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テモテへの手紙第二4章1節から。みなさんの奥さん、ご主人、お父さん、お母さん、子供さん、上司、部下、お客さんにガミガミ裁かれても地裁の判決です。言っていることは正しいかもしれない、正しくないかもしれない。自分だってああだこうだ人について裁きます。でもお互いしょせん地裁の判決です。自分が裁くことも、相手が裁くことも、あまり深刻に取りすぎなくてもいいんです。真実は天の最高裁判所の判決だけです。
士師記7章1節~7節から。「なんで自分だけこんなに苦労しなきゃいけないんだろう?」、「子育てするのに、仕事するのに、人がやらないような余計な苦労までしてやらなきゃいけない」。「神さま不公平じゃないですか?」。そう思うことがあるかもしれません。でも、みなさん、難しくなるから良くできる、難しくなるからちゃんとできるということもあるのです。
箴言15章22節から。今日覚えたいのは、第1に人間は今の自分の感情で先を予想してしまうこと。第2に実際以上に悪く想像すること。第3に想像しなきゃいけないことが想像できないことです。恐れがある時は自分の想像を信じないで下さい。想像に勝つのは相談です。
イザヤ書43章3節~4節から。私たちはどういう人間でしょうか?4つあります。①自分が思う自分。②他人は自分のことをこう見ているだろうと自分が想像した自分。③他人が見ている自分。④神さまが見ている自分。ということは、自分といっても4つの自分がいるわけです。
エレミヤ書38章14節~20節から。自分の思い通りにならない状況になったら3つの選択肢があります。1つ目は流れに逆らってあくまでももがき続ける。2つ目は自分の意に反して流される。3つ目は流れに自分から身をまかせる。つまり自分の選択として流れに身をまかせるわけです。
マタイによる福音書22章36節~39節から。神を愛するということの中には、神が気にかけておられる自分自身を大事にするということが含まれます。そして私たちが元気なら、他の人たち、つまり隣人に対して何か奉仕ができます。身体を壊したら人に何かしてあげれません。私たちを愛する神のために、そして隣人を愛するために自分自身を愛するのです。
使徒の働き11章19節~26節から。クリスチャンには決まった型がありません。だから誰一人同じクリスチャンがいません。クリスチャンになっても個性は消えません。私たちは自分なりのクリスチャンになっていい。自分なりのクリスチャンを目指せばいいんです。
自分が唯一無二であることに感謝しましょう。自分と同じ人間はだれ一人いません。そこに価値があります。自分がいなくなったら、もう宇宙に歴史に2度と同じ人は現れません。そうなるとやることはただ一つ。唯一無二の自分を生きることです。誰かのようになろうとせず、誰かのようでないことにガッカリしない。人生の使命は宇宙の歴史にただ1回、ただ一人だけ存在する自分を生きる。私たちが「こういう人になりたい」と思い描くのは、だいたい誰かのコピー。でも無理です。その人も唯一無二だから。コピーになるのでなく、唯一無二を生きましょう。
嫌なことの方が頭に残りやすいと言われています。嫌なことなら全部同じだけ頭に残るかというとそうじゃないんです。残りやすい順番があるそうです。人間関係で一番残るのは何だと思いますか?例えば夫婦の間で、上司との間で、友達の間で。さあ、何でしょう?答えは口喧嘩です。言い争ったことが一番残りやすい。聖書が勧めるのは言葉に塩味を利かすこと。どういう意味でしょうか?
箴言16章24節から。ボイストレーニングというのは声のトレーニング。歌手はボイストレーニングをして高い声が出るようにします。きれいな歌声が出るようにします。クリスチャンにはクリスチャンなりのボイストレーニングがあります。そういうわけで箴言からクリスチャンのボイストレーニングを解説します。
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