授業を受けるようになれば、教師の数はもっと少なくてよくなります。
なんだかんだ言って、子どもに学習用のパソコンを一人一台与えることに反対して、生徒のスマホを禁じてきたのは、己の権力を温存するためだったのではないかと思います。
だからこそ、文字通り子どもだましのアクリル板を取り付けて、子どもを学校にこさせて、明治からなんにも変わらない集団授業を復活させました。そんな彼らが「学びを止めることはできない」とか言っちゃってて、歯が浮きます。
会社、学校で新型コロナウイルスが撹拌され、家庭内でみんながコロナになってしまう、そんなパターンにじわじわ近くなっています。武漢やニュージャージーで起きた一家全滅が、日本で起きても不思議ではない。医者にしても学校の先生にしても、その目的はひたすら、己のお立場とご身分を守るためのものではないかと思います。それにしても、「学びを止めることはできない」という美しいスローガンは、よくできているなと思います。
政財官学マスメディア丸っと、おらが村をコロナから守るため、いやコロナで自らのムラの、壮大なムダがバレないように、ポジショントークしかしないのは、自分だけは絶対に感染しないという、科学的な根拠のない自信があるからだと思います。立身出世の努力を惜しまない己は、絶対感染しない、なぜならこの世界は公正な世界だからだと、思っています。
それにしても、「私たちは学びを止めることはできない」というスローガンは、強力です。もしこんな言葉を校長先生が口にしたら、リモート授業なんて絶対に進みません。
トヨタが電気自動車の急な普及にノーと言いましたけど、トヨタが世界のトヨタになったのは、ハイブリッドという複雑な仕組みの動力を独占できたからで、電気自動車反対は、我が身を守るためのポジショントークです。トヨタが望むと望まないとに関わらず、世界のEV化は進みます。
もともと人類が20世紀前半に最初につくろうとしたのは電気自動車でした。内燃機関の車は、電気が無理だから仕方なく、つくってたのです。このファクトにトヨタが勝てるわけはないと私は思っています。