
Sign up to save your podcasts
Or


傾奇者と聞いてまず思い浮かべるのは?
伝統芸でいう歌舞伎と出は同じものの、主には生き方であったり在り方に使われていたのが”傾奇者”。
つまり傾奇者が歌舞伎の原型となり、歌舞伎はその精神を舞台芸術として昇華させたもの。
そんな”傾く”という偏りにも似た変わり者。
ファッションにしろ、カルチャーにしろ個を尊重する風潮が出てきているもののそれもまた机上の空論のようでもあり、結局は絵に描いた餅。
一見すると皆個性豊か。でもその実は同質化の一途を辿っているようにしか見えてこない。
過去の音楽試聴体験を話のフックに傾いてみるのも悪くないなと。
ブランドを前面に押し出した服を着てる人っているじゃないですか。
あの心理ってなんなんですかね。
そのブランドが好きすぎるから?ステータスの一部として?セルフプロモーション的な?
そういうブランドになる線引きはどこから来るのだろう。
そういう感覚を通ってきてない人たちのお話です。
”夢”と言っても寝て見る夢ではないわけで。
そんな未来を鑑みる夢のお話。
普通、夢というと希望や憧れといったある種憧憬に近い、輝きをもったものをイメージしますよね。
でも、考えてみると夢はそんなに輝かしいものであるのか。
実際ディストピア的な世界なんかも描かれていたりするわけで、その技術、社会なんかも含めると、必ずしも夢という概念に明るい未来が待っているわけでは無いのも事実。
ドラえもんの世界から見た夢の話を発端に、話は多方に散らばります。
果たして夢から見える世界は幸か不幸か。
社会人生活もあと数年で折り返しになる我々。
人生の大半を費やした生活の後何を思うのか、どうなっていたいか、何をしたら納得の定年を迎えられるのか。
今回の話は定年前夜に聴き直したいお話です。
何かを置き去りにしたことはありますか。
私は恥を置き去りに出来たらと思うことが多々あります。
とはいえ周りからは「わりと置き去りにしてるけどね」と言われることもしばしば。
そこで考えたんですよ。どうすれば恥を捨て去り自由に人生を謳歌することが出来るのかと。
誰しも自分の人生を謳歌したいじゃないですか。
その鍵が”恥”にあるのかどうかはさておき、そんな一仮説にどうぞお付き合いください。
色んな物事に関わるバランスとアンバランスの関係。
今回はそんなお話。
正当にバランスを取るか、あえて崩してアンバランスにバランスを取るか。
モノによって、気分によって、もしくは若さゆえのものか。
その判断はいったいどこから来るものなのか。
だらっとざっくり話していきます。
最近ふと思ったのが、”実際気が合う人と仲良くなるわけじゃないんじゃないか”ということ。
考えてみると今までの人生でも本当に仲が良かった人と親友になっているとも言えないし、気が合う人と付き合っていたわけでも無い気がする。
特に最近知り合う人との関係性で、気が合うのにそこまで関係性が深まらないのって、時間的、空間的な距離が埋まりにくいからなんじゃないかと思うわけです。
結果的に気が合うという前提は必要なものの、本当に必要なのは”タイミング”なのでは。
だとすると余計にわからなくなるのが人間関係。
そんな疑問にJust Now。
女と男。
性別が違えば当然色々と異なる部分も出てくるわけで。
そんなことは知りつつも、なぜそう考えるのか、なぜそう思うのか、なぜそう言えるのか。
日常に溢れる性差から生じるあれこれについて疑問、難問、珍問を紐解く。
わかりやす違いだけじゃない、「あぁ、あるある!」となるような思わぬ角度からの面白ネタもあるかもしれませんよ。
一度は言ったことや言われたことのあるこのフレーズ。要は告白のお話。
どんなシチュエーションでどんな手段でどんな告白をしたか。
色んな形の告白があり、そこにはドラマがある。
そこに至るまでの関係性も含め。そんな告白に纏わる◯ャ◯玉daysのお話をどうぞ。
人間の脳は数パーセントしか使われていない。そんな話を一度は耳にしたこともあるかと思いますが、能力で考えてみるとどうでしょう。
いわゆる天才と呼ばれる人も、そうでない人も、その差はどこから来るんでしょうか。
努力、才能、環境、人、お金、身体、当然挙げればきりがないくらい、様々な要素からそれらが決まるのはわかります。ただ、はたしてそれら全てが満たされていれば能力値を最大に伸ばすことが出来るのでしょうか。
だってそうですよね。だとしたらテクノロジーの進歩とともに、完璧な人間がある程度産まれていてもおかしくないはずですから。
今日はそんな人間の能力に纏わるお話です。
From the publisher's feed