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『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
たんぽぽ倶楽部では、毎週この時間に、学校の校歌が持つチカラを改めて感じてみようと「校歌の窓から」をお送りしています。
今日は、枕崎市立枕崎小学校です。
明治6年創立、今年で153年を迎える枕崎小学校。
285名の子どもたちが元気に学校生活を送っています。
校区内にはJR指宿枕崎線の終着駅があり、学校の隣には市役所や市民会館があります。 また、かつおぶしの生産地だけあって数多くのかつおぶし工場もあります。
枕崎小学校の校歌は、
岩城準太郎作詞、幾尾純作曲。
昭和初期から昭和40年までは、児童数が2,000名を超える規模だったことから、
校歌にも『学童二千』という歌詞が織り込まれています。
子どもたちに校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
たんぽぽ倶楽部では、毎週この時間に、学校の校歌が持つチカラを改めて感じてみようと「校歌の窓から」をお送りしています。
今日は、鹿児島市立皇徳寺中学校です。
皇徳寺中学校は、鹿児島市西部に位置し、永田川に沿った旧宮川小校区と皇徳寺ニュータウンを校区とし、平成2年に皇徳寺ニュータウンのほぼ中央に開校しました。
校訓は、「敬愛」「自主」「向学」。
中庭に並ぶ2本のケヤキの下にはベンチが置かれ、生徒たちの憩いの場となっています。
校歌の歌詞1番に「ブルーベリーの道」とあります。
これは1980年代に皇徳寺台を建設していた際、数百本のブルーベリーが植樹されていたことにちなむもので、
「ブルーベリーロード」と呼ばれる およそ2.5kmの歩行者専用道路のことだそうです。
とても斬新で爽やかな歌詞となっています。生徒たちに校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
たんぽぽ倶楽部では、毎週この時間に、学校の校歌が持つチカラを改めて感じてみようと「校歌の窓から」をお送りしています。
谷山小学校は、鹿児島市南部の住宅地にあり、周辺には市役所の谷山支所や郵便局、
商業施設が立ち並んでいます。今年で157年目を迎える谷山小学校は、昔から児童数の多い大規模校として知られ、昭和33年には、児童数3000人を超え、日本一のマンモス校と言われていました。その後、東谷山小、西谷山小とに分離し、現在は、928名の子どもたちが学校生活を送っています。また、学校の西門の横には、シンガー・ソングライター吉田拓郎さんの「夏休み」の歌碑があり、2年生まで通った谷山の思い出を歌ったとされています。
谷山小の校歌が制定されたのは1953(昭和28)年。
桜島や鹿児島湾に注ぐ永田川、慈眼寺跡のヤマザクラといった、
自然豊かな田園風景が歌詞に織り込まれています。
子どもたちに校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
たんぽぽ倶楽部では、毎週この時間に、学校の校歌が持つチカラを改めて感じてみようと「校歌の窓から」をお送りしています。
28校目は、さつま町立盈進(えいしん)小学校です。
えいしん小学校は、さつま町の中心部に位置し、創立168年を迎える県内で最も古い学校です。1858年に宮之城島津家15代当主・島津久治(ひさはる)が今の場所に建てた「盈進館」に始まり、
学校名は中国の孟子の教えで校歌の歌詞にも登場する「盈(みた)して進む」に由来しています。養蚕が盛んな地域だったため、校章にはクワの葉やカイコの繭(まゆ)が描かれています。校庭には、センダンとクスノキの木が2本あり、盈進小学校の歴史をずっと見守ってきました。学校のみならず、町内のシンボルツリーとなっています。
校歌の作詞は馬場徹さん。
作曲は、鹿児島の音楽界の発展に貢献したピアニストの武田恵喜秀さんが担いました。校歌冒頭の「紫尾山に湧き立つ」や3番の「轟のしぶき」など、
歌詞には校区内の景勝地が刻まれ、自然豊かな地域を連想させます。
また、1番・2番・3番の歌詞の最後は「盈進」の名をリズムよく3回繰り返しているのも特徴的です。
子どもたちや卒業生に校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
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27校目は、鹿児島市立伊敷台小学校です。
伊敷台小学校は1993年、鹿児島市の大型団地・伊敷ニュータウンに整備され、
坂元小学校と玉江小学校、伊敷小学校から子どもたちが編入してきました。
今年で創立33年、全校児童は、402名。
校舎は、各階の中央に様々な活動ができるように広いピロティがあり、
図書室は、2教室分の広さに加え、2階分の吹き抜けとなっています。
校歌は、学校が開校した後に当時の先生方が力を合わせて作り上げました。
子どもたちが語り合うような校歌であってほしいと、二部合唱に仕立て、
歌詞にある「ゆめのさと」は、団地で育つ子どもたちにとって、
いつまでも夢を育む場所であってほしいという願いが込められています。
さらに、校歌を使った「全校ダンス」もあり、
理科専科の先生がテクノ調にアレンジした校歌を今でも運動会で披露するそうです。
子どもたち、先生に校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
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今日は、垂水市立垂水小学校です。
垂水市立垂水小学校は、明治2年に創立され、今年 創立158年を迎える歴史と伝統ある学校です。垂水市の中心部にあり、 西には錦江湾、東には高隈山が見え、豊かな自然に囲まれています。校訓は、「めざす がんばる やりとげる」。全校児童は、302名。
隣には、県立垂水高校があり、歴史ある落ち着いた城下町跡の文教地区となっています。令和元年には、垂水島津家の林之城(はやしのじょう)跡地である垂水小学校を中心とした区画が、薩摩の武士が生きた町として「日本遺産」に認定されました。
垂水小学校の校歌は、5番まであり、大正9年に制定されました。
子どもたちや先生に校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
たんぽぽ倶楽部では、毎週この時間に、学校の校歌が持つチカラを改めて感じてみようと「校歌の窓から」をお送りしています。
今回は、姶良市立重富小学校です。
姶良市立重富小学校は、戦国武将・島津義弘が築いた平松城跡に建てられ、今年で創立138年の学校です。正門の門柱は、大正14~15年にかけ旧県庁から移設したものなんだそうです。校庭は山に囲まれ、西側には丸く突き出た標高約220メートルの「剣の平」と呼ばれる義弘の初陣となる戦があった岩剣城(いわつるぎじょう)を見ることができます。全校児童は725名。
校歌の3番に<ああ剣の平/くれゆけば/心は澄みて/おごそかに>とあります。
正門には「剣の平みておれ ぼくらはがんばるぞ」と記した看板が設置され、
教育目標に「『剣の平』に誓う、光り輝く重富の子」を掲げています。
5年生になると、毎年校区内の史跡を巡り、剣の平頂上で校歌を歌うそうです。
子どもたちに校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
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今日は、鹿児島市立西田小学校です。
鹿児島市西田にある西田小学校は、明治8年に、西郷南洲翁が揮毫した「武小学」の門札を掲げ、鹿児島市常盤町の笑岳寺跡に創設されました。
その後、2回の移転を経て、創立151年の歴史と伝統を積み重ねています。
校訓は、「強く 正しく うるわしく」。児童会めあて「分かち合い 笑顔あふれる 西田っ子」のもと全校児童549名の子どもたちが学校生活を送っています。
校歌1番の「南洲翁」は西郷隆盛のこと。
そして、2番の「敦子(あつこ)の刀自(とじ)」・税所敦子(さいしょ あつこ)は、
宮中に仕え「明治の紫式部」と称された京都出身の歌人です。
税所敦子は、亡き夫の故郷・鹿児島市西田町に10年ほど住み、
姑らに尽くした才徳兼備の人だったそうです。
校歌の作詞 救仁郷断二(くにごう だんじ)さんは、元大崎町長で、
1920年から40年まで西田尋常小に勤務していました。
子どもたちに校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
たんぽぽ倶楽部では、毎週この時間に、学校の校歌が持つチカラを改めて感じてみようと「校歌の窓から」をお送りしています。
今回は、鹿屋市立田崎小学校です。
鹿屋市にある田崎小学校。1877(明治10)年に永吉小学校として創立されました。
校訓は「よく考え、助け合い、創り出す」。全校児童は、637名。
学校のそばを肝属川が流れ、鹿屋市・垂水市をまたぐ高隈山系と肝付町の国見山系を
望むことができます。〈田崎 川西 川東〉の3つの地区が校区となっています。
田崎小学校の校歌が生まれたのは激動の昭和。
空襲の影響で、学校は仮校舎で難をしのぎ、1947年に新制田崎小として校舎が復旧。
その年に校歌も制定されました。
PTAの文化部が作詞作曲したと言われていますが、詳しい記録は残っていないそうです。
子どもたちや卒業生、先生に校歌への思いを聞きました。
『MBCは今年、ふるさとを元気にしたり、絆を深めるさまざまな動きを
「ちいきのチカラ」と題してテレビ・ラジオ・インターネットでお伝えしています。
たんぽぽ倶楽部では、毎週この時間に、学校の校歌が持つチカラを改めて感じてみようと「校歌の窓から」をお送りしています。
今日は、鹿児島市立吉野中学校です。
鹿児島市吉野町にある吉野中学校は、鹿児島市立第一中学校として昭和22年に創設されました。県内の中学校の中でも生徒数の多い学校として知られ、今年度は938名の生徒が学校生活を送っています。
校訓は「自主」「気魄」「創造」、「やればできる」
吉野中学校の校歌は、昭和28年につくられました。
作詞・作曲は、喜界町出身の民謡研究家・音楽教師の久保けんおさん。
鹿児島の歌として有名な茶わんむしの歌や薩摩兵児謡(へこうた)なども久保さんによって発掘収集されたものです。
歌詞を見ると、「桜島」「霧島」「開聞」の3カ所を一望できるとした、
学校がすばらしいロケーションにあることを歌っています。
また1番の歌詞の「青空に一番近い」「この美しい国」といったフレーズや、
3番の歌詞「寺山に偉人の跡」といった吉野開墾社のこと、そして西郷隆盛のゆかりの地について盛り込まれるなど、吉野の自然豊かで歴史的なことも歌われています。
今年創立80年を迎える吉野中学校。
これからの吉野中学校、そして吉野地域について聞きました。
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MBCラジオ『たんぽぽ倶楽部』で、毎週月曜日11:40から放送されている「校歌の窓から」。
校歌は、地域の自然や歴史が表現された歌詞と大切な節目に歌ってきたメロディで、あの日の記憶を呼び起こす心の原風景です。
校歌を様々な切り口で紐解きながら、ちいきの絆やつながりを再確認します。
🔻MBCラジオ『たんぽぽ倶楽部』
https://www.mbc.co.jp/radio/popo/
🔻2026年MBC年間放送テーマ「ちいきのチカラ」
https://www.mbc.co.jp/chiiki-no-chikara/
過疎・高齢化、そして少子化が進み、どこか閉塞感が漂う日本――
しかし鹿児島の「ちいき」には新しい技術や海外への挑戦で、ふるさと再生に奮闘する人たちがいます。
そして 受け継がれる地域の「絆」――
それは人々を支えるチカラとなり、新たな「つながり」を生み出します。
MBCでは2026年、新たな取り組み「ちいきのチカラ」をスタートします。
各地の先駆的な動きに光を当てながら可能性を掘り起こし、未来を拓くヒントを探ります。