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1983年に放映されたドラマ「積木くずし」では、非行に走った娘に対して、親が「境界線」を厳守しなかったために、事態が泥沼化していく様子が描かれていました。
今回の聖書箇所も、「境界線」という切り口で読むと、今の時代に通じるテーマが見えてきます。
私達は、親として、子として、正しく境界線を引けているでしょうか?何より、神様が提示しておられる境界線を、正しく認識しているのでしょうか?
エリと息子たちを反面教師として、神と人を真に尊重する生き方を学びましょう。
イエスは復活後、10人の弟子の前に現れました。
ともすると、「見ないで信じるようにならないとね〜」と、反面教師として語られやすい場面です。しかし、本当にそれで良いのでしょうか?
本音を隠さない「正直さ」、周りに流されない「勇気」。
信じたくても信じられない・・・
そんな生きづらさを抱えている方。今日はトマスに学んでみませんか?
【ウイリアム・ウッド先生の情報】
(あの人は神様を信じないだろうな…。)
「神様を信じそうな人」「聖書の話に耳を傾けてくれそうな人」のイメージを作り上げ、その「規格」から外れた人達に対して、伝道を諦めてしまうのです。
イエス様の時代のサマリア人も、敬虔なユダヤ人にとって最も神様から遠い存在の人達でした。すれ違っても話しかけないし、目も合わさない、そんな疎ましい存在でした。
しかし、イエス様は公生涯の初めから、そのようなサマリア人の、放埓な人生を送ってきたある女性に心を合わせます。そして、罪からの救い、乾くことのない生ける水を差しだされました。
救いの広さは、いかなる人間的・社会的な垣根も超え、神様の愛の深さは最もさげすまされた人たちの心にも届く―。
今日、あなたはイエス様の優しい眼差しから、どのようなチャレンジを受けるでしょうか?
【上野有先生の情報】
あなたは、どれだけ周りの人に自分がクリスチャンであることを公言していますか?
職場や学校、コミュニティーの中でクリスチャンとしての顔を隠して、社会の空気に合わせて生きている―いつも付きまとう心の痛み、居心地の悪さを抱えながら…。
2000年前、イエス様の周りにも同じような「隠れクリスチャン」がいました。アリマタヤのヨセフとニコデモです。二人ともユダヤ教の最高議会、サンヘドリンの議員です。
社会的立場ゆえにイエス様への信仰を表明できなかった彼らですが、イエス様の死後、大きく変えられます。
神様は、信仰を隠して生きている私たちに「そのままでいいよ」とは仰いません。主は、私たちの成長を望んでおられるのです。
このチャレンジにどう応えることが出来るのでしょうか?
ヨセフとニコデモの話、そしてウッド先生自身の証しから、神様がどのように弱い人間を変え、豊かに用いられるかを見ていきましょう!
「イエス様は、なんで急に天に戻ってしまわれたんだろう?地球に残って、奇跡をどんどん行ってくれれば、こんなに伝道に苦労しないのに…。」
私たち人間は、とかく「目に見えるもの」や「はっきとした未来の予定」を求めがちです。人間的には、その方が神秘を自分の手のうちにがっしりと捉えられるような気がするからです。
しかし、イエス様は「わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。」(ヨハネ16:7)と仰います。
イエス様の昇天以降、救いの御業は教会に託されました。あなたは、この途方もない期待に圧倒されてしまいますか?
「今の時代が分かれば、使命感が湧いてくる」―。日曜日の「パートタイムクリスチャン」ではなく、「フルタイムクリスチャン」として、それぞれの持ち場でしっかりとこの「天国の事業」に加わって生きていくことのヒントを坂本牧師が語ります!
「クリスチャンは進化論をどう考えているの?」「死んだら天国に行かれるんじゃないの?」
でも、「常識」が正しいとは限りません。むしろ、「常識」はまったく普遍的なものではありません。
クリスチャンは、2000年前にイエス様がとても大切な真理として語ったことがらを、今も信じ続けています。
あなたなら、この教えをどう受け止めますか?
後半の「質問コーナー」では、人生を若者伝道にささげてきた佐藤義孝先生が、伝道で最も大切なスピリットを教えてくださいます!
現代社会では、噴出する問題に対してあらゆる分野の優秀な専門家が分析を行い、問題提起をしています。しかし、その中で驚くほど見過ごされていることがあります。
それは、霊的領域。
全世界を創られた神様と人間のあるべき関係についての問題です。
霊的戦いとは、天上で行われている天使と悪魔の戦いではありません。それは、私たち人間が霊的問題に対して鈍感になるように働きかけている悪魔との日々の戦いなのです。
イエス様は、私たちクリスチャンにこの霊的戦いに出ていくようにお命じになりました。
「自分に伝道なんて出来ない」「クリスチャンと名乗ることすら勇気がいる」と思っているあなたに、「戦いの中に真の自由と喜びがある」と坂本牧師がみ言葉をもって励ましを与えます。
誰かが死ぬ間際の祈りには、その人が一番大事にしているものが現れます。
それは「栄光」「父の御名」そして「信じる者の一致」。
イエスが大事にした「栄光」とは何でしょうか?
混迷を極めるこの時代、イエスが捧げた本当の「主の祈り」から、生きる力を頂きませんか?
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